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「ムーサよ、わたくしにかの男の物語をして下され、トロイエの聖なる城を屠った後、ここかしこと流浪の旅に明け暮れた、かの機略縦横なる男の物語を。」
(岩波文庫『オデュッセイア』 ホメロス/松平千秋訳 引用)
イリオスを攻め落としたアカイア勢の面々で、無事に生き残った者達はすでに皆帰国していたが、ひとりかの男だけは彼を夫にと望む女神カリュプソの岩屋に引き止められていた。
そんな彼を神々は皆憐れんでいたが、ただ一人ポセイドンだけはこの男が故郷の地を踏むまでの間怒りを収めないでいた。
ある時、そのポセイドンがエチオピアに出かけ不在にしている中で神々はゼウスの館に集まっていた。
アイギストスがオレステスに討たれたことをゼウスが嘆くと、アテナが口をはさみ
「父上、アイギストスは当然の報いを受けたのです。それより私はオデュッセウスが心配でなりません。彼はカリュプソに引き止められ故郷を思い嘆いているのですよ。オデュッセウスは今や死を望んでいるのです。彼はトロイアの地にあっても父上に供物を捧げて敬っていたのに、そんなに憎いとお思いですか?」と彼の憐れな様を大神に訴える。
「娘よ。わしがオデュッセウスのことを忘れるはずが無いであろう。しかし困ったことにポセイドンが息子の目を潰されたことに腹を立て一向にオデュッセウスへの怒りを静めないのだ。しかしどうにかしてオデュッセウスを帰国させるかここに集まっている者達で話し合おうではないか。」
ゼウスのこの言葉にアテナがすかさず
「ヘルメスをオギュギエ(カリュプソの住む島)に遣わしオデュッセウスを帰国させるよう、カリュプソの説得に当たらせましょう。私はこれからイタケに行って彼の息子テレマコスを激励し、オデュッセウスの財産を食い潰す者どもに渇を入れられるように勇気を与え、スパルタとピュロスに導いてきます。」
と言うが早し、女神は颯爽とイタケの地へと降り立った。
アテナはタポス王メンテスの姿となり、オデュッセウスの屋敷に降り立つと、ペネロペイアの求婚者たちが相変わらず彼の家の家畜を喰らい、遊びに興じている所であった。
その中でテレマコスは女神の姿をいち早く認め、メンテスに化けたアテナを丁重に出迎えた。
テレマコスはアテナを乱暴な求婚者たちとは離れたところに席を設け、酒や料理を惜しみなく振舞う。
楽人ペミオスが竪琴を奏で始めるとテレマコスは求婚者達に気づかれぬようそっとアテナに素性を尋ねた。
アテナはメンテスと名乗りその素性を明かすとオデュッセウスのことや現在の状況のこと、これからテレマコスがやるべきことなどを話した。
それは求婚者たちにはそれぞれの領地に引き上げさせ、ペネロペイアは再婚する気があるのなら実家へ帰るよう勧めること。そしてテレマコス自身はピュロスのネストルとスパルテのメネラオスを訪ねて父の消息を伺うこと。オデュッセウスが存命なら後一年辛抱し、もし亡くなっているようならば母を再婚させ館に巣食う求婚者たちを討ち果たす策を思案するようにということであった。
アテナの言葉に感じ入ったテレマコスは、このまま屋敷に滞在するように進めるが、アテナは断り上方へと去っていた。
この光景を見たテレマコスはメンテスがどこぞの神であることを悟り、畏怖の念を胸に抱いてそのまま求婚者達の方へ歩み寄る。
アテナに力と勇気を吹き込まれたその姿は神と見まごうような立派なものであった。
この時ペミオスはアカイア勢の帰国の談を歌っている最中で、その歌声を聞きつけた女主人ペネロペイアがその姿を現した。
ペネロペイアがペミオスにその歌を聴くのはつらいので止める様にと願うと、テレマコスが口をはさみ堂々たる口ぶりでペネロペイアを驚かす。
ペネロペイアは自室に戻り帰らぬ夫を想って涙を流していたが、アテナが彼女に甘い眠りを振りかけた。
一方広間のテレマコスは
「求婚者の皆さん。今日のところは歌に耳を傾け楽しく食事をし、明日の朝には集会を開くので全員参加していただきたい。そこで私は各々にこれからはご自分の屋敷で宴を催すようはっきり申し上げるつもりです。このままこの屋敷の財産を食い潰すようなら皆さんに死んでもらうことになりますから。」
テレマコスのこの言葉に一同は皆驚いたが、求婚者たちも負けずと反論する。
こうしているうちに夜も深け求婚者たちはそれぞれの家路につき、テレマコスも床についたが心の中はアテナから言われた旅のことで一杯であった。
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