直線上に配置

酔犬亭日乗

(見るべきものはすべて見つ。なんて言える日が、本当に
 来るのだろうか。ビビリ、ヘタリ、ヒラキナオリの三重苦日記)

 

8月3日

 向かい風。初期のドラゴンアッシュはなかなかいいと、最近気づく。優等生的な硬さがいい。ぼくの作る資料を、部長が来所したさいに話のネタとして使うことが判明。窓口は、渡辺さんと。今のうちに海外に行っておいたほうがいいよと言われるが、今の職場では無理というもの。中国に行ったことがあると言うと、「中国っぽい」と言われる。多分褒め言葉ではないだろう。隣の会社の江口さんが、鈴木さんのことをどう思うのかしきりに聞いてくる。「私は嫌いなの」と、あたりをはばからず言っていた。「あの出しゃばり」、等々。こんなに声高らかな陰口は珍しい。午後に鈴木さんが戻ってくると、ぼくは少し気まずかった。大過なく一日は過ぎ、課内の暑気払いの回覧など作って、すばやく退社。自転車で駅まで急ぎ、さとちゃんのおくさんに
ステラおばさんのクッキーを買い、新幹線に乗りこむ。フランス人のおばさんが新幹線をやたらに撮っていた。仮眠。
 大宮に着くと、小夜子さんから遅れるとのメールが入った。せっかく新幹線で来たのにと思いつつ、鈍行で浦和へ。浦和は改装工事中で雑然としていた。浦和、大したことなしとみくびっていたら伊勢丹があったので、田舎モノは驚きたじろぐ。伊勢丹で涼んでから、西口改札に戻って待っているとさとちゃんから電話。「ぼくからはきみの行動がすべて見える」などと気色の悪いことを言って、いやらしく笑っている。きょろきょろしても見当たらないなと思っていたら、後ろから現れた。帰宅して着替えて車で来たと言うのだから、腹が立つ。小夜子さん遅いねえなどとブツブツ言っていると、前からそこにいたかのようにやまちゃんが隣にいたので文字通り息を呑んだ。スーツにネクタイの
完全武装で、新入社員というより七五三を思わせた。さとちゃんは老人に壷を売りつけるセールスマン、やまちゃんは入社したと妄想している精神病者というふうにぼくがお互いを紹介して、不審の種をまく。小夜子さんが遅刻を悪びれる様子もなく、女王のごとく悠然と登場。小夜子さん行きつけの、ガード下の和浦酒場へ落ち着いた。
 小夜子さんは楽しそうで、さとちゃんは少しどぎまぎしていて、やまちゃんは何を考えているか不明。といった感じで、とりあえずはスタート。お互いの仕事やら近況の報告で、なんとなく初々しく進んでいく。まさか、酔犬亭でオフ会をやるとは思わなかったので、とても妙な気分だ。みんな、オフ会にかこつけて呑みたかっただけだとは思うが、なんとなく嬉しい。
神亀。霞のような酒だ。呑んだとたんに香りと甘みだけ残し、するするするすると消えていく。それでいて、ふわふわと心地いい。今日の言葉みたいだな。などと、一人で浸っていると、みんなで頼んだアナゴの稚魚の塩辛を、やまちゃんが一気呑みした。小夜子さんの厳しいツッコミ。困った人たちではある。いつもは黒佐藤なさとちゃんが、借りてきた猫のようになっているのでむずむずした。養老天命反転地の魅力を哲学をからませて熱く語る小夜子さんに軽くジャブをかましていたから、後半多少はあったまってきたとは思うが。やまちゃんが母親の奇矯を熱く語っていたが、笑っていいのかどうかみんなわからない顔をしていた。天才と紙一重な、親子なのだなと思う。
 水茄子の刺身、〆鯖、万願寺の唐辛子焼き、鰤のカマ、細魚の干物、蛤の天婦羅。小夜子さんの通っていた芸術系の公立高校の男はみんなオカマだったとか、中高六年間男子校だったやまちゃんは、世界の半分は女だというのはマスコミの流したデマだと思っていたとか、とりとめのない話。浦和駅前のずさんな都市計画を馬鹿にしつつ、ぐるぐる周って、結局キリンシティへ。枝つき干しブドウと、サラダと、じょうねんぼうのバター焼き。じょうねんぼうというのはエリンギの埼玉の方言か、などと馬鹿にしていると、「餃子の癖に生意気だ」といった類の悪口雑言をあびた。ブラウマイスターとへんなシングルモルト。やまちゃんが阿久悠とジャニー喜多川について熱く語っていたが、笑っていいのかどうかみんなわからない顔をしていた。店を早々に追い出される。名残惜しかったが、やまちゃんと小夜子さんを見送り、さとちゃんと深夜の浦和で真紀子さんの車を待つ。さとちゃんが、いろいろとしつこく聞いてきた。敵に回すと厄介な男である。シックな黒いキューブが登場。真紀子さんに会うのは、一年ぶりだろうか。あいかわらず飄々としていて、ときに稚気さえ感じさせるのだがそのくせ誰よりも大人な女性である。さとちゃんの弾丸トークを、子供をあやすように軽く受け流していた。ぼくは後ろの席でムックの人形をいたぶっていた。さとちゃんの家で、枝豆とキムチとプリッツで軽く呑み直し。埼玉の地ウイスキーをもらったが、ちょっと甘かった。布団を出してもらい、居間で一人で寝る。暇つぶしにということで、
『皇室入門』という漫画を与えられた。「畑よりも種が大事」など、さまざまな強烈なセリフがあったが、寝る前に読む本じゃないなと思う。

7月15日


 豪雨。東京まで新幹線。東京から名古屋を目指すも、新横浜で止められる。富士川の水位が規制値を超え、下がらないかぎりは運行できないとのこと。車内アナウンスで、旅行中止のお勧めまでされてしまう。車内で頑張る様子の人が意外に多い。あやかさんがたまたま改札外に来ていたので、切符に「事故中止」というスタンプを捺してもらい外へ。払い戻しのためにあやかさんが捺してもらってきたスタンプが「旅行中止」だったので、切なかった。このままでは本当に、携帯で電話しながらの東西同時多発オフ会になってしまう。ドトールで朝食を食べていると、他の客の会話から知りたい情報がいろいろとわかるので不思議だった。豪雨の中、鳩に餌をやっているおじさんに、あやかさんが興味津々。ぼくはそんな元気もなく、ネットカフェに逃げこんだ。マッサージチェアーにもたれながら、
酸素吸引に勤しむ。鼻の中がなんとなくスースーするが、それほど効いているとも思えなかった。その反動か、小さな個室で熟睡。起きると、となりの個室であやかさんが、なにやらキーボードを叩いている。ふらふら出歩くと、ぼくたちのような新幹線難民がけっこういることがわかった。当てもなく外へ出ると、雨があがっていた。空は曇っているが、なんとなく蒸し暑くて晴れそうな気配があった。気になったので改札まで戻ると、狙いすましたかのようなアナウンスで、富士川の水位が「急激に」下がったので、運転再開の見通しが立ったとのこと。「急激に」というところで笑う。小夜子さんが水を飲み干したとか、誰かの霊力だ、いや呪いだなどと勝手なことを言い合う。
 すし詰めで行くのも嫌なので、駅ビルできじ丼を食べる。ついついビールを呑んでしまい、事実上の一次会に。指定席に乗り、2時半に新横浜を出る。7時半に新横浜に来てから、7時間近く経ってしまった。雲の合い間に青空がのぞいたり、はたまた灰色に戻ったり、空の変化が面白い。雲の白が急に夏らしく冴えて、それと対照的に、越えていくいくつもの大きな川にはコーヒー牛乳色の濁流が渦巻いている。湖かと思ったら、水びたしの田んぼだった。あやかさんは絵本の構想で鉛筆を動かしている。百鬼夜行の般若を描くのだという。たこの宇宙人のような妖怪がいて、ぼくなのだそうだ。こいつめと思う。文庫などの解説を集めた、『THE 筒井康隆』をパラパラ読む。星新一がやはり気になる。同じく東京方面から参加予定のありさかさん夫妻が、新幹線と同じ速度で併走しているのではないか、などと愚にもつかないことを言いつつ、京都。南口は、風致のための規制のせいか、くすんだ色の建物が目立つ。すけさんがぎっくり腰のために急遽欠席と聞き、悪いと思いつつ笑ってしまった。新大阪で降りる。初めての大阪だというあやかさんが興奮して、なんだか外国に来たようだと言った。エスカレーターの急ぐ人の列が左側なので驚く。地下鉄の色だとか匂いだとか、ちょっとした違いが新鮮で面白い。ぼくも大好きな阪急電車はあやかさんも気にいったようで、アイスのあずきバーのようだと、キテレツなことを口走っていた。ウンコ色を卒業しておしゃれなステンレスにした西武の変節ぶりと比べて、おなかの悪いウンコ色に固執する阪急の、なんと清清しいことか。
 
