市貝町  枠内の城名を触ると、縄張り図にジャンプします

 ◆@記号SKは、現地調査の生DATA=スケッチを示す
 ◆A『 』内の城は、調査したが、遺構が見あたらない城を示す。
   この場合、縄張り図の代わりに、地籍図や写真等を掲載している。
   (注)遺構が無いからと言って、そこを城として否定しているわけでない。
 ◆B図は断りのない場合、上面が北を示す。
  パソコンの特性上、縄張りをすべて画面上に掲載できていない場合がある

@文谷城 A杉山城 B山根城 C大谷津城 Dひめ城 E赤埴城 F村上城sk



@文谷城位置(マピオンへのリンク)

文谷城
copyright.2007 masaki

【解説】

主郭への入り方が木橋を掛け、横矢がかかる形となっている。

今は、主郭周辺が資材置き場と化し、無残な姿になっているそうである。







A杉山城位置(マピオンへのリンク)

杉山城
copyright.2007 masaki
【解説】

残存状態は、良い。

主郭への虎口はすべて、馬出し形式であったと考えられる。







B山根城   位置(マピオンへのリンク


copyright.2007 masaki
【解説】

現在は公園化され、道路整備が施されているため、一部破損している。

しかし、残存状況はGOOD。








C大谷津城位置(マピオンへのリンク

大谷津城
copyright.2007 masaki
【解説】

はっきり言って、破壊の限りをつくされている。

見所は無い!!







Dひめ城 位置マピオンリンク

ひめ城
copyright.2007 masaki
【解説】

大谷津城と谷をはさんで対面する丘上にある。

ただし、道も無く、かなりのブッシュで、見学は難しいのでご注意を。

位置(マピオンへのリンク)







E赤埴城(あかばね)位置(マピオンへのリンク)


copyright.2007 masaki
【解説】

かなり破壊されてしまっている平城。

しかし、土塁の規模は大きい。







F村上城sk 位置マピオンリンク

第1回 1992年度調査
 ◆作図 1992年
  
            copyright.2005 masaki
古いスケッチブックをひっくり返してみたら、
いまから、約18年も前の調査結果であった。



このときは、主郭とその外郭しか描けなかった。
この周りを更にもう一巡堀がまわっていることはわかっていた。

時間切れで書ききれず、
くやしい覚えをした記憶がある。

         2010年 12月28日
回想
【解説】

地元民に、これだけ愛されている感じが漂う城は珍しい。
ここでは春に”梅まつり”が毎年催される。

主郭の梅林は一見の価値がある。
図未完で申し訳ないが、この図の描かれている部分以外に、外周に堀がもう一巡している。


第2回 再訪 2010年12月25日クリスマスの城攻め 
       


copyright.2010 masaki
【解説】


 この日は、栃木三人衆・S氏、クリヤ氏で城攻め。
 
 私は実に18年ぶりの再訪である。

 前回は、おそらく東京在住の頃に来たと思われるが、

 どのようにして来たのか?・・・全く覚えていない。


 さて、今回は一部見落としがあったが、図面は、ほぼ完成した。



 解説は後日!



第3回 再々訪 2011,1,4修正調査

copyright.2010 masaki





前回の見落とし分の調査で、1人、また来てしまった!

他にも、おかしなところも見つかったので修正した。

これで、本当に完成だ。





  ※ちょっと画像が汚くて申し訳ありません








     
     ◆村上城の切岸。見やすい。
位置(マピオンへのリンク)