*** 回想 「宇都宮城址公園」 ***

「ザーザー ガラガラ」 「もう八時よ。シャワーでも浴びて!」
部屋にはのどかな春の光が差し込む中、頭に響くような声に私は瞼を上げた。靄がかかったような視界に、寝室の天井と彼女の顔が目に入る。外では既に野球の練習をしている中学生の声が聞こえる。私は、ベッドから立ち上がると思わず頭を抱えた。まるで乗っている船がゆっくり上下するときの感覚の中、グオン・グオンと頭の中で鐘が鳴り響いているようだ。何とか浴室に入り、頭をシャンプーした後、こめかみを揉んで昨日の事を思い出そうとしたが、右手を壁に頭を垂れてシャワーに打たれた。「何も憶えていない」
少しスッキリし、食卓テーブルに。今日は我が家特製の牛乳タップリフレンチトースト。これは私が唯一教えた料理だと思い腰に手を当てた。「何を頷いているの?」 「何でもない」と呟きながらフレンチトーストに生クリームとメイプルシロップをかける。コーヒーカップを口元に運んだ彼女が不意に言った。
- 「今日は自由行動なし。街の散策。どうせ車は運転できないでしょう!」
- 反対・反対・自由行動・自由行動と右手を挙げ叫ぼうとしたが、瞬間私を包み込む異様な空気に喉を鳴らした。
- 「そうだな、たぶん飲酒運転にもなるし。今日は宇都宮城址公園を周りながら、いつもの街中散策で、昼飯は・・・」
宇都宮城址公園の土塁に上り、柵に掛けた腕に顎を乗せながら、暫く満開に咲く桜を眺める。広場の芝地に目線を移すと、子犬の通称ウエスティ(ウエストハイランド・ホワイトテリア)が、赤い服を着ている小さな女の子の顔を舐めている。そう言えばイギリスやドイツで多く見かけたな、飼うんだったら断然ウエスティ、と思いに耽っていたら唐突に質問を浴びせかけられた。
- 「宇都宮城は別名亀ヶ丘城といわれ、関東七名城の一つだけど、他の六つ解る?」
- 「う〜ん 江戸城?それと・・・」 次を言おうとしたが直ぐに言葉が遮られた。
- 「聞いた私が悪かったわ。一般には宇都宮城、佐野の唐沢山城、群馬・大田の金山城、前橋の前橋城、茨城・つくばの多気城、埼玉・行田の忍城、そして川越の川越城の七つ。わかった?」
私は、頭を傾かせ頷いた。「(さすが歴史は強いな。年寄りと意見が合う筈だ)」
- 「宇都宮城は、藤原秀郷(ふじわらのひでさと)もしくは宇都宮氏の祖先の藤原宗円(ふじわらのそうえん)が築城したと言われているの。平安時代の頃ね。」
- 「宇都宮城は秀吉の天下統一の総仕上げとして位置付けられる宇都宮仕置の舞台で、宇都宮氏は羽柴姓を受けるほど秀吉との仲は良かったんだけど、最後は秀吉により突然滅ぼされたんだって」
- 「(頭が痛い 我慢・我慢)」
- 「その後、徳川家康の懐刀と言われている本多正純が大改造を行って今の原型ができたわけ。事実ではないけど有名な話に宇都宮城釣天井事件があるわよね。正純がだまされて流罪となった話。そして最後には戊辰(ぼしん)戦争で消失したようね」
- 「復元したのは本丸城郭の一部。復元費用は36億円。私も千円寄付した。まさか釣天井事件知っているよね?」
「(えっ 次の展開があるの!何とか止めなければ!)」 私は、半開きの目を大きく見開き頷きながら、彼女の視線を少し逸らし、北側の階段に目を向けた。その時、天の助け発見! 半分眠っていた私の脳が覚醒し一気に回転し始めた。私は右手の人差し指と親指で拳銃を作り、引き金を引いた。
- 「バーン! ウエスティ。 ほら階段上がってきたよ」
- 「ほんとだ、真っ白! 2歳程度かな? かわいいね!」 「(フフフ、意識は既にウエスティか)」
- ウエスティから目を逸らさず彼女が言った。
- 「そう言えば喉が渇いた!」「(会話が飛んだ!)」
- 「喫茶店行こうよ!」「(やった!今日の授業が終わった)」
- 下げた右手の拳を強く握り締め、頷きながらハッキリした声で言った。
- 「ウン、歴史軸でも - 同公園と二荒山神社を結ぶ道路 - 歩いて喫茶店へ行こう! 俺も喉が渇いた(二日酔いのせいだけど)」
作成:2007/05/02
・宇都宮城釣天井事件と亀姫
亀姫を「宇都宮城釣天井事件」の黒幕とする説がある。亀姫(かめひめ、永禄3年6月4日(1560年6月27日) - 寛永2年5月27日(1625年7月1日))は、徳川家康の長女。母は築山御前(瀬名)。奥平信昌の正室。
嫡男・家昌の忘れ形見で、わずか7歳で宇都宮藩主となった孫の奥平忠昌は、12歳の時に下総古河藩に転封となった。ところが、忠昌の替わりに宇都宮藩へ入封したのは本多正純である。そして亀姫は正純を快く思っていなかった。その理由は、大久保忠隣失脚事件である。
信昌・亀姫夫妻の1人娘が、大久保忠隣の嫡子・大久保忠常に嫁していた為、大久保氏と奥平氏の関係は緊密であった。だが、娘婿・忠常が早世し、頼みとする忠隣は不可解な改易と、心を痛めていた亀姫は、正純とその父・本多正信が奸計で忠隣を陥れた、と見なした。そこで済めば、それまでの話だったところ、奥平氏にまで牙を剥いてくる正純には、我慢がならなかった。年少ゆえの移封であれば忠昌相続時の7歳の時点で行うべきであるところを、12歳まで成長した後の国替えだったからである。しかも、それまでの奥平氏が10万石でありながら、正純になった途端15万石というのも承服しかねた。
また、一説に寄れば、下総古河藩への国替えの引越しに纏わる、こんな逸話がある。本来、私物以外はそのまま新入封の藩のために残して立ち去るように法度で定められている所を、奥平氏では障子、襖どころか、畳までも撤去。それだけでは空き足らず邸内の竹木まで掘り起こし、一切合切を持ち去ってしまった、というもの。聞きつけた正純の家臣が慌てて駆けつけて国境で呼びとめ、その非を咎めるものだから渋々返してやった、というものだが、定かではない。
そして、弟・第2代将軍・徳川秀忠に、日光へ参拝するため宇都宮城へ宿泊する際、正純には湯殿に釣天井を仕掛け将軍を暗殺するという計画がある、と洩らしたとされる。釣天井自体は事実無根であったが、正純は配流されることとなった。その後は、忠昌が再び宇都宮藩へ配されたというものである。 weblio辞典より