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真っ先に帰国の途に着いた一人メネラオスはラケダイモンの地を踏むのに実に8年の歳月を費やすことになった。
彼の率いた船団はクレタ島の南岸パイストスで難破し60隻の船のうち55隻を失ってしまったのだ。
彼はヘレネらと供にキュプロス、ポイニケ(フェニキア)、アイギュプトス(エジプト)、アイティオペス人の国、シドン、エレンボイ人の国を放浪しやっとのことでラケダイモンに帰り着くことができた。
そもそも彼は帰国の途につく際、神々に生贄を捧げるかどうかでアガメムノンと袂を別った訳だが、生贄を怠った彼を神々は快く思わなかった。
アイギュプトスの前面の島パロスで水の補給をするために停泊した時、20日経っても船を出す順風が吹かなかった。
仲間達は餓えに悩まされ海に釣針をたらして魚を取り細々と命を繋ぐしかなかった。
メネラオスが一人途方にくれて歩いているとそこへ海神プロテウスの娘エイドテエが現れ彼に言葉をかけてきた。
女神がここから脱出する手段を見つけられないでいるメネラオスを見下すと、彼は「私は神の怒りを買ったに違いない、どうかいかなる神が私をここに縛り付けているのか、そしてどうすれば帰国できるかをお教えください。」と嘆願した。
すると彼女は「この島へは常にポセイドンのしもべであり私の父でもあるプロテウスという海の翁がやってくる。彼を無事捕らえることができれば帰国するすべやそなたの不在中におきた事も全て教えてくれるでしょう。」と語った。
メネラオスがどうしたらそのプロテウスを捕らえることが出来るのかを訪ねると女神は丁寧にその方法を逐一彼に教えてくれた。
「昼頃になると常に真実を語る海の翁は西風と供に海中から現れ岩屋で昼寝をします。するとアザラシが現れて翁の周りに群がって寝るので夜が明けたらそなたをその場所に連れて行きアザラシと一緒に横になれるようにしてあげましょう。そこにそなたの部下から精強な者を選んで一緒に潜ませなさい。翁は眠りに着く前にまずアザラシの数を確かめます。数に間違いがないかどうかを確かめた後翁はかの群れの中で眠るので、そなたらは彼が横になったらすぐに渾身の力を振り絞り彼を抑えつけるのです。翁はあらゆる変身の術を使って抵抗するでしょうが決して手を緩めることなく締め上げるのです。そして彼がもとの姿に戻りそなたの用件を訊ねたらその手を離してやり知りたいことを聞くが良い。」
こういうと女神は海の中へ潜っていった。
女神が姿を消すとメネラオスは船団に戻り夕餉を取りそのまま眠りに着いた。
朝になるとメネラオスは部下の中から3人を選び出し、昨日エイドテエが教えてくれた岩屋に向かった。
その間に彼女は4頭の剥いだばかりのアザラシの皮を用意し、砂にメネラオス達が横になるための穴を掘っていた。
彼らが女神のそばにくると彼女は4人を並んで横にならせ、その上にアザラシの皮を掛けてやった。
アザラシの世にも凄まじい臭いは耐えられるようなものではなかったが、女神は一人一人の鼻の下に芳しいアンブロシアを塗りこみその悪臭を嗅がないようにしてくれた。
彼らが辛抱強く横になっていると、ぞろぞろとアザラシが海から上がり波打ち際に横になった。
昼頃になると海の翁プロテウスが現れアザラシの数を確かめると、何の警戒も持たずそのまま横になった。
すぐさまメネラオスらは彼に踊りかかり、プロテウスを羽交い絞めにしようと懇親の力を振り絞ったが、海の翁はまず獅子に姿を変えると続いては大蛇、豹、大猪、水、巨木と次々に変身の術を用いて逃れようとした。
しかし勇者たちは一向に手を緩めることなくプロテウスを締め上げると、さすがの彼も観念しメネラオスの用件を尋ねた。
メネラオスがまず帰国の邪魔をしているのはいかなる神か、そしてどうやったら無事に国へ帰り着くことが出来るのかを訊ねると、トロイアを離れる際神々に生贄を捧げなかったことがそもそもの原因であるとプロテウスは話し始めた。
そして神の許しを得る為にアイギュプトスの河(ナイル河)を訪れ、百頭牛の贄を果たすまでは国許に帰ることはかなわぬであろうと教えてくれた。
メネラオスはアイギュプトスへ向かうための苦しい航海を想い描くと悲痛な面持ちになったが、気を取り直し自分らより後に帰国の途についた者達がつつがなく故郷に帰ることが出来たのかを訊ねた。
プロテウスはまず小アイアースの神を冒涜する愚かな行為の果てに海の藻屑となった話を聞かせると、その次にはメネラオスの実兄アガメムノンの悲惨な末路を語りだした。
兄の死にメネラオスは動揺し激しく泣き崩れたが、彼がひとしきり泣き終わるとプロテウスは早く帰国すればアガメムノンの敵討ちが出来るかもしれないし、オレステスが先に敵を討っていたとしても葬式ぐらいには立ち会えるであろうと彼を慰めた。
プロテウスの言葉にメネラオスも気を取り直し、今度はオデュッセウスの消息を尋ねた。
オデュッセウスについては、今カリュプスの島で引き止められており船も仲間も無く一人涙に暮れているところを見かけたと話してくれた。
そして最後にプロテウスが語るのに、「そなたは生涯を人の住む地で終わる定めにはなってはおらぬ、神々はそなたをエリュシオン(神々に愛された者が死後住むとされた楽園)の地に送るであろう、それはヘレネを妻としているからであってゼウスにとってそなたは娘婿にあたるからじゃ」と言い終わると、彼は海の中へ消えていった。
プロテウスに帰国の手立てを教えてもらったメネラオスは船に戻り、夕餉を済ますと一同と供に深い眠りについた。
朝になると船に帆を張りアイギュプトスへ航路を定め、目的の地に着くと百頭牛の生贄を滞りなく果たした。そしてアガメムノンの名がいつまでも朽ちぬことを祈りつつ彼の塚を築いたのであった。
やるべきことを果たしたメネラオスはこうして帰国の途に着き、トロイア出立より8年目にようやくラケダイモンの地に帰り着くことが出来たのである。
そしてそれから2年後、オデュッセウスの息子テレマコスが彼の屋敷を訪れまだ帰らぬ父の消息を尋ねることになる・・・
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