
『トップ・ハット』 1935年 マーク・サンドリッチ監督
フレッド・アステアと言えばジンジャー・ロジャースとは切っても切れない関係だろう。5歳の時からダンスの修業を始めた当初は、姉アデルとのコンビで舞台に立ちブロードウェイに進出したのが'16年のとき。既に実力派として認知を得ていたが、'31年にアデルが結婚のため引退、独り立ちしたことにより銀幕界に入った。最初はジョーン・クロフォード主演の『ダンシング・レディ』('33年)のショー場面のみの出演だったが、RKO社の『空中レビュー時代』('33年。ソントン・フリーランド監督)でジンジャー・ロジャースと組んで踊ったのが大評判となり、同社は早速このコンビによるミュージカルを企画。『コンチネンタル』('34年)、『トップ・ハット』('35年)、『艦隊を追って』('36年)といったマーク・サンドリッチ監督作品やョージ・スティーブンス監督による『有頂天時代』('36年)、『踊る騎士』('37年)が立て続けにヒット、人気を不動のものとした。
コンビ解消後の'40年代から戦後にかけては数々のダンサーと組み、特にアーサー・フリード制作のMGM社ミュージカル『イースター・パレード』('48年。チャールズ・ウォーターズ監督)や『バンド・ワゴン』('53年。ヴィンセント・ミネリ監督)でのパフォーマンスは絶賛される。
踊らなくなった晩年もゲスト的出演を続け、単なるダンサーとの格の違いを見せつけた。
1899年5月10日 米・ネブラスカ州・オマハ生まれ 身長175cm