直線上に配置
8月12日

 秋田のばあさんの家で起きて、
「詩作マニュアル」を読む。現代詩50年の歴史、詩の原理、詩のキーワードをさらっと1冊でおさらいでき、もったいぶって語るための入門篇としては最高ではないか。かつて「なかに本物のひきがえるがいる想像の庭」などと定義されていた「詩とは何か」という最大の質問に、作者は「詩とは言葉による世界の捉え直し、あるいは再構成である。そしてそれは驚きを、エロスをさえ伴う」とさらっと答えている。でもそれは小説も同じではないか。「詩とは通常の言語活動をいったん失語症の近くの混沌にまで戻して、あらためてそこで選択と結合の作業を更新することである」と、作者は丁寧に答えてくれた。詩では、自身が幼年期にさかのぼることで世界を捉え直し、小説では、異質な何かがぶちあたってくることで結果的に世界を捉え直す、そうすると小説のほうが受動的なのかななどと思った。本書で引用されていた小林康夫の1節が面白い。「想像してみよう。たとえば文学的であれ思想的なものであれ、それぞれのエクリチュールにおいて問題になっているのは、それぞれある固有のコドモの誕生なのだと。どのようなエクリチュールも、最終的には、言葉を知らない、コトバ以前の感覚的な、感性的な存在を、コトバによって、ということは同時に法によって貫かれた倫理的世界へと、――ある決定的な痛みや外傷を通じて誕生させるという企図なのだと考えなければならない」。秋田こまちのごはんで、時季が早いわりに油ののったさんまを食べる。さやえんどう、卵焼き、ナスの味噌汁。めまいと心臓の不調にもかかわらず、ばあさんが作ってくれたのだ。ステテコ姿のじいさんが出てきて、オレはこれで大丈夫だと、当てつけるようにバナナとチョコレートと、生卵の入った牛乳を見せびらかす。朝から腹いっぱいになって、車で出かけた。
 2年ぶりだが日本海は変わらず美しい。曇っているせいか海は青黒く沈んでいて、波こそないものの、海面は始終網模様の細かい起伏をきらきらさせている。門前を越えると道路は山道に入り、海へいたる天然の崖と山を切り崩した人工の崖の真ん中を通ったりする。昔の人は半島の先までいくのにさぞ苦労したろうと思っていると、自転車をこいで必死に前を行く若者がいて笑ってしまった。途中の加茂はいつ見ても印象的な漁港で、切り立った山塊にはさまれた小さな弧の海岸に2、30戸と数隻が寄り添っている。親父いわく昔は
「陸の孤島」と呼ばれていたらしく、今でも冬になって道路が閉鎖にでもなったら、それこそ船で街に出ねばならないのではないかとのこと。ぼくなんかは、どうしてそんなところで暮らすのだろうと思うけれど、そこで生まれた人はそこで暮らすのが当たり前と思っているのかもしれない。20数年前の日本海中部地震では遠足に来ていた(というのがまず衝撃だが)児童10数名が、津波の犠牲になったらしい。目的地の水族館のそばでも旅行中の外人女性が犠牲になっていて慰霊碑が建てられている。地震後10分で10メートル級の津波が来た恐怖は今でも語り草になっているらしく、どばっと押しよせる波の後の強烈な引き潮で流されて死んだ人が100人近くいたとか。最初の引き潮とその後しばらくの海は静かで、突然ドバっと来るのだからたまらない。ぼくなんかは欲張って、引き潮に取り残された貝や魚を集めているうちにやられてしまいそうだ。
 リニューアルした水族館には、今は漁獲高の減った秋田名物のハタハタや、色とりどりで気持ち悪いイソギンチャクや、強欲そうなペンギンや、暑さでストレスがたまっておもちゃに八つ当たりする白熊や、場違いのピラルクや、別の魚にくっついて悠然としているコバンザメがいた。どの魚も飯の心配をせずに、同じところをぐるぐるぐるぐる回っている。鰯の群れが狭い水槽をうつろな目をして高速で泳ぎ回っている。絶対に気が狂っていると思った。会社の土産でなまはげクッキーを買い、外でぶらぶら待っていたじいさんと落ちあい、半島の先端の入道崎へ。灯台に寄らずにUターンして、北側の道から帰ろうとしたらどしゃぶりになった。猛烈に降ったり、止んだかと思うとパラついたり。気づいたら寝ていた。ラーメンを食べてから、寒風山へ。ど演歌がスピーカーで流れる頂上付近で、なだらかな丘陵に立つと、遠方を雲でおおわれた大きな半島が見渡せる。腰に手を当てたじいさんが、自分の領土を見せているかのように「気持ちいいべ」と気持ちよさそうに言った。反対側に、八郎潟を干拓したときにできた大きな調整池と、道路と田んぼで碁盤の目のようなだだっ広い開拓地、弓なりに遠くまで走る海岸線と平行して秋田市へと続く幹線道路が見えた。いったん帰宅して贅沢にも昼寝し、仕切りなおしをしてから、八竜町の「メロディアン」(名前凄い)に土産のメロンを買いに行く。じいさんがスイカとかぼちゃを衝動買いした。じいさんがなぜスイカとかぼちゃを見るとつい買ってしまうかというと、満州に駐屯していたからである。なぜか笑える。大きなショッピングセンターでぼくは下着とゴーグルを、親父は土産の稲庭うどんを買い、船川港に戻った。
 寿司を買おうと思い、小銭寿司や大きめのスーパー2軒を回るがまったくない。お盆の前ということもあるが、市役所のある中心的な漁港なのに寿司すらないのだから、過疎化の深刻さがうかがえる。小さな市街地は更地が目立ち、じいさんの弟の「ファミリーレストラン」も店じまいするのだそうだ。昔は寄港した水夫や漁師で賑わったであろう、港の奥のどんづまりにある小さな盛り場にある寿司屋で握ってもらい、持ち帰る。本屋が潰れているのを見て、ここではぼくは生きていけないなと思った。家で呑みながら寿司を食べていると、ばあさんはメロンの皮を厚切りするのでもったいないとじいさんが言い出した。最近酒を呑まず、「呑み助が呑まなくなったらあとは死ぬだけ」とからかわれていたじいさんの酒の虫が目覚めてしまったらしく(われわれのせいであるが)、今日も独演会が始まってしまった。ソ満の国境線にあるウスリー川を地元民に混じって渡航していたら
馬賊が乗りこんできて、「日本人はどこだ」というのでじいさんが黙っていたら、見知らぬ男が「日本人ここにあり!」と大声で誇らしげに叫んで暴行され拉致された、それをみてじいさんはその叫びを胸に秘めて生きようと思ったとか、シベリア抑留のさいに炭鉱の発破作業に進んで従事してソ連兵に認められカマンゼル(指揮官)に任ぜられ、バザールで自由に買い物できたとか、その功績もあってか予定より早く帰還することができ、そのせいで公安にスパイじゃないかと疑われて家で尋問されたとか、過分な旅費をもらってGHQの本部まで行ってソ連軍の飛行場の位置を聞かれたが、「ソ連じゃ、木を倒して網を敷いてどこだって飛行場になる。だから調べても無駄」と答えて感心されたとか(落胆されたの間違いだと思う)、帰還して家を買ったら住所の字が周りと違うので変だと思っていたが、つい最近役所が調査に来てうちがまだ市有地だということが半世紀ぶりに判明し、市から正式に土地を買いあげたけど結局それが市の間違いで返金してもらったとか(酔っ払っているので話が飛ぶ。それにしても、男鹿市は大丈夫なのか)、今でも字は大畑台と書いても苗代沢と書いても届くとか、知人が本を出版するというので金を出したら音沙汰がなくなったけれど電話したらすまなかったといって返金してきたとか、何だかスケールが大きいんだかいいかげんなんだかわからない話がつづく。
 ばあさんの、悲痛の叫びにも似た容赦ないツッコミが笑える。酒を呑んで家と作業所の間の道で寝てしまい、子どものときの親父がいつも探しに行っていたというじいさんの血が、
隔世遺伝的にぼくに伝わったとしか思えない近年の自分の酒の失態を思い出し、ユウウツな気持ちになった。じいさんはというと、ケープタウンから近所に嫁いできたオーストラリア人が結局別れて子どもと一緒に南アフリカに帰ったというばあさんの話(これはこれで聞いていてきつい)を境に、急に静かになってしまった。86なので、急に静かになられると不安になってしまう。「誠実であればどんなところでもうまくいくんだ」と、カッコいいことをじいさんがしんみりと言った。ばあさんが、「てっちゃん、悪いことはしたらダメだよ」とぼくになぜか言った(おばあちゃん、ごめんなさい)。じいさんが発作的に買って来てばあさんの血圧をあげた薄型TVで、寅さんを観る。マドンナは伊藤蘭。寅さんはみんなに少し羨ましがられて、多いに蔑まれている。ふと、賎民逸民と呼ばれてきた人々に対する「常民」の差別意識にひょっとしたら嫉妬があるのかもしれないなと思った。ばあさんが寝て親父も寝たので、ソファで恩田陸の「ネバーランド」を読む。男子高の寮が舞台なのだが、少女漫画のようにとても爽やかで、おばさんの幻想といった感じ。そのくせ、登場人物が生々しくてするっと胸に入ってくる。題名からもわかるように作者の知性が行き届いていて、過不足のない文で心地よくなれた。毎日酒宴があって毎日みんな二日酔いというのがなぜか印象的で、このへんの特徴からついつい作者のことを考えてしまう。「夜のピクニック」も読もうかなと思った。いびきをかく親父の隣の布団にもぐりこむ。昨日海辺で焼いた手や足がひりひりちくちくする。子どものころ、日中に海で思いっきり遊んで夜中にここで寝ると、温かい海の中にいるように体が波に揺さぶられている感じがしたものだ。

7月30日

 早起きして母親の車で横浜まで同行するはずが、眠気の誘惑に負けて置いてきぼりをくらう。しぶしぶ起きて、バスで駅まで行き、駅から電車。駅そばの醤油の香りに鼻をくすぐられるが何も食べずに乗車。爆睡。本を読もうと思ったのに、気づいたら赤羽間近だった。埼京線の中でひさしぶりに「キレてる」人を見かける。「黄色い目玉の切断」だとか
「嫉妬の埼玉」(ナイスなコピーである)など、意味不明の手書き文字がびっしり書きこまれたTシャツ(自家製)を着て、何か台本を読んでしゃべっているように途切れることなく朗々と、「全国40ヶ所の東大は」「道路の下は核シェルター」「ドイツの手術台はさかさま」などの詩的なメッセージをぶちまけている。聞こえないふり見えないふりをしている他の乗客たちのこわばった気まずい雰囲気がなんともいえず辛い。こっそり顔を盗み見たら、インドの賢者風の意外と知的そうな澄んだ目をしたやせたヒゲオヤジだったので驚いた。もっとこう、邪悪なオーラぎとぎとの「ワニ眼」狂人かと思ったのだが。早く逃げ出したくて池袋で降りたら、オッサンもいっしょに降りてしまった。山手線で新宿へ。風風亭の時間と料金を念のため確認したかったので、懐かしい西武新宿駅まで歩く。開き直ってうれしいくらいの真夏日だが、なんとなく青空が不鮮明で灰色がかって見える。靖国通りを四谷方面へ向かって歩いていると、平面であるはずの街が両脇にせりあがって色とりどりに広がっているのでなんだか意味もなく嬉しくなってくる。肩をかすってすれ違っていく人の顔だけは、用事があるせいでか、あるいは用事が見当たらないせいでか浮かない。花園神社の盆踊りの予定など見ながら、丸井のメンズ館へ入る。
 AARへ直行して、秋冬物のスーツを見る。店員が偉ぶらず気さくなにいちゃんで、細かい目立たないチェックの入った黒いスーツのよさを猛烈にアピールしてきたので、秋にまた来ることを約束してしまった。MとSを着てみたところSの方が似合っているらしく、「そうですか。Mかと思ってましたが、自分がSだとは気づきませんでした」と答えたが、答えながら何だか別のことを想像してしまった。冷やかしたおわびに、襟がピンととんがって格好いい無地の白いYシャツを1枚買って名刺をもらって店を出た。最上階まで上がって、完全に冷やかしでY´sを見る。服の白黒の光沢があいかわらずいい。定番の黒いスーツは店頭に置いていないとのことで、出してもらって試着した。ガラスの陳列台の上に広げてもらったスーツは無骨なのに泰然としていて、猛禽類が翼を広げたように美しいのに、いざ自分で着るとダボッとして冴えず、まるで自分の雰囲気のせいで服がしなびてしまったようでガッカリした。これならAARのがいいなと思う。鉱物のような輝きと繊細な皺をもつYシャツは、
AARと比べて格段に魅力的でうっとりしてしまい危険だったが、デザインと金額が常軌を逸していたので購入は思いとどまった。入るとき気づかなかったが、オロナミンCの無料配布をしていたので、わざわざ1階まで行って券をもらってから7階の引換所のそばでグビグビ飲んだ。伊勢丹の横を通り、歩行者天国の新宿通りに出て、ジャグリングをちょっと見たりしながらTSUTAYAへ行く。10年前は看板がほとんどなく教えられるまで何屋かわからなかったTSUTAYAもおなじみの藍色と黄色で、最近できたカラオケ館に負けないくらい目立っている。目ぼしいものはなかった。新宿へ来るとなんとなく、昔よく行った場所に理由もなく行ってみたくなる。精神的なマーキングをしているのかもしれない。
 金をおろし、ポイントカードを持っているというだけの理由で地下道を通り西口のヨドバシカメラに向かおうとすると、お茶か何かの売店でやくざが女の売り子3人を相手に大声ですごんでいる。おまえら、オレが貧乏人で買えないと思ってるんだろうこの野郎、云々。大丈夫かなあと思って少し見ていたら、ただで何かを飲ませてもらっているらしいやくざがすごくうれしそうな顔で3人とおしゃべりをはじめたので、アホ臭くなって歩き出した。ヨドバシで「疾走」のDVDを買い、別の地下道を通ってまたまた東へ戻る。新宿のあちこちを自分の足で踏みながら思い出しているような気分になり、まんざらでもない。
「僕に踏まれた町と僕が踏まれた町」という中島らものエッセイ集があった。いい年してこんなことしてると、けっこうさびしい暇人である。まだ新しいジュンク堂の喫茶店で小休止し、ジュンク堂を散策。2時間程度ではそれほど面白い本を発掘もできず、「群像」の鬼編集長だった大久保房男のエッセイや、大阪の馬鹿な建築物の本などをつまみ食いした。筒井の最新アンソロジー「陰悩録 リビドー短編集」の中の、発掘されたという短篇「睡魔の夏」を立ち読みする。ピリッとしたワンアイデアもので、あまりの馬鹿馬鹿しさに感動すらおぼえた。新潮文庫の新刊のカポーティ伝や遺作の「叶えられた祈り」に興味をひかれつつも、思潮社の「誌の森文庫」という新書の「現代詩作マニュアル」を買う。現代詩とは何かという、単純な疑問に答えてくれそうだったから。本の森で涼んでから、巷の喧騒へ。西武新宿駅へ行くと、なぜか西山くんが改札と逆方面から来た。米国会計士試験の学校で自習していたらしい。
 風風亭で焼き肉食べ放題。さすがに野球部だっただけあって、ピッチは早くはないもののいつまでも食べつづけてへたばることがない。食い意地の張っていることでは負けないぼくもさすがにへばってしまった。もっとも、ぼくのほうがビールを呑んでいるので彼のほうが有利なのだ。なんでも、アメリカでの
ホームステイや現地の人との交流を通して中高生に将来や仕事について考えてもらうというビジネスプランを練っているようで、箔やキャリアのある人が主催しないとうまくいかないよなどと意地悪なことを言ってしまったが、心中やるなあと思っていた。車のディーラーをやっている西山くんの家庭の気風もあるのだろう。ぼくの月給の話をしたら、少なすぎると哀れまれてしまった。肉の食べ放題なのにシャーベットを3つも頼んで嬉しそうに食べている西山くん(コロンビア大学で買ってきたというおしゃれとは言いがたいシャツを着て)は、とても金持ちとは思えないのだが。7時ごろだったがまだ明るく、なんとなく物足りなかったのでキリンシティへ。金色に縁取られたバーカウンターで、ビールとワインを呑んだ。車の展示スペースに、こういうバーカウンターがあるとかっこいいし、馴染み客をもてなしたりできるのにと言うと賛成してくれたので、少しうれしくなった。5時間近く歩き回っていたせいで、酒の回るのが早い。頭の回るのが反比例して遅くなってきたので、じゃあまたと言ってお開き。じゃんけんで勝ったのでJRの駅まで西山くんに見送らせる。ちょうどいいタイミングで来た直通電車に乗り、もたれながらsalyuを聴く。立ちながらうとうと、どこかで席が空き、座りながらうとうと、どうしてこんなに眠いのかわからない。

