
『理由なき反抗』 1955年 ニコラス・レイ監督
モンゴメリー・クリフト、マーロン・ブランドといった東部勢の第3弾として彗星のように登場したのがジェームス・ディーンだった。甘いマスクと上目づかいの表情はエリア・カザン監督『エデンの東』('55年)の見所でもある。
出演・主演作は生涯に3作しかない。ジョージ・スティーブンス監督の大河ドラマ『ジャイアンツ』('56年)撮影直後の'55年9月30日、カリフォルニア州のハイウエイで愛車ポルシェ・スパイダー(現在はスピードスター説が有力)による自動車事故により24歳の短すぎる生涯を閉じた。
スター生活たった1年。彼の死後、熱狂的ファンによりファン層が増幅され、同時期に台頭したロックン・ロールのエルヴィス・プレスリーと共に戦後の米経済最盛期にティーンを迎えた世代の象徴となった。
カルト・ムービーとして評価されるもう1本の作品、『理由なき反抗』では赤いジャンパーにTシャツ、ジーンズにスニーカーという、時代を先取りしたスタイル。『エデンの東』の主題歌の世界的ヒットもあって、彼自身が大人と子供の間に“ティーン”という新しい消費世代を定着させることになった。
幼いとき失った母親への愛着、疎遠だった父親との関係、農場で叔母一家と過ごした少年時代。鋭い感受性と愛情への飢餓感を思わせる原点はここからきているのであろう。
1931年2月8日 米・インディアナ州マリオン生まれ 身長179cm