栃木 史蹟探訪
おおみわ じんじゃ
しはぶきの杜「しわぶきのもり」 場所 栃木市国府町愛宕
大神神社より3キロほどのところに古代より東国の歌枕として京の人々にも知られた名所です。 もともと大きな森であったと思われますが現在はわずかになってしまいました。
下野やしはぶきの森の白露のかかるおりにや色変わるらむ 「下野歌枕」
しはぶきの森の木末に音つれて今朝しもたつか秋の初風 「下野歌枕」
しはぶきの森の木かげにともすれば流もむせぶ真清水の音 「下野歌枕」
〈周辺の史跡〉
大神神社は、日本最古の神社である大和「奈良県」の大三輪神社の分霊を祀るため、この地に建立されたと伝えられております。
御祭神は大物主命
| この大神神社は、下野最古の宮「神社」といわれ、豊城入彦命が大和の三輪大社から勧請し、国を治める平安の神として信仰を集めました。爾来、下野の国発祥の地として開け、 国府が設置されたことにより、国司がこの神社を崇拝して毎日参拝したと伝えられています。 |
境内にある芭蕉句碑
静かな佇まいの中に凛とした拝殿
松尾芭蕉は元禄二年「1689」に奥の細道に旅立ち、途中、間々田、小山を経てこの地、室の八嶋で詠んだ句があります。
「糸遊に結びつきたるけぶりかな」
Oomiwa Shrine
【室の八嶋】
いにしえより室の八嶋と呼ばれ、その昔、東国の歌枕として親しまれ遠く都にまで聞こえた名所でした。
池には八つの島があり八神が祀られております。池からは絶えず煙りが立ち登ることから「けぶりたつ八嶋」で幾多の歌人にしたしまれてきました。
「むろのやしま」
くくる夜は衛士のたく火をそれと見よ室の八嶋も都ならねば 藤原信実朝臣 「続古今和歌集
下野や室の八嶋に立けふり思いありとも今こそは知れ 俊成郷女 「続古今和歌集」
東路の室の八嶋に思い立つ今宵そこゆる逢坂の関 藤原定家郷 「新勅撰」
【下野惣社】
「しもつけそうじゃ」
かっての京人(みやこびと)あこがれの地
付 記
江戸を旅立った芭蕉一行が下野の国へ入り、間々田から木沢を通り、わざわざ室の八嶋へと足を向けております。しかし、なぜか、芭蕉はそっけのない態度で、この辺りに伝わっていた 「コノシロ」の話を書きとどめていて、肝心の室の八嶋については、わざと無関心を装っていた様にも取れる様子が伝えられています。
室の八嶋は平安中期のころから歌に詠まれて、定家をはじめ、源俊頼 源行頼 藤原俊成 藤原顕方 藤原清輔 藤原惟成と、幾多の都人に詠まれていましたが、実際にこの地に立って詠まれたのは、下野の国に流罪にされた藤原成憲が初めてらしく、その時の様子を次ぎのように感涙に咽んだようすで詠んでいます。
下野の国府に着きて、わが住むべかなる室の八嶋とて見やり給えば、煙心細くのぼりて、折から感涙とどめがたく思われしかば、泣く泣くかうぞ聞こえける。
「わがためにありけるものを下野や 室の八嶋に絶えぬ思いは」
所在地 栃木県栃木市惣社町477
化け地蔵
乃木神社