7月27日

 昨日早寝したために、意外にも早朝目覚める。少し読書。
「ユリイカ」の西原理恵子特集。武蔵美の先輩のみうらじゅんが課題の「自分の顔」の彫像を多摩美から盗んできたとか、もてはじめたフランキーは「ちょっと新品の船戸与一」にすぎないとか、先祖代々山歩きしてきたサンカ出身の山崎一夫(西原作品によく出るギャンブラー)には土踏まずがないとか、大月隆寛は精神科の看護師をやっていたのでキチガイ扱いに長けているとか、西原は学食四年タダ食いしたり、瀬戸内寂聴やさくらももこのポストを狙ったり、隣の土地を一億六千万で買ってキュウリ育てたり、インテリに妙にうけることを実感したり(だから、こうやって「ユリイカ」に出るわけ)、オンナの皮をかぶったオヤジで本質的には漁師と言われたりとか、対談が面白い。凡百の評論は似たりよったりで、我田引水し損ねて自己アピールにすらなっていないものばかり。よくまとまっているのが小野正嗣の「母性と幼年期」で、サイバラワールドは善悪や昼夜、幸不幸や男女、大人子供の区別がなくなる、未分化であたたかい母性にみちた「あわい」の空間だという。鹿島茂がインタヴューで、「大地母神みたいにまとめて面倒見ちゃうように見せる。でも当人はそこで『これは金になる!』と思ってたりする」と奇しくもツッコミをいれてはいるが。その鹿島に対しても佐藤亜紀が特集以外の評論で、奇しくも(か、あるいは彼女のことだから特集を知ったうえで巻頭言として意図的に)ツッコミをいれている。「批評というのは往々にしてそういうものですが、どんなにうまく書いたとしても相打ち、大抵は明後日の方向に落ちる作家や作品の影に切り付け、その切り付け方や明後日の方向の偏りによって批評家自身の自分でも気の付かない正体を語って終ります――だからこそ、西瓜割りを見物する愉快さ、とでも言いますか、なまじな小説より面白い訳ですが」。耳が痛い。朝から本を読むと出社拒否になりそうなので、頭をむりやり切り替えて会社へ。
 つくやいなや雨が降りはじめ、クーラーもなく蒸し暑く、ただでさえやることの多い日なのに難癖をつけてくるやつとの電話での押し問答で時間をとられ、飯はまずく、電話当番で気を使い、決して怒らずいつも静かに笑っているという社内でのイメージ(苦労して作り上げた偽りの)が壊れるような仏頂面をし、パソコンのキーボードを無言でバシバシ叩いた。虚無感が募り、人に接するのが億劫でとげとげしくなってくる。遊び人親分肌の岩下さんがパチンコで勝った金で、若手何人かまとめてキャバクラに連れてってやると言っていたが、さほど乗り気にもなれない。岩下さんの脳天気なキャラクターに助けられている面は多いなと思い、それは心中感謝した。悄然として、出社。5分くらいしか乗らない電車の中で、最近必ず寝てしまう。寄り道しようと思ったが、今日は誰も犬の散歩をする人がいないというので直帰した。交差点で自転車を無言でぶつけてきたやつがいるので誰かと思ったら妹だった。犬の散歩に行ってから、茄子味噌とシチューとおしんこと豆腐を食べる。世の中もくだらないニュースばかり。しぐさや発言で心にちょっとした潤いを与えてくれる会社の癒し系の男性のことを、モイスチャー男子とかいうらしい。モイスチャー。伊集院とか松村とか、サランラップ腹に巻いたら凄そうな、汗だくで蒸気発散してそうな面々しかぼくには思い浮かばないが。ゲンタが突然、切なそうな声で大きく吠えたのが聞こえたので1階へ行くと、ぶっ倒れて妹に介抱されている。心臓発作でも起こしたかと気が動転し、サイトで急患受付の
動物病院を探して電話をかけるが、留守電だったり院長不在で応対無理だったりでますます焦る。食事会へ行っていた母、仕事帰りの親父とつぎつぎにあわただしく帰ってきて、結局明日の朝1番でかかりつけの病院に親父が連れて行くことになった。腰が痛いらしく、後ろ足が萎えてしまい少しでも動くと痛そうに高く短く吠える。弱虫毛虫なので気が滅入ってしまったようで、おやつをあげても食べようともしない。散歩にいけないとなると、おしっこやうんこをどうするかが問題である。もう二度と一緒に走れないのかもと思うと、陰陰滅滅とした気分になってきた。犬は猫と違ってダンディズムがなく、打算や媚もふくめて感情がバレバレでストレートであり、それゆえ少し憎たらしくもあるが激烈に可愛く、どこか痛いとなるといかにも痛そうなのでかわいそうで見ていられない。
 現実逃避のため、酒を呑み読書。「ユリイカ」に詩人の中村稔が「私の昭和史」という連載をしており、今話題の憲法改正に触れている。GHQは、占領者は占領地での現行法規を尊重すべきであると規定した国際法であるハーグ陸戦法規を完全には無視できず、明治憲法上の改正手続きを踏む形で新憲法を施行させた。それゆえ新憲法は、改正手続きを踏んでも神意がないかぎりは国体の変更はできないとする通説の矛盾を受け継ぐことになり、事実国民は政治権力の象徴が天皇にあるという意識を以前として拭い去れていないという。興味深いのは明治憲法の「神意主権」という考えの方で、これは「天皇主権」とは異なるという。天皇はあくまで祭司、子孫であって神ではなく、極限の祖先である無力無垢なる女神である天照大神の神勅こそが意志であり、その前ではたとえ天皇の意志であっても天皇制を変えることはできないのだという。A級戦犯の合祀に対して
昭和天皇が嫌悪感を示されたという、「拝金教」日経新聞のトップスクープ(スクープといっても、昭和天皇の「右翼」ぎらいは以前から有名なのでショックでもない)があったが、神道という宗教の面からいえばこの発言は合祀反対派に有利に働かない。陛下の個人的な好悪といったものは、死者を善悪好悪問わず等しく敬い丁重に弔うという宗教観を変更できないからだ。
 天皇制ファシズムなんて嘘くさい言葉がよくもまあできたもので、というのも神道のもとでも政治のもとでも天皇ほど人権をないがしろにされ、自身の言葉を失っている存在はおらず、それは昨今の報道をみても自明のことだ。アムネスティはなぜ立ち上がらないのか。だがぼくはやはり天皇の人権などというものには興味がなく、天皇は人でありながら人でない神の影としてあってほしいし、そのための尋常でないご苦労ゆえに敬愛されるべきものだと思うのだ。サザエさんみたいないい家族ごっこも無意味だと思うし、意外に庶民的な面のアピールもくだらないと思うし、森や川や山や海や獣や民よりも女房子供が愛おしいといったような本音トークもいらないと思うのだ。ぼくの
「西瓜割り」は、だいぶ見当違いのほうへ棒をふってしまっただろうか。それにしても最近の「靖国問題」というのは本当にばかばかしい。国家による無宗教の慰霊の模索、だそうである。無宗教ならそもそも霊なんてありはしないし、死人は肉か炭か土でしかないではないか。国家的に慰霊するというのであれば、歴史的にいって慰霊の場所は靖国以外ありえないし、宗教的にいって「いわゆるA級戦犯」合祀しかありえないし、法律的にいって拝むだけなら閣僚であっても違反ではない。しかしここで矛盾するようだが、ぼくは国家的な慰霊などというものが必要とは思わない。拝みたい人がおのずと靖国に集う形が1番いいと思うし、別に霊魂だって靖国の地縛霊じゃないだろうし墓やら家やら遺族の背中やらにくっついたり散歩したりして見守っているかもしれず、「魚民」の片隅でこっそり酔っぱらっているかもしれず、そういうおおらかでピースフルなのが神道の持ち味だと思うのだが。そういえば、神道で重んじられているのは「うずなるもの」(あたらしいもん)だそうだ。神道の神々は「モイスチャー」ぐらい知っている。

7月16日

 少し遅く起きる。人が寝入った夜更けにタイガの野郎が足を引っかきに来たせいで、何度か起こされたためだ。忠告どおり靴下を履いて寝てよかった(ハルさんは寝ているとき、足を噛まれたことがある)。喫茶店が行列していたので朝食はあきらめ、東別院の名古屋テレビへ行く。あいにくの休み。名古屋テレビのキャラクター、
羊の皮をかぶった狼メーテレが気にいっているのでグッズを買って帰ろうと思っていたのだが諦めて、メーテレの描かれたテレビ塔を撮って矢場町へ。クロークに荷物を預け、松坂屋のイタ飯屋でカルボナーラを食べる(またかよ)。やることが全然なく、かといって丸善へ行くのもつまらないしで、ビルにへばりつくようにして回っている銀色の観覧車に乗った。高いところは嫌いだが街並みを見るのは好きだ。名古屋の街は整然と灰色に拡がっていて、遠くに柱のように3本、駅前の高層ビルが見えた。よく見ようとして立ち上がっただけで、ハルさんに揺れると怒られた。4年前に名古屋タワーと呼んで、異常なくらい馬鹿にされた名古屋テレビ塔そばのジャズ喫茶でコーヒーを飲み、突然の土砂降りのなか地下街に逃げこみ、松坂屋で荷物を受け取って地下鉄で栄から名駅。ハルさんが入場券でホームまで送ってくれた。にわか雨があがる。車内でうとうとしていると、線路から離れたところに家々が固まっている。遠くに琵琶湖がドベッと灰色に広がっていて、家々がそちらに引き寄せられているようだ。京都をすぎて寝てしまうが、終点は新大阪なので心配はない。
 大阪は6年ぶりだろうか、無謀にも筒井さんに会うつもりで1人で神戸に行き、その翌日浜本と渡辺くんと飲んだのだった。降りたってものの数分しないうちに、大阪臭さが随所に感じられる。ベタな広告、差別落書きするなというトイレの注意書き(ほかの落書きならOKってことか)、やや若い女に説教しているおばさんもいた。快速は、どこにでもありそうな街の駅を
オーバーランもせずにきちんきちんと止まり通り過ぎていく。「あかん」とか「もーえーわ」などと言って、止まる駅を通過してほしかったのに。街のほうも「しばくぞ」とか「またんかいわれ」とか、でかい看板で電車を糾弾してほしかったのに、などとくだらないことを半分寝ながら考えた。大阪駅をすぎると、50階以上はある「オール電化」と垂れ幕でうたわれた高層マンションが建設されている。大阪の「勝ち組」が住まうのであろうか。「オール電化」というのがなんだか安っぽくて面白い。尼崎で空がヘドロのように濁り、芦屋で窓を洗うような土砂降りになり気が重くなったが、風景に山が目立つようになってきて、しまいに空は金と白と薄い青のごちゃまぜになった。逆側の窓から空に見劣りする灰色の海と、遠近感が狂うほど大きな海峡大橋が見える。垂水で下車。西口で降りてうろうろしてから東口に行くと、本当にTYSとプリントされた紙を持っている人がいたので驚いた。その人が幹事の鯖雄さんで、大きなリュックを持った背の高いほうがかんぱちさん、消去法で残りの1人がしなさんであろう。4人でずらずらと駅そばの海神社へ行ってお参りをし、地元で有名だという生きる気のなさそうな2股尻尾の汚い猫をからかってから本屋へ。
 地元の本屋なのに筒井さんの本が思ったより少ない。ないな、ダメだな、などとてんで勝手なことを言いつつ巡回する。サイン本コーナーが新刊本の棚の隅っこに申し訳程度につくられていたので、1番目立つ中田本コーナーとの交換を提案した。坂を上り、高台の筒井邸の玄関へ行き記念写真を撮る。以前来たときよりも表札の文字の色が薄くなったように思った。サイトの管理人のしなさんが感極まって白い塀をよじ登るのではないかと危惧されたがそんなこともなく、一行は粛々とオフ会会場へ向かった。かんぱちさんに「オール電化」の話をしたら、「太陽に吠えろ」の殿下とかウメ星殿下とかの殿下だと言っていた。そんなマンション、住みづらいにきまっている。鯖雄さん行きつけの焼き鳥屋でビールで乾杯。鳥の肝をごま油で食べるような乙な店である。鯖雄さんは噺家のように話の間のうまい人で、名刺をもらったら本当に
「ゴルバチョフな肩書き」だったので驚いた。かんぱちさんが紙を破ってさいころの展開図のような形をつくり、この形を最初に作れた人に本をあげますというので必死になって紙を破っていたら、ものの数十秒でしなさんがつくってしまった。筒井原作の赤塚不二夫の「ハウスジャックナナちゃん」の小冊子で、いいなあと思っていたら同じものを人数分用意していたらしくぼくと鯖雄さんにもくれた。そのうえ、筒井さんと何の関係もないと思われるMDをなぜかくれた。ものをくれる人はいい人だ。しなさんもおみやげに本を持ってきてくれたようで、ジャンケンの結果鯖雄さんが専修大学の研究誌らしき本を、かんぱちさんが「トーク8」を、ビリのぼくがなぜか小松左京の文庫本3点セットを手に入れた。ものをくれる人はいい人だ。
 鯖雄さんの自宅で採れた可愛いぷりぷりの肉感的なトマト(ステファニー&セイラ)が、店員の計らいで無惨にも切り刻まれて出てきた。男4人でげらげらと笑いながら、残虐にも姉妹を回し喰いした。その中の1人が育ての親である鯖雄さんであるというのが、さらに変態的である。欲求を満たして一仕事する気になったのか、かんぱちさんがおもむろに上着をはおい、手品をはじめた。お札をつかったものカードをつかったもの、前評判と違って酷くなく、ちゃんと手品の体をなしている。本当に巧かったら困るじゃないですかと、的確なツッコミが入っていた。ひとしきり感動したところで、かんぱちさんがぼくに催眠術をかけてくれると言う。かんぱちさんの指を凝視していると、これであなたは1人で立てなくなったと言われた。なにしろさっきの手品で驚かされているだけに半ば本気で立てないのではないかと思い、立てといわれて恐る恐る立とうとするが、やはり1人では立てない。つまり、ぼくが立つと同時にかんぱちさんと鯖雄さんが立ち上がったからだ。手品の感動が、相殺されて見事に消えてしまった。そういう意味ではこれも立派なイリュージョンではないか。サイトに来る気違いの話、しなさんの管理人としての苦労の泣き言、筒井作品とのファーストコンタクトの話、筒井さんの話、最近の筒井作品はどうかという話。
 「虚航船団」のどこが面白いのかわからないというかんぱち発言に、「虚航」フェチのしなさんがとつぜん立ち上がり怒りだした。と思うと今度は、ぼくのサイトの掲示板をいつもいつも荒らして悪いと土下座をしてきた。全然気にしなくてもいいと言うべきか、ネタとして面白いからからかうべきか迷っているうちにぼくは真顔で沈黙してしまった。と思うと今度は、鯖雄さんの1歳になろうという娘の栞ちゃんの写真を見て、娘さんをぼくにくださいと言い出した。しなさんという人の情動には、節操がない。確かに目のパッチリした可愛らしい赤ちゃんで、今後もますます父親の気苦労は耐えないのだろうなと余計な心配をしてしまった。特にしなさんの動向には、今後とも注意が必要であろう。呑み足りず、薄暗くて灰色のこざっぱりとした近所のバーで呑み足す。しなさんは突っ伏して寝てしまい、ぼくと鯖雄さんでかんぱちさんの
輪ゴム手品を覚えようと真剣になった。種明かしされても、かんぱちさんのように器用にはできない。11時近くなって、駅に戻る。そのへんから記憶があいまいなのだが電車には乗ったらしく、かんぱちさんが大阪で降りて、ぼくとしなさんで野宿の話をしていると全然知らないおじさんが話に割りこんできて自分の野宿人情談を語りはじめ、話すだけ話して名刺を渡してどこかで降りてしまった。梅田で焼き肉屋をやっているようだ。夜明かしするために、漫画喫茶かファミレスのありそうな駅はどこかとしなさんに聞くと、滋賀はダメ滋賀はナニモナイと自分の住んでいるところをボロカス言っていたので、じゃあ、と京都で降りた。京都の駅前、驚くほどナニモナイ。神殿のように静まりかえり、看板もほとんどなくコンビニすらない。ホテルは軒並み閉まっているし、唯一見つけたカラオケはぼくが一見さんだったためか満室ですと断られてしまった。結局、駅前で野宿。周りより低くて見えづらい、地下街への階段のそばで横になる。京都タワーが薄ぼんやりと浮かび上がっている。京都は、修学旅行以来だ。

7月15日

 夜行バスでうとうとしながら、名古屋駅前に早朝に着いた。重い荷物を背負いながらあちこち無意味にうろうろして待つ。わざわざ迎えに来てくれたハルさんといっしょに、家へ。4年前には建設中だったクリーム色の高層の県営住宅である。カビが生えるとか造りが雑だとか、なぜかぼくが非難された。甘くて強いにおいと、ネコのにおい。完全にぼくをシカトしていたアリスは死に、多少はぼくに興味がありそうな捨て猫出身のタイガが近づいてきた。黄色い鋭い目で、真っ白なきれいな毛並みだ。津島という洋画家に惚れているらしく、ふるめかしい太い木枠の額縁に入ったぼんやりした絵がいくつか飾ってあった。押入れからあふれ出しそうだった本も引越しのさいにほとんど処分したとかで、木目の目立つ黒っぽいシックな本棚には推理小説と歴史関係の本と、生意気にもワイン雑誌がとりすまして並んでいた。ブームになる前に間違って2冊も買ったという白洲次郎の本を、1冊くれた。傷物専門の家具屋から買ってきたバカでかい本棚も処分したらしく、かわりにワイン色のソファなど入れておしゃれぶっている。昔の、世捨て人の書斎ふうの暗いヤバそうな雰囲気はなくなり、これではまるで県営住宅ではないかなどと思いつつ冷房に直であたってくつろいでいると、早くしろと急かされた。今月でもっとも陽射しが強く、煮られるようだ。近所の、木蔭のある喫茶店でサンドウィッチをやたらと食べ、出発。名古屋の地下鉄は閑散としてホームも殺風景で、北京の地下鉄のようだとかさんざん悪口を言う。
 高岳で降り、ひたすら歩く。名古屋は車道も歩道も子どもがやったシムシティのようにだだっ広い。おまえのところは田舎のくせに道が狭いなと、逆にけなされた。武家屋敷の並ぶ細い路地を通り、
徳川美術館へ着いた。暑さで、通り過ぎる人が殺気立ったため息をついている。美術館は涼しくて、刀や絵巻物がたくさんあり、能舞台や茶室の再現があり、夜行バスの寝不足の祟りか猛烈に眠くなった。江戸時代の名古屋、熱田神宮を擁し、尾張徳川家のお膝元としてさすがに繁華だったようで、「祭りのための弁当の用意の見物をする人の群れ」というようなとんでもない絵巻きまであり往時が思いやられた。名古屋城下の区割りの地図で、南の部分だけぽっかり青く染め抜かれており、これは海だとかハルさんが馬鹿なことを言っていた。水攻めでもあるまいしと別の地図を見ると、町家なので何も書かれていないのだった。ぼくなどは、昔これこれの場所が今はこれこれみたいな今昔の変遷にロマンを感じときめくたちなのだがハルさんはそんなこともなく、自分の家が江戸期の地図のどこにあるかすら指ししめせない。御器所という地名からしていわくありげなのだが、調べてみたら当時は田んぼのど真ん中だった。さもありなん、である。
 敷地内の日本庭園を歩くが、ちっとも涼を感じられず、バスで今池まで行く。汚ないビルの2階の潰れた映画館の隣に潰れそうなウニタ書店があり、ここで4年前に「へるめす」を買ったのだった。あいかわらず古本屋か新刊本屋かわからない(事実、両方置いてある)。が、人文系のしっかりした本を揃えており、
「顔のある本屋」である。こういう本屋があるというのが、名古屋の文化レベルを物語っている。ひやかすだけひやかして、地下鉄で池下へ。いきなりオリジンが信号待ちしていた。トヨタの偉い人が乗ってるのかな、と思う。そういえば万博行ったのかとハルさんに聞くと、田中家は1人も行かなかったらしい。理由は混むから。少し、見直した。古川美術館は駅から歩いて数分の目立たないところにあり、桂由実とか假屋崎が住んでそうな勘違いゴージャスな内装。古川さんというのは名古屋の土地持ちの豪商だったらしく、魁夷や松園や大観や放菴を買いあさって建てたのがこの美術館だとか。女と富士山の絵が好きという正直なオジサンのコレクションだからどうかなと思ったが、閑散としていたせいもあってずいぶんゆっくり楽しめた。前田青邨の「竹取物語」、あとは片岡球子の「花咲く富士」。「花咲く〜」は、体をゆすって踊りだしそうなプリンのようなちんちくりんのダイナミックな富士山の前で、馬鹿でかい南国風のヒトデみたいなキンキラ花がフラダンスを踊っている。あれか、球子、ごっついクスリやってんのか、と思うが、観ていると昂揚してくるものがある。富士山って「カワイイ〜」かったりもするのだ。
 地下鉄を乗りつぎ、名古屋港へ。冗談半分でイタリア村という小さなテーマパークに入る。ヴェネチアを模しているつもりで運河や尖塔やダビデ像(あれ?)や真実の口(あれ?)があったりするが、歩いているのはうっとうしい偏平足みたいな顔の日本人だらけだし、ゴンドラは揺れていても運河の向こうは名古屋港である。みんな死んでしまえと思いながらジェラートを食べた。ようは、入場料のいるショッピングモールである。食材コーナーだけは面白く、チーズやらワインを見てまわった。自称ワイン通のハルさんに見立ててもらって、ぼくが多めに出してワインを買う。
南極観測船のふじにも行き、お化け屋敷めいた薄暗い船内で涼んだ。晩飯には早いので、大須でお参りでもしようと思い地下鉄の階段を上がっていったら人溜まりができていて外はどしゃぶりの雨。あきらめて、御器所へ帰る。おそい朝食をとった喫茶店と同系列のコーヒー屋で、細く鋭い雨足を見ながらコーヒーを呑む。街路樹の緑が強い。ぼくは人と話すのが苦手で、というのも話す前になんとなく話の着地点が見えてしまったり、話が取るに足らないなと思うと話すのをやめてしまったりするからで、したがって「お茶」というやつも苦手なのだが、黙っていても今はなんとなく落ち着いている。それに、あたりさわりのない話をはじめるとへそ曲がりのせいでアイロニカルな調子になってしまいがちなので、黙っていた。
 雨がやむのを見計らって帰宅してから、ややあってお母さんがダンスから帰ってきた。情にあついのにそっけない、かっこいいおばさんなのである。雨上がりで蒸し暑い中を、3人でイタリア料理屋に行く。エセイタリアではなく、きちんとしたコースを食べた。ワインではなく、キリンのブラウマイスターと、いびつで小さなグラスで呑む〆張鶴。4年前に常滑を案内してくれて、抹茶をご馳走してくれた陶芸家の奥さんが亡くなったという話。変わらないのも、変わるのもさみしいものだ。チーズも、黒胡椒のたっぷりかかったカルボナーラも、鮭も鯛も和牛も旨かった。帰りにスーパーで、ボトルの水を6本とチーズとさくらんぼを買わされ、4本を運ばされた。タダ飯タダ宿、ってわけにはいかないようだ。帰宅してタダ風呂をいただき、さくらんぼを冷やして3人でワインを開けた。お母さんが遠慮なく「しぶーい!」と言った。4年前にぼくが選んだボルドーワインを酷評されたトラウマがよみがえったが、よく考えたら今回選んだのはハルさんなので一緒に笑う。たしかにしぶいが、旨味がしっかりあって呑んでいるうちに甘さも感じるようになった。2万円した
バカラの重厚なグラスでいただく。和やかな歓談。「テレヴィ」ではベルイマンの「野いちご」とともにスウェーデンが取り上げられている。でもどうせここ、けんえーじゅーたくだから。タイガがぼくを凝視しているので撫でてやろうとして近寄るたびに、逃げられてしまう。台所の流しに跳び乗るので水を出してやったらぺろぺろ飲んでいた。捨てたと思ったピアノが、玄関横の部屋にあった。お母さんの本棚。10年経ってきても変わらないといいなと思う。田中家では枕を使う人はいないらしく、ハルさんが押入れから引っ張り出してきた枕は、4年前にぼくが使ったままのやつだという。何も変わらない。臭くて腹が立ったので、敷布団の下に枕を入れて雑誌の切抜きなど見ながら寝た。

