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ONSEN RYOKAN 山喜
それは、2004年 秋、旅館経営者である山口氏との出会いから始まった。
質素であろうとも、品格を備えた空間としての豊かさをもつ住宅づくりを目指してきた私の、過去の事例に共感し計画の依頼をお考えになったとのこと。また、山口氏の旅館に対する真摯な考え方に設計者として共鳴し参加を決意した。当初の計画は老朽化した湯治旅館の内装リフォームの計画であった。しかし、法的な問題や山口氏の事情から建替えによるリニューアルの計画へと方向転換された。
住宅設計を手がけてきた私にとって山口氏の持つ『夢』の大きさにプレッシャーがのしかかる。しかしそんな弱気な事は言っていられなかった。『旅館の計画、経営方針、社員教育等に至るまで立ち入った、いわゆる“旅館デザイナー”のプロデュースする旅館はつくりたくない』欲しいのは、『訪れるゲストのための旅館』『自分の考えを反映させた旅館』という山口氏の考えをヒアリングする中で、『良質な住宅』を目指してきた経験を旅館の設計に反映できないだろうか?というところにたどり着いた。そして『視覚や触覚が創造する良質な非日常的な空間』をテーマとした旅館づくりを山口氏と共に模索することになった。
栃木県北部那須高原に隣接する『板室温泉』は良質な源泉に恵まれ、20数件の湯治旅館が立ち並ぶ古くからの湯治場である。最初に現地を訪れた時の印象として、国立公園内に位置するにもかかわらず古くからの温泉街は秩序のある町並みとはいえず決して恵まれたロケーションでは無かった。敷地は背後に山並みを抱え、温泉街のほぼ中央に位置し黒磯市内から那須高原へ向かうメインの道路からのアイストップとなりうる傾斜地であり、温泉街の印象を大きく左右させるであろうと思われる場所である。そのことから、旅館の『顔』が温泉街の『顔』にもなりうるという思いを重ね合わせ、ファサードの計画には山口氏と何度も議論を重ね十分な配慮を行った。
山口氏がこれまで温めてきたイメージは、『町屋』、素材の『素』というもので、計画にあたった当初の3ヶ月間は、そのイメージをトレースしていたに過ぎなかった。それでも、『町屋』、『素材』のイメージを自分なりに咀嚼し、敷地の持つ力や町並みに対する配慮などの思いを中心にさまざまな思いを施設に集めていく作業を行った。
質の高い旅館に求められるものは、『日常性から脱した非日常的な体験の提供である』という山口氏の主旨に基づき、平面計画にあたっては、背後の豊かな山並みや恵まれたロケーションとはいえない町並みに対して開く部分と閉ざす部分を限定し、中庭を中心として客室等の要素を周囲に配置することにより、ベクトルを内へと向けることで訪れるゲストの心を外部の日常から切り離す事を提案した。
日常との接点となるエントランスは無機質な壁で構成され、内包された空間へと上昇し静けさへの予感を生む中庭に対面しすることになる。そして『くらい明かり』に演出された玄関、ラウンジへ導かれたゲストは、明から暗へ、日常から非日常へと導かれる。外部へと開放された浴室、カウンターバーはランドスケープデザインと内装デザインが互いに存在する事により関係を作り出し成立している。建替え前に20室あった客室は8室とし、意識的に閉ざしたA、Bタイプと山側へ開放を意識したE、Fタイプ、そして中間の性格を持つC、Dタイプの6つのタイプで構成されている。当初、すべての客室に専用の浴室を設けるプランの提案を行ったが、『源泉には極力手を加えたくない。源泉を素材のまま使いたい』という山口氏の意見から専用の浴室をもつ客室はFタイプの2室に限定された。各客室を繋ぐ廊下は外部階段や物見台を介することで、行き止まりの無い回廊とし内包された中庭との関連付けを試みた。
1日8組に限定された宿の中でどこまで美しく印象的な景色を提供できるか、また、ゲストの心にどこまで近づくことができるか。私が企てた『光』の計画は、ゲストを誘い導き、照らし出す。その『光』を享受し豊かさを醸し出す空間は、柔らかく、どこか懐かしい『闇』を内包するものであり、非日常の演出を意図するものである。
山口氏から出されたもうひとつの命題は、浴槽に供給しそのまま廃棄していた温泉の再利用であった。私自身、降雪の時期に板室を訪れ他の旅館からも廃棄され側溝を流れる『排湯』が降り積もった雪を溶かしている光景を見てその熱源を再利用出来ないものかと考え、設備担当と共にシステムの構築を試みた。それが今回のピートポンプ式給湯・暖房システムである。概要は、浴槽からの排湯(オーバーフロー分)の熱源にて熱交換を行い、深夜電力を利用する電気式ヒートポンプで昇温、蓄熱を行い給湯や床暖房に利用するというものである。また、システムの循環過程において排湯をエントランス階段脇に流下させ視覚的な演出も試みた。
今回のリニューアルに伴い、名称を湯治客、老年層主体であった『山喜荘』から湯治はもちろん、年齢層を広げ個人客を主体とした『ONSEN
RYOKAN 山喜』に変え、従来のイメージを一新し2008年4月にオープンをむかえた。
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