十三。確か「ブラックレイン」のロケ地だったはずで、あやかさんの宿のチェックインのおともでぼくもついていった。黄色と赤と茶色、やたらと粉っぽい色の看板が目立つのは気のせいだろうか。道の上にせり出してくる看板が、客引きが手を出してくるようでなんともうっとうしい。二人してきょろきょろして、自転車に追い立てられていた。あやかさんの宿は、ラブホテル街のど真ん中にあった。ポストペットのももちゃんを金色にした怪しいキャラが、いっぱい壁に描かれていたりする。ちょっとなんだかドキドキしてしまった。あやかさんが部屋に荷物を置いてくるのを待ってから、大阪駅を目指す。時間に余裕があるので、歩いていこうと提案した。淀川にかかる大きな橋を歩いていると、はるか対岸に大阪の街が見渡せる。街の上には低く雲がたなびいて、何かの兆しのように暗く群青に輝いている。明るいこちら側から見て、その曇り方が美しく見えた。高層ビルがあちこちに静かに聳えている。左手を、あずきバーが三本連続で、小気味いい音を響かせて通り過ぎる。その向こう側は素晴らしく晴れていた。目の前に見えていたはずの大阪駅だったが、実際にたどり着くには相当時間がかかった。あやかさんが、東京では見かけないクマゼミの死骸を見つけた。「この街は腐海に沈んでないな」と、ナウシカネタ。大阪の駅前は、中野や新橋を思わせる雑然とした雰囲気。若い連中が傲慢な顔をしてジャズのようなものを演奏していた。待ちくたびれた感じのみんなと、やっと合流する。
 人ごみの中、散り散りにならないように手を挙げたりしながら、商店街の迷路を縫っていく。人の声がかまびすしくアーケードの中を響く気がする。TYSのTシャツを着ていなかったせいで、小夜子さんにどつかれた。怪しい近未来アジア風居酒屋「竹取物語」で本当の一次会。上座の暗がりに、中国の偉い人っぽい像が鎮座している。この部屋で合コンしても絶対結ばれない。そんなこんなで、乾杯。ジョナさんが怪我&日焼け&短髪という変身であいかわらずのいかがわしさを見せ、小夜子さんがボランティアの炊き出しを配給するように無造作にお土産のさぬきうどんを配り、あやかさんが絵本の絵を酷評されているのに被虐的な快感に目覚めたように笑い出し、やまちゃんがボール状の揚げ物を使って想定内のおげれつな一発芸を披露し、かんぱちさんが背が高いせいで筒井さんの隣での写真撮影を拒まれたとしょんぼりし、しなさんは「みんな死んでしまえ」と暴言を吐いたうえに「時かけ観てない」とさらなる暴言を吐き、ぼくは『旅のラゴス』にインスパイアされたパラノイアな要カウンセリングな絵で会場を冷やし、鯖雄さんがそれら全員に突っ込みをいれ、法水さんが狂宴に足を踏み入れてしまった我が身の不運を呪い天をあおいだ。ゴドーならぬすけさんは、結局来なかった。
 二次会は隣のカラオケ。洞穴のようでこれまたいかがわしく胡散臭く、幹事の見識が疑われた。しなさんのしなうたならぬ「島唄」で開会。ほえほえへろへろした不思議なビブラートが、部屋の怪しさに合っている。かんぱちさんのコクのある浜省、法水さんの苦味のある清志郎、鯖雄さんの熟成されたサザン、ぼくの力の抜けたくるり、ジョナさんのさわやかなクラプトン、あやさよ二人の手拍子。白眉はやはりやまちゃんで、郷ひろみになったかと思うとクイーンになり、サザンになったかと思うとユニコーンになり、立ち上がって所狭しと暴れまわる。しかし、よく聞くとすべて郷ひろみだったので笑った。その他いろいろな彼の所業は、本人の将来のためにもここには書けない。われわれのバカ騒ぎにあきれた法水さんが、終電間近に逃げ出した。もう少し話したかった。最後にブルーハーツの「TRAIN-TRAIN 」をみんなで合唱。「見えない自由がほしくて 見えない銃を撃ちまくる 本当の声を聞かせておくれよ」。
 あやさよがホテルに戻り、かんぱちさんが自宅に戻り、残された連中でラーメン屋でやたらと豚骨ラーメンを食べた。ここは、かんぱちさんが自分の催眠術で転倒したTYSゆかりの店。やたらとうまく、みんなでもりもり食べ進む。鯖雄さんが、眠すぎてネットカフェに退避。残った懲りない連中で、バーに逃げ込んだ。文学や読書、筒井さんや
伊坂幸太郎、井上ひさし、村上春樹などの話題がとめどなく続く。話はなんと日朝の政治問題にまで飛び、その意外な展開には驚いた。感じるものが多かったが、2対1に近かったのでジョナさんにしてみればアンフェアだったかなと思う。その間、やまちゃんは一人でテーブルと会話していた。明け方に店を出ると、ポン引きに誘われた。歌舞伎町でもこの時間帯に声をかけてくるポン引きはいない。大阪よ、あなたは偉い。大阪駅でジョナさんを見送り、しなさんと死体(やまちゃん)と一緒に電車に乗り込む。死体を京都駅で廃棄した。京都と大津の間は、びっくりするほど近い。しなさんが先生ぶっていろいろな質問を投げかけてきた。なんであの雲は平べったいのか答えよ、とか。そんなの雲の勝手でしょ。「うちの近所はそれほど田舎ではない。断じてない。ほら見てみろビルがある」などと、無駄な抗弁をしつつ、冴えない感じの駅で降りていった。すでにほのぼのとした休日の朝で、場違いな気がして目を閉じる。