7月8日


 12時間も眠りこけて、昼ごろ起きる。シャワーを浴びてクリーニング屋へ行った時点で、1日の行事終了。なんとなく車を動かしたくて遠回りしてモスバーガーへ行く。抹茶シェイクを飲みながら、じいさんが取っておいてくれた数年分の朝日新聞の切り抜きを整理する。文化欄中心に、数百枚。かさばるし、そのまま取っておいても本棚の肥やしになってしまいそうなので、思い切って不要なものを捨て、必要なものの気にいった箇所に赤ペンで印をつけることにした。定年退職したヒマなオッサンのような余暇の使い方である。アネさんがコピーしてくれた書評や記事もけっこうあった。大宅賞をとった渡辺一史のドキュメンタリー「こんな夜更けにバナナかよ」では、難病をわずらった青年とボランティアの愛憎に満ちた共存関係が描かれている。丸谷才一は原始日本語は4つの母音でなりたち、後発の「E」は低く見られてきたという。だから、発音時に「へえせえ」と4字とも母音が「E」である「平成」という元号は最悪であり(過去に1度あった「平治」のときも世が乱れ、すぐに改元された)、日本語に通じた者が審議会にいなかった事態を非難している。水村美苗女史の連れ合いの岩井克人が、デフレは悪である、ということをぼくにも分かりやすく解説している。島尾ミホは、夫が生きていたら許さなかったであろう「『死の棘』日記」の刊行に際し、正座する若き日の夫の幽霊が見えたという。彼女を発狂に追いやった、夫の日記の中の13文字というのが気になる。江國香織パパの滋が、なぜか「さらば国鉄」というエッセイを載せている。ロシアや中国での村上春樹人気を知らせる記事と、本人のインタヴュー。ある日、意識の奥のほうにポンとトンネルが通じて書けるようになったとのこと。松本健一の著作により、北一輝が再評価されているらしい。お堅いイメージの城山三郎が若いころ、夜中に本を読む時間を作るためにヒロポン中毒になって眠れなくなり、睡眠薬中毒になって強制入院させられたことがあるという意外な話。大江の連載の切抜きがやはりけっこう多く、理性を持って明らかに書くことを通じてイスラエルとアメリカ批判をつづけたパレスチナ人のサイード、アメリカに亡命して故郷の自然と人心の荒廃を憂える鄭義と、書簡を交わす。
 画像つきのメールがあり見てみると、顔面とは思えないほどどアップのサトちゃんの顔だった。気持ち悪いよと送ると、すねてしまったようだ。どうやら今日から大宮に移っているらしく、12日までは奥さんもいず1人暮らしらしい。さみしい、というので、人生最後かもしれない1人暮らしを満喫し、全裸で3点倒立しながら大声で歌を歌ったりしてのびのび過ごしたらどうかと送ったら、ぼくに愛想を尽かしたのかメールが来なくなった。気を取り直して新聞紙の山に向かう。カフカの個人訳での全集を刊行した池内紀は、カフカの死後に友人ブロートにより完結しているかのように構成された作品ではなく、断片であっても本来の記述を重んじて訳したという。そういえば宮沢賢治の
「銀河鉄道の夜」も本来は未完でストーリーも何種類かあり、現在よく流通しているものは研究者であり詩人の天沢退二郎の編んだものであると昔大学で聞いたことがある。天沢版が不満であるかのように先生が語っていたのを思い出した。日本中世の城郭は、奴隷にされることを恐れた領民の避難所でもあったという史家の新説。今はなき倉橋由美子(そういえばサイードも物故者だ)がインタヴューで、小説より現実の社会のほうがよっぽど怖い、だから怖い小説で復讐しているのだと明るい感じで答えている。高校の先輩の亀山郁夫が、なぜスターリン時代のソ連を研究しているかを語っている。社会の不条理と、人間の限界を忘れたまがまがしい欲望、それを研究することでの実利的な成果はないが当時の状況は現代に通じるものはあるのではないかという。この人の書いた小説が読んでみたい。紀田順一郎は、自宅の4万冊(!)の本のうち2万冊を地方に「資料疎開」することを決意し、ダンボールにつめて引越しを敢行したがやはり床が陥没してしまったという。本を再度取り除いて、床の補強工事、そして本を再度移動書架に整理しながら並べる。淡々と書かれてはいるが、なんだかそれこそスターリン時代の強制収容所の懲罰のようなすさまじい体験ではないか。これだけで恐怖小説になりうる。
 歴史から抹殺された、共産主義者弾圧の名目での李承晩政権と米軍による済州島における数万人の虐殺を数十年間小説にしてきた金石範は、盧武鉉の謝罪という歴史的和解を知って泣いたという。拷問により転向し、詩を書くことを43年間も自身に禁じたプロレタリア詩人の伊藤信吉の死を関川夏央が書評でとりあげている。「それでも人は誰かの記憶にとどまりたい。少なくとも、生きている間はそう願う。そう願いつつも、誰かを誰かの記憶にとどめるべくつとめてしまう、それが文学の仕事の宿命、私はそんな風に思うことがある」。猫の肉球好きのくせに、格好いいことをいう。「なぜそんなに毎日小説が書けるのですか」という問いに70近い
古井由吉が、「憎しみ」と笑ってこたえたという島田雅彦の書評のくだりが、それとみょうに呼応して響いた。TSUTAYAで中島みゆきのカバーアルバム「元気ですか」を借りて帰る。飯を食べ、フォアローゼスを呑み、よっちゃんイカしろ(保存料着色料なし)を食べながら残った新聞記事の整理。何も書いていないし何も読んでいないし何もしていないからストレスがたまらず、死にたいのになかなか死ねないという北杜夫のインタヴューを見つけて笑ってしまった。長生きしてほしい。よっちゃんイカにも飽き、清世がくれた賞味期限切れの生八つ橋を肴にする。CDTVを見るが、似たようなやつらばっかりであーあと思った。

6月28日

 腐るほど時のたつのが早い。眠すぎて昨日早寝したために、いつもより少し早起きする。通勤途中で英樹さんに会ったのでびっくりして会釈したら、あっちもびっくりしていた。岩下さんと窓口業務。昨日は早寝したむね誇らしげに告げると、隣の会社の鈴木さんが偉いねと褒めてホットコーヒーを入れてくれた。まるっきり子ども扱いである。余暇の話で岩下さんが「オレ、飲む打つ買うだもん」と言ったら、「何、何、何を買うの?」と鈴木さんに怒られていた。鈴木さんはブスでも美人でもない古風な顔立ちの女性で、みょうに子どもっぽいところがあるわりに35すぎという噂だ。若お母さんぽいが、未婚である。冷房機械のいっさいない事務所に戻り、太った蛆虫みたいな仕出しの冷ざるうどんを食べる。サザンのギタリストだった大森のターボーに、ドヤ街で有名な寿町で大麻を売ったやくざが捕まったとのこと。やくざにうまみ吸わせるくらいなら、大麻も国が専売してしまえばいいのだ。
大麻だからやっぱり略称はJTだろうか。そのうち嫌麻権運動とかがおこって、会社で大麻吸ってる連中が肩身狭くなって非常階段で、「うち帰っても蛍族でさ」とか言って一服したりするのだろうか。
 そんなわけもなく、午後の仕事。面白いような夕立が目の前の大窓から見える風景を洗い流し、夕方のやわらかい日差しがもどった。「本当にいいかげんだなー(おまえら)」、「勝手に変えてもらっちゃ困るでしょ、まあ君に言ってもしょうがないけど」、「こんなことだったら、しかるべきところに文書出すから」など、ありがたいお言葉を客からもらうことの多い1日だった。うなずけるクレームも中にはあるにはあるが。終わり近くなって、今日こそはサウナに行くぞと岩下さんが急に張り切りだした(本当にいいかげんだなー)。外へ出ると、雨に叩かれた地熱が目に見えずもうもうとたちこめていて、本当にサウナのよう。事務所へ戻ったら、明日は所の設立以来はじめてビッグボスがお見えになるらしく、後ろのCD−ROM片づけなさいと中村さんに怒られた。よそのおばさんに早く起きなさーいとか、おかたづけなさーいとか言われてへらへらしているのは情けない気持ち悪い男である。
 帰りの電車で、組合の呑み会に行く櫛淵くんが冗談で、アルファロメオ買わないんですかと聞いてきた。気分しだいでウィンカーが付いたり付かなかったりする陽気なラテンカーに大枚はたく気はない。プジョーの206とシトロエンのC4のクーペの可愛さスマートさ小憎らしさカッチョよさには惚れ惚れするものがあるが、もし買うとすれば多少ダサくても日本車かドイツ車であろう。RX−8かなあやっぱりとか言いながら、妹が高校へ行くのに使っていた自転車でアーケード街を走る。何かのTVの撮影をやっていたのだが、人だかりができていて田舎くさくて恥ずかしかった。紀伊國屋でバガボンドの最新刊を買い、小林よしのりの「いわゆる
A級戦犯」を衝動買いする。題名が凄くいい。今月号のユリイカが西原理恵子特集なので買おうと思ったが、金がなかったので今度にした。本屋に来るとなぜかいろいろな本がむしょうに買いたくなってしまうのは、本が桜の木のように人を酔わせる成分を出しているからというのが僕の持論だ。本だってもとは木だし。
 金がないので銀行で金をおろし、電池が切れてかからないCDウォークマンのかわりに真心の「情熱と衝動」を歌いながら汗だくで北へ。雀屋でエビスビールを買ったとき、となりに通常のエビスの大瓶の2倍くらいのやつがあって驚いた。金額も5千円、しかも
恵比寿さまの空のはずのびくの中から2匹目の鯛の尻尾がのぞいている。なんだこれは!と思ったがすぐ忘れた。帰宅したら誰もおらず、ゲンタに「散歩行った?」と聞いたら尿意に耐え切れないというような切実な哀しそうな表情でしっぽを振るので、ああ、可哀相に!と思ってまだ暑い中散歩に連れ出したら親からメールがあり散歩はすんだので買い物に出ている、とのこと。飼い犬に誑かされたわけだ。「散歩まだ?ほんとに散歩行ってないの?」と聞くと、知らぬ存ぜぬをきめこむ感じで顔をそむけたので、思わず笑ってしまった。エビスを呑み菊正宗の樽酒を呑み、パソコンを開いているうちにあれよあれよ、つるつるつると時は無為に流れた。小沢健二など久しぶりに聞いてみると、低音のくぐもった声が祈るような真摯さで響いてとてもいい。軽薄で調子外れの高音もいい。aikoの「三国駅」を聞く。「毎日が昨日のようだったのに 何を焦っていたの?」などと独り言のような甘いあどけなさをよそおって、そのくせ含みをもたせた感じでサラッと歌っている。怖い人だ、と思う。

6月11日

 よし、7時に起きるぞと思っていながら12時ごろ起きる。今日も雨のせいで部屋の中がひんやりとして心地よく、ついつい惰眠をむさぼってしまった。ピザトーストとヨーグルトとバナナを食べ、シャワーを浴びる。貧乏性なので、1日の予定がないとうれしさよりも不安が大きくなってくる。ついつい、デスクワークの延長の感覚でパソコンを開き「信長の野望」を始めてしまう。宿敵上杉亡き後天下無敵になってしまい、西国仕置きを前にシコシコと自国領内の街づくりにいそしむ。こんなことでいいのだろうか、いいわけがない。と反省し、結局図書館へ行ってしまった(だから、それがよくない)。最新号の「文學界」を読む。「国語再建」という特集で、今をときめく藤原正彦と齋藤孝が「『日本人の誇り』は国語教育から」という、掲載誌を間違えたような対談をしている。理屈はオーソドックスで、英語やパソコンの小学校での必修に反対したり「
読み書きそろばん」の重要性を説いたりしていた。天才的な数学者にはすぐれた審美眼が備わっているとする藤原の話は面白い。数学において論理を進めていく指針となるのは、どちらの道に進むのが1番美しいかという直観であり、「美しいほうが正し」く「美しいものは単純」だという。美しいかはわからないが、危険なくらいに単純で強い言葉を使う人である。英米人に尊敬される国際人はそれほどおらず、「だいたい半分はけだものレベル」という発言もすごいが、そういうもんかもなとみょうに納得してしまった。
 
荒川洋治が同じ特集で「言葉をめぐる12章」という短文を書いている。前の二人の鼻息の荒さと比べると、相変わらずだいぶ冷ややかでひねくれたおじさんだ。「散文が本質的に異常な因子をかかえていることを知っておく必要はある」。散文という社会化の過程で、その人だけの個人的な認識が妨げられているというのだ。言われてみれば母国語だってある種の翻訳なわけだ。だが、小説だけではなく詩もまた言葉でできているのだから、程度は違うにせよ言語化されるうえでの歪曲はさけられないのではないか。あるいはまた、言葉を覚えているがゆえに認識自体がすでにある種の社会化一般化をこうむっている気もする。われわれは海の青さを聞き知っているがゆえに、海を青いものとして感じるのではないか。だとしたら小説や詩は、「海は青い」という言葉を「海は赤い」という別の言葉にすりかえるためだけに存在しているのだろうか。あるいは、海は青くもあり赤くもあるといった世界の複雑さに読者を招待するためにあるのだろうか。どちらも共通して反社会的であるという点で、novelであろう。
 しかし一方で、そこに真実や美がなければ小説として片手落ちであるようにぼくには思える。ある定義に縛られないという空集合こそ小説だという人や、面白ければそれでいいじゃないかという人には理屈くさいと言われるだろうけれども。もう面倒だから藤原正彦に御登場願うことにするが、ようは海には海の、「単純な美しさ」というものがあるのではないか。海は青いでも海は赤いでもなく、海は××なんだという言語化できないある共有されるべき確信。複雑ゆえに言語化できないのではなく、さまざまな妨げがなければ人間様にも犬畜生にも明確かつ全体的に捉えられるはずのある直感。ある美。その言語化できないものを、言語によって周りを覆うことで逆説的に浮かび上がらせようとする試み、それが文学ではないのか。本は見えるが、本が扱うものは見えない。言葉は見えるが、言葉が扱うものは見えない。「山」という1文字は決してそれ自体で文学にはならない。「山」を呼び出すためのおまじないが、必要になるのだ。
 だが、言葉の連なりのどこにも文学はない。「山」も「海」もすべての言葉は、「これ」や「それ」といった指示語であり、その指示語の光芒群の重なりや反発の中に文学は浮かび上がる。結局、「行間を読め」という話になってしまった。文学とは確かにいる幽霊であり、それにお金を払う馬鹿は
霊感商法のカモにすぎない。霊は本当にいるのだから詐欺ではないだろうが、見えたところで病気も治らないしなんの効用もない。こんなものに国家が真面目に賞状をあげたり教科書に載せたりしているというのが、考えてみれば痛快な話だ。明治維新のとき西欧人に騙されたとしか思えない。いしいしんじの「ポーの話」の続きを読む。ポーは、泥の川に生み落とされたうなぎだか人間だかよくわからない少年である。したがってヒューマニズムの意識が乏しいのだが、そのひょうひょうとした風格が不思議と魅力的だ。選考で宮本輝が受賞に難色を示したというが、「泥の河」よりこっちの泥の川のほうが面白い。

6月7日

 日記をだいぶご無沙汰していた。途中まで書いては消したりしたのだが、なんとなく気分が乗らない。気鬱である。日々食うや食わずで生きるか死ぬかの瀬戸際にあれば五月病なぞに罹っている暇はない?、御説御尤もである。が、気鬱なんだからしょうがない。曇り空で偏頭痛。信号の待ち時間ですらイライラする(この前、接触事故にあった交差点だからなおのこと)。口の中に溜めておいた唾をアスファルトにボタ、とたらす。最近寝ても寝ても眠気がとれない。クールビズだかなんだかでネクタイもつけないから、寝巻きのままで外を這い回っているような気分だ。仕事。目に優しいということで導入されたという緑色を多く使ったパソコン画面を終始見ながら、不機嫌にキーボードのキーを叩く。背が低く、酒の呑みすぎのせいか不健康に顔色が黒く、
痛風持ちで(本人いわく、「チューフー」)ギョロ目で唇が厚く土人っぽい岩下さんの携帯の着メロがJRの駅で発車の際に流れる音楽だったので少し笑う。パソコンのそばで濃いコーヒーをひっくり返してあわやという目にあう。まずいスパゲッティがメインの弁当。
 3階の、書類のひしめく書架と書類のひしめくガラス戸の間に勝手に椅子をもちこんだ、窓のそばの特等席で仮眠する。Yシャツにはずかしいくらいよだれがたれた。パソコンでピコピコパコパコやらねばならない仕事が物理的に山のようにあり、ほとほと滅入る。SEの人とか、本当に信じられない。つくづく自分が、セルフイメージに反して人恋しいたちなのだとわかる。礼儀作法をわきまえない車屋の来客がありうれしくなる。礼儀正しい人だと、礼儀正しく応えねばならずそれすら今はうっとうしい。イライラすることが重なり、集中力もつづかず、やたらと「不如意」という言葉が頭に思い浮かんだ。課長がにこにこしていろいろ聞いてくるのだが、忙しいのでそれすらうっとうしく、あっちいけよと言わんばかりに適当な相槌を打つ。本音で話せる同期が数人いるということが、こんなとき凄く頼もしく思える。世間知らずだから、世間の相場の仕事が寒気がするほどつまらなく見えて仕方がない。その世間の相場すら満たせないわけだが。岩下さんは遊び人で、仕事が終わってから家までの間に必ず道草をしているようだ。昨日おとといとパチンコで「副業」して、最終的に時給50円くらい儲けたとか。今日もどこかへ行くらしく、机の引き出しから無造作に2万円を引っ張り出していた。
 電車の中で5分くらい眠る。繁華街のアーケードに入ると、
立ちんぼの黒人や素足に革靴を履いた頭の悪そうな女子高生が何人もいた。お前らよりオレの方が頭もいいし高級な人生だ、などと負け犬根性丸出しのことを考える。街中の潰れかけの映画館で、「かもめ食堂」を観ようかなとふと思ったがやめておいた。仕事辞めてフィンランドに行きたくなるとまずい。来週、「花よりもなほ」でも観ようと思う(江戸時代には行きたくなってもいけないから)。アーケードの入り口に黒いオープンのコルベットが止まった。吉川晃司の歌にあるくらいの、気違いカーである。噛みつきそうなエンジン音も凄いが、強風が吹いたら中の人がふっとばされそうなアメリカチックなあけっぴろげな浅い浴槽みたいな車のでかい尻に、スカイラインの2倍くらいありそうな丸いギョロ目テールランプが4つもついている。どしゃ降りにならないかなと思った。紀伊國屋で本の匂いをいっぱい嗅いで腹に溜めこむ。三島賞を受賞した古川日出男の「LOVE」が面白そうで買おうと思って行ったのだが、今月号の「新潮」の選評を読んだらいしいしんじの「ポーの話」のほうが面白そうに思えてきてそっちを買った。賞の選評を読んで本を買うのは始めてだ。いしいしんじは町田康や中島らもとも対談をしていて、前から気にはなっていたし。ほかの著作もものすごく面白そうで気になった。いしいしんじは何者なのだろう。いしいしんじという名前が、幼稚園児の上履きのようなあどけなさと、いいだもも、きだみのる、なだいなだ、といった曲者臭をあわせもっている。いしいしんじという名前をいしいしんじいしいしんじいしいしんじと一日中書いていたら発狂しそうだ。なんてことは考えもせず、新刊を一通り見て回った。コーヒーの飛沫と乾いたよだれのついた、腕まくりしたYシャツで帰る。少し肌寒い。真心の最新アルバムの「FINE」が心を少し修繕してくれる。「手持ちのカードで 楽しくやろう なんて思う日々さ」(情熱と衝動)。
 帰宅してしばらくしたら妹と母が帰ってきた。妹の話によると、朝の雷におびえて暴れたらしいうちの犬がふとした拍子に柵の間に挟まり身動きできなくなっているのをずいぶん遅くなって見つけたらしい。本当に臆病な犬だ。そんな馬鹿妹も国営放送の地方局の契約社員の職をどこからか見つけてきたらしく、まあとりあえずは良かったというべきだろう。母親が、どこからか持ってきた「人は見た目が9割」という新書を渡してきた。ずいぶん失礼な話ではないか。華正楼の肉まんとスーパーの寿司を食べ、「銭金」を見る。2階へあがって自室でビールを呑みながら、「トリビア」を見る。ちょっとは面白い。5年くらい前に買ったサザンの
茅ヶ崎ライブの写真集をパラパラめくった。サトちゃんの結婚式のお返しにもらったギフトブックから頼んだ、秋田の純米酒をがぶがぶ呑む。純米酒にしてはべトッとした胡散臭い甘さがある。混ぜてるな、なんか混ぜてるなと思う。酔えればいいのである。安っぽい鬱屈に酔いしれんなという声がどこからかする。「夜が夕やけ空をかくす ぼくはこれから どう生きていこうか 悩んでるふりをする」(丘の上)。倉持先輩もお見通しのようだ。

