チャールズ・チャップリン Charles Chaplin

『醜女の深情』 1914年 マック・セネット監督

 ハロルド・ロイドとバスター・キートンを加えて俗に「三大喜劇王」と言われ、人それぞれ評価が分かれるが、その知名度と共にやはりチャップリンは別格だろう。ミュージック・ホールの芸人だった両親が1歳の時に離婚。貧困に苦しみ、5歳の時に母に連れられて舞台に立ったが肝心の母親が発狂。兄・シドニーと共に孤児院に送られるという悲惨な幼年期を過ごした。数年ブランクがあった後、10歳の頃から再度舞台に復帰。'07年にフレッド・カルノー一座に加わりパントマイムで人気を得、米国巡業の際に当時名高い喜劇制作者マック・セネットと契約して短編に出演し始める。当初こそシルクハットに大きなヒゲの悪漢に扮していたが、間もなく山高帽にチョビ髭、ダブダブのズボンにフロック・コート、そしてステッキというその後トレード・マークとなるお馴染みの扮装を生み出した。
 エッサネイ、ミューチュアル、ファースト・ナショナルと専属会社こそ変えていったが、自身が製作・監督・脚本を手がけた『犬の生活』('18年)や『サニー・サイド』('19年)『のらくら』('21年)といった秀作を次々と生み出し、その間'19年にはユナイテッド・アーティスツの結成にも参加した。

1889年4月10日 イギリス・ロンドン生まれ

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