7月10日

 半年ぶりの日記である。なんとなく中断しているうちに半年たってしまった。時間の流れがますます早い。みやげの餃子手ぬぐいを買い、電車に乗りこむも本を読めずに爆睡。気づいたら外は雨だった。上野で銀座線に乗り換え、銀座へ。土をくりぬいた穴を鉄の骨組みで支えているというふうな、銀座線の地下鉄らしさが好きだ。銀座の三越に、いつのまにかスタジオアルタの街頭ビジョンがかかっている。不二家の筒状の看板がRICOHに変わっていたりと、さすがに変化が早い。小夜子さんが、三越のほうから横断歩道を渡ってきた。
煉瓦亭も久しぶり。アールデコの曇りガラスが照明を和らげて、アットホームな雰囲気がいい。全体的な古めかしさや給仕の控えめさが、お店臭さをなくしている。銀座の老舗的な傲慢さはなく、しかしひそやかな矜持が感じられる、というような。でも、味はそれほどでもないのが玉にキズ。二階の上座に陣取った小夜子さんが、相当高い「タンシチウ」を注文した。ぼくは元祖オムライスを頼む。味はまあまあだった。カクテル祭は、やまちゃんの体調が悪かったせいか、あまり呑めなかったとのこと。「哲学サイト」はお金の心配をする必要がな,さそうで、着実に進んでいるとのこと。世の中、不思議なことに情熱を燃やす人がいるものだ。その人に見初められた小夜子さんもすごい。松屋で、あやかさんのお土産にマカロンというフランスのお菓子を買った。カラフルで軽そうな焼き菓子。小夜子さんが言うにはマリー=アントワネットが好きだったらしいから、ギロチンの時に喉からこれがコロコロ出てきたかもしれない。なんて。あやかさんのみやげを選んでいるはずなのに、途中からあきらかに自分の好きなものを探している小夜子さんの迷いのない歩き方が印象的だった。イッセイの香水をついでに買う。
 雨の銀座もいい。古いビルが多くて、マニア心をくすぐられる。空は灰色で、雨のせいで視界が煙っているようなのに、街並みの輪郭がみょうにくっきりと生々しい。個展の開かれている
フォレスト・ミニのある奥野ビルは、古いビルというよりは、土の壁とみまごうような外観だった。おまけに観葉植物なのか雑草なのかよくわからないものが、うじゃうじゃと生えている。羅針盤のような階数表示器のついたエレベータは、噂どおりに手動式だった。針が動き籠が一階に来て、ありがちな扉を開けると、古い洋画で見るような鉄の網の扉があった。両方をしっかり閉めると、ちゃんと上昇した。もとはアパートの一室だったと思われる、真っ白い小部屋からあやかさんが出てきた。敬語なんか使って、なんとなく他人行儀で面白い。全然知らないおじさんが急に入ってきたかと思ったら、壁だとばかり思っていたところを開けて入っていったので笑う。ギャラリーの支配人らしい。餃子手ぬぐいとマカロンを渡し、記帳して、記念にあやかさんと作品を携帯で写す。虫の羽をモチーフにした造形が壁にかけられ、黒い額縁で壁と隔てられた絵が数点並ぶ。文章のついているものがあり、しなさんと製作中の絵本の中の一枚だという。虫と女の子を扱った作品と、絵柄がちがう気がした。あやかさんの描く女の子は、なまめかしいようでいてどこか硬質な抽象画のよう。よく見ると、版画のように線がきしきししている。しかし、これで描いているよといって普通のサインペンを見せてくれた。虫と女の子という、抒情に流されてしまいそうな材を扱いながら、安易な理解を拒むような凛としたハードボイルド感のある作品の秘密が、少しわかった気がした。
 虫の羽やらなにやらがどろどろと混じりあいながら、黒を基調とした美しい流れをつくっている作品が気に入った。小さいほうは、「
胸キュン」したという同い年くらいの美術好きが買ったという。すごいことだ。大きいほうをしゃがんでじっくり眺め、「うーんゴージャス」と言ったら笑われたのでムッとした。画面右下にある塔のようなものは、とんぼの腹に見える。なんとなく時間の流れを感じさせる作品だ。虫が突然変異しようとしているというか、突然変異するためだけに突然変異しているというか。右下に立っているのがとんぼの腹ではなくて、女の子の足でもちっともおかしくない。それでも、あやかさんが描けばグロテスクにならないと思った。みやげのマカロンを三人で食べる。あやかさんの食べているマカロンの派手な青が部屋の枠の塗装と同じ色なので、まるでそこのところをつまみ食いしているようだった。またもや壁らしきところを開けると、そこには小さな流し。忍者屋敷のようである。長居したかったのだが、ひっきりなしに来る客の邪魔になるので部屋を出た。昭和初期に建てられたという奥野ビルは、重厚かつ滑稽で、いつまでもいたくなる。各階にたくさんのアトリエがあって、虱潰しに覗いていきたくなった。古美術の店というか、古美術品がごろごろ置かれていて、男が居心地悪く隅で座っている部屋に入る。人の部屋に勝手に入りこんだような独特な居心地の悪さがある。この狭さでは、居住するのはやはり大変かもしれない。銀座に立ち寄る機会があったら、また来てみたい。
 小夜子さんの道案内を不審がりながら、銀座ライオンのビアホールに到着。彫刻された重々しく黒ずんだ石の天井を太い列柱が支えている、古い大聖堂のようなビアホールに圧倒される。正面のカウンターに二つの小さな噴水があり、その後ろに馬鹿でかいモザイクの壁画がある。喧騒は確かにビアホールなのだが、建て物は荘厳で、そのギャップが面白い。さっそく黒ラベルの大ジョッキ。チーズと、いのししの冷しゃぶと、タコいり油揚げと、生ハム。壁画に全裸で働かされる子どもが描かれていたが、あれは児童虐待だと言う。哲学を紹介してやさしく説明するというのは、なかなか難しいのではないかと話す。理屈的なところだけを抽出して合理的に説明したところで、作品そのものに接したときの味わいは得られないのではないか。下手をしたら高校の倫理の時間のような味気ないものになってしまう。そもそも、哲学は文学や絵画のように「鑑賞」するものであり、などと話していたら、小夜子さんの目がとろんとしている。夜勤明けの小夜子さんの眠気を誘ってしまったようだ。肉塊とか、絵本とか、蜂蜜入りの卒業製作とか、バーテンの指とか。エビスビールゼリーを買って店を出た。香川の
金比羅さんに行く時の服を買うとかで、ユニクロに連行される。待ちくたびれてふてくされるも、銀座線でグミをくれたので許すことにした。小夜子さんは常磐線。ぼくはまたも車内で寝てしまう。昔は読書のワクワク感が、たいていの眠気にまさったものだったが。年をとったなあと感じる、冗談抜きで。