5月13日

 舌の裏に大きな口内炎ができて痛い、と思っていたのが数日前。あれよあれよという間に舌の後ろが腫れ、喉まで真っ赤に腫れ、ときおり耳に激痛が走るようになってしまった。口に物を入れても痛いし嚥下しても痛いのだから、飯を食べるのが憂鬱なことこのうえない。それもあるし、時間もないこともあって、何も食べずに出発する。電車の中では眠りこけ、赤羽と池袋で2回目を覚まし、新宿でかろうじて降りられた。こちらもひっきりなしに、雨。南口の人波を縫い、地下に降りて都営新宿線で神保町へ。何年ぶりだろうか、雨のせいもあって人はそれほど多くない。三省堂に着いて本を買っているうちに、右手のほうで拍手が鳴り響いて筒井さんが早くも到着してしまった。焦りに焦って見える場所まで移り、焦りに焦って本でぎっしりのリュックから親父に借りた一眼レフをひっぱりだしてカメラを向けたらすでにあいさつは終わっており、女の店員にダメと制止されてしまった。数年前の紀伊國屋以来だが、筒井さんも変わられない。濃い海老茶の厚手のスーツに、上品な程度に茶色で染められた銀髪が映えている。敬愛のあまり、あー筒井さん筒井さん、あー神様仏様SF様、などと言いながら犬のように尻尾を振って周りをうろうろしていたかったのだが大人の男なのでぐっと我慢して、4時からのサイン会第2部まで神保町の
古書店街を散策することにした。
 雨の神保町というのもなかなかいい。涼しく湿った空気のせいで古い紙とインクの匂いがツンと冴えて感じられる。通りに出した金属製のラックが濡れないようにおのおのの店がビニールの庇を出し、雨の日だけのアーケード街のような趣になっている。時間もないので冒険はやめて、メインなお店だけざっと見ていくことに決める。小宮山書店では、「幻想の未来」の南北社版と雑誌「奇想天外」と辻邦生の署名入り「トーマス=マン」が気になった。ここの4階の稀覯本コーナーはさながら三島ランドのようで、三島本の商品価値を改めて感じる。狭い階段に飾られた絵画や広告が目を楽しませる。佐伯祐三だけじゃなくて、佐伯俊男のH画もけっこうあった。けやき書房では小林秀雄の署名入り「感想」や北杜夫の署名入り「牧神たちの午後」、開高健がドアップの「文藝」(気持ち悪い)なんかが気になった。たまたま売りに来ていた馴染みらしきおじさんと店主が、山口瞳は最近人気がある、尾崎一雄の「暢気眼鏡」は高値がつくがこの箱本には和紙が抜けているからダメ、などという話をしていた。芥川賞をとった作品とか、発行部数が少ないとか、見た目がぴかぴかとか、古本屋の本を見る目というのは書評と違って意外と単純なようだ。キッチン南風で一休み。喉と口腔の痛みに顔をしかめながら、うまいロースカツ定食を平らげる。行列ができ、店員の声が飛び交い、食器の音が鳴り響くこの店と、時間の奥底のよどみでとどまっているような古本屋のギャップがまた楽しい。
 店を出てすぐ、斜め前の書肆アクセスに飛びこむ。古本屋ではないが、ここには地方の出版社の本が多く置いてある。佐野眞一の本で知った。店番のおばさんが店番中に真剣に本を読んでいて、なんだか好感が持てる。左翼系と地方と自然と「本の雑誌」と「彷書月刊」と岡崎武志(って誰?)。八木書店は文芸の研究書が多い。中井稲垣澁澤、このあたりは神保町の古本屋でやたらとお目にかかるのだが、70年代アングラ系はよく売れるのだろうか。おじさんが店員の学生に、獅子文六の「オオバン」はあるかと聞いていた。当今は古本屋も在庫のデータくらいはパソコンで検索できるらしく、ないですねと答えていた。獅子文六とか山口瞳とか、そんな言葉を散策しているときに聞けるだけでなんだか嬉しい。玉英堂はふくろうのお店である。やたらとふくろうの置物が飾ってある(家庭教師のふくろう博士まである)。いつもだいたい1階で帰ってしまうのだが、2階の稀覯本コーナーが格調高くて驚いた。狭い階段を埋め尽くしている作家の揮毫も目移りがする。三島由紀夫の「武勇」、なんてものまである。
 と、額縁に入れられた色紙に目が釘付けになった。「うつし世はゆめ、夜の夢こそまこと」乱歩。まさか実物にお目にかかれるとは思わなかった。高校のときに中島梓の本で読んで感銘を受けた言葉が、目の前でこじんまりとした色紙の中に収まって知らん顔をしている。欲しい、絶対に欲しい、我が物にしたい。久しぶりに半ば逆上した。で、結局30万円だったのでその場で買えるわけもなく、しかし頭の中でぐるぐるぐるぐる。ボーナスが出たら、やばいかもしれない。この店は、どこかで発掘してきた藤原定家の写本を7500万円で売りに出して新聞の1面に載ったこともあるくらいで、結構な古典が置いてある。
保元平治の乱絵巻2500万円也。古典の教科書で見飽きているような絵巻物だが、実物で見るとまさに工芸品である。1人1人の服装が丹念に描きこまれ、その縁取りを金色の細い線が走っている。油絵のように絵の具が盛り上がっており、それが生々しい躍動感を出している。リアルなのにダイナミックで、みずみずしさがあふれそうな、しゃぶりつきたくなるフルーティな絵である。ボーナスが出たら、やばいかもしれない。そんな金があるわけもなく、佐久間象山の掛け軸や小松左京の原稿や折口信夫の短冊や「徒然草」の江戸期の写本を眺めてから店を出た。乱歩はひとまずおあずけ、4時をすぎているので急いで三省堂に戻った。
 店員に案内されて行列の最後尾を目指して階段を上りつづけるも、うねうねうねうねうねと5階まで続いていてさすがに焦る。ここまで人気があるとは正直思わなかったからだ。最後尾で上から見下ろすと、何人もの人が
「壊れ方指南」を当然のような顔をして読んでいる(まあ、当然なのだが)。ぼくも当然のような顔をして読み始めた。ほとんどは文芸誌での連載時にコピーして読んだことのあるものだが、それでも単行本だとやはり味わい深いし贅沢な気がする。白眉は、「御厨木工作業所」と「建設博工法展示館」。「二階送り」の雰囲気も懐かしくて好きだ。「余部さん」や「稲荷の紋三郎」は今まで見当たらなかったタイプの小説。途中まで書いて結末が見えてしまったので、結末を回避したり話を途中で終わらせたりという荒業だが、多層的な余韻がある。もはや分析する意味のある小説は一つもない。立ちのぼってくる気配や光、ざわめき、雰囲気、手触り、人の印象を感じとり噛みしめるだけだ。煙草を吸うように酒を呑むように空を見るように接することのできる小説。腰巻が言うように「壊れ続けて」もいないし、「デモーニッシュ」ですらない。ただただ懐かしく、帰っていって漂っていたい。爆笑することも目を見張ることもない。過激?そんなものは全然ないでしょう。それとも筒井さんではなくて、ぼくが年をとったのだろうか。立ちっぱなしで少しずつ階段を下りながら熟読すること3時間、3分の2読んだあたりでやっと1階まで来た。雨で光る正面入り口のタイル敷きがまばゆい。後ろの、教師と思われる女の子2人は、雑談しながらも3時間ちかく食べ物しりとりをやっていたわけで恐るべしである。本読めよ、って話だが。
 筒井さんがいる。目の前に、手を伸ばせば触れられるところに筒井さんがいる。胸ポケットに眼鏡のようなものを忍ばせて、腕に長方形の小さな時計をしている。濃い海老茶色の厚いスーツに、ざらっとした素材の白いシャツを着て、太い指でゆっくりと丁寧に毛筆で、名前を形づくる弧を描いている。いろいろ軽口叩こうと思ってきたのだが、サインを書かれている姿をじっと見ているしかなかった。自分の下卑た声でその貴重な雰囲気を壊すのがためらわれるというような。「はい」と目で笑いかけられたので、「ありがとうございました」と頭を下げてしまった。3分弱でおしまい。話しているときと黙っているときの筒井さんのギャップに、いつも途惑わされる。話しているときは気さくで好々爺で気配り上手でときにひょうきんですらあるのだが、黙ってサインを書いていると、泉の真ん中からきれいな水が湧いて波紋を広げるように、筒井さんの冷徹さと美意識と真剣さが伝わってくる気する。作家が、一読者のためだけに何かを書いている姿を見せてくれるサイン会というのは、よく考えると凄いことではないか。名残惜しかったが傘をさして本屋を出た。
 昔よく歩いた神保町小川町間を雨の中急ぐ。7時ちょっと過ぎで「まつや」が閉まっていたので、元連雀町の侘びた裏通りを「藪そば」へ。閉店間際だったので、もったいなくも急ピッチでヱビスの大瓶と菊正宗の熱燗を呑む。べらぼうに旨い。急に江戸っ子になってしまう旨さだ。つまみの鴨ロースとお通しの蕎麦味噌も天上天下唯我独尊な旨さ。蕎麦つゆなんて、旨すぎて全部、蕎麦湯なしで飲んでしまった。せいろうを頼んで蕎麦つゆを肴に酒が呑めるくらいに旨い。惜しむらくは、蕎麦がまずい。これはもう、誰がなんといったってまずい。クロレラか何かよくわからないが、変に緑色でぐねぐねしていて老人向けのそうめんのようだ。旨すぎて気が変になる蕎麦つゆに、
糸ミミズをつけて食べているようなものだ。金持ちのジジイに気にいられたい魂胆丸見えだし、ヘタなババアの詩吟風のオーダーが耳障りだし、だからぼくはほんとうは「まつや」のほうが好きだ。さんざん心中で文句を言いつつもすっかり満足して会計をしていると、ババアの隣で蕎麦屋の牝ガキが「この人たち、いついなくなるの」と言っていた。子どもは、周りの大人の気持ちを本当によく察する。小川町から新宿線で新宿へ戻る。南口のタワーレコードで真心ブラザーズのアルバム「fine」を買った。酒と、喉からくる熱のせいで顔が熱い。このまま昔の下宿へ帰りたいなと思った。

5月6日

 3時間ほど寝て、早朝、親父がじいさんを送る車に便乗する。GWの帰省ラッシュを警戒して早めに出たのだが、予想外にすいていた。車中でかわぐちかいじの「ジパング」を読む。登場人物の顔がほとんど同じ。蓮田のSAでのトイレ休憩のあと眠りこけた。気づいたらじいさんの家の近所。横浜まで2時間半は、早い。ばあさんに顔を見せ体の具合を聞いて、昼飯のおにぎりなどを買ってきてから、2階のじいさんの布団で昼寝。起きたら、半世紀くらい前に買った
谷崎源氏11巻を持っていけとじいさんに言われたので車に詰めこむ。エビスビールを少し呑みながらおにぎりやパンを食べて、先に出る。親父と母親は日帰り、ぼくは大学周辺で懐かしいメンツに会う予定だ。東横線の車内で慶應の中学生たちが、「順風満帆だよね」と言っていた。この言葉を知っている&似合う中学生は日本でもわずかしかいないなと思う。
 数年ぶりの馬場歩き。親父から借りたカメラをぶら下げてうろうろするが、それほど懐かしいとも思えない。熊ぼっこや早稲田松竹や亀鶴庵やUS.VANVANといった馴染みの店を中心に、撮りながら進む。カラオケ館が近所に移転したのと、安藤書店から筒井の本が消えていたのと、グランド坂の隣に大きな道が開通したこと以外はたいした変化はなかった。すれちがう人の中に、意味もなく1人でニヤニヤしている人やブツブツ何か言っている人がいるのも変わらない。グロテスクな曲がり方のイチョウの木がアクセントになっている街並みも変わらない。昔、授業前に景気づけで呑む酒を買っていた自販機まで撮り、文キャンに入る。変わらないし、懐かしくもない。縦横の単純な直線を生かした灰色の校舎と、緑の配置が美しいと思う。いい環境で勉強して(?)いたのだなと、部外者の目で見てはじめて思った。5月だというのに立て看板と張り紙が意外に少なく、土曜日だからか学生も少なく、僧院のように静かで禁欲的な雰囲気がある。無作法にバシャバシャ撮りまくり、生協の本屋で教科書まで撮ってしまった。そのまま学生として授業に出てしまいそうな、卒業してからの時間が消えうせてしまったような不思議な感じ。
 馬場下の交差点を北上して本キャンに向かう。歩道がレンガ色の敷石で整備されガス灯めいた街灯が並び、こじゃれたリゾート地のような嫌な通りになっている。蛇行する道の先に見たことのない大きな校舎が聳えている。学生会館が2つとも、新しいビルに変わっていた。
革マルが駆逐されてけっこうなことだが、おしゃれーなこぎれいーな雰囲気になんとなく反感をかきたてられる。演博の前を通って列柱をぬけると強いビル風。追い風に吹かれるがままに、つきあたりの中央図書館に入った。結局、GWのうち4日間も図書館へ行ったことになる。といってもカードを更新していないので、ロビーで腰かけて撮ってきた写真をレビューで確認などして待っていると、津田が登場。4年ぶりだが変わらない。長らく患っていたとのことだが外見は頑健そのもの、あいかわらず重そうな(実際重い)かばんを持ってきたから笑えた。本キャンのほうを眺めながら、2階のベンチで話す。法科大学院で弁護士になるための勉強をしているとのこと。さらに懲役3年というから、彼は別の刑務所での刑期もふくめると大学入学以来12年も「おつとめ」することになるわけだ。丸山弁護士のようになって24時間走ってくれというと、あれは100キロのノルマを走るんじゃなくて、時速5キロで歩けば休憩もできるしラクに間に合うと冷静なことを言う。
 肉が食べられないらしいので、本キャンをぬけて地下鉄の出入り口近くの喫茶店へ行った。途中の演博で坪内逍遥像をからかう。裏手に新しく建てられた新校舎は、演博を正面から見たときに背後に聳えて見えないように角度をずらして建てられていると津田が言う。カフェインもアレルギーでダメなんで、できるだけコーヒーは店で飲まずノンカフェインの豆を買ってきて挽いて飲んでいるとか。あいかわらず、外見風貌と相違してやることが細かい。酒煙草カフェインといった刺激物がNGということは、メーヤウの
激辛4つ星カレー食べたらどうなるのと聞いたら、即入院だと言った。早く快復するといいが。最近面白い小説がないねという話と、文学部が統合して文学研究と創作に分かれる話と、創作指導のできる作家というのは一体誰かという話をした。確かに久間先生は面白かったが、創作指導されたという記憶がない(平野啓一郎のポートレートをかっこよく撮るのがいかに困難だったかとか、業界裏事情ばかり話していた気がする)。ぼくは数年以内に保坂和志がお呼ばれすると予想した。だいぶん待って、末永が到着。こちらもあいかわらずというか、まあ見慣れている。野郎3人でカフェをしていても仕方がないのだが、仕事中だという浜本から連絡が全然こない。浜本に待たされるのもあいかわらずで、今日はほんとうにあいかわらずづくしだ。昔はよく浜本のシャワー待ち(1時間以上かかる)とかしたなと、話す。
 とりあえずバスで馬場に向かい、三崎丸で乾杯し寿司を食べる。くちくなり店を出て、じゃあそろそろ帰ろうかというムードのところで浜本登場。懐かしいシェーキーズで仕切りなおし。2軒目だしビールをがぶがぶ呑んだせいで、ピザがあまり食べられなかった。健啖家、あるいは食に卑しいと思われているぼくだけに意外がられる。トイレから帰ってきたら、ぼくのビールだけ泡が消えていた。いぶかしいなと思って臭いをかいだら、タバスコくさい。これまた懐かしい手口ではある。気にせずがぶがぶ呑んでしまった。津田が弁護士を目指しているという話をしたら、浜本が原付の飲酒運転で裁判沙汰になった話をはじめた。腰縄をつけられて出廷し、検事に「走る凶器」と呼ばれたというから悪いが笑ってしまう。津田が弁護士になったらそういう意味でも心強いわけだ。
 末永が津田と浜本に結婚の報告。ぼくもはじめて
婚約者の写真を見る。凛とした美人で少しきつそうだが、末永にぴったりの気がする。ブスフェチとしての汚名をとどろかせていた末永だけにぼくは期待していたのだが、残念である。浜本が、末永はおれたちの中で「まっとうさ」の尺度になっているというようなことを言った。乱暴な決めつけだが、確かにそうかもしれない。改めて、乾杯(津田はウーロン茶)。浜本と次藤さんも結婚秒読みのようだし、津田と社会学部の彼女も長いつきあいだし、ぼくだけが根無し草のようなことをやっている気がする。連絡のとれない竹森も、案外子どもがいたりするのかもなと誰かが言った。店を出て津田が帰り、ぼくと末永と浜本でカラオケ館へ行く。あれだけ呑んだというのに、この期におよんでビールビールビール。ついでに日本酒まで頼む。浜本が、自分の歌を勝手にバカスカ入れるうえに、気にいらないと人の歌を勝手に消すのでこいつめと思った。末永がうつぶせになって寝てしまう。浜本がお猪口を放り投げて割ってしまう。今度4人が揃うのはいつなのだろうと思う。

