第六章・落城

アカイオイが荒れ狂い、イリオスの人々が逃げ惑う中、ディオメデスをはじめアカイア側の英雄たちの武功はすさまじいものだった。
数々の敵をなぎ倒し、命乞いするものにも情け容赦なくその刃を振るった。
その数多の英雄の中でもひときわ武功を上げたのはアキレウスの遺児ネオプレトモスその人である。
ネオプトレモスは次々に襲い掛かる敵を切り倒しイリオス城内へと突き進んでいく。
そしてとうとう彼はゼウス祭壇の傍らで老王プリアモスと会いまみえたのであった。
アンドロマケ プリアモスはこの若者を見ると彼がアキレウスの遺児であることをすぐに認めた。しかし老王は恐れることなく死を覚悟しこの若き英雄に語りかける。
自分はヘクトルの亡骸を引き取りにアキレウスの陣営に赴いたときすでに死んでいてもおかしくなかった身、この苦悩から早く開放してくれと死を望むプリアモスにネオプトレモスはその残忍な刃を振るい首を切り落とした。


トロイア王家に降りかかったこの疫災はプリアモスだけにとどまらず王家の他の人間にも忍び寄った。
ヘクトルの遺児アステュアナクスは泣き叫ぶアンドロマケの腕から取り上げられ、その高い塔の上から投げ落とされた。
夫に続き愛しい一人息子まで奪われたアンドロマケはもはや生きる望みを失い自分も殺せとわめき散らしたが彼女に与えられた運命は奴隷としてトロイアの地を後にすることだった。


デーイポボスとヘレネの元へはメネラオスが向かっていた。
デーイポボスはヘレネと一緒にいるところを襲われあえなく討ち果たされた。
メネラオスはまんまと自分の妻の夫におさまっていたデーイポボスを倒すと誇らしげに罵声を浴びせかけこれがパリスだったらもっと良かったのにとつぶやいたが、とうとうこの戦の現況であり苦悩の種であったヘレネと再会することができた。
メネラオスはそれまで自分を裏切ったこの罪深い妻を討ち果たすつもりでヘレネと再会したが、10年の月日を経ても一向に衰えぬ女神のような美しい姿を見たとたん彼の武勇はどこかへと消え去ってしまった。
メネラオスの心にはもはや怒りの心はなく、恋慕の情が再び燃え上がってしまったのだ。
それでもメネラオスは他のアカイア勢の目を欺くためヘレネを切り殺すふりをしたが、アガメムノンに制止されようやく彼は愛しい妻をその手に取り戻すことができた。


一方アテナ神殿では王女カッサンドラが小アイアスに捕らわれ陵辱されていた。
銀弓神アポロンでさえ受け入れることのなかった気高いカッサンドラは、小アイアスから逃れるため必死に逃げ惑いアテナの像にしがみ付き女神に助けを乞うていたが、とうとうこの無慈悲な男に捕まり乙女の操を手折られた。
しかもこの辱めはしがみ付いたアテナの像が倒れようとも手を緩められることはなく、あまりの非道にそのアテナの像は目を天上にそらしたという。


落ち延びるアイネイアス 一方、この惨劇の中イリオスから無事落ちのびる幸運な者もいた。
トロイア王家とは縁戚関係もあり、女神アフロディテの息子でもあるダルダノイの総大将アイネイアスである。
トロイア勢でもっとも神々に愛されたとされるこのアイネイアスは老齢の父アンキセスをその広い肩に背負い、幼い息子アスカニオスの手を引いて炎上するイリオス城を背に走り続ける。
彼の母であるアフロディテは彼らの傍らに付き添い道を示して導き、彼らが安全に逃げられるように心を配った。
彼らの進む道は炎が退き、彼らを狙って放たれる矢も槍も的を捕らえることができず空しく地に刺さるのであった。
その光景を見たアカイオイの預言者カルカスは一同に追撃を止めるよう叫んだ。
そしてアイネイアスはこれから先亡命した地で新たな国を建国するだろうと予言し、財産を守るよりも父と息子の命を惜しんだ彼のすばらしさを称えた。


炎上するトロイ
至る所で火の手が上がり家々は崩れ落ちた。
火の手はオリュンポスの神々を祭る神殿が立ち並ぶ丘へと燃え広がり全ては灰燼と化す・・・
トロイアの人々はアカイア勢の手に掛かる者もしかり、それと同様火の手にまかれ崩れ行く建物の下敷きになる者も計り知れなかった。
栄華を誇ったイリオスの都はついに滅び去ったのである・・・


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