1月13日

 前日に悪酔いしたせいで、なかなか踏ん切りがつかず昼の1時まで寝てしまった。支度をしたりシャワーを浴びたら3時頃になってしまい、しかたなく鈍行をあきらめ、新幹線で大宮まで行く。せわしないイメージのあった新幹線だが、防音壁が高いせいかのどかな空ばかり見える。町が近づくと、斜めにとんがったビルの先が後ろに飛んで行ったりした。東京駅の大丸を少しからかい、居酒屋「月の宴」まで行くが誰もいない。やはり早すぎたようなので、八重洲の地下にもぐって散策した。お誂えにコピーコーナーがあったので、冗談で持ってきた、筒井さんの「七転八倒」のサインと満面の笑みのアップを思いつきで人数分コピーした。完全に不審人物である。ややあって階段から地上に出て、店の看板のそばでボーっとしているとかんぱちさんと動坂亭さんが来た。動坂亭さんは笑顔で紙袋を提げて、飄々として隠者めいた人。かんぱちさんにあいさつしたら、目が会ったのに素通りされてしまった。あいかわらず喰えない魚である。
 そのあとで鯖と支那竹が来たといったらそれこそ悪夢の世界だが、実は両方ともHNである。今日は、筒井康隆公認ファンサイトの第3回目のオフ会なのだ。4人で6階の店に行き、座敷に荷物を置いて待っているとるなさんが来た。むくつけき男どもが階段まで出迎えて会釈したせいで、少しびっくりした顔をしていた。つづいて呂不さん。表紙の赤が目立つ
「小説のゆくえ」を持っていたので、すぐにわかった。出迎え役として支那さんと1階で待つ。待つとはいえ、初対面の人ばかりなのだから馬鹿げている。オーラでわかるとか、大声で何か暗誦していようかなどと言った。しまいには通行人の顔と手荷物を、2人して目で追う始末。これでは客引きか引ったくりではないか。ジョナさんが来てからしばらく待っていたが、誰も来ないので戻ってみると知らぬ間にみんな結集していた。筒井ファンならば、集団転移くらいできなければならないということか。
 幹事をかって出た動坂亭さんの開会のあいさつと渋いマジック。支那さんの管理人としての繰り言(壱蔵さんのサイトにアクセス数負けた、とか)。副幹事鯖雄さんの場つなぎのあいさつ(なぜか奥さんの話になり、妙に噺家っぽくて巧かった)。各自に飲み物がいきわたり、乾杯。前回の秘密の寄り合いめいたアングラな雰囲気と比べて、大人数だし女性もいて、なにやら華やかで本当にオフ会っぽい。「人は便覧(マニュアル)によって動きはしない、事件によって動かされるのだ。強力な観念学は事件である、強力な芸術もまた事件である」、という小林秀雄の1節が好きなのだが、呑み会の喧騒の響きがそれを体感させてくれる。筒井さんの作品が人を動かす事件であるということも勿論そうだが、懐が深くあたたかいサイトの雰囲気づくりに骨を折った管理人の人柄もまた、人を動かしたのかもしれないとちょっとだけ思った。あっちで「日本以外全部沈没」の話があるかと思うと、こっちで「裏小倉」の話をしている。
 あっちでもこっちでもツツイツツイですごく嬉しいのだが、何だかシュールな夢のようだ。珍種の奇天烈な動物が群れでいるような。何人かが「お土産」を持ってきていて、欲しい人がこぞって挙手して、ジャンケンでお目当ての「お土産」と添い遂げる権利を奪い合うという、ファンの物欲剥き出しの闘いになり、さながら魚市場の競りのようでますます活況を呈した。司会の鯖雄さんがいかさま的に強い。支那さんが弱い。パプリカのサイン入りパンフやサイン本、写真集や朗読CDが次々と貪欲なファンの手に渡っていく。ぼくも欲望に目をぎらつかせながら断筆祭の記念鉛筆、玄笑地帯の本、邪学法廷の載っている
SFマガジンを手に入れた。あや香さんが講演会で撮った筒井さんの写真を、るなさんがお菓子と手書きのパプリカ年賀状をくれた。ぼくはこそこそと、ネガティブなメッセージ入りの安っぽいコピーを年賀状代わりに配った。
 かんぱちさんが、筒井康隆症候群の歴代トップ画をプリントしたCDジャケットを全員に即配布せよと鯖雄さんに渡したところ、そのまま床にばらばらと零れ落ちた。その場の人々の集合的無意識が、鯖雄さんの手に結集したのだと思う。ジャケットは懐かしくて感動的なのだが、中身が何なのかは前回のオフ会同様あまり期待が持てない気がした。ぼくがトイレに行っている間に、時間ぎりぎりでありさかさんが奥さんと無事到着。総員、起立。鯖雄さんの関西風1本締めで、大団円のうちに第1幕が終わった。鯖雄さん得意の催眠術、「決して1人であなたは立てない」が出るかと思ったが、結果的に出なくてよかったということか。ツツイストたちが、ぞろぞろと夜の八重洲に繰り出していく。知らぬ間にみんなの足が本屋に向かうのが、嬉しい。
 地下街の本屋で、JPさんが子どものためにロックマンの攻略本を買っていた。「銀齢の果て」とか買っていたらどうしようかと心配したが、安心した。2次会の場所が決まらず、結局再びぞろぞろと元の居酒屋ビルに戻って、違う階の別の店に入る。外人がイメージした「誤解だらけの日本」みたいなうさんくさい座敷で、筒井さんと作品群の話はまだまだ尽きない。天井に河豚のようにはりついた提灯がぐるぐる回り、暑さのせいか、ファンたちの熱にあてられたせいか、軽いめまいがする。好きなことを話している人の顔というのはいいものだ。
 JPさん、宮崎から来たことも驚きだが、筒井さんの奥さんのパリ旅行につきあったり、断筆後の朗読会を発案したりと、度肝を抜かれることばかりだった。カンパチさん、イリュージョニストであるだけでなくテロリストであることが判明、「笑うな」の感想を聞いていたら、「パプリカ」の感想を聞くのが怖くなってやめておいた。手品はうますぎて、笑うに笑えない。動坂亭さん、動坂というのはエスカレーターのことかと思ったら、本当に家のそばにある坂だそうだ。乱歩のD坂も近いという。ありさかさんの奥さん、その近所の小日向に住んでいたという。ぼくも学生のとき、
鼠坂を駆け上がったり駆け下りたりしていたのでとても懐かしかった。この人は「驚愕の曠野」が好きなのだ。ありさかさんは「旅のラゴス」が好きだから、放浪系で通じるものがある。ありさかさん、芝居になった「夢の検閲官」を観て泣いて筒井さんにからかわれたという。思うに人情家である。別れ際、最後まで手を振ってくれた。重月さん、筒井さんの隣に写った写真があった。烏龍茶をジョッキで軽々空ける豪の者である。にこにこしながらハイミナールを本当に配るのではないかと、ちょっと期待した。ジョナさん、シャツのライオンがプジョーっぽくて妙に気になった。さわやかな最年少であるが、職権を利用して生徒をツツイストにしようと企んでいる。ジョナサンだけに余興で飛べと言われていた(飛びそうだった)。
 るなさん、自己紹介の文面をメモしてきた律義者である。かと思うと、ぴちぴちした躍動的なイラストを書いてくる情熱家
である。いでたちはシックだったが、パプリカ魂を持っている気がするのだ。サヨコさん、きびきびしていてカッコいい。あや香さんの付き添いで来たといいながら、大量の筒井本をゲットしていた。ミイラとりがミイラになるというやつではないか。あや香さん、ミステリアスなシャーマンといった感じ。実年齢を暴露して、同い年らしきサヨコさんに睨まれていたのがチャーミングだった。このオフ会を記念してデザインしたTシャツを、しなさんにプレゼントしていた。みんなで覗き込むと、まるっきりプロの技である。変なコピーで失笑をかった自分が恥ずかしい。呂不韋さん、老獪な宰相のイメージのHNがあわない、知的な品がある人だ。筒井さんとのお茶会の栄誉に浴したラッキーマンでもある。今度は、好きな作品について聞いてみたい。壱蔵さん、評論家の雰囲気だが語りだすと熱っぽい。「将軍が目醒めた時」の文庫が絶版になったことをしきりに憤っていた。
 筒井さんに限らず他の作家もそうなのだろうが、名著に手軽に触れられることに文化的意義のある文庫本を、単純な売り上げ重視で取捨するのは如何なものか。新書で儲けた分で、新潮社は古い文庫本をどんどん復刻すべきだ(今よりも大々的に)。平凡太郎さん、なぜかいたような気がしたが来ていない。支那さん、またもや「やめたい、やめたい」と愚痴りだした。そして、「虚航船団万歳!」と絶叫して、目の前に酒が運ばれてくるたびに天地無用にした。さっそく「七転八倒」を地でいってくれる人がいるとは、複雑な心境である。藪から棒に立ち上がり、「おてもやん」を朗々と独唱する支那さん。妙に、美声だった。
 名残惜しかったが、終電の都合もあり散会。休日で人通りの少ない八重洲の夜気が心地いい。大きなビルの黒い影が、寝静まる恐竜のようにあちこちにうずくまっている。ロボット、狂人、狸、仙人、観音様、幽霊、取的、文房具、怪物、やくざ、超能力者、宇宙人・・・ベムたちの戻ってきた夜だ。関西カルテット(支那、ジョナ、かんぱち、鯖)と呑み明かしたくもあったのだが、翌日川崎に用があったので申し訳ないと断る。かんぱちにビンタされた。ありさかさんと奥さんと別れて、1人で東海道線に乗る。関西組は神田で呑み直しているらしい。川崎駅前はビル風のせいか、激甚に寒かった。ビジネスホテルでCDTVを見る。オフ会の余熱でなかなか寝つけず、夢も見ずにまどろんでいた。

