今日も一日 ありがとうございます
浦の嶋子と乙姫
抜けるような青空、見上げる木々の緑が 朝の日差しを受けて目に沁みてきます。 台風一過、筋状の雲が遠くに見えて、ようやっと秋を感じられるようになりました。 心地よい朝風を受けながら、空をなんとなく眺めていると、砂浜に立っているような錯覚になってしまいます。
 遠くにかすむ松林、足元をなんども浚う穏やかな波。  そこには楽しい日々を送る美しい乙姫と浦嶋子の姿がありました。 すばらしい家に住み、大勢の人々囲まれ 来る日も来る日もご馳走を食べ、それはそれは贅沢な暮らしで毎日毎日が楽しい日々の繰り返しでした。 それから、どれほどの年月が経ったのでしょうか。ふと、家に残してきた母親の事が思い出され、その事を愛する妻に切り出してみました。  妻はとても悲しみましたが、「私のところへ戻りたいと思うならこの中を決して開けてはいけません」と、悲しむように玉匣を手渡しました。   やがて、乗ってきた亀に別れをつげ かって住んでいた居た浜辺を見渡しました。  辿りついた浜辺には見覚えがありませんでした。 見渡す家並みはすっかり変わり果て、行き通う人も見知らぬ人ばかり。 戻る我が家も見あたらず ただ呆然と砂浜に立ちつくすばかりでした。 いまや蓬莱の仙郷に戻るべきすべも失い 放心した漁師は、開けてはいけないと云われた妻からの玉櫛笥を恐る恐る開けてしまいました。 一瞬にして老人になり果てた若き漁師の仙郷への思い。  それは 泡立つ波打ちぎわにうち寄せ、さまよう藻草のようであったかも知れません。


聞きかじり
年をとったら出しゃばらず、憎まれ口に泣き言に、人の陰口愚痴云わず、 他人のことは褒めなはれ。 聞かれりゃ教えてあげてでも 知ってる事も知らんふり、いつでもアホでいるこっちゃ。
勝ったらあかんよ 負けなはれ、いずれお世話になるさかい。 若いもんには花もたせ、一歩さがって譲るんが、円満にいくコツですわ。 いつでも感謝忘れんと、どんな時でも「へえ、おおきに」
お金の欲は捨てなはれ、なんぼゼニカネあってでも、死んだら持って行けまへん。 「あの人、ええ人やったな」 そないに人からいわれるよう 生きてるうちにばらまいて山ほど徳をつみなはれ。
というのは表向き、ほんまはゼニを離さずに 死ぬまでしっかり持ちなはれ、人にはけちといわれてもお金があるから大事にし、みんなべんちゃら云うてくれる。
内緒やけど ほんまだっせ。


第二艦隊司令長官 大和艦内より最愛の妻へ宛てた手紙
 此の程は栄光ある任務を与えられ、勇躍出撃、必成を期し致死奮戦、皇恩の万分の一に報いる覚悟に御座候。
此の期に臨み、顧みるとわれら二人の過去は幸福(しあわせ)に満てるものにして、また私は武人として重大な覚悟をなさんとするとき、親愛なるお前様に後事を託して何ら憂いなきは、此の上なき仕合せと衷心より感謝致しおり候。  お前様は私の今の心境をよく御了解になるべく、私が最後まで喜んでいたと思われなば、お前様の余生の淋しさを幾分にてもやわらげることと存じ候。  心からお前様の幸福を祈りつつ・・・   いとしき最愛の ちとせ殿   (文中 一部省略及び一部変更)

昭和20年4月5日 一億総特攻の魁となるべき戦艦大和の出撃に際して、遺書とも云える第二艦隊司令長官 伊藤整一中将(当時)の最愛の妻に宛てた手紙です。
文中に滲み出る奥様への愛の深さが読みとれ、 凛としてやさしい本物の男性をみる思いが致します。  
        参考文献 戦艦大和砲声の謎  出版 宝島社 
    

