
『底抜け艦隊』 1952年 ハル・ウォーカー監督
イタリア系で歌手出身のディーン・マーティンと9歳年下でユダヤ系ボードビリアンのジェリー・ルイスは戦後すぐの'46年、アトランティック・シティのナイトクラブ出演中に知り合った。マーティンがクビになりかけたとき、苦肉の策でルイスとコンビを組んだのがきっかけなのだがコレが大受け。以後喜劇コンビとしてニューヨークに進出。'49年、独立プロデューサーのハル・ウォリスと契約して後の映画界で不動の地位を収める「底抜けコンビ」が誕生する。
このコンビで'51年〜'56年までマネーメイキング・スターに登場。17作を数える作品の中では『画家とモデル』('55年。フランク・タシュリン監督)が秀逸と評判。しかし、スポットライトが当たるのは道化役のルイスで「コンビが解散したらマーティンは路頭に迷う」とまで囁かれマーティンのプライドを傷つけた。コンビ解消を申し出たのはマーティン自身だったが、少々いい加減だがどこか憎めない個性を生かして伸び悩むルイスを尻目に大成功を収めていく。その一方で、'70年代になると海外フランスで「最後のスラップスティック・コメディアン」としてルイスが再評価され、「ワンパターン芸」として冷笑していた米国の批評家連中に一撃を浴びせた。
共に成功を収めつつあったが、「ラット・パック」と呼ばれるシナトラ一家の一員となったマーティンは本当はそれほど強くもないのに大酒のみのイメージ維持の為に飲み続けた酒が仇となってしまう。後年、ルイスが和解を望んだが二人が共演することはついになかった。
ディーン・マーティン : 1917年6月7日 米・オハイオ州スチューベンビル生まれ 身長183cm
ジェリー・ルイス : 1926年3月16日 米・ニュージャージー州ニューアーク生まれ 身長183cm