5月4日

 昼ごろおきてシャワーを浴びてから、昨日録っておいた
「飛ぶ教室」を観る。原作は15年くらい前に読んだ。寮生と通学生の対決とか聖歌隊とか、日本ではお目にかかれないシチュエーションはあるものの、万人受けするクラス団結のハッピーエンドで終わる。長期休暇でみんなが一時ちりぢりになるところをラストシーンに選んだのもいいし、「飛ぶ教室」の作中劇が成功とはいえなかったのもうまい。ドイツのギムナジウムから、いきなり日本のブルートレインに舞台は飛び、西村京太郎の「新・寝台特急殺人事件」を読む。この人のも15年ぶりくらい。一生読むことないなと思っていたのだが、母親が湯河原に行ったさいにどういうわけかぼくあてのと母親あてのサイン本を買ってきたので、せっかくだから読んだ。容疑者の行方という本篇中最大のサスペンスの種明かしが、機関室に隠れてましたというのだからもの凄い。容疑者の手のうちも、警察の手のうちも、容疑者を追う愚連隊の手のうちも読者の前にはすべてさらされていて人形劇を見るようである。ご都合主義、ご都合主義、ご都合主義。どうせ寝っころがって書いているのだからこんなもんだろうが、作者より愛読者の見識をつい疑ってしまう。などと意地悪を言いながら、読了。もう一生読むことはない(と、思う)。昨日にひきつづき車で東図書館へ行こうとしたら、隣のしょうちゃんが運転できるのーと近寄ってきた。多分できると思うよと言ったら、多分じゃダメなんだよと真顔で言われてしまった。育ちがいい子である。駅前の立体駐車場に車を停めて、ヨドバシカメラでDVDをさがす。「飛ぶ教室」はさすがにその店にはなかったが、それにしても今はもう玉石混淆、猫も杓子も犬もボウフラもDVDになってしまっている。ビデオテープより製造コストが安いからか。今村昌平の「未帰還兵を追って」とかトッド=ブラウニングの「フリークス」とかがあるというのも、うれしいというより驚きである。結局冷やかしただけで、本屋で「ジパング」と「特攻の島」という漫画を買ってから図書館へ行く。
 
石原千秋の「教養としての大学受験国語」、問題を解きながらひたすら読み進めていく。教養を知の遠近法としてとらえ、思想はならべてみて選択できるものとする作者の立場には疑問があるが、近代という時代と、それを批判する大まかな論調が、大学試験問題を通してわかりやすく取り上げられている。最近、というより一昔前は、近代的な二元論にもとづく対立自体を解消してしまうような評論がはやったようだ。近代擁護にも、超保守(革新に反対することで生まれる論陣)にも、ニューアカなどの近代批判にも作者は容易に与さない。この先どうなるのか考えることが必要だというのだが、作者自身がある方向を示すわけではない。アカデミックな世界を、ヘンだよねあははははと言いつつ、ぼくもその一員だったっけあははははと自己批判することも忘れない。クールで不偏不党の蝙蝠の立場に終始して嫌味がないのがめずらしい。それが「教養」であり知性であり、大学が目指すものなのであろうか。小説は「解釈の多様性を楽しむ芸術」というのもぼくにはよくわからない。解釈の多様性を楽しもうと思って読む人はいないでしょう。解釈はその人にとって、1つしかないのだから。厳然としてあるその小説の「こころ」に向かう道としての解釈自体は幾通りもあるかもしれないが、1人の人間は1本の道しか選べない。思想もまた解釈と同様に、不可避の感受と反応であり、手段というよりは結果である。まあ今までの思想に対して自覚的になれば、次のステップを変えられるかもしれないとも思うが。とか、なんとか・・・。
 車で直帰し、晩飯にさわらとしょうが焼きを食べる。GWを利用して遊びに来ているじいさんが、やたらと写真を撮りたがって困る。100近いので耳がほとんど聞こえない。やめてくれと言っても、うれしそうに撮っている(聞こえないふりをしている可能性もある)。暇なので、ヤマダ電機にまたもDVD漁りに行く。喫茶店でカフェオレを飲みながら読書。さみしいGWである。辻邦生の「小説への序章」、けっこう長くてしつこい。まさに「大いなる序章」である。疎外感をはらう、「全人間的なものの恢復」というのはうなずける。小説そのものである私の世界が本質的であることの根拠は、「選択不可能性と歓喜」にあると言う。「それらのほうからやってきたのをそのまま迎える」「信じるという態度」プルースト。やっぱりこっちの本のほうがぼくの性にあっている。百万の思想の品評会をしてみる「知ること」も、一つの思想を疑いなく「信じること」の素朴さにかなわない。後者のほうが面倒くさい思いをするだろうけれども。帰宅して、アサヒのドライを瓶で呑み、ROYAL12年をちびちびやりながら威勢よく「信長の野望」。娘婿上杉との
畿内争奪戦にかろうじて勝利し、入京して四海に勇名をとどろかせた我が軍であったが、同盟終了期限間近に上杉の最強騎馬隊30万余が都を臨む北近江に駐屯したもんだからハラハラドキドキさあどうすんべ、というところで早くも鳥がさえずり始めたので寝た。

5月2日

 雨。いらいらするような、陰々滅々とした降り方をする。薄いスーツのパンツを濡らしながら、自転車で急ぐ。となりの課がてんてこ舞いの忙しさで、その流れ弾がこちらにも飛んできて被弾し、時間を食う。4つ5つの雑用が並行して舞いこみ、頭の悪いぼくをイライラさせる。リース会社の人などに謝る。昼の電話当番では面白いように電話がかかってきてテンションがあがった。まあ、風物詩というやつだ。午後の仕事の合い間に仕出しのうどんをがっつく。金目当てで金持ちのおじさんと結婚するために
寿退社になったとなりの会社のナベちゃんが置いていったかきもちをつまみながら悠々と午後の事務をこなそうという目算ははずれ、支所の補佐が、持ってきたデータを間違えて持ち帰ってしまいしかも知らないと言い張っていたために起きたパニック状態(特に私)などでへとへとに疲れた。明日が休みなのでへとへとでも楽しかったりする。今日の深夜まで読んでいた「28歳からのリアル」という、同世代の平均値を挙げて「人並み」になれとあおるハウツー本がときおり頭をよぎる。挙式と披露宴で300万とか、家を買う頭金で1000万とか、リスクなくして高金利は望めないとか、ビール1本でご飯1杯半分のカロリーだとか・・・。余計なお世話である。
 電話が鳴りつづけているが、全然気にならなくなる。今年異動してきた岩下さんは、このあと1人でボーリングへ行き1人でラーメンを食べ1人でキャバクラへ行くという。妻子持ちなのにいいのだろうか。なんとかかんとか定時より少し遅く仕事を終わし、櫛淵くんと出る。雨はあがったが少し肌寒い。電車で街中へ行き、おかず屋で床より低い座敷に座り小平さんを待つ。7時半ごろにやっと来て、乾杯。カツオ刺や
ラーメンサラダや豚の煮物やだしまき卵を食べる。今年本社に異動になった小平さんは、あいかわらずパワフルにがんばっているようだ。櫛淵くんはそれに負けじと積極的に電話応対して声を出している。この年代が集まると、どうしても結婚の話になる。しかも未婚者ばかりだから、どうにも重苦しい。小平さんが薬指にしている金色の指輪が気になった。頭髪の濃い薄いに話が移り、ぼくはますます重苦しい気持ちになる。いいかげんなことばかり言っていたら櫛淵くんに、「イトウさんはあれですか、華族か何かですか」と言われた。どういう意味だろうか。会社の共通の知人の話など、とりとめない話に終始し、それでもなんとなくわきあいあいとした雰囲気でふわふわしていて面白い。こういう形のつきあいをしたことがないので、むしろ新鮮だ。2人とも育ちがいいせいか屈託がなくて心地いい。クシブチ会またやろうねと、小平さんに言われた。終電の1本前で帰るというので、2人を駅まで見送る。帰り際に、前にもらったハンカチのお礼に藤野美奈子の「レンジで5分」と「おとこ教室」を貸してあげた。呑み足りず川辺に電話すると、家でテレビを観ながらくつろいでいると言う。腑抜けめ、議会棟の下で寝ていたあの猛者はどこへ行ったと憤慨する。サトちゃんと川辺以外に呑んでくれそうな人が見つからず、自分のつきあいの浅さがいかにもうすら寒く感じられて、意気ごみもどこへやらまっすぐ帰宅した。パソコンをいじっているうちに眠くなってうとうとしだしたので観念して寝る。GWの予定はほとんどない。

4月15日

 うたた寝を繰りかえし、起きたら3時になっていた。昨日の明け方まで信長をやっていた自分が悪い。会社の近所に最近できた古本屋で買った、
手塚治虫の「MW」を読む。手塚風ピカレスクロマン。罪悪感をもたずに犯罪をくりかえす男と、彼に複雑な心情を持つ神父との対立を軸に、巨悪小悪色悪の満漢全席である。まだまだ物足りないとあとがきで言われているが、なかなかどうして。みずみずしい線で描かれる手塚漫画の無邪気そうなキャラクターたちが犯す悪行の数々はかえって凄みがある。15年前に読んだときの衝撃は薄れたが、それはぼくの悪に対する耐性が増したからか。悪に対する耐性のことをあるいは悪と呼ぶのではないか。なんちゃって、などといいつつシャワーを浴びて街中へ。杉本が来て、ややあって小塚が来て、東力士の座敷で呑む。レジスターにいるじいさんはレジと連動しているだとか、非常口ランプがついている後ろの引き戸が防寒のためかガムテープで塞がれているのはまずいとか、ジャンケンで負けた人が店のオバサンをくどくとか(この、ジャンケンで負けたら〜する、というのが中高以来で懐かしい)くだらないことを言いつつ、串かつ、カキのフライ、にごり酒、山うど、タラの芽の天ぷら、カツオのたたき、いか焼き、いかの刺身、から揚げ、勿論ビール。「はじめての部落問題」を小塚に貸したら、「被差別部落をご存知ない?」という大きな腰巻きを返してきたうえにカバーをひっくり返してつけた。こんな本読んでると知られたらヤラれる、とのこと。その意識こそがベサツである。
 そういうことじゃいかんと思っていると、隣の杉本がぼくのリュックから「わしズム」を勝手に取り出して、最後のカラーページに「ハナはじめ」とボールペンで落書きしていた。「肇」が書けないあたりが、イライラを増加させる。店の最奥の座敷で中川さんが偶然飲んでいることに気づいたもののなんとなく声をかけづらかったのだが、トイレに行ったらたまたま(?)中川さんが後から入ってきた。会社の同期で呑んでいたとのこと。仕事の日じゃないのに会社の同期と、しかも東力士で呑むとは。中川さんの会社愛におどろきあきれつつさらにぐたぐたと呑んでいると、中川さんの向かいのおでこのはげあがった人が、同期の中で結婚する人がいますと大声で高らかに宣言した。呑み屋の客全員が拍手して、乾杯。勇気のあるはげだなと思っていると、今度は別の人にそのはげが今日誕生日ですと紹介されて拍手されている。立入、という名前と年齢を告げた。それから店内で次々に、結婚間際だという客が名乗りをあげて祝福されるという不思議な光景がつづき、しまいには今度店を出すという人の
出店祝いまではじまってしまった。こういう、無駄な一体感は好きだ。と、小塚が神妙な顔をしているのでどうしたのかと思ったら、彼は立入先生の息子ではないかと言う。立入先生はつるっぱげだったので、なんとなくそうかなと思うが小塚お得意のガセではないかとも思う。閉店間際に小塚がおそるおそる話しかけに言って、なんとなく懐かしさに雰囲気が和んでいるようだったので行ってみるとやはりそのようで、ぼくもなぜか握手を求められた。中学、高校、職場の先輩にあたるわけで、この街はなんともせまい。はげの手は、なんだかみょうに乾いていた。
 
コサキンのラジオを聴くから帰るという不人情な杉本を引き止めるために、3人で杉本の好きなパチンコ屋へ行く。「でるでる」という店名だったのだが、ほんとうに出た。30分で1万円勝った。閉店間際だったので、ジャラジャラ出ているのに止めさせようとする店員が後ろに張りついていて気分悪かったが。杉本が脱走したので、小塚とカラオケ。同窓会以来で、安全地帯や陽水やスキマスイッチを歌った。明け方に店を出ると雨。コンビニで傘を買い、初冬のような寒さをしのぐために味噌ラーメンを食べる。徒歩で家に帰る小塚につきあう。15年来のつきあいだが、なんだかかわり映えがしない。人に、はやく変わってくれよと思うときと変わらないでくれよと思うときがあるが、変わらないでくれと思えることは少ない。見送って帰り際、貸すはずの本をいったん預かってそのままだったことに気づき、Uターンして無理矢理手渡す。帰宅して、夜更けに懲りずに信長をはじめてしまう。南の武田を泣きながら追い払ったと思ったら、北から上杉謙信の騎馬隊2万7千が怒涛のように攻めてきた。やる気が失せ、ふて腐れて寝る。

4月1日

 前日の仕事が午前2時まで長引いた疲れのせいか、目覚めたら1時をすぎていたのであわてる。シャワーを浴びて支度をして車で駅まで送ってもらい、ドアを閉めて車を見送ったとたん、あ、上着忘れた、と思った。あとの祭りで取りに戻る時間もない。薬漬けのネギがまずい立ち食いソバを食べて、電車の中で「はじめての部落問題」を読む。作者は
被差別部落出身者で、「ホルモン奉行」などの本を書いており前から気になっていた。部落を美化したりやみくもに怒ったり哀しんだりせず、問題を冷静かつ客観的に見ようと心がけたり、ちょっとした笑いの小ネタをはさんだりするあたりが珍しく、面白い。部落民であるはずの作者自身のうちに「部落ってなんなんやろ」という野次馬根性がなぜかあり、その好奇心に読み手も触発され、読んでいると知らぬ間にすんなりと、自分と何の関係もない部落問題を考えはじめてしまう。作者は、部落問題の名ポン引きである。特殊部落、同和、穢多というのは行政用語であり「被差別」という呼称は部落側で考えられたこと、江戸時代の政策を起源とする説は現在では否定されていること、「部落」という言い方が被差別部落を指すのであれ一般の集落を指すのであれマスコミでは使用が禁止されていること(作者はそれに反対している)、教育や解放運動や同和対策事業がさまざまな問題はあるにせよ差別の減少に一定の成果をあげてきたこと、などを確認できた。部落外との同化融和を進めてきた水平社が、「同じであること」を強調する過程で戦時下の翼賛体制に積極的に加担したことを例に挙げ、作者は、部落が「同じであること」「普通であること」を達成しようとすることが別の「ちがうもの」に対する差別や排除につながるのではないかと危惧する。そしてむしろ、悪い差別をよい差別に変えていくことに解決策を見出す。ようは、部落っていいなあと、あこがれられるようになればいいのだ。小林よしのりの「ザ・部落ウルトラ解放フェスティバル」の着想の慧眼を改めて感じた。メモに使っていたシャープペンを車内に置き忘れてホームにおり、一緒におりた隣りの席の女性に渡されて軽く恥をかく。
 日比谷線で日比谷まで行き、階段を駆け上がってから日比谷公園をぐるりと回って反対側の
野外音楽堂に向かう。開演15分前になんとか大輔と落ち合えた。古代ギリシャの野外劇場のような扇形の客席に犇いている客層はとりとめなく、意外に女性が多かった。シャツと薄地のパーカーだけなのでさすがに寒い。太い刷毛で縦にさっとはいたような変わった雲のアクセントがある青空の下に2人がのそのそ現れて、唐突にライブははじまった。「荒川土手」からはじまるアコギ弾き語りの第1部はまるで前座のようであいまいな印象のうちに終わり、休憩を挟んで夕暮れ時に第2部開演。「JUMP」からはじまるおなじみの強烈な名曲の連打に、昂揚したりくつろいだ気持ちになったりする。舞台の光のまばゆさに目が疲れれば、薄墨の宵の空や、木々のむこうのみずほ銀行の墓標のような巨大ビルで目を遊ばせられる。街が動いているという実感がもてる野外コンサートというのは妙な気分だ。ヘリの羽音が邪魔をし、風の寒さが身にこたえ、会社のビルの明かりがちらほらまたたく。おまえらざまみろ、と思う。野外のこの散漫さが逆に好きだ。われわれはYO-KINGを教祖とするダラダラキビキビキビグニャグニャ教の熱狂的な信者なのだから、空を見上げたりビールを呑んだり座席にしいてある新聞の字面を追ったりあくびをしたりできる野外のほうが向いている。「人生やり直すかどうか死ぬまでに考えよう COOL&HOT SPICE&JUICE 愛を貯めないで流し続けよう」(COSMOS)、「大人になれば夏は終わるかな なくならない夏はないかな」(Dear,SummerFriend)、「でも歩く速度は君を気遣いながら 走り抜けようこんな暗いトンネルは 新しい光と風を浴びよう」(愛のオーラ)。かくして教祖様はアンコールの最後に、「また伝説やっちゃった!」と叫ばれた。そういえばライブのタイトルが「伝説の真心野音」だった。自分で伝説といってはいけない。
 芝生を横切れないので、またも公園をぐるりと遠回りして有楽町へ向かう。知らない連中がそれぞれ同じことを話しながらぞろぞろ歩いている中にいると、奇妙な連帯感がある。銀座方面へ行くと大変なことになるので、ガード下の1杯呑み屋が連なり、道に椅子とテーブルがはみ出している一画をうろうろして可もなく不可もない感じの大衆居酒屋に入った。ビールにキムチにもやし炒めに油揚げに豚串に
ミミガーに、その他もろもろ。地下鉄と私鉄の相互乗り入れの話でなぜかもりあがる。南栗橋に「中央林間」行きが止まっていて笑えるとか、そんな話。私鉄→地下鉄→私鉄の3線乗り入れだと、ありえない場所にありえない行き先のありえない電車が止まっているので錯乱して面白いのだが、今こうして書いてみるとちっとも面白くない。なんであんなにもりあがったのか。映画の仕事は少なく厳しいので、企業で一山あてると言う。大輔はぼくよりもしっかりしているので、何もアドバイスできることがない。最近なにやってるのと、逆に聞かれてしまった(何もやってないだろ、の意味)。有楽町のカラオケが高いので丸の内線で新宿へ行き、花園神社の前を通って歌広場へ。靖国通りは少しだけカーブしているので、道側へせり出した、ビルの輪郭を細長くふちどる色とりどりのネオンの看板が十二単の裾のように重なって見えて面白い。真心を中心に歌いまくり呑みまくる。大輔がTSUNAMIを歌っていて、お、と思った。レミオロメンの顔がよゐこの濱口に似てると思っているのは私だけでしょうか。ライブの最後に合わせて、「EVERYBODY SINGIN´ LOVESONG」を歌って、おしまい。「過去にはいけない 未来は進む EVERYBODY SINGS A SONG」。大輔は今日もライブだというから狂っている。ぼくはおとなしく帰りの電車に乗りこみ、うとうとする。