11月17日

 日光連山に雪で白い亀裂が走っていて美しい。高架を弓なりに走る電車の窓から見ると、街がぐるりと山に囲まれているのがよくわかる。霊都日光に比して、うつつ(現実)の宮と称されたこの街は、朝方からすでに雑然として見える。時間を若干オーバーして、窓口に駆けこむ。赤い刃のついた除雪車をボーっとして見ていると、大丈夫?といって鈴木さんがコーヒーを入れてくれた。朝のこの不快感はなんとかならないものか。秋口から止まらない鼻水もわずらわしい。伊藤さんと話していると、次長が「おばあさんと孫」といって伊藤さんを冷やかしに来た。中村さんが客のいない間に、娘に電話をかける。友だちの家から帰るときに、二人で走って帰るように言って聞かせている。すぐ近くの路地で、刃物と拳銃を持った男に小学生が車で轢かれたりと、このあたりは物騒だからだ。十七万円忘れたというおじさんとか、シボレーのコルベットが来た。エスケープがマツダのトリビュートだったことをすっかり忘れていて、フォードのおねえさんに700円のために二度手間をかけさせてしまった。牛丸さんが来て、「お目当ての竹澤さんが窓口にいないから今日は髪型いいかげんなの」、と言い捨ててすぐに行ってしまった。それと別に、見たことのないモデル風の女が来て、意味ありげに、竹澤さんはいないかと聞いてきた。竹澤さんは四十ちかいが、風貌が若くてやたらもてる。別の課の対応があまりに杓子定規で温情を知らず、頭にきて電話で口論になる。普段はほかの担当の仕事に口を挟まないのだが、困った客にみょうに感情移入してしまった。鈴木さんの言うように、何だか情緒の起伏が穏やかではない。戻って話してみたら、誤解は少し解けた。仕出しの日替わり弁当を開けてみたら、クロワッサンと焼きそばとたくわんが犇いていたので、びっくりした。たくわんは一応野菜なので、栄養バランスを少しは考えているということか。
 サトちゃんが、キチガイを分類した図鑑があればいいねとメールしてきた。確か、いろんな種類のホームレスを満載したカラーの図鑑があったよと、博識を披露してやった。午後には並行輸入のベンツが来た。知ったかぶって車屋とベンツの話をするぼくだが、妹が高校時代に通学に使っていた自転車で通勤している。せめてジャガーの自転車買いなよと、中村さんにいつもからかわれている。プジョーの
ブルーライオンのぬいぐるみが通販で3万円だったのを知ったときから、外車に興味はない。事務所へ戻ろうとして外へ出ると、空の一角が淡い桃色に染まっていた。このくらいの寒さなら、清澄感があって心地いい。帰って雑事をこなす。A4サイズの封筒を80円で出そうとして、岩下さんに笑われた。しかも、A4でも郵便ポストにねじこんでいいとはじめて知った。大滝さんが、実家で取れた大きな白菜を半分くれると言う。根っこに切れこみを十字に入れてから、両断する。このさい、黄色い葉っぱのところまで包丁で切らないことで、ばらばらになるのを防げるらしい。そういう基本的な知恵がまるでない。
 戸締りをして、岩下さんと帰る。岩下さんは、昨日ドン=キホーテで誕生祝いにメイド服を買ってあげたキャバ嬢のお店に行くのだそうだ。まさかその服を、今日その子が着てるんじゃないでしょうねと言うと、当たり前だろと言われた。野暮用をすませて「坐・和民」へ行くと、入り口でサトちゃんがイライラして待っていた。名前に「坐」がついて照明を落としただけだというのに大盛況で、九時まで席が空かないらしいので、いつもどおり「ぼちぼち」へ。喪が明けた川辺くんを慰めようという主旨の呑み会だったのだが、当の本人が上司の誘いを断れなかったというので、これまたいつもどおりのダメ人間会になった。サトちゃんが
「ホテルルワンダ」がいいと言う。ツチ族とフツ族の違いは、身分証でしかわからないというのだから、差別する心理というのは不思議だ。ユダヤ人なら、見ればだいたいわかるわけだが。そうすると差別問題というのは実質的な差別ではなく、「図式化の欲望」が引き起こしているのではないか。図式化といえば、サトちゃんはテスト勉強のとき経済学がやたらに面白かったと言う。グラフの高低や曲線の歪曲に、たくさんの人間の欲望が渦巻いていて痛快だったそうだ。江戸川乱歩とまったく同じことを言っている。ぼくは、初歩的な経済学の単純なモデルにしらけながらつきあっていたものだが。農耕民族と狩猟民族、王制と天皇制と民主制、どっちが残酷なことをやりかねないか、という話が長引き行き詰まる。「ようするに、そういう図式化と闘うのが文学であり、だからぼくは経済学や心理学が嫌いだ」と、しいたけ串を食べながらぼくは居丈高に力説した。「好きな人たち以外の相手をしたり、一人一人のきたない部分も含めた人間性とつきあうのは正直疲れる」と、サトちゃんが自家製チャーシューを噛みながら吠えた。
 一理ある。仕事をしていると、どうしても人を数値にしてわりきって捌かねばならない局面がある。日常においてだって、人間を紙人形に見立ててやりすごさねば精神がもたない時があろう。お開き間近になって結局、「人は自分の持たざるものにあこがれる、よって、サトちゃんは人情家なので経済学の非人間性に惹かれ、ぼくは他人をゴミ粒と思っている人非人なので文学の個別性に惹かれる」という結論に達した。俺たちは天使じゃない、というわけで。サトちゃんを駅まで見送り、少し物足りなくて満員のラーメン屋を覗いていると、Yシャツの男にいきなり頭を掴まれた。照英だった。上司に奢ってもらっていたらしい。偶然会うのはこれで三度目なので、二人とも別々によく呑み歩いているということか。辞して、ユニオン通りの別のラーメン屋でまずいラーメンを食べて、ローソンで日本酒を買って、バッグに忍ばせながら一人カラオケ。最近はじめた一人カラオケだが、恥ずかしくなくなるのは早かった。
一人焼き肉、一人鍋とかも、そのうち平気になるかもしれない。くるりの「ワンダーフォーゲル」、矢沢の「東京」、バンプの「カルマ」(練習中)、椎名林檎の「丸の内サディスティック」、キンキの「青の時代」、軍歌の「出征兵士を送る歌」、真心の「拝啓ジョン=レノン」、オザケンの「流れ星ビバップ」・・・。今日はヤンヤの命日なので、ユーミンの「ひこうき雲」とみゆきの「誕生」を、供養の意味で気持ちをこめて歌った。
 母が夜中に墓参り行くなと言っていたが、真夜中に行ってもよかったかもしれない。休日に、好きだった缶コーヒーでも供えに、墓参りせねば。それとも酒のほうがいいのかな。出ると、寒い。立ち漕ぎで自転車を飛ばし、帰宅してキリンのウィスキー「富士山麓」を呑む。ダメな酒。シェリー臭く、ウィスキーでカクテル作った感じ。アネさんが、同期のよしいちゃんの赤ん坊の写真をメールで送ってくれていた。しわくちゃの赤猿かと思ったら、よしいちゃん似の上品で整った顔立ちで、リスみたいなほっぺたをしてあどけなく口を開けてこっちを見ている。「幻想水滸伝X」をやろうと思ったが、画面をつけたまま寝てしまい、気づいたら主人公がテレビの中で立ち往生していたので、あきらめて寝る。「わかれゆく季節をかぞえながら わかれゆく命をかぞえながら 祈りながら嘆きながら とうに愛を知っている 忘れない言葉はだれでもひとつ たとえサヨナラでも愛してる意味 Remember 生まれたこと Remember 出逢ったこと Rememeber 一緒に生きてたこと そして覚えていること」(「誕生」)。 

