
『レベッカ』 1940年 アルフレッド・ヒッチコック監督
美貌に演技力、人格プラス政治力を備え、映画・演劇界を股にかけて世界的名声を得たという意味では20世紀最大のスターだったと言えよう。また、『風と共に去りぬ』のヴィヴィアン・リーを妻に持ったことも美男美女の恋に最高の価値観をおいた映画芸術の「夢の表現者」でもあった。
貧しい牧師の家に生まれるが、15歳でシェークスピア劇に出たことから演劇を志した。しかし、舞台俳優として注目されたのは28歳になってからでハリウッド・デビューはその4年後'39年『嵐が丘』(ウィリアム・ワイラー監督)。決してトントン拍子の人生ではなかった。
『レベッカ』の出演後、'41年に帰国し空軍に参加、在籍のまま俳優として活躍。空襲で破壊された劇場再建に努力する一方、シェークスピア劇の超大作『ヘンリー五世』を制作、監督・主演も果たして戦意昂揚に努めた。この功績で'47年、俳優として初めて“サー”の称号受け名実共に国民的スターとなり、'70年にはナショナル・シアターの創設で初代総監督に任命され“ロード”の称号を受けた。
『ハムレット』('48年)でアカデミー作品賞と主演男優賞を受賞した他、『リチャード三世』('55年)や『オセロ』('65年)といったシェークスピア劇の制作、監督、主演については代名詞の域。その一方で、『無敵艦隊』('36年。ウィリアム・K・ハワード監督)や『リトル・ロマンス』('79年。ロバート・L・クロフォード監督)、『バウンティ
愛と反乱の航海』('84年。ロジャー・ドナルドソン監督)などにも出演。決してシェークスピア劇一本槍の役者ではなかった。
1907年5月22日 英・サリー州ドーキング生まれ 身長178cm