人生の応援歌「くじけないで」  このたび100歳のお誕生日を迎えられたそうです。おめでとうございます。
「目を閉じると お下げ髪の私が元気にかけまわっている  私をよぶ母の声  空を流れる白い雲 何処までも広い菜の花畑  九十二歳の今 目を閉じてみる ひと時の世界が とても美しい」
99歳のおばあちゃんの処女詩集 「くじけないで」の一部です。 白寿の詩人、柴田トヨさん 飾りをとった人生の応援歌。 今の時代に向けた一服の清涼剤です。 お仕事で悩んでいられる方、お子さんと一緒にお母さん達に読んで頂きたい詩集です。   明治の人間が持つ凛とした部分、人生の積みかさね、ただ、そのことを紙にかいてみただけの自然な生き方が、多くの人々に感動を与えます。   人生の大先輩たちも同じように 悲しみ、苦しみ、又、喜びをも体験してきました。 いま悩みながら 子育て、リストラなど、大変な生活をされている方へ、エールとなる心の灯です。  柴田とよさんは宇都宮市在住の方で現在もお元気です。


ふくろうの里
宇都宮の中心部から北東部に進み 田園地帯が広がる 逆面地区(さかづら)があります。  村おこし、町おこしで全国それぞれの地域でその特色をいかした特産物のPRなど啓蒙活動されていますが、 この逆面地域でも、いろいろな事にとりくんで、その活動ぶりを 「フクロウが住む里として」過日、テレビでも放映されました。  地域のPRとふくろう米の普及に全国を講演して回られている「田んぼの学校長」藤井伸一さんや、地域の皆さんの協力で、農薬、科学肥料を従来の半分に減らして消費者の方々に安心してめしあがっていただける「育む里のふくろう米」の販売にも力をいれるようになりました。  
このあたりに、逆面七不思議というのが伝えられていて  逆面「さかづら」の名称は、この地に伝わる弓削の道鏡の伝説に因んでいます。


素顔の美しさ
格子窓の軒下に下げられた風鈴、涼やかな音色と共に、子供達の歓声が去っていく、そんな路地裏の光景もいまでは少なくなってしまいました。 めったに出歩くこともありませんが、下町周辺を散策してみると、妙に気持ちが落ち着きます。 戦前のたたずまいがそこここに残っており、軒の低い二階建ての町屋、かっては人の出入りがあったと思われる商い家の軒先、上町は一条、二条と条割りの路地は正にお屋敷町のたたづまい、 黒塀ごしの松も見かけます。 めったに車のとおらない静かな通りは絵になるところ。   かってあった城の堀から東側が下町と呼ばれるところで、賑わった新地もその面影はありませんが、どんつきの道筋が当時を偲ばせる程度です。 市の中心部ともいえる中河原などは川沿い連なった朱提灯が水面を照らして 当時は酔客で賑わったところでもありました。 生活の匂いが残された空間 飾り気のない素顔の美しさこそ、本当の町並みの魅力ではないかと思う次第です。


心の定休日
ええやん ええやん そないにがんばりすぎんでも ええやん ええやん 
たまには 心もカゼ引くわいな ええやん ええやん コンビニやないねんから
定休日だって だいじやで
京都の中村きさ子さんが詠まれた詩です。  一生懸命がんばることも大切やけど、たまにはこころのリセットボタンを押してみてはどうですか〜。


胡蝶の夢
わたしは夢の中で間違いなく蝶になっていた。 ひらひらと自由に野原をとびまわり、なんと楽しいことだろう。 向こうへいきたいと思えば舞いながら行くこともできる。 やがて、ふと目覚めると、そこには私「荘周」がいた。  わたしが蝶だったのか、蝶が私なのかわからない。    お盆も間近になると 庭先の草むらに「おしょろとんぼ」が ひらひらと飛び回る姿を目にするようになります。  幼い頃ご先祖さんたちが仮の姿になって飛んでいると聞いたことがあります。  そう思うと、はかなげな薄い羽を一生懸命に動かしている様は  何かを訴えているようにもみえます。  しばしの間  いとおしむように。