10月7日

 浅草キッドと対談していたら、ぼくの隣の席に鈴木くんが座った夢を見る。鈴木くんで杉本を思い出し、あわてて起きたら時間ぎりぎりだった。車で近くまで行くと、なんてことはない、もう少し待ってくれと言う。セブンイレブンで待った。昨日の深夜までつづいた秋の嵐のあとの朝はすがすがしく、恐ろしいほど空が青く澄んでいる。ややあって、家まで行き、引越しの荷物をぼくの車のトランクに入れるのを手伝ってやる。「いよいよ金正日も亡命か」「追放か」と聞くと、そうではなくて家の建て替えの間だけ一家でアパートに移るのだと言う。ニートのくせに生意気だ。本やCD、TVやパソコンといった当座必要なものだけ運んで、あとは明日業者に任せるとか。細い路地を抜けて車で10分くらいの鄙びた一画に、
トキワ荘みたいな絵に描いたようなボロアパートがあり、スプレーで看板に落書きされていて笑った。「杉本荘」というから何かと聞くと、親族の土地だと言う。それにしても何か出そうな古さだ。場違いな芝生の先に植木が並んでいて犬がいる。長年住み着いている老人が、勝手に庭をつくったのだ。2DKで2万円。破格の安さなのに、夜逃げするやつがいたと言う。荷物を運びこんだら、古い畳がぶよぶよに波打っていて壮観だった。戻って、もう一度だけ荷物を積みこむ。作務衣のような上着を着たばあさんが出てきて、「わからない。わからない」と言っている。杉本の家のボケたばあさんで、いつもはわかったふりをして適当な返事をするのに今日は変だと、杉本が訝しがっていた。「お駄賃」の「幻想水滸伝X」をもらった瞬間に、「ここで降りろ」と手のひらを返して薄情なことを言ったら、笑っていた。この辺一帯は失敗したシムシティみたいに道が途絶えたりゆがんでいる。
 急いで家まで帰り、親父に車を譲り歯医者まで送ってもらう。いつもどおり遠慮なく歯石を削られ、血まみれになった。ギターの練習をしてきた妹と歯医者の前で落ちあうと、服が薬くさいと言われた。ここの歯医者は妹の同級生の家で、ときどき「割引き」をしてくれる。ゴルフの練習帰りの母が車で迎えに来て、しなそば屋へ。妹は一番うまいというが、人工調味料臭くて、スープが飲めたもんじゃない。帰宅してシャワーを浴びて、今度は妹の運転で母と駅まで行く。母は横浜に「おさんどん」に、ぼくは大宮のサトちゃんの新居に遊びに行くのだ。のっけから二人ともグーグー寝てしまった。歯医者とか床屋とか、身動きできずに人に身体髪膚をあれこれされるのは非常に疲れる。大宮の西口は大型店や高層ビルの並ぶビジネス街で、地元の比ではない。そごうとビックカメラの間でビル風に晒されていると、サトちゃんが気軽な格好で現れた。駐車場の白いイストに乗りこむと、運転席から奥さんが振りむいて笑った。結婚式以来だから、何ヶ月ぶりだろうか。サトちゃんが人が多い邪魔邪魔と言う。確かに多い。地元の駅前はヤンキーがたむろしているくらいで、驚くほど人がいない。ソニックシティーというらしい白亜のビル群が美しく、サトちゃんに聞くと自治体も金を出しているとか。エネルギーなんちゃら機構とか、年に三回機関誌出してるだけみたいな怪しい行政法人がいっぱい入ってるんだろとか言って、笑う。真紀子さんはおおらかでしっかりしていて時に子供っぽいという、夢のような奥さんだ。しかるにサトちゃんはというと、窓の外の肉屋を異常なほど凝視していて奥さんの話を全然聞いておらず、怒られていた。
 本日の「シングルモルト祭」のために、ジャスコでシングルモルトの小瓶を探す。グレンフィディックなどあったが小瓶はなく、「準備運動」のためのビールすらなぜかない。限定免許だから発泡酒ばかり置いてあるとわかり仰天した。オールドパーはあるのにビールがないとは、「格差社会」も学者の寝言ではないということか。男二人が血眼になって酒を探している間に、真紀子さんが買い物をしてくれていた。ポリンキーと蛸のから揚げと枝豆とポテトと、明日の朝のサンドイッチ。だだっ広い敷地で人がたくさん買い物をしていて、その一人一人がいろいろ考えていると思うと、気味が悪くなった。サティーに移り、念願のビールをゲット。小瓶もずらりと揃っており、普段手が届かない酒をばんばん籠に入れるのも痛快だ。スコーンと水と魚のフライを買う(これで、ジャスコのポテトとあわせて、フィッシュ&チップスの体裁が整った)。こぎれいな五階建てのマンションが二人の新居だった。嵐のあとで、薄い藍色の雲の形までくっきり見える澄んだ宵だ。五階まで上ると共有スペースの廊下から大宮駅の夜景が見える。「昨日が十五夜だったみたいだよ」と真紀子さんが言った。まんまるの明朗な月が、凪いだ光る海の中のきりたった白い島のような、寄り添ったビル群に半分かかっている。新都心の夜景も大宮から意外と近い。ここまで離れると、人間の暮らしの息吹は臭くなく美しい。シーサーの置き物とプジョーの206の模型のある玄関に上がると、部屋はまだ新しく、木の匂いがした。結婚式のときに見かけた、映画のカチンコのついたボードや、抱き合った
ピンクパンサーのぬいぐるみが新婚家庭らしく、真新しい食器を褒めたら真紀子さんがすごく喜んだので、自分がMr.ちんになった気がした。それとも、でかいしゃもじをもって来るべきだったか。
 少し先に戻ったサトちゃんが、明るい和室の食卓にシングルモルトのビンをずらりと並べておいてくれたので、思わず写メで撮ってしまった。黒い机に縦長にくぼみがあり、その上のガラス板に小瓶のシルエットが映っているのを見ていると、酒欲でムラムラしてきた。はあはあと息も荒く、蠱惑的な琥珀色の小粋なボディーを視姦していると、ようやっとサトちゃんがコップを持って現れ、まずはこれとクラシックラガーをとくとく注ぐ。三日ぶりのビールで、意味もなく笑いがこみ上げてくる。体中の細胞が、ようこそ!ようこそ!とウェーブしている。真紀子さんがポテトや魚をさっとあげて運んでくれる。彼女が酒がダメなのが残念だ。ケーキなら、というので、それはちょっとなーと思った。まずは毛唐の酒から呑み殺してやろうという話になり、アイラ島の
「ボウモア」十二年。いきなり野蛮な異端児を引き当ててしまった感じ。納豆かと思う強烈なピート臭がガツンと来る。スコッチも、ようは地酒なのだ。じゃあ次は定番でシングルモルトの幅の広さを確かめようということになり、「マッカラン」の十二年。こちらも燻した匂いだろうか、ソーセージのような匂いがして、お世辞にも上品とはいえない。が、どちらも呑んだ気にさせてくれる酒で、それがうれしい。つづいて、これだけは珍しさで大瓶を買ってきた「トマーティン」の十二年。「マッカラン」の後という順番が悪かったのか、「マッカラン」に似てるね、うん、で話が終わってしまった。
 「マッカラン」にぶつける意味で、国産最高峰の「山崎」十二年。やはり、ずるいくらいにうまい。シングルモルトのローカルな試合にふさわしくない。強いていえば、研究しつくしてうまいものを作った「後出しジャンケン」であり、日本人好みのあくのない及第点的な味に収まってしまっている点であるが、やはりまちがいなく大横綱だ。つづいて呑んだ、同じくサントリーの「白州」十二年。「学級副委員」だと一蹴される。ニッカの「余市」十年が、唯一の十年選手でありながら意外に健闘した。日本のシングルモルトの中で、珍しくもきちんとシングルモルトの個性を出そうとしている。ようは、多数決的なところへ落ちるのを拒んでいる。サトちゃんと二人で、がんばれ「余市」とひとしきりエールを送った。期待された同じニッカの「竹鶴」十二年は、「トマーティン」と同じじゃねえ?とサトちゃんの一蹴にあい、サントリーとニッカの旗艦対決はあっけないほど早く「山崎」に軍配。最後に「エキジビジョン」として、ブレンドウィスキーの王者「響」の十七年を呑んだ。わたくしなんて取るに足らないものですからと無個性を装いながらも、舌先で花開いていく馥郁とした匂い、深い味わい。ストレートでも抵抗なく胃の腑に吸い込まれていくあたたかい人肌の黄金の恩寵。これを呑んでしまうと、シングルモルトがいかに野卑な酒か思い知らされる。だがぼくはその野卑さが好きだ。そして、「山崎」というのがいかに凄い酒かが改めて感ぜられる。
 いろいろな話。この間取りなら、不法就労のフィリピン人が三十人くらい詰めこまれるだとか、結婚式のDVDは何年たってもいい思い出になるだろうとか、川辺くんのお母さんの葬式にはいろいろ見知った人が来てたとか、うちの所長を「初潮」に読み替えて遊んでいるとか(初潮室に呼ばれるとか、初潮に怒られるとか言って、爆笑する)。石川土産に
輪島塗りの木のお猪口をもらい、お邪魔したお礼に焼き菓子を渡し、いしいしんじの「ぶらんこ乗り」を貸した。かねてから聞いていたプレステの「人殺しゲーム」をやる。バカなアメリカ人が作ったゲームで、街中で銃をぶっ放したり車で歩道を暴走したりできる。サトちゃんは、安全な高いところから手榴弾を投げたりライフルで無辜の市民を無差別に殺したりすることに喜悦していたが、ぼくは街中に踊りこんで市民、警察問わず火炎放射器をぶっ放すことに情熱を燃やしていた。人間性が試されるゲームである。真紀子さんが呆れかえっていた。二人はいい意味で朋友のような夫婦で、お互いが軸のぶれない寛容さを相手に対して持っている。それが下品にならず知的で、あたたかくもすがすがしい雰囲気を住まいにもたらしている。いたれりつくせりのうえに、着替えから歯ブラシから布団まで用意してもらった。心底痛み入る。二人は寝室へ戻り、ぼくは居間に布団を敷いてもらって寝た。新しい畳の匂いがする。新しい生活の匂いだ。時を経たらそれはそれで、いい古酒のような深みのある匂いになるのだろう。