3月26日

 最近、気づくとほんとうにあっという間に10日くらいなんてことなく経っていたりする。考えてみると、4年前は腰の定まらない生活をし、3年前とおととしは職場を転々とし、去年は入社したてでドタバタしていたので、なんとなく落ち着かず細切れの毎日をおくってきた感がある。それと比べると今年は、去年と同じスケジュールで動いているので、時間のベルトコンベアにのったというか、気づくと行事が終わっている感が強い。それか、たんにジジイになっただけか。朝起きるはずが昼までずるずる寝てしまい、あわててシャワー。渉を車で拾って、環状線を東進する。せっかくの春休みなのに家で
エロゲーばかりやって、ときおり罪滅ぼし程度にシスアドの勉強をしているという。弓道部の練習もしぜんサボりがちになり、この1年で部活でレアキャラとして認知されたとかしないとか。おっとりひょうひょうとしているのだが、少しニヒルの毒がある。が、のっぺりした曇りの日だし車の流れもゆるやかなので話しながら運転していて思わず眠くなった。川を渡り工業団地を越えて、宅地が造成され区画整理が途中で虫食い状態の街の新道を通り、隣町の工業団地に入る。休日なのでだだっ広い通りに車がほとんどなく、裸の街路樹が寒々しくだらだら続いている。そういえば、花見に来たのだった。大きく区割りされているうえに似通った四角い工場が立ち並ぶ迷路を右往左往して、やっとついたお目当ての公園には桜は咲いていなかった。「きちんと予定たてることが肝心ですね」と渉が言う。仕方がないので、公園の管理事務所兼売店でうどんとプッカとプチポテチを買って食べる。子どもが模型飛行機を飛ばしたり、ヤンキーな父親が滑り台をのぼる小さい息子を追ったり、営業をさぼったサラリーマンたちが面白そうに話したりしている。普通の3倍くらい高い滑り台が挑発してきたので、思わず滑ってしまった。意外と足がすくむ。滑り降りたら渉が、軽蔑した顔でニヤニヤしていた。老成しているようでいてそういうのは年相応に恥ずかしいらしい。ぼくも意外に恥ずかしかったのですばやく帰ろうとしたら、スーツ姿のサラリーマンの1人がみんなにからかわれながらもふざけて滑っていた。それを見ている方もけっこう恥ずかしい。
 その公園に小さな桜が1本咲いていたのだが、それではさすがに飽き足らず、桜狩りと洒落こんで車を南進させ、桜前線の最北端を目指す。渉は、愛犬のラッキーが焼き鳥ごと串を食べたがそのあと口から出てきた話や、WOWOWで深夜にやっているピンク映画の話をしていた。人がよさそうなやつの人のよさが疑わしいのと同様、さわやかそうなやつがちっともさわやかでないということに気づく。とはいえ、さわやかでなさそうなやつはやはりさわやかではなく、さわやかでなさそうなのにさわやかなやつは不気味だし、さわやかそうなのにさわやかなやつはおそらくただの馬鹿なので、渉のケースが1番まともである。とはいえ、いくらでももてそうなのに家に引きこもって女の子とデートするエロゲーに熱中しているのだから、やはり1種の馬鹿である。30キロくらい南下した田園地帯にある、かつての国分尼寺の跡地の公園に桜は咲いていた。といっても八重桜や染井吉野はまだで、気の早い
薄墨桜が公園の隅で5、6本咲いていた。夕暮れ間近に弱々しい太陽がやっと出て、靄がかった淡い緑と茶色が拡がる田畑にやわらかい金の透明な膜を張っている先に、嘘のように小さく淡い桜色がぼやぼやとともっているのはやはり素晴らしい。近くで観てもやはりぼやぼやと幻のように頼りなく、これでも花かと疑いたくなる淡い色で咲いている。匂いもないし、背景が透けてしまいそうな楚々とした風情なのに、周りが静かに華やいでいくのがわかる。ピンクのバカネオンな染井吉野も嫌いではないが、この、しん、とさせる感じがたまらない。渉がぼけっとして花の匂いをかいでいる。凝視すると、花弁と雄蕊が蝶のようだ。遠ざかればおぼろげな霞のたぐいであり、近づけば蝶々。花がどこにもないのだ。遠くで青いトラクターが、音もなく畑の上を動いている。帰り際、天平の丘と呼ばれている史跡をめぐる公園を古いラブホテルの塀が取り囲んでいると気づいた。こういう、抱き合わせの俗悪さも田舎の醍醐味である。ねがはくはラブホの下にて春死なん。急いで北上する。予定通りに銭湯に行こうとするもあまりに混んでいるので、5キロほど離れた銭湯に行ったらそこも混んでいたので、うちの近所に新しくできた銭湯に行ったらすいていたが高すぎるので結局やめた。基本的に無感動そうな渉が、杜撰な予定にやや憤慨気味だったので、さすがに悪かったかなと思いマックでハンバーガーを奢る。来月に、もっと北のほうのこの前行った露天風呂に行こうと決めて、別れた。帰宅してから、スーパーの寿司やら焼き鳥やら枝豆やらを食べビールを呑む。無性に眠かったので仮眠してから、グインサーガの106巻を読了。毎巻毎巻面白いのであきれ果てる。そしてどんどん話が膨らみ延びて、終わりの見通しがたたなくなっているのがわかる。300巻いっても終わらないのではないか。本をひかえて勉強しようと思うのだが、なんとなく惰性で読んでしまう。

3月15日


 最近、気づくとあっという間に10日くらいなんてことなく経っていたりする。明け方まで「遠雷」を観ていたせいで寝不足のため、不機嫌な顔で仕事をする。男と女、田舎と都市化、田舎と都会、浮わついた音楽と地をはうような暮らし、旧世代と新世代、イノセントと如才なさ・・・・・・明確な対比がある映画はやはりドラマチックだ。遠雷が浮き上がらせる忘れ難い一瞬(当事者たちにとっては永遠)と、変わり移ろっていく人や物との大きな対比があって、「変わっていってもそれでも変わらない暮らし」に主人公夫婦は落ち着く。小説の雑味というか、言葉ですくいあげられないようなどろどろとした読後感とは違う、脚本的なスマートさが悪くなかった。などと考えながら仕事をしているわけでは決してなく、真面目にこつこつとノルマをこなした。昼飯は仕出し弁当。前で新聞を読んでいる竹澤さんが野球の話をふってきたのにサッカーの話かと思って、ちんぷんかんぷんな受け答えをしてしまった。恒例の昼休み10分昼寝もする暇がなく、後半の窓口業務。ナベちゃんは最近、接骨院をいくつか経営するブサイクでデブなおじさんと結婚前提でつきあっているらしく、お金目当てで何が悪いとすごんでくる。彼女いわく、お金を稼ぐのは顔がいいとか優しいとかと同じように一つの才能であるそうだ。そういうことを疚しく感じずはっきり言えるのはすごいし、美人像のアンチテーゼになっている。だけどまあ、そりゃよかったねだからどうしたのという気もする。仕事も職場も2年目が終わろうとしている、慣れたが飽きた。
 帰る途中に、労働組合の委員会に出るために会社の厚生施設による。ロビーのソファーで放心していたらアネさんに声をかけられてびっくりした。そういえば彼女はこの施設の管理担当だったが、今日はそれとは別に課の呑み会できたとのこと。近々呑む約束をして別れる。受付のおばさんをぬいたら、5人しか出席していない会議に出る。ほかの4人は知り合いらしく、夏期の泊まりこみの集会の出席の悪さをいかに打開するかなどを自嘲気味に話しあっていた。ぼくは雫くんに頼まれて委員に任命されただけなので、終始うつむきがちで完全に沈黙。出されたトマトジュースがおいしかった。気詰まりな1時間を乗り切って階段を下りていくと、磯くんとすれ違った。会に出るために急いで来たが間に合わなかったのだろう。あいかわらず茫洋としている。すれ違いざま会話を交わしただけで、別れる。2年目は、同期と呑むこともめったになくなった。なんとなく手持ち無沙汰で、「遠雷」のロケ地だった盛り場のあたりを自転車でうろうろしてから、「すきや」で牛丼と中華あんかけ丼のドッキングしたものを食べながらビールを1人で呑む。盛り場のあたりは、昔は釜川が何度も氾濫して水びたしになったろう。盛り場の路地が冠水したらネオンがぴかぴか揺れて、映画としては面白いのではないか。などと考えながら、「徒然草」を読む。こんなこと書いてる暇あったら、成仏のための修行でもしてろと思う。境界で揺れているということが、人にものを書かせるのだろうか。帰宅して「アバウトシュミット」を観る。大層面白い。ジャック=ニコルソンとキャシー=ベイツという二大オスカー怪優が対決している。キャシー=ベイツのお餅のように垂れきったおっぱいも凄い。が、なにより演出が素晴らしく、尻尾の先まで映画の旨みがぎっしりつまっている感じ。シュミット氏に対して作り手が持っている冷めた目線が行き届いており、感動的なラストでも、こんな些細なことで幸せになれるのだという気持ちと、こんな些細な幸せすら今までなかったのかという気持ちが入り混じる。ニコルソンは狂人や殺人鬼や狼男やアル中といったヘンなやつばかりでなく、定年退職した小市民も異和感なく演じられるのだなと思って感心して観ていたが、観終わったら、定年退職した小市民というのは相当ヘンなやつだなというところに落ち着いた。夜更けにみょうに腹が減って、「赤いきつね」を食べた。

3月5日

 夜と異なり、昼はもはや春の陽気である。しかし、おとといのようにとつぜん雪が降りだすかもしれず、油断はならない。母が長野の小布施で買ってきた栗おこわと、冷凍の味噌ラーメンを食べる。シャワーを浴びて、スキマスイッチを聴きながら東図書館へ。大人しく自習室で「源泉の感情」を読む。春のせいかなんとなく意識が散漫になり集中できず、新刊本をひやかしてから帰ろうとするもなんとなく物足りなく、車で母校の小学校へ行った。当節、誤解をおおいにまねく危険な行動である。がおーなどと言って四つんばいで校庭を駆け回ったりせず、お母さんがたに不審の目で見られることもなく(多分)、自分たちが卒業記念に植えたハナミズキをボケッと眺めた。はや15年、枝の先端が2階の窓に届きそうだ。それに引きかえ自分は、などと殊勝なことを思うはずもないがなんとなくいたたまれないような気持ちになる。1人だけ、植えたときからいままでその場に取り残されているような感じ。筒井の短篇の「佇む人」を思い出した。急いで、車で帰る。犬の散歩をしてから、再度車で出かけ、クリーニング屋に寄りがてら、薬局で油とり紙と1番搾りとブルガリアヨーグルトを買う。ちびまる子ちゃんを観て、サザエさんを少し観てから「源泉の感情」の続き。天皇ご1家というのはサザエさん1家のような役割りを担っているのではないだろうかと、不敬なことを考える。現実とかけ離れていても、ある種のコンサバなモデル家族を演じてもらうことで社会にある種の安定感を与えられているのではないか。カツオが携帯を使い出したり、愛子様が髪を茶色にしたらぼくはなんともいえない哀しみを感じてしまうのだが。そんなバカな言い方は三島はしていないが、世間の道徳や風潮、近代化に対するアンチであるからこそ「バランスの中心になる力」を持つ天皇像を、天皇陛下に過酷に求めているようだ。アンチというのは三島が小説で目指しているものでもあり、絵画に比べて小説が妥協していると批判する小林秀雄に同調し、映像と性という2つの適合からの反逆を安部公房に力説する。しかしそうすると三島のよりどころはアンチというある種の相対性であり、彼が重んじる「伝統」という観念もまた室町時代の歴史的なものにすぎないと自覚しているならば、こんなに空虚な源泉はないのではないか。なんとも殺伐として凄まじい。ともかくも、読み終わる。
 そのあとオールモルトを呑み、
ポテロングを食べながら、TSUTAYAで借りてきた「オールアバウトマイマザー」を観た。アラビアの細密画のような、スペインの民家の壁紙の派手で細かい模様に胸やけがする。ペネロペ=クルス(ラックススーパーリッチのCMの人だった気がする)の白百合のような清楚な雰囲気が唯一の救いで、あとはパンチの効いたラテン系のおばさんたちとかおばさんみたいなオカマのおじさんが原色の風景の中に出てきて泣いたり抱きあったり笑ったりして、お腹一杯になった。舞台を下りた楽屋も舞台で、生活でも演じたり演じ損ねたりする女たち、ともかくみんな一生懸命なのがいい、そして魅力的。観終わったら疲れきって元気が出る映画、これでいいじゃんよ、と思う。明日仕事だけどいいじゃんと、12時過ぎに調子に乗ってダンカン監督の「七人の弔い」。青を基調とした画面や登場人物に対する距離感のある視点、流れを崩すような静止画による間合いは武の映画に似ている。が、武の映画よりはるかに笑える。武のが人情家というか、哀しみのある暴力だったり笑いだったりするのに対し、ダンカンのは滑稽と悲惨しかないからだ。どちらが基調というわけではないので観ている側としては感情の定められない不安にさいなまれ、爆笑した自分の残酷さに傷ついたり、悲惨さの中に笑いの種をみつけて口元が歪んだりする。この感情体験は独特だ。そして脚本もよくできており、伏線、キャラクター、予想外の結末と申し分ない。その辺の申し分のないサービス精神が逆に評論家からは嫌われてしまったのか、たいした評判にもならなかったようでどうにも惜しい。武の亜流と見られてしまうのもどうにも惜しい。観終わった人は大人も子どもも肉片に見えてしまうのではないか、そしてラストシーンの、肉片たちによる人間讃歌の大合唱。こういうひどい作品を上映禁止にしない映倫の関係者こそ、まさに「腑抜け」であろう。しかしまあ温水洋一は面白い。あまりに面白すぎて多用してしまったダンカンの気持ちもわかるが、ちょっと出すぎだ。

2月26日

 雨。昼ごろ起きると、あんのじょう喉の調子がおかしい。鼻水も熱もなく喉だけおかしいという症状は珍しいのだが、この数日痰がからみときどき咳が出る。みかんとスパゲッティとドーナツを食べる。シャワーを浴びるついでに風呂を洗い、車で図書館まで送ってもらう。街中の図書館は人が少なく古くて陰気で、ゆっくり読書するにはもってこいだ。先月から借りつづけている方言の本を返し、小林秀雄全集の貸し出しを延長し、最新の「文学界」と「詩学」に軽く目を通す。
「詩学」に投稿している同世代の人は、「イタい」感じの人が多い。デートで何の服着ようかよりも、世界の暴力的な権力構造とか部屋の壁にできたシミの模様に気を病んでいる感じの人。それを休日に読むぼくもかなりイタい(と、ツッコミの予防線を張ってみたりする)。「文学界」では車谷のちょーきっちゃんが、「嫁はん」がしばらくいなくなることに耐えられないので付き添いとして同行したとかで世界一周旅行記を書いている。頑迷固陋ひねくれ糞まじめの強迫神経症のちょーきっちゃんが、世界旅行である。これはもう、どくとるマンボウより面白くなること必至である。「いまでは人間を『よきもの』とはまったく考えてない。早く死にたい。そんなことばかり思うている。こう思うようになった過程が、私が作家になった過程だった。これは必然だった。避けて通ることの出来ない道だった。文章の道だった。」まだ出向して間もないのに、この調子である。洋上にいる意味がまったくなくいつもと同じ調子なので、笑う。せっかくのベトナム王宮料理も、「美味。」の一言で終わりである。そして、法被を着た憂鬱な顔の車谷がマーライオンの前で立っている写真。編集者が作家をイジってはいけない。筒井の連載「巨船べラス・レトラス」も、気づかぬうちに最終回。少し話題になった北宋社の著作権侵害の1件の結末は、単行本の後記に載るとか。映画対談を読もうと思ったら時間切れで、迎えに来た親父の車に乗り、駅まで妹を迎えに行ってから帰った。
 犬の散歩をして、「ちびまる子ちゃん」を観ながら飯を食べて、先週市立図書館でもらってきた廃棄本、
辻邦生の「小説への序章」を読む。フランスから日本に戻ってまもなく「近代文学」に連載された初期の評論を集めたもので、献辞が「埴谷雄高氏に」となっている。辻邦生と「近代文学」のつながりは意外に思われる。1章は物語と小説の関係についてで、原始に集団の融合や一体化のためにあった物語(お話だけでなく言語表現全般)は、事物の抽象化や個々の経験の重視により個人が成り立ちつつあった古代でも「共存感の仲介」としてその役割りが受け継がれたが、近代市民社会においてはその「事実性」は科学等の諸学のより合理的な記述にゆだねられて物語から切り離され、残った感動伝達という性質を小説が受け継いだとする。個人の確立による一体感の希求という前提のもとに近代における小説の隆盛があったとする点、物語や小説の消去法的な定義づけは共感できるし面白い。何らかの「事実性」というか準拠枠というかろくでもない有象無象というか、そういったものをぬきにして芸術的な感動、純粋な小説というものを目指すというような辻の発想は今からみても新しく過激だ。「事実性」(教育や政治や宗教といったある社会的な了解のことか)から影響も受けず影響も与えない小説。そこから与えられる、文化的ではないある種の感動。それによって得られる一体感。なんだか、禍々しい臭いさえしてくるではないか。顔が端整で文章も格調高いのにこのパンクっぷり、さすがは好きな寿司屋のパトロンになって札束を黙って渡した(という噂の)作家である。
 NHKスペシャルの、ファンから見た
矢沢永吉、みたいな番組を見ていたら重松清がナレーターで出ていた。矢沢がファンに「サンキューどうも」と言うのは、来てくれて応援してくれてありがとうではなくて、好きに歌わせて躍らせてくれてありがとうということらしい。誰かのためにではなく自分のために歌い、ファンもその歌を聞いてそれぞれ自分のために頑張る。「だから、(ライブって)会合みたいなもんじゃないの」とさらっという永ちゃんは、ゾッとするほど醒めていてかっこいい。恵まれた人だなあと思った。寝る前に少し、「源泉の感情」を読む。三島と武田泰淳の対談、「信仰に行ったら小説になりませんからね」、小説は実人生というのを馬鹿にする態度は絶対にいけない、「つまり、ある肉感的な感動が、なにか、絶対形而上的な経験を蹴飛ばしてしまうようなもの、それを求めて求めて求めているんですよね。そうすると、小説だってけっきょく、いやしさの中にそれがあるはずなんです」、「俳優はやっぱり、全存在をもって役に没入しても、それは肉迫するんじゃなくて表現するんだな。ことばというのは、ほんとうに肉迫して、その存在の中に溶け込んじゃうぐらいの力があるよ、ほんとうにことばが能力を発揮すれば」。こういう話を聞くとその都度アッと感心するだが、いつもなんとなく忘れてしまう。結局、手や足を動かさないから、頭で線香花火をして無駄に疲労しているだけなのだ。気づくと3時ちかくになっている。

2月16日

 気づけば、2月も半分過ぎてしまった。祖母の体調が悪く、付き添いで母が横浜へ出かけたので、どん兵衛を食べて家を出る。小雨が冷たい。冬になると毎朝車がほしくなるのだが、あんな金食い甲虫を飼っておく余裕はない。職場の窓口がやたらと暑い。天井にあるエアコンの吹き出し口が前後からぼくを向いており、容赦なく温風をあびせかける。寒かったり熱かったり湿っていたり乾燥したりするから肌がザビザビになる。となりの席でお金を集めているナベちゃんが、今度会う予定の医者のオジサマがどんな人なのかを竹澤さんに興味津々で聴いている。竹澤さんの先輩の知人であるそのオジサマは数件のクリニックを経営しているやり手らしい、という話だったのだがどうやら医者でなく整体師かなにからしく、ナベちゃんの顔がとたんに曇った。しかもその医者(?)は、「クイズダービー」に出ていた篠沢教授に似ている
メイドカフェ好きらしい。幸運にもナベちゃんは篠沢教授を知らなかった。まあ、金があり余っているようだからたかっていっぱい使ってあげなよとぼくが言うと、ぴゅあぴゅあぴゅあなイトウさん(ぼくのこと)はそんなこと言っちゃダメと言われてしまった。お世辞ではなく本心だが、侮蔑はたっぷりといった言い方。ぼくが、デートで高い店に行くのだったら何度か安い店に行ってから行くと言ったら、悪い人がたまにいいことするとすごくいい人に見えるっていう発想でしょと一蹴された。女は、そもそも最初のデートで高い店に行かないような男にはすぐに冷めるものなのだそうな。それはナベちゃんだけだよと言おうとしたが、元キャバ嬢の意見として謹んで拝聴しておいた。ナベちゃんはいつも身も蓋もないリアリストで、社会通念上の「善」を気にかけることがなく面白い。男っぽい性格だなと思っていたのだが、案外本当の意味で女っぽいのかもしれない。つまり、おおかたの女というのは男のつまらない幻想にお愛想でつきあっているからなんとなくぼやぼやと甘ったるく、それでいてどこかイライラとして不安定に見えるのだが、本当はもっと獣的な非情さや美しさがあるのではないか。なんてことを考えてはいけない、仕事中に。 
 昼飯に寿司を食べに行ってにぎりランチを注文したらちらしが出てきた。夕方に出張窓口から本拠地に戻って、帰り際に昨日の
ボーリング大会の結果表を回覧する。自分がビリだということを自分で所内にふれまわっているようで、なんともアホくさい。仕事もできないし遊びもできないのだから、道化のふりでもして気に入られるよりほか生きてくすべがあるまいなどと思いつつ、駅前にできたばかりの古本屋に行った。改装した店内の塗装の臭いと古本の饐えた臭いが、なんともアンバランス。品揃えも雑なら並べ方も雑で、店主が愛着ある本を売っているという気がせず、BOOK OFFのほうがまだ商品を扱っているという雰囲気がある。この古本屋受難のご時勢に何を考えてこんな暢気な商売を始めてしまったのかとこっちが不安になって店主の顔をさりげなく盗み見ると、ラジオを聴きながら幸せそうにさいとうたかをの何かを読んでいる。サバイバルの指南書か、銃器の扱い方の何かである。文庫本の棚には中学時代に読んだ懐かしい本、「ビバ!日本語」とか「母は枯葉剤を浴びた」とか「ブランコ」(漢字)とかがありオッと思った。オッと思うのはタダなわけで、食指が動く本はといえばこれがまったくない。「ティファニーで朝食を」を買おうかと思ったが思いとどまり、桑田のエッセイ集「ケースケランド」を買って電車に乗る。大岡昇平と時代小説が多かったのが少し気になったが、なんてことない屑本屋である。東武のゴルフ用品売り場でボーリング大会の優勝トロフィーに結びつける赤線の入った帯を買い、自転車で競輪場通りまで飛ばしてココスで夕食。河出文庫の新装版フェアにつられて買ってしまった三島由紀夫の対談集「源泉の感情」を読んだり読まなかったりしながら、お茶をやたらと飲む。この前この2つ後ろの席で、夫らしき男と、その妻の間男らしき男が淡々と話し合っていてすごく面白くてドキドキしたのだが今日はそんなこともなく、幼稚園児のお母さん連中が会食をし、店内にハッピーバースデーソングが流れたりしている。小雨の中、店を出る。槇原敬之のカバーアルバムすこぶるいい。尾崎豊の「FORGET-ME-NOT」のカバーがすばらしい。

