第一章・亀裂
トロイア攻めのギリシャ軍の会議

アカイオイがトロイアの地を攻略し始めてから10年目に入ったある日事件が起こった。
テーバイ市を攻略した際に捕らえた娘クリューセーイスの父で、クリューセにあるアポロン神殿の神官クリュセスが娘の返還を求めて莫大な身代を携えてアカイオイの陣営にやってきたのだ。
クリューセーイスは絶世の美女で、アガメムノンへの特別な報償となっていた。
皆一同、クリューセーイスの返還に賛成したがアガメムノンだけは面白くなかった。娘の返還を拒んだばかりか、神官を激しくののしり手荒く追い返してしまったのだ。
老神官は海岸の人気のないところまで来ると、自らが遣える銀弓神アポロンにアカイオイへの報復を祈願した。 アポロンは老神官の祈りを聞き届けアカイオイの陣営に疫病(ペスト)をもたらす矢を打ち込んだ。

髪を掴まれるアキレウス
初めは家畜などが倒れたが、次第に兵士の間で疫病が広がりはじめ9日間アカイア勢は苦しみ続けた。 10日目になり会議を開き、アキレウスは預言者カルカスに神の怒りの原因を尋ねた。
カルカスは己の身の安全をアキレウスに約束させ、疫病は先日アガメムノンが追い返した神官のことでアポロン神が怒りペストを打ち込んだからだということ。そしてクリューセーイスを返還し、さらに大贄をクリューセへ捧げなければ神の怒りは解けないと皆に告げたのだった。
一同はもちろん賛成したが、アガメムノンだけは当然不満で、しぶしぶ娘の返還は承知したがその代わりアキレウスの愛妾であるブリセイスを要求し、さらにアキレウス自身をも侮辱した。
怒ったアキレウスは、その場で腰の剣を抜きアガメムノンを切り殺そうとしたが、その時女神アテナが現れ(アキレウスだけに見えるように)、“この償いは何倍にもなって帰ってこよう”と彼をいさめ、剣をひかせた。 アキレウスはアガメムノンを激しくののしり自分の陣屋に帰っていった。


その後、アガメムノンは2人の部下にアキレウスの陣屋に行って、ブリセイスを力ずくでも奪ってくるようにと命じたのだった。
アガメムノンの部下がアキレウスの陣屋に着くと、彼は船の傍らに座っていた。 部下たちがどうしていいか分からずとまどっていると事情を察したアキレウスは2人に声をかけ、“ブリセイスを連れて行くがいい。そのかわり後で証人になるように”と話し、パトロクロスにブリセイスを連れて来させ彼らに引き渡した。


アガメムノンに引き渡されるブリセイス


ジュピターとテティス
しかしアキレウスも涙をこらえられず一人波打ち際まで行くと、海の女神である母テティスの名を呼んだ。 テティスは息子の呼び声を聞きつけると姿を現し涙の理由を尋ねた。
アキレウスは事の次第をテティスに話すと、“どうか母上の力で大神ゼウスの心を動かし、アカイオイが敗退を強いられるようにして下さい。アキレウスの不在と侮辱したことをアガメムノンが心より後悔することになるようにはからって下さい”と哀願した。
テティスは息子を慰め、“昨日ゼウスは他の神々と共にオケアノスに旅立たれ不在ですが、12日目にはオリュンポスに帰るはず。その時私はゼウスの宮へ行きその膝にすがりお願いしましょう。そうすれば必ず自分の願いを聞き届けてくれるでしょう。”とアキレウスに約束した。


そしてテティスはオリュンポス山へ上り、神々の王であるゼウスに息子の恥辱を注げるようにと懇願した。 ゼウスはアカイア側に味方する妻ヘラのこともありしばらく当惑していたが、必ずテティスの願いを聞き届けると頭をうなずかせて約束した。

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