9月18日

 休日なのに朝早く起こされる。ゲンタの調子が悪いというので階段を下りて玄関を見ると、家族三人が集まっていて妹と母がうちの犬に声をかけながら泣いていた。玄関に横たわっているゲンタは、苦しそうに身悶えながら声もなく咆哮している。家族全員で声をかけたり撫でたりして励ましてやると、必死の力を振り絞ってふらつきながら無理をして起き上がり、お別れのあいさつのつもりなのか、「ありがとうありがとう」と思いっきりしっぽを振って笑顔で応えようとするので、不憫で泣けてきた。昨日の血液検査で、ほとんどの成分数値が平均値から大きく外れて体ががたがたであることは知ってはいたが、こんなに急激に悪くなるとは思わなかった。今までも発作は何度かあったが、これほど必死に何かと闘っている感じの発作はなかった。しかも、今までのような大きな悲鳴すらない。何もできないけれど楽になってほしいという祈るような気持ちと、見守られていることを意識して痛み苦しみを訴える気持ちのつながりがふいに切れて、
ゲンタの白く濁った目が遠くを見据えて、その口元が獣のように怒りでゆがんだ。横たわったまま駆け出すかのように、体が大きく波打つ。人間も死ぬときには、近しい人たちに見守られていたとしても、一人で暗闇を見すえて、怒りに獣の形相になって死んでいくのだろうかと思うと、恐ろしかった。ゲンタがこの十四年間を忘れて「知らない犬」になってしまったように。大きく身じろぎして、動きと呼吸と心臓が止まった。妹が泣きながら小さな声で「ゲンタが死んじゃった」と、二階のトイレから降りてきた母に言った。と思ったらどういうわけか、ゲンタの体が少し動いて、やさしさを取りもどした目が見回すように少し動いた。「死んでないじゃん」と言われ、「最後の最後まで演技派だよこの子は」とまで言われた。みんなが笑った。ゲンタは、ときどき仮病のふりをする犬だった。「もうやだよ」と妹が泣きながら言うので、また笑ってしまった。
 優しくなでてあげると、老犬とは思えない毛並みの良さで、臨終をむかえようとしているとはとても思えない。体は痩せて、硬くなっている。「ありがとうありがとう」と念じながら、なでつづけた。おしっこが少しだけ出た。少しずつ呼吸が小さくなり、目が白いガラス玉になって、小さなあたたかいいとおしい犬の皮袋だけが残り、ゲンの魂が子犬になって名残惜しそうに家の周りを回ってから、昇天した。「もう、おやすみ」といって母が目を塞いだが、うっすらと目を開けているようで、死んでいるとはとても思えなかった。ペット霊園に親父が
火葬の予約をして、ぼくが横浜の祖母の家に連絡をして、濃いコーヒーを飲む。思い出がときおり波のように押しよせてきて、涙が流れる。窓の外を見ると、斜めに走る雨の向こうに美しい暗い緑と、灰色の空が見える。ゲンタの散歩に同行したことがある好人と渉にメールした。ぼくと妹が赤ん坊のころにつかっていた、たくさんの犬の描かれたマットでゲンタをくるみ、ぼくと親父で骸をワゴンの後ろに乗せた。「最後のドライブになっちゃったね」と母が言った。
 台風が近いため降っていた雨はほぼあがり、曇天の下の田園地帯を抜けていく。強風で引っ掻き回された田んぼがある。遠くの低い山々に靄がたなびいている。鉄塔が雫を滴らせるように輝いている。風景が厳かに見えた。おととい昨日と、ぼくと妹はそれぞれ泊りがけで出かけていたので、ゲンタは帰宅するまで耐えて待っていたのではないかと話しあった。本当に賢くてきれいな子だったねと、言いあった。舗装されたばかりに見える黒いアスファルトの小道で人間の墓所を迂回した先に、なだらかな丘陵を切り開いた小さな霊園があった。巣箱のついた細い木がまばらに並び、手作りのブランコのある広場にせせらぎが流れている。坂を上った台地に、白い建物が建っていた。狭い焼き場に通されると、小さな仏壇の前で段ボール箱に入れられたゲンタが、白いシーツから穏やかな顔を出していた。線香を上げ、手を合わせて、小さな花で飾ってやる。頭をなでてやるとまだ温かい。名残惜しかったが、観音開きの扉を開けて焼却炉から台車を引き出してもらった。バーベキューの網のようなものがついていた。蓋をして、親父と作務衣の職員が箱を台車に乗せる。扉が閉じて、家族全員で
合掌して冥福を祈った。
 甘いメロディの流れる待機所に座って家族と待っているのが嫌になり、外へ出る。親父が煙草を吸っていた。背景の緑に囲まれた小さな短い白い煙突から、湯気ともいえない透きとおった水のような煙がゆらめいているのが不思議な気がした。ゲンタの死といっしょに、ゲンタと駆け回ってじゃれあっていた自分の「青の時代」が葬られたのだなという感傷的な考えが浮かんだ。「青の時代」とて死と無縁ではなかったが、これからますます闇は深まり、憤りと諦めは深まり、刮目して暗い道を行くことになるだろう。ふと見るとさらに上の丘陵に、犬が二匹連れ立って走っている。この霊園で飼っている犬なのだろう。ゲンタの足音と敏捷な身のこなしのイメージが、ぼくの冥府魔道行を支えてくれる気がした。何十万もする個別の墓石や、死んだペットの写真が飾られている掲示板や、大きな柔和な仏像や、遠くの山並みや、ペットの死に関する新聞の切り抜きを読んでいるうちに焼き終わりましたと言われた。ゲンタは小さな骨の塊と頭だけになっていた。頭はなでると砕けた。親父と母が、ぼくと妹が、それぞれ拾い箸して骨を骨壷に収めた。歯は、ぼくと妹が買った小さなおまもりに懐紙に包んで入れた。これが喉仏ですよ、ここが腕でここが頭、人間の形に見えるでしょうとやさしそうなおばさんが説明してくれた。足の骨と背骨と頭と
喉仏だけ、よくわかった。骨壷を入れた箱を持った親父を先頭に、家族でゆるやかな坂を下りて石畳の先の仏像まで歩く。哀しみは、何の前触れもなくときおり押しよせて涙を誘う。仏像の後ろに四角い石の蓋があり、そこを開けると暗くて丸い穴がぽっかり開いた。つまんで、骨を穴に落とすと、シャラッというさわやかな音がして骨が砕けた。大好きなゲンタは、死んでしまった。仏像に合掌して車に乗りこむと、ゲンタのくさいにおいがした。
 帰りにそのまま小代までいって、邸宅を改築したという蕎麦屋でそばと野菜の天ぷらを食べる。家族みんなが押し黙って蕎麦をすすった。体中喜んで飛びついてきたゲンタはもういない。何につけますます度し難くなっていく気がして、暗くなった。帰宅しても、ゲンタはいない。臭いがして、銀の水の容器があって、室内ハウスもあるのにもういない。母が、買ってきた花と、一番よく撮れた写真と、幼犬のころの写真と、首輪を玄関に飾った。ぼくは本棚の空いているスペースに、神社の描かれた金の文鎮をたてかけて即席の神棚をつくり、そこに歯の骨の入ったお守りと、写真を祀った。茫洋としてしまって、何もする気になれない。疲れていたので昼寝した。起きると、曇り空が血を薄めたようないやな赤に染まっていた。いつもの習慣で、階段を下りるとつい玄関を覗いてしまう。いるはずもないのに。だがぼくは、ゲンタとのたくさんの永遠を所有している。飯を食べて、ゲンタのことを考えながら日記を書いたりボーっとしたりする。公文の山口さんが知らせを聞いて線香をあげに来てくれたようだったが、二階にいてまったく気づかなかった。ぼくも線香をあげる。いつものように頭を撫でてあげたいのにゲンタはいないから、思わず大きなスヌーピーを撫でてしまった。風呂に入り、寝る前に何か聴こうと思ったが、お誂えの中島みゆきの「誕生」は哀しすぎるのでオザケンの
「天使たちのシーン」を聴く。「愛すべき生まれて育ってくサークル 君や僕をつないでる穏やかな止まらない法則(ルール) 冷たい夜を過ごす暖かな火をともそう 暗い道を歩く明るい光をつけよう」。夢の中で、いっしょに原っぱを駆け回れたらいいのに。

