
『ナイスガイ・ニューヨーク』 1963年 パット・ヨーキン監督
痩せこけた小柄なハンサムで、下町のイタリア系ツッパリ青年といった出で立ちのフランク・シナトラは第二次大戦前の'42年頃までは典型的な女子学生のアイドルだった。10代で素人の「のど自慢大会」で優勝し、ナイトクラブまわりなど数年の下積み時代を経て人気を獲得。歌手としては後に『マイ・ウェイ』で世界的な名声を手にしたのは周知の通り。
『錨を上げて』('45年。ジョージ・シドニー監督)や『踊る大紐育』('49年。ジーン・ケリー監督)、そして現在でも米国の球場で流れる『私を野球につれてって』('49年。バスビー・バークレイ/ジーン・ケリー共同監督)などのミュージカル作品で伊達男ぶりを見せつけた。だが'52年になるとマフィアとの関係が暴露され、さらにはエージェントと契約問題で争うなどで人気は急降下。苦境に陥るが、労して手に入れた『地上より永遠に』('53年。フレッド・ジンネマン監督)のマジオ役でアカデミー助演男優賞を獲得し復活。ちなみに『ゴッドファーザー』の劇中でマフィアのドンに映画出演を頼む歌手の役はこのときのシナトラがモデルといわれる。
エンターテイメント界の“ドン”として、ディーン・マーティンやピーター・ローフォード、サミー・デイヴィスJr.らを中心に「シナトラ・クラン(一家)」を形成。スクリーン上でも『オーシャンと11人の仲間』('60年。ルイス・マイルストン監督)などの作品で共演した。
1915年12月12日 米・ニュージャージー州ホボーケン生まれ 身長179cm