
『続・荒野の用心棒』 1966年 セルジオ・コルブッチ監督
G・ジェンマより1年遅れて『続・荒野の用心棒』でマカロニ役者として地歩を固めたフランコ・ネロは、大学で経済学を専攻するなどエリートの出身であった。そうした中、彼は演劇熱が高じてローマで勉強中、ジョン・ヒューストン監督の『天地創造』('66年)でハリウッド・デビューを果たす。
前述の『続・荒野の用心棒』の主人公・ジャンゴ役は棺桶にマシンガンを隠した、文字通り「泥まみれで血まみれ」のガンマンという一癖ひねった作品だったこともあって強烈な印象を残した。
『真昼の用心棒』('66年。ルチオ・フルチ監督)、『ガンマン無頼』(同'66年。フェルディナンド・バルディ監督)に出演後、一旦はブームのさなかにあったマカロニとも距離を置いた。
『キャメロット』('67年。ジョシュア・ローガン監督)や『哀しみのトリスターナ』('70年。ルイス・ブニュエル監督)、『警視の告白』('70年。ダミアーノ・ダミアーニ監督)に『スキャンダル』('76年。サルバトーレ・サンペリ監督)といったシリアス・ドラマで米・仏・伊に渡る国際的な活躍ぶりを見せる一方、再び低予算のマカロニ西部劇にも出演し続けた点は律儀さすら感じる。
'67年当時はまだ珍しかった同棲・未婚の父としても話題を提供した。
1941年11月23日 イタリア・パルマ生まれ