小山市 枠内の城名を触ると、縄張り図にジャンプします 

 ◆@記号SKは、現地調査の生DATA=スケッチを示す
 ◆A『 』内の城は、調査したが、遺構が見あたらない城を示す。
   この場合、縄張り図の代わりに、地籍図や写真等を掲載している。
   (注)遺構が無いからと言って、そこを城として否定しているわけでない。
 ◆B図は断りのない場合、上面が北を示す。
  パソコンの特性上、縄張りをすべて画面上に掲載できていない場合がある
。 

小山城  小山西城(仮称 結城城外郭



小山城 ・本江町、城山町 電子国土・位置へのリンク

 
copyright.2005 masaki
【解説】
作成 1981年7月27日作成
歴史上、小山評定などで有名。
かつては山下にもたくさんの屋敷が構えられていた。
今から24年前の調査結果であり、少々難有りの図である。




小山西城(仮称)位置(電子国土へのリンク)  

 地籍図にくっきりと    2013/07/12
 
 今年から始めた栃木市の調査。
 地租改正時に作られた、旧大平町の地引絵図を調査していたところ、
 旧瑞穂村北武井のなかに

                    「
西城」の字名が


 他にも”西古城”なる字名も隣接する。
 こりゃ、城であること間違いなし!

  

 早速、地引絵図の現在地を確認。



 ところが・・・・・

    
                    「この背景地図等データは、国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたものである。

              耕地整理のため、
   
 
              現在は跡形(あとかた)もない

 しかし、地籍のトレースがこれ。
 間違いなく、城の存在を示している。


 ”堀は水田になりやすい。土塁や曲輪は高地になるため、畑になりやすい。”
 このセオリーに基づいて描いたのが下図である。



 当然のことながら、@が主郭であり、Aがそれを囲む外郭。

 Aには横矢を意識した塁線の折れがはっきりと確認できる。
 @の虎口は枡形であったと想像できる。
 地籍には土塁線を思わせるものも現れている。

 いずれにしろ、残っていれば結構な城郭なのではないか?


                 

                  ※手違いで方位がわかりません。おそらく左か、右が北になると考えます



 さて、もう少し全体的な位置を俯瞰してみると、
 この小山西城は 小山城と栃木城のほぼ中間地点に当たる。


 これは、一体何を意味するものなのか・・・・・?


                

                         「この背景地図等データは、国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたものである。」



 実は、まだ何も調べてないので、全然わかってましぇん。(^_^;)








結城城・外郭線 位置マピオンリンク


copyright.2005 masaki
【解説】1981年調査
あまりに古くて、どんな状況だったか忘れてしまった。
断片的に、台地の上を土塁・空堀が走っていた記憶がある。
結城城との位置関係は左図。