2月1日

 土曜日のバンプのライブの後遺症で、まだ耳鳴りがする。右耳をおさえてみると頭の中で鈴虫が鳴いているようだ。昨日の呑みでサトちゃんに、外傷性の難聴ではないかと脅されたせいもあり気にしながら会社へ向かう。あいにくの雨で風も強くこごえる。月末の嵐がすぎて月初めの平穏とはいかず、昨日の名残りの仕事を少ない人数で黙々とこなした。窓口からの電話をうけ、ラムのマグナムがクライスラーの300Cの姉妹車であることを急いで調べる。自然に眉間に皺がより、ときおり耳を押さえるのでいぶかしがられる。1児の母でもあるバイトの宮本さんは元ヤンキー風の「ぶっちゃけキャラ」で、弁当屋の電話口での対応にイライラしている。ルーティンをこなし、この時期限定の各社への照会の郵送のめどをつけてまずい弁当を食べた。
ドゥマゴ文学賞がフランスの文学賞に由来していることをはじめて知る。いつもどうしても昼休みに5分くらいは寝てしまう。
 午後は、来年度異動確定の戸上さんにデータ修正のやり方をびしばし伝授される。数字が嫌いで計算が嫌いで、高校の数学の時間を読書タイムに充ててきたことが数字の神様の癇に触れたのか、今こうして何時間もパソコンの数字とにらめっこさせられている。とはいえ加減乗除の絡まない仕事などそうあるはずもなく、舌打ちをしたり濁音まじりのため息をしたりして何とかおぼえこんだ。コーヒーを飲み紅茶を飲み緑茶を飲む。肩がこり眼が痛み耳鳴りがする。深夜までパソコンに向かい仕事をする人々というのは、よっぽど仕事をしている自分が好きなのではないのか。仕事を残して見切りをつけて帰る。表は朝よりも雨が強く、駅前のパチンコ屋がいつもよりさらにまばゆい。自転車に乗り換えると風も朝より強く、へたな持ち方をするとビニール傘がへしゃげて飛んでいきそうになる。街中の神社の階段の真下の広場に、なんの行事かしらないが10以上の屋台が出ていた。全体を覆うように1枚の大きな青いビニールシートがかぶせられ、大小の屋台の形に凸凹と歪んでいる。風が強くシートははためき、自家発電の明かりで無数の雨粒が光り、屋台全体がなまめかしく鮮やかに浮かびあがる不穏な美しさにびっくりした。嵐の中の縁日というありえないシチュエーションが実際あったとしたら、かなり壮絶なのではないか。広場のとなりの銀行で金をおろして通帳に記帳し、なか卯でカツ丼とうどんを食べる。まずいカツ丼を食べていると学生時代に三朝庵で食べたまずくて薄っぺらなカツ丼を思い出し、目の前の
まずいカツ丼への憎悪はさらに増した。伝統の上で寝転がり、放屁しながら鼻くそほじっている、先祖に顔向けできないダメな蕎麦屋は蕎麦で首くくって死んでしまえ。あの交差点の蕎麦屋ビルが燃えて空き地になったら、さぞすっきりするだろう。
 空き地からなか卯のレジの前に戻り、店を出てアーケードのある商店街の映画館に行った。観ようか迷ったが水曜日で1000円なのでSABU監督の
「疾走」を1人で観る。観客は3人、ぼくはもちろん1番前のど真ん中である(とはいえこの劇場の前から3列は撤去されており、実質4列目)。だいたいもって街中の映画館はがら空きであり、以前にはぼくしか客がいないときさえあったのだ。映画はすさんだ環境におかれた少年と少女の哀しい交流の話であまりにいたたまれず、大杉寺島豊川といった日本映画のおきまりの調味料俳優(いい意味で)がいることが彼らの役柄と関係なく救いになっているほど。だが、いたたまれないのはあくまで彼ら2人をとりまく人々であり、真ん中にいる2人は動揺しつつも常に手をつないで目を見開き、凛として立とうとしつづけており、いたいたしくもないしかわいそうでもない。2人ともよく走るのだが、それは疾走といったメクラメッポウなものではなく、自分の呼吸のリズムをあらためて確かめるといったていのものであり、この呼吸の正しさが倫理となり背骨となって、月並みな社会問題(社会を取り上げる手つきが月並みという意味で)を薄めてコピペした月並みな社会派ドラマに落ちるのを防いでいる。
 2人は走っているのだがそのときカメラは2人と同じ速度で併走し、したがって風景は動いていき2人は確固として動かない。呼吸の音だけが動いていく。やがて、青い服を着た少年は青い風景に飲みこまれていくかに見え、赤い服を着た少女だけが1人で動かない。かに見えたところで物語は動き出し、そこで映画は終わる。善人も悪人も、周りにいる連中は無駄に口をあけて呼吸を乱す。無駄な言葉を吐くからだ。2人には、そんなことをしても何の役にも立たないということがよくわかっている。自分が呼吸できる口と、相手の呼吸が聞き取れる耳があればそれでいいではないか、という分別だ。それは正しく、だがやはりなんともいたたまれない。鼻血を出しながら手で口を覆い、歩きながら自分の呼気を感じている少年のなんと獣じみてゆるぎなく、哀しいことか。聖書が出てくるのがこの映画の1番無駄なところである。2人の口から聖書の1節がもれなかったことは不幸中の幸いだが、2人が聖書の確固たる言葉によって現実に立ち向かえたと理解される危険もあろう。少女が走っており、それを見て少年も走り始めたということだけでよかったのではないかと思う。あと、豊川演じる神父はどうやって生計を立てているのかがものすごく気になった。教会はいつもがらがらだし。映画館を出ると、雨が上がり
耳鳴りが止んでいた。自転車をこぐ足に力が入る。帰宅すると耳鳴りがする。やはり静かだとまだ残っているようなので、明日耳鼻科に行こうかなと思う。

1月20日


 新しい電算の事務を気息奄々何とかこなし、極寒の中ユーミンの「destiny」を聴きながら帰宅する。犬の散歩をしてから餌をやり(いいなー、いいなー、と羨ましそうにそばで言うと早く食べ終わる)、戸締りをして出かける。途中のコンビニで5種類のビールとうまい棒とハバネロとたべっこ動物を買い、川辺の寮へ。すでに宴たけなわかとおもいきや、始まる直前のちょうどよいころあいであり、
豆乳鍋を囲んで同期と呑んだ。焼き鳥とソーセージとサラミとキムチのおつまみに、鱈と豚と豆腐と白菜の入った鍋。台所から金澤さんがダルマ落としのように各階がずれた葱を持ってきた。途中まで切ってあり、ちぎって入れられるようにしたのだと言う。おたべっちとセイコちゃんもてきぱき動き、普段の仕事ぶりを思わせる。車なので酒が呑めないコバちゃんが酒を呑んだテンションで、愛車のおかまを掘られた話をしている。川辺は川辺で体調を気にしていないかのようにどんどん酒を呑み、政策秘書の試験受けて仕事やめる、などと息巻いている。癌の母親のために実家に帰るのでこの寮を引き払う、その幕引きのイベントが今回の鍋パーティだと思っていたが、それだけではなくおたべっちの誕生祝いも兼ねているという。女の子のメタルのアクセサリーが華やかでよい。おたべっちの年齢を境に、しだいにシャワーの水を肌が弾かなくなるという話を川辺がしたら、コバちゃんが失礼にもとなりのセイコちゃんをしげしげと眺めた。肌が水を吸いこんでしまう年齢の肌を見てみた、ということか。
 セイコちゃんは同期の蓼沼くんと婚約したとかで、父親に彼氏を会わせに行ったそうだ。遊び心のある控えめな婚約指輪が横目に入った。同期でつきあっている、結婚しそうだ、という人の話にひとしきり花が咲く。おたべっちは塩澤社長に好意を寄せているらしく、別件で来られない社長にむかっ腹を立てている。おたべっちは器量はいまいちだが明るくてユーモラスで落ち着いてみえて、同年代よりは年上に受けるタイプ。会社の新年会帰りで珍しくへべれけの福ちゃんが到着してから、座のムードはよく言えばざっくばらん、悪く言えば投げやりになり、ぼくとしては面白くなってきた。福ちゃんは真っ赤な顔と眼をして、寝てしまわないために正座して背筋を伸ばして炬燵にあたっており、それ自体が笑える。酔っているせいかレディを気にせずに自分の卒論(
精子の研究)と自分の仕事(豚の糞尿)の話を大声ではじめた。人間の男と女を産み分ける方法、バキュームカーで吸いこんだうんこを畑に撒く方法などについて熱く語りだした。炬燵の上の空っぽの鍋をはさんで向かい側のおたべっちや金澤さんがあきれ果てている雰囲気が、ひしひしと伝わってくる。福ちゃん大好きだ。大型バイクで居眠りをしたり200キロ出したりした話、ウンコをしようと思って飛びこんだコンビニで同期の磯ちゃんに偶然出会い、そのまま磯ちゃんの家にウンコだけしに行った話(またウンコかよ)。幼少時、福ちゃんの地元の埼玉では「ドキドキ学園」という「ビックリマン」人気にあやかったシールがはやっていたという。ぼくの地元では「ハリマ王」だったのだが、彼は知らないという。そんなものは地方だけだと、田舎モノ扱いされた。大人なのでウンコとシールの話ばかりしてもいられず、阿部さんが同期の同じ班ではじめて退職して神戸で結婚した話や、雫くんが日焼けサロンで真っ黒になってミニ新庄になった話、アネさんがこの寮の管理担当だという話などしてから、部屋の電気を消し、不二家のいちごケーキにろうそくを2本立てておたべっちを祝った。
 コバちゃんがへべれけかつ半死半生の福ちゃんを連れて帰ったあと、おたべっちと金澤さんは台所で洗い物をし、ぼくと川辺とセイコちゃんはしゃべりながらこたつでゴミの片付け。女3人が1台の車で帰るのを見送るついでに、川辺とさみしく店で2人で呑むことにした。サトちゃんに電話すると、ぼくが病み上がりの川辺をしたたか酔わせたと思ったのか、電話を代わった川辺に、やつを蹴っ飛ばせ、と命令したそうだ。しかしながら、稲門会のわれわれ馬鹿3匹から酒をとったら一体なにが残るというのか。川辺に病気の話を聞く。できていた腫瘍は鼻茸(はなたけ)とかいうそうで、副鼻腔ににょきにょき生え、そのせいで鼻血が止まらなかったらしい。アレルギー性鼻炎の人がなりやすく、蓄膿の原因になったりする。鼻の弱いぼくにとっても他人事ではないが川辺のは重症で、相当奥まで
鼻茸が繁茂しており腫瘍が悪性でないかを念のため検査され、その結果待ちだという。ばかばかしい名前だけに油断がならない。
 あれだけ食べたというのにがつがつと肉や蝦やスパゲッティをさらにむさぼりながら、大学時代の話をする。川辺がバイト先の居酒屋で、「古い」という言葉を
業界用語の「兄貴」と言い換えるのを忘れて殴られた話は驚きながらも笑ってしまった。その居酒屋だけでなく、飲食業界でよく使われる言葉らしい。「こちらの兄貴は傷んでいてしょうもないんで捨てちまいやしょう」とか、日々厨房で言われているのだろうか。だいぶ悲惨な扱いをされる兄貴である。「ほづみ」のラーメンが、ピリッとした化学調味料の刺激ゆえにケミカルラーメンと呼ばれていたなどの懐かしい話でもりあがった。川辺が懸想している金澤さんは外見に関係なく包容力のある人が好きなようで、というか、要するにおじさんフェチらしく、ぼくなら一緒にうまくやっていけるはずだと川辺は言う。酔っていてわからなかったが、褒めたようでいて失礼な言い草だ。川辺は疲れすぎて机に突っ伏して寝てしまい、ぼくはボケッと、閉店間際で客にゴルフのスイングを教わっているマスターとウェイトレスの動きを見ていた。クラブがびゅんびゅん鳴り、振りそこなって木のカウンターをこすってしまう音がする。川辺を無理矢理おこして、明け方に店を出た。あたりは生気なく薄ら青く、ひたすら寒い。川辺を家まで送ってから、自転車を飛ばして家まで急ぐ。

1月18日

 ちゃっかり休む。日ごろの睡眠不足を解消し、惰眠をむさぼり、細かい2度寝3度寝4度寝の快楽を心ゆくまで味わう。昼ごろ起きると、2日酔いのような罪悪感がある。カップラーメン2杯に、冷凍のドリアに、ヨーグルトとお茶。「いいとも」と「ごきげんよう」のゴールデンコンビを軽くこなし、久しぶりに
山田邦子を観た。ぐたぐたしているといつのまにか携帯に、会社からの着信履歴。せっかくのジョイフル気分も吹っ飛び、泡食ってこちらから電話すると戸上さんが、検索システムのパスワードを知らないかとのこと。知るわけがない。つまらないことで水をさされ、腹立ち半分で杉本に電話。信長の野望の最新版を買え買えといじめ半分で駄々をこねると、意外にも買ってくれそうになり内心驚いた。そのかわり車で郊外のシネコンに連れて行けと言う。おやすい御用だ。それにしても、ニートにおねだりしているぼくは犬畜生以下である。不思議にまた眠くなり、その上さらに昼寝。起きると夕方で、さすがに時間がもったいない気がした。
 シャワーを浴びてから、風呂を洗ったり犬の散歩をしたり家の戸締りをしたり灯油をいれたりして親に義理立てをし、車で出かける。クリーニング屋によってから、ジーンズショップでジーパンを買った。別に買いたくもなかったのだが、今穿いているやつの膝頭に自然と裂け目ができ、それがなんとなくわざとっぽく見えていやだったし、上着とミスマッチなのでやむをえず買い換えることにしたのだ。店に行くと店員も客もいず、アップテンポのロックが勝手に流れていた。バックヤードがごそごそしてドアが開き、男女が連れ添って出てきて店員の顔に戻る。絶対、乳繰りあってたに相違ない。今のより格段に色の濃いエドウィンを買って、本屋によって、ローソンでサントリーのプレミアムモルツ2本と
ハバネロスナックを買って帰る。親は飯を作っておらず、ラーメンと赤い狐を食べ、栄養バランスを考えてクロワッサンとあんぽ柿とみかんを食べた。犬の散歩中に電話があった雫くんに電話し、福ちゃんの電話番号を教える。いっしょにスキーに行くから彼の電話番号が知りたいというから、何でオレを誘わないかと詰問すると、前に職場で回覧されていた職労の企画だそうだ。そういえばそんなものがあったかもしれない。組合の役付きなのにそんなことではダメじゃないと、いつものニヤニヤした感じで逆に注意されてしまった。
 今度の芥川賞に絲山秋子が、直木賞に東野圭吾が選ばれたとのこと。文学賞の低年齢での受賞が話題になる昨今、あえて玄人2人をぶつけてくるところに老舗の巧さを感じるが、だから何なのという気もする。かといって今回注目されていた松尾スズキが受賞してもやはり、だから何なのという気になっただろうし、しかしやはりなんとなく気にはなる。気になるといえば
宮崎勤の最高裁での死刑判決と控訴棄却を受けての有識者の白痴コメント群で、あの、わからないわからないを連呼する流行はなんなのだろうか。「心の闇」は宮崎の心の中にではなく、コメンテーターの思考停止し麻痺した脳味噌の片隅に広がっているように思えてならず、わからなぶってカッコよく見えると思っているのもバカげている。心の闇などはじめからないのであり、あるのは幼女の肉を食べた静かな印象の中年の男と、彼に死んでほしいと希う遺族と、彼が精神病であるかどうか、つまりは彼を死刑にすべきかどうか判断するあいまいな精神科医だけである。心の闇のもやをはらい、その事実だけを受け止めれば、もっとさまざまな方向性を持った真摯な言葉が飛び交うのではないか。ぼくがみたいのはプロレスであり、狐に包まれた顔の利巧な男と利巧な顔のバカどもの馴れ合いではない。
 ビールを呑もうとしていると、小塚から電話。1万5千円で買うことで話がついたはずの伊丹のDVDBOXを、2万円で買わないかと今さらながら持ちかけてきた。こちらが話を忘れていると思っているのだろうか。バカ言うなと言うと、足元見るなと毒づいてきた。まったくわけがわからない。千葉の彼の寮までぼくが取りに行くついでに呑むことで話はついて(もちろんDVDは1万5千円で)、電話は勝手に切れた。サトちゃんからメールで、明日呑むときに「グロリア」を貸してくれとのこと。ピーター=ジャクソンの傑作、「ブレインデッド」もおまけで付けてあげることにしよう。川辺からメールで、職員住宅を引き払い実家に戻るので、その記念に金曜に鍋パーティーをしようとのこと。通知が遅すぎる。昨年の最後のお勤め中に鼻の奥の血管が破裂し、緊急手術して
頭の中の血を浚い、そのまま正月三が日を病院ですごした彼の快気祝いをしてやりたい気もあるが、それにしても彼は酒を呑んでも大丈夫なのだろうか。神サンはもうちょっと生きろと彼に言っている。ぼくをふくめて、みんながみんないろいろなことを言ったり言われたりしている。あちこちで無駄に花火が響きあっている。そんなものの総和が社会というもので、それは社会科では教えてくれない。ぼくは既に疲れてしまっている。