9月15日
 
 一ヶ月ちかく日記をさぼっていた。朝方はすでに涼しい。今にも雨が降りそうな妖しい天気で、自転車を漕ぐ足にも力が入る。三日間放置しておくわけにいかないので、今日ばかりはきちんと駐輪場に停める。仕事で車屋と、客の姓が変わっているからといって「ご結婚ですか」と聞くと大変気まずい目にあうという話で不思議にもりあがる。まあ、下らないことでもりあがるくらいしか仕事の楽しみがない。地虫の生活。昼に郵便局と銀行へ会社の自転車で行き、ラーメン屋で味噌ラーメンを食べる。親父が、うちのは醤油だけじゃなくて味噌もうまいでしょとか、おたくは八月は半分くらい休みなんでしょとか、どうでもいい話をふってきて鬱陶しかった。午後からの仕事に遅刻しそうなのにちんたら作られてはかなわない。近くじゃなかったら来てないよとか、言いたくなった。午後も窓口。眼光の鋭い若い男がけんか腰で挑んできた。持ってきた車が並行輸入のディムラーなのだから、時間がかかっても仕方ないではないか。英国
王室御用達ってやつである。ダイムラー=ベンツとももともと関係があったらしいが、今はジャガーの最上級ブランドである。自動車業界の資本提携とか技術協力は錯綜していてわかりづらいし、わかったとしても株でもやらないかぎり無意味であるなとかボケッと考えた。速攻でルーティンを片付け、逃げるように電車に乗りこむ。一眠りしてから快速にうまく乗り換え、北千住へ。
 車内で三人組の高校生が床に車座になり、下品な大声で話していた。脳みそかち割ったら、脳みそも下品な色してウンコみたいにとぐろ巻いて臭そうだなと思う。トルーマン=カポーティの「冷血」のつづきを読む。「カポーティ」の公開直前のお勉強というやつだ。テキサス州の一家四人惨殺事件を取材した有名なノンフィクションノベルで、勤勉で誰からも愛され信仰に篤い被害者一家の「神のいる生活」と、加害者二人組の「神の不在」を描いている。凄いのは、被害者側の殺されるまでの生活を美しく魅力的に書くだけでなく、加害者(とりわけペリー)の心に深く同調していることだ。ペリーもディックも魅力ある好漢としての面を持ちながら、何かが欠けている。その欠落ゆえに、恨みとも金目当てともつかない、奇妙で残酷な殺人を犯す。それを追う目線は、あくまで「神の不在」の側によっている。だからこそ、殺された家族とホルカム村の人々の生活は、憧憬の光で輝いている。まあ、読み終わるまで早合点はやめよう。北千住からいつもどおり地下鉄を乗りつぎ、中央線直通の東西線で吉祥寺まで行き、JRの若い職員に精算を求めたら計算の楽な高いほうの料金で出されてしまった。後ろが行列になっていたので、嫌味を言いながらそのまま払う。
 北口キリンシティそばのサンマルクカフェで、大阪ミックスとかいうバカなジュースを飲みながら待っていると、津田が来た。あいかわらずでかくて目立つ。勉強大変で、単位落としたとのこと。放火じゃなくて法科大学院ともなると、大学のようにはいかないということか。帰路につく人の流れの目立つ道の端のベンチに座り、怪しい商談をするかのようにひそひそと話しこんでいると、浜本が来た。あいかわらず黒い。改装前の「いせや」に行く予定だったが、津田が煙草と肉NGなので、
「砂場」に変更する。東急デパートの南の小道に入り、こぎれいな飲食店の立ち並ぶ一角を歩く。もんじゃの「チャチャ屋」はなくなったが、「大龍門」や「牛鉄」が懐かしい。地下一階の「砂場」の静けさと穏やかな灯りが、気持ちを落ち着かせてくれる。菊正宗に、卵焼き、湯葉、あさり、枝豆。津田は患って、酒はもちろん肉全般がダメなのになぜか体格が衰えない。炭水化物を取りすぎたり、三崎でマグロを食べまくったりしているとのことだが、それだけとはとても思えない。浜本が負けずに筋トレ自慢をはじめ、愛飲する硬水の効果をその場で販売しかねない勢いで喧伝した。贅肉がほとんどないから触ってみろと腕を突き出してくる。とんだ、ナルチストである。そのあげく、恋人とチューしている写メとか見せられた。匂いでも酔うという津田を尻目に、ビールとぬる燗をがぶがぶ呑んだ。
 大学に戻りたいという浜本と、その大学に今もいる津田と、大学に戻りたいと思わないぼく。勉強したくないわけではないのだが、独学のほうが効率がいいタイプだと、17年も学校で学んでやっとそれだけは学んだぼくである。津田と浜本で京都の話。なんとかいう豆腐が日本食ブームで値上がりしたとか、なんとか蕎麦屋がうまいとか、関西の寿司はよくないとか、洛南は共学化したら勉強できなくなるとか、賀茂川沿いのソープを床屋と間違ったとか、本願寺の前は仏具屋ばっかりとか、東の野蛮人にはわからない話ばかりで面白くない。しかし、よく聞いていると話が食い違っており、浜本が通りの名前を縦横逆におぼえていることが判明した。三年間通っていた京都ですらこれなのだから、彼の頭の中の日本地図はとんでもないことになっていると思われる。ぼくだって
四条通りくらい知っていると言ったら、余計な口挟むなと言われた。津田がなぜ文学ではなく哲学を専攻したかという話で、本人得意の韜晦で煙にまかれてしまったが、ぼくはいまだにいまいち両方の違いがわからない。能と歌舞伎が違うように、味わいの違いという点では当然差がある。だが、目指すものは同じな気もするのだが。そして、詩は小説より哲学に近い気もする。「世界を見つめる目」を描くのが詩や哲学であり、世界の目で見つめられることを描くのが小説ではないか。結局小説とて、見つめられることで変わった「世界を見つめる目」を描くことになるのだが。十二時ちかくまで話した。この三人の話にはいつも進展がない。それがなんとも、うれしい。
 またの再会を約束して、津田と駅で別れる。浜本と上り電車に乗り、東中野で下車。年がら年中工事している山手通りを北に上る。浜本が、十三号線ができるんやと、東京在住とは思えない発言をしていた。高いビルが立ち並んでいるのにいつも人気がない山手通りを、自転車二人乗りで走る(なぜかぼくの運転)。こんなので捕まったら、はずかしすぎる。中野の桃太郎寿司で一杯やるが、浜本がカウンターで寿司の悪口を言いまくって手におえず、早々に帰る。なぜか寿司屋に併設されている洗車場で、深夜に従業員が三人がかりで青いポルシェをピカピカに磨きあげていた。二人乗りして中井まで行き、汚いカラオケ屋で懐かしい歌を歌いまくる。浜本が、
横山やすしやしきたかじん長渕剛鶴田浩二舘ひろし石橋凌などなどの地獄のレパートリーを仕掛けてくる。ぼくはとりあえずサザンやユーミンを歌った。明け方まで歌い、もちこみの酒を呑みまくったうえに金を払わないで帰ろうとして呼び止められた。浜本の家に泊めてもらう。恋人の厳命があるらしく、「汚ない」という理由で居間までしか入れてもらえなかった。バイキンあつかいである。やすしの追悼特集を見せられる。きよしはあかん、きよしはきたないと浜本だけ興奮している。きよしもやすしもどうでもいいよと思った。お勧めの硬水を飲んでみると、水なのに口に含むとスープのようで、ちょっとおいしかった。ここは涼しいからいいやろと、親切ぶったことを言われて居間の床で寝た。