北海道一か月

 礼文島以降はおまけで旅している気分 どうしちゃったんだ?

 午後3時40分、フェリーターミナルから駐車場のVAMOSへ戻った。車内の整理、出発準備。
 午後3時50分、出発。稚内市からR40で南へ進路をとる。


 
 広い牧場を一直線に走った。白や黒のビニールでラップされた牧草ロールが無数に転がっていた。ラップされているうちに自然発酵が進みサイレージとよばれる牛の喜ぶ飼料になるのだ。

 北海道では一面の雪野原も必見なのだが、牧草を刈り取る作業や点在する牧草ロールも一大風物詩であり、素晴らしい絵になってしまう。
 牧草ロールを運ぶ大型のトレーラーもたくさん道路を走っていた。機械にかかるコストは大変だろうな。

 タイミングよくラジオが語っていた。北海道の牧場は近頃様変わりしている。コントラクター方式といって牧草を刈り取る作業を請け負う会社が現れた。

 酪農経営が大型化するに従い機械類のコストが莫大になった。牧草刈りマシーンは440馬力で3千万円ぐらいする。

 コントラクター方式によって農家は牛の管理や搾乳に専念できるようになった。もし、牛が65頭いるとすると年間のべ7000時間の労働時間が必要だ。コントラクター方式の下では1000時間減る。投資も減り、女性の労働も減って楽になる。
 現在は北海道の農家の70%はコントラクター方式になっている。

 このコントラクター方式は平成4年ごろから北海道鹿追町でスタートしたのである。鹿追町はすごい!


 豊富町で給油。


 稚内市を出て南へ進むに従って利尻富士が大きく見えてくる。稚内より利尻島に近いのだ。

 午後6時40分、道の駅「富士見」、着。
 高台の上にレストラン「とんがり館」がある。ここでは利尻富士がさらによく見えた。どうして地名が富士見なのか明快だ。

 礼文島でも天気がよかったが、夕方になった今も空が青く西日がまぶしい。

 礼文島を体験、今日一日の興奮がさめやらない。一度、エデンの園を垣間見てしまったら他はどうでもいい、旅のピークは終わった、これからの旅は野球でいうところの消化試合だなどと不思議な虚脱感に襲われた。一体どうしちゃったんだ。



 7月1日(金) 晴れ 富士見町から天塩郡中川町へ

 天塩の歴史と文化を探訪天塩川の偉大さを実感

 午前4時30分、起床、朝食準備。

 午前6時30分、朝食。(ご飯、コンソメ味野菜スープ、ハタハタの甘煮、おからの煮物)

 食後の片付けと休憩をしていたら近づいて来た男性から声がかかった。
 「あれっ、礼文島のバスで隣に座った方ですか。」
 「えっ?はぁー、またお会いしましたね。」
 
 突然の再会にびっくり。礼文島ではお隣同士いろいろ話しをしたのだった。
 この男性は相模原から来た人で、昔のワンゲル仲間と札幌で旧交を温める会合を持ったという。一週間も温泉に入ったりゴルフを楽しんだりした後、一人で礼文観光に参加したそうだ。
 本当はバスは途中までにして山の尾根伝いに花の小路を歩きたかったのだと言った。

 「稚内にもどってから私もすぐこっちへ移動しまして。」
 「服装が昨日と違っていたので気がつきませんでした。」
 彼はバスの中ではサングラスをかけていたし、ベージュ色のシャツに帽子をかぶっていた。今日は帽子なしでシャツの色も赤っぽい。こちらは昨日のままだ。弘法大師だって赤シャツを見抜けまい。

 「この車で日本中を旅していらっしゃるんで?」
 「はい、軽ですけどよく走ってくれますわ。」
 「ちょっと見せてもらいますか。」

 彼は興味津々の様子。我がVAMOSをのぞき込んだ。
 「あぁ、どうぞどうぞ。」
 得意になって説明する自分もおかしかった。
 


 午前9時40分、天塩町、着。
 天塩川歴史資料館を参観、木材の切り出し、筏による運搬、天塩港での積み出しなどかつて天塩が担った役割がよく分かった。

 昔使ったという伐採のための鋸、斧などを見ているうちに美瑛、富良野、十勝などのなだらかな大地や丘から切り開かれたであろう森林のことを思った。

 海岸寄りの民家が砦のように周りを板で囲んであるのを発見。冬、海から吹く風がどれほどのものか自ずと見当がつく。

 いこいの森で昼食。暑い。牧場の他に畑も増えてきた。

 午後1時20分、出発。

 午後2時、道の駅「なかがわ」、着。

 中川町は天塩川に沿って内陸部へ入ったところにあった。山と山に挟まれ、道路も直線部分が少なくなってきた。本州ならどこでも見かける風景だ。北海道離れしている。

 午後3時、「中川エコミュージアムセンター」へ出かけた。自然史博物館だ。アンモナイト中心の展示が特徴で、地球、日本の地学的な解説もあった。

 行政経費の高騰に悩む地方自治体が多い中でこのような文化施設に予算を配分するのは大変なことで、提唱者の熱意、町民の暖かい合意がなければ絶対成り立たない。深く敬意を表したい。


 午後6時30分、入浴施設「ポンピラ・アクア・リズイング」という妙なネーミングの温泉へ行った。400円。しゃれた造りの浴場だが混んではいなかった。


 今日は天塩川との縁が濃い一日だった。どこへ行くにも川沿いに走るのだ。幅が広く水量豊かな川はかつては交通、運搬の重要な要であったことを偲ばせてくれる。
 
 幕末の探検家、松浦武四郎はこの天塩川を遡って地元のアイヌの人々と友好な関係を築きながら調査を続けたという。

 和人の蝦夷進出と適切さを欠いた施策に伴いアイヌの人々の極端な人口減少をきたしたのは悲劇だった。けれども、縄文時代の続きのような採集生活に明け暮れていたアイヌの人々にとっては新しい時代の夜明けでもあった。
 


 道の駅の最高に整ったトイレに感謝。

 温泉のぬくもりが冷めないうちにおやすみとする。



                                 
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