道の小草
「ふまれふまれてこぼれ散る 道の小草の花でさえ待てばまた咲く時があろ」 人妻椿の一節です。 裏庭の雑草も雨降る度に伸びていきます。 数日ほっておくとてがつけられなくなりますので、朝の涼しいうちに少しづつ刈るようにしています。 よく観察すると草にも生えてくる順序があるらしく、昨日まではびこっていた草がなくなり 別の種類の草が生えて来ました。   いま、むらさきつゆくさが咲いているので、そこのところを避けて刈り取っていますが、花のない草は惜しげもなく刈りとられるのも不憫のような気がしますが、いたしかたないと自分に言い聞かせてます。  


二宮尊徳 服部家の再興 「入るを図って出るを制す」 
小田原藩で名家の服部家でも台所事情は収入より支出がはるかに多い火の車財政でした。 当主としても何とかしなければという思いは持っていたのですが、いかんせん、手のほどこしようもない金額になっていました。 そこで、当主の服部十郎兵衛が金治郎の働きぶりを見ていて、頼み込んだ事に始まります。 ここでまず 一奉公人に頭を下げたところです。 普通はここでプライドが邪魔をします。  金治郎はまづ同僚の奉公人を集め、こういう事情だから皆に協力してくれと頼みます。「もし出来ないならば、暇をとってくれ」と云った事です。 反対者を明確にしないと必ず後々の障害になるからです。 合意を得たのち早速行動にうつしました。 鍋底の煤墨を落とす事から始めました。 これにより燃料費節約といった、小さな事から行動しました。 しかし、全体から見ればそれほど効果がでる数字ではありません。 そこで、当主に現状把握をしてもらうため 当主自らに質素倹約をうながし 徹底した冗費の見直し、一切の例外をみとめなかった事です。また多額の借金についても見事に立て直します。いづれにせよ今日でいうところの凄腕経営再建屋とでも云えますでしょうか。 さらに頂いた300両のすべてを奉公人達に分配し、自らは報酬以外は受け取らなかったと云いますから  まさに 人の上に立つ者の鏡といえます。 


いのちの旅 「葉っぱのフレディ」のお話
春になって芽吹いた若葉たちは暖かな日差しを浴びて少しづつ大きくなりました。 上にも下にもたくさんの友達がやってきました。 みんなそれぞれに違う姿をしています。  やがて夏になり、葉っぱたちはを手を広げて下を散歩する人々に涼しさを与えました。 葉っぱたちにとって、とても楽しい季節です。夜が明けると鳥たちが挨拶にやってきます。時折 雨が降ってきて私たちの体を洗ってくれました。 たのしい夏も過ぎて静かな秋がやってきました。 葉っぱたちはそれぞれに綺麗に色づき始め、見上げる人々に感動と喜びを与えました。 そうこうしている内に葉っぱ達にとって、つらい冬がやって来ました。 みんなの顔にも冷たい霜がつくようになり、 葉っぱたちはおびえながら 「怖いよう」と口々に叫びました。 いままで着飾った仲間の葉っぱ達も 冷たい風に吹き飛ばされて だんだん少なくなってしまいました。若いはっぱは、先輩の葉っぱに尋ねました。 「僕たちはみんなここから離れていくの?」と尋ねました。 「そうだよ」先輩葉っぱは云いました。 「いやだ、僕はここにいる」と若い葉っぱは駄々をこね出しました。  すると、おもむろに先輩の葉っぱは諭すように口を開きました。 「こうやって僕も、君もよく働いたね。 そしてよく遊んだね。 まわりには、雨がいたり風もいた。 暖かい太陽もいてくれた。夜になれば星たちも輝いてくれた。 だから僕たちはその役目を十分に果たしたんだ。」   そして夕暮れ近くなって 先輩の葉っぱが去って逝きました。 しばらくしてから 若い葉っぱも柔らかな地面に舞い降りました。 降りたところはとても柔らかくて暖かなところでした。   友達のいなくなった木をしばらく見上げていましたが、 やがて、静かに目を閉じて深い眠りに入りました。  こうして葉っぱ達は自らの命を全うして、 次に生まれてくる葉っぱ達の為に役立っていったのでした。

内容は随意に変わる事があります 「愛情かんばん本舗」