1月2日

 11時ごろ起きると、車で祖父の家へ行くという。唐突だなと思いつつ曇天の中、出発。後部座席の後ろの荷物置き場から犬が顔を出してくる。その息が魚臭い。鼻面をなでてやると、そっぽを向く。ずいぶん屈折した甘えんぼうになってしまった。いい年こいて家族で高速に乗っても何の感慨もわかず、しかし車というのは家族というものを絵的に意識させやすい。話もせず、数年前に大学の図書館でコピーした大江の「政治少年死す(セヴンティーン第2部)」をめくる。
右翼団体の抗議か何かで文藝春秋が単行本にできなかったいわくつきの1篇である。前年に起きた浅沼稲次郎刺殺事件をモデルにしており、17歳の右翼少年の惨めな実体と彼の依存する輝かしいファンタジーが、粘着質のある油膜の虹色めいた文章で執拗に描かれていく。「現実の恐怖から眼をそらさず、現実の汚辱から跳びたって逃れず、豚みたいに現実の醜くく臭い泥に密着した腹をひきずり匍匐前進する〜もしかしたら、あいつのほうが正しいのではないか?」と、これは少年が刺すと脅した「最も若い、学生あがりの作家」(大江を思わせる)にふと感じる少年の思いであるが、対立や異和をいだきつつ交渉をつづける「政治的人間」と、批判や理性よりも融和し同化することを望む「性的人間」の対立の公式がここにもある。そしてこの小説では、国家でも体制でも日本人でもなくただ天皇だけに忠誠を尽くそうとする思いが露骨にセクシャルなものとして説得力をもって描かれており、そのへんが右翼の癇に障ったのだろう。しかしこの斬新な右翼像は正しいか否かに関わらず、小説の力として「ここにいまこうしてあるもの」として腑に落ちてしまうのだ。そのへんが凄い、つまりこの小説は、山口二矢という実在した人物を作中のセヴンティーンとすげかえさえしている。三島由紀夫がこれを激賞したというが、作中で語られるクーデターの計画も天皇観も三島のものに似通っており、この小説に触発される形で三島が自殺したのではないかとまで思われる。とはいえこの天皇観は高原英理の評論で衝撃を受け済みであり、読後感としてはへえという感じだった。
 高速のサービスエリアでこんにゃくいもを買って食べる。首都高に入る前から渋滞のうえに、雨まで降ってきた。ジャンパーを膝にかけてうたた寝した。起きてややあって車が流れ出し、両脇のビル街がどんどん流れていき、道路はオレンジ色のトンネルに下りながら吸いこまれ、その合い間合い間に視界の正面上方にビルの上半分がかしいでいるように見え、まるで橋の下を川下りしているようだ。見たことあるなと思ったら、ローマの古代建築のような築地の
電通ビルや新橋演舞場だった。首都高の流れが頭に入っていないだけに、道路がいきなり品川に出て昔住んでいたマンションが遠くに見えたりと、なかなかスリリングで面白い。川崎以降は周知のとおり、一般道に下りて祖父の家へついた。
 犬の散歩をして戻ると、八景のおじさん一家がめずらしく総出で来ていた。数年ぶりだが加奈子ちゃんの髪がまっ黄色になって、かわりにおばさんが老けていた。じいさんは耳が遠いせいか話に加わらず、応接室にこもりきりで何か書き物をしている。ばあさんは愚痴り、さりげなくおばさんに嫌味など言っている。加奈子ちゃんとうちの妹が携帯でバカ騒ぎをしている。嫌がらせをされて病院を辞めた亜希子ちゃんは、室内で毛糸の帽子をかぶったまま老成したようなことを言っている。おじさんがときおりぼくに敬語、やめてくれよって感じだ。玄関につながれたゲンタが落ち着きなく動き回り、甘えた声を出す。おじさん一家は入れ違いで帰った。母は横浜に弁当を買いにいき、ぼくは炬燵でドライを呑みつつオリジン弁当で買ってきたというおせちの残りをつつく。耳がどツンボのじいさんと、脳軟化のうちの親父がツッコミなしボケ漫才みたいな会話をしている。ばあさんの口調がなぜか細木数子めいていて、無性にイライラした。母が買ってきた勝烈庵のロースカツ弁当を食べる。ここぞとばかりにばあさんがじいさんの悪口、普段鬱憤がたまっているから仕方ないのだろう。ぼくの無駄な神経質と暴言癖はこの人あたりから来ていると思う。
 炬燵で寝っころがって読んだ長嶋有の「サイドカーに犬」、なかなか面白い。昨日読んだ鷺沢萌の「川べりの道」よりは相当上で、村田喜代子の「盟友」よりは相当下といったところ。この小説は新人賞の受賞作なのだが、この俳味というか渋みというか、野心の感じられない飄々とした作風とピリリとした香辛料程度のペーソスの絶妙な和え具合が凄いといえば凄い。プラモデルや麦チョコや
パックマンといった、「文芸的」でないような小物の使い方もうまい。小沼丹を少し思わせる。明日東京で予定があり泊まるつもりのぼくを残して、犬もふくめて家族全員が日帰りで帰るということが話の流れでなく動きとしてわかったらしく、じいさんがやや憤慨気味にさみしがっていた。7人と1匹がいなくなったわけで、そのうえもともと体調の悪いばあさんは2階で横になっており、じいさんと2人で居間でボケッとする。エビスの黒を呑みながら、当たり障りのない近況を絶叫で話した。それでもあまり聞こえていないらしく、うんうんなどと適当な相槌を打っている。これは確かに毎日いっしょだったら疲れる。が、100近くてこれだけ頭がしっかりしているというのもたいしたものだ。もしかして聞こえないふりをしていたりして、とかなんとか。
 じいさんが寝て、ばあさんが下りてきたので、ぼくが持参した
「覇王別姫」のビデオをいっしょに観た。前半の、京劇の師匠に子どもの弟子がしごかれて脱走して捕まっておびえて首をくくるシーンで嫌気がさしたらしく、ばあさんは寝てしまった。じいさんの酒の入った棚を覗いたら竹鶴の17年があったのでしめたと思ったが、蓋の包装が未開封でさすがに手を出しかねて、しぶしぶジョニ赤を勝手に呑む。5年ぶりくらいに観たがやはり「覇王別姫」は名作だ。何度か涙ぐみさえした。コン=リーもレスリー=チャンもいい役者だし、出てくる役者がみんな「キャラ立ち」している。また5年後くらいに観よう。となりの8畳間の真ん中に敷かれた布団に横になり、さっきのつづきで「猛スピードで母は」を読む。こっちもなかなか面白い。さばさばして個性的で魅力的な30代の女性が両篇ともかなめになっており、それが除湿機の役割りをはたしている。「追い越し車線に移り前方の軽自動車を抜き去ると『私、結婚するかもしれないから』といった。驚いた慎はなぜか母の顔ではなく、背後の追い抜かされた車をみてしまった」とか、本当にうまい。うまいうまいと言いながら、蛍光灯の紐を引っぱってから寝た。

12月25日


 昼ごろ起きると1階で親父がしゃかりきに掃除をしており、2階の自室に避難して昨日の土産の鳩サブレーとみかんと冷凍のママースパゲッティ2皿をたいらげる。お茶を飲み、フローリングに新聞を広げて少年院内のDJの話などを読んでからシャワーを浴びる。肌が乾燥してかさかさ。車で図書館へ。いつまでたってもやる気のでない古文漢文の復習をしに来たのに、トルーマン=カポーティのインタビューを読んだり、
廃棄本の棚にあった長嶋有の「猛スピードで母は」を拝借してめくっているうちに時間がたってしまった。カポーティの毒舌と自画自賛は凄まじく、ノーマン=メイラーもジョン=アップダイクもウィリアム=バロウズもトマス=ピンチョンもヘミングウェイも糞味噌、マザー=テレサもローマ法皇もキング牧師も一蹴、ロレンスやナボコフやマルケスやグレアム=グリーンは好きだというが、ほとんどが実名をあげての悪口のオンパレードである。かといってその遠慮のなさが爽快というわけでもなく、本当に単なるたちの悪い陰惨な悪口。カポーティがアメリカでも特別とはいえ、これを読むと福田和也の「作家の値打ち」だってだいぶ遠慮していることがわかる。いやもう、面白い。論争に発展しようもない低レベルの悪罵の泥試合を公然とできる作家は、日本にはなかなかいないのではないだろうか。
 にやにやしながら車に乗り、本屋で「ズッコケ中年三人組」などという那須正幹本人によるおふざけ本をにやにやしながら買い、にやにやしながら帰宅。懐かしい「てんや」のくどくてべとべとの天丼のテイクアウトを食べ、M−1の漫才をBGMがわりにしながら今まで数年間とりためておいた文芸雑誌のコピーを読んだ。まずは、デリダと中上健次が
ポンピドューセンターで対談したもの。中上が日本文化を霜降りの松坂牛にたとえ、栄養と毒素、イキとヤボ、中心と周縁が判別困難に混在して交換可能であるような総体こそ日本文化であり、中心を批判したり対立を乗り越えたりすることに意味がないこと、デリダの批判を受ける形で、自身は周縁を権利化しようとするのではなくあくまで職人として語り物文芸の回復に力を注いでいるにすぎないと言ったことにアッと思った。対してデリダという人は、言っていることが回りくどくて難しくてよくわからないし、妙にはぐらかすようなことばかり言う。顔が男前の天才バカボンではないのか。賛成の反対の反対の賛成なのだー、みたいな。デリダの顔が中上健次の顔だったら、ここまでみんな熱心に耳を傾けなかったのではないか。
 次は、吉行水上開高三浦田久保古井の芥川賞選考委員6人衆による座談。これは予想に反してスカだった。個々にはいい小説を書いているのに、どうして寄り集まると新橋のガード下の居酒屋でクダ、みたいなノリになってしまうのか。要約すると、最近の若者は根性がない、修行が足りない、基礎がなってない、執念も教養もやる気もない、空虚である、といったところ。つづいて、
村田喜代子特別インタビュー。これは拾い物だった。「外国のものは、あんまり体質に合わないような気がするんです。1つには、言葉が多すぎるような気がして(笑)。あんまり言葉が多いと、どうもイヤなんですよね」。言葉が多いとどうもイヤな作家、読者に読んでもらいたい気持ちがほとんどない作家、登場人物に名前をつけるのが本能的にいやな作家、人よりも便器や卵から着想を得る作家、そんなことをしれっと言ってのける作家が日本にもいたのである。要は文化人として見栄をはろうとするから、つまらない説教をくどくど語る呑み屋のオトウサンになってしまうというわけだ。筒井さんの名作「遠い座敷」がとても好き、というのも嬉しい。この人の短篇もコピーしてあるので、このあと読むのが楽しみだ。後は大江のパリでの講演と、祖父が切り抜いて送ってくれた朝日の文化面の記事を読んだらさすがに疲れた。クリスマスということらしく、テレビで「ユーミンのオールナイトニッポン」というトークと歌の番組を観る。aikoとのドゥエットで「ひこうき雲」、すこぶるいい。いいのはユーミンよりaikoで、凛としてみずみずしい。ユーミンは感傷的すぎて、これではちあきなおみである。この歌に関しては、傲慢なまでに決然とした張りのある歌声が好きだったのになあ。

12月14日

 朝4時まで
「BLEACH」を読んでいたせいで、眠い。眠けもたじろぐほどの激甚なる寒さ。外は零下5度とかで、ますます不機嫌になる。透けるような淡い青地に、溶いた生卵を少々混ぜこんだような美しい空の色だ。人や車を縫うようにして急いで駅へ向かう。今日は窓口だが、どうにも仕事がつまらない。どうしてみんな仕事をするのだろう偉いなあとしきりに思う。先週の金曜日に関西弁のサングラスのおっさんにからまれ恫喝され金を取り漏れた後遺症で当初萎縮していたが、お昼すぎてペースを取り戻せた。たいていの仕事はスムーズで客と和気あいあいなのでつい気が緩むのだが、ときおり突然戦闘状態にはいるその切り換えが難しい。今日はそんな必要もなく、無難に業務時間を乗り切った。となりの席の美人の渡辺さんが、恋人と別れた同日に別の恋人とつきあいだした話をして、エイズの検査は絶対にしたほうがいいと力説しはじめた。そのあと無色無臭のクラミジアの話などを窓口で普通の音量で鈴木さんと話しはじめたのだが、ぼくは聞こえないふりだけして雑誌で新しい車のチェックをしていた。新年にトヨタから出るミニSUVの名前が、ラッシュ。となりの話題のせいで媚薬の名前にしかみえない。早々に窓口から職場に戻る。
 
国会の証人喚問にはじめて応じた姉歯氏の髪の毛も震度5以上で倒壊するのかとか、女子児童殺害の変態犯は今頃どこで何をしているのかとか、くだらないことばかり気になる。同期と呑み会の予定の櫛淵くんと、街中のドトールで話しこむ。仕事の中に意味のあまりないものがあることの理不尽さを熱く語っていた。今度、小平さんをまじえて3人で新年会をやることを決める。どうせ櫛淵くんがわれわれに絡まれるのがオチなのだ。ぼくがものすごく大らかだと小林さんが褒めていたよと、櫛淵くんが言っていた。全然、ちがうんだがなあ。帰路も食傷気味の寒さ。宮崎駿の息子の吾朗が、お父さんのジブリで「ゲド戦記」をアニメ映画化するとか。40年間映画化を拒否しつづけ、駿ならと思ってラブコールを送った原作者にしてみればいい迷惑である。とかいって、どうせ観に行くんだけどさ。風呂に入り、乾燥してかさかさの顔をして「ピューと吹くジャガー」を読む。ジャンプのギャグマンガである。

12月1日

 寒い。今季1番の冷えこみだが、羽織ると筋肉ムキムキに見えるジャンパーのおかげでそれほどでもない。というのも先週の金曜日にしたたかに酔い、友だちにタクシーで送ってもらったうえに(記憶がない)、家の前でなぜか靴を脱いでゲロを吐き(記憶がない)、友だちのすきを見計らって道の
ゲロの上で寝てしまいコートを台無しにしたため(記憶がない)、時季より早く急遽このジャンパーを引っ張り出してきたというわけ。あいかわらず、時間ぎりぎりに駅へ。電車の中ではじめて靴紐を結ぶのも恒例になってしまった。高架を走る電車に射しこむ広い空からの陽射しがすでに強く、寒いくせに快晴である。昨日と正反対の余裕のある日で、仕事仲間と穏やかに談笑をまじえつつ午前中の仕事を終える。新しく来たバイトの宮本さんが面白い女性で、その気もないのにしおらしくしてみせたり、かしこまりましたなどとふざけて言ったりする。そのくせ階下の駐車場でぽかんと煙草を吸っていたりする。借りっぱなしだった「ブラックジャックによろしく」11冊を、団体職員で元キャバ嬢の渡辺さんに返した。昼はロースカツ定食。建設的なことは何もしていないのに寝るのがいつも明け方なので、眠くて3階の物置がわりの部屋の隅の陽当たりのいいところで10分ばかりまどろむのも恒例だ。当初感じたこの建て物の黴臭さも、気にならなくなった。寝ぼけ眼にコンタクトを入れるのも恒例。
 午後は、先月末にやり残していた自分の仕事を片づける。今日からボイラーがつき、暑くてボーっとする。暑いわけで室内の温度が25度もあり、1階のボイラー室で競馬新聞を読んでいるおっさんが上がってきて、ぼくの後ろの温度計を見て「うわっ」と言ったきりなにも言わず戻っていった。濃いコーヒーを飲む。戸上さんにつまらないミスを指摘され、自分のいいかげんさに若干凹みつつ、書類の訂正などした。夕方、所長室で身上報告書を肴に今後の異動希望のヒアリングをされる。ぼくはどうせ来年も続投なのでそれほど突っこまれた話もされずに、酒を呑んで自転車を運転するのを控えるようにとかはやく結婚しろとか0を下から書くのはやめろとかどうでもいい話ばかりされた。ソファにもたれている所長と補佐のおなかが、妊婦みたいに大きいことばかりに目がいった。おまえらが
日本船舶振興会のCMの黒人なみに痩せられたらおれも上記のことを考えてやらなくもない。30分で終わらせて、ドアを閉めて課に戻る。同期の旧姓嘉井さんから電話があり、書類を取る方法を聞かれたのだがとなりの課の仕事なのでよくわからず恥ずかしい思いをする。妊娠で笑えるほど腹が出てきたから、今度見てみてよと言われる。なにはともあれ、喜ばしいことだ。定時で退社する。
 電車と自転車を乗り継いで街を縦断し、ココスで1人でハンバーグドリアを食べる。またもやついうたた寝。ほんとにもう、定年迎えたおじいちゃんである。ドリンクバーのお茶をがぶがぶ飲みながら、この前の休日に読みはじめたトーマス=マンの「魔の山」を読み進めた。昨日1日で読破した
「県庁の星」とはえらい違いで、その旋律のような優雅で息の長い文章、冷徹ゆえにときに哄笑まで生みそうなユーモアと皮肉のある目線、好きなものへの節度のある愛着、おっとりした品のよさと高踏的な鼻持ちならなさの同居、ギラッとした冷たい刃が背中を走るような突然の恐ろしさとグロテスク、そういったものがあいまって、厚みのある世界が立ち上がってくる。望月市恵訳の岩波文庫版ということもあり、「ブッデンブローク家の人々」で接した、あの懐かしい懐かしい質感がふたたび香気のように舞い戻ってきた。しかしなんといってもまだ1合目、このあとに読みあぐねるような議論が百出するらしくまさに山あり谷ありであろうから、ピクニック気分で懐かしがっている余裕はなくなるかもしれない。ともあれ名作の手ごたえを堪能し、スイスの夏のサナトリウムに入り浸り、しかし気づくとそこは競輪場のそばの冬の田舎のココスであり、ドラえもんの薄っぺらいメニューとかが手元にあった。寒いなか、古い自転車で帰る。
 早いもので今年もあと1月であり、ネットニュースで今年の流行語大賞と紅白歌合戦の出場者の発表を見た。とうとうユーミンが紅白初出場、ユーミンが堕ちたのか紅白が堕ちたのか、さみしくもあり見物でもある。そのほかに、交代したばかりの山口組組長が銃刀法違反で収監される予定だとか、村上春樹の「海辺のカフカ」がNYタイムズの今年の10冊に選ばれたとか、姉歯建築士が強度偽装したお粗末ビルがつぎつぎ公表され退去者が増えつづけているとかがあった。この1週間禁酒しているので、帰宅してからなんとなく手持ち無沙汰である。やはり、「酒 命の水の調べ」(BY オザケン)であろうか。明日は多分呑むんだろうなあ。それにしても、1週間も酒を断ったのは約10年ぶりではないだろうか。アル中ではなかったようであるが、酒断ちしても別に何にも面白いことはない。「面白き こともなき世を 面白く」(BY 高杉晋作)。自分や身内が死なない程度に、戦争でも起こらないものだろうか。

11月23日

 昼ごろに起きて冷凍のピザとピラフを食べる。昨日会社で
ダルマストーブに灯油を入れようとしてうっかり溶かしてしまった灯油ポンプの替えと、缶の中身が少ないときのためのゆるやかな漏斗状の管を買う。環状線を南下して、市立図書館へ。2階の閲覧室が大入り満員のため、急遽開放された3階の集会室で大江の「取り替え子」の終章を読み終える。文章自体はだいぶ易しくなったように思うがあいかわらず一筋縄でいかず、たくさんの企てや混乱があるように思えた。大江を思わせる「古義人」という国際的な作家の義兄であり親友である、伊丹を思わせる「吾良」という映画監督が自殺した。古義人は吾良が遺した彼へのメッセージテープやシナリオと絵コンテなどをもとに、彼の死と、彼とともに半世紀前に体験した「アレ」と言われる事件について考えていく。骨子はそういうことだし、古義人の主な行動といえば逃げるようにドイツに発ち、戻ってきて死者の遺したものを読み、聴くというだけにすぎない(送られてきた生きたスッポンと格闘して料理にするという、グロテスクでユーモラスなシーンが間奏としてあるが)。それでいて途惑うのは、これが露骨なモデル小説であるとともに、小説を書こうという小説であるからだ。
 語り手の古義人に感情移入していても、モデルが明白になりすぎるシーンが多く、物語からぼくが外に飛び出して作中人物を現実の
大江と伊丹として俯瞰して見てしまいがちになる。小説を書こうとする小説であることもそれを助長している。作中で書かれようとする小説内小説に気を取られるため、その前景である作中の作者やその周りの人々と出来事が現実であるかのように錯覚されるのだ(事実、古義人をはじめ登場人物の行動や経歴は、現実の人々と同じであるかのように設定されている上に、古義人のものとして若き日の大江の写真まで章の間に挿入されているのだ)。そして小説内小説に書かれようとする、半世紀前に起こり、伊丹の死の遠因ともいえる「アレ」の現実味もいよいよ増す。でありながら、「フィクションである」、という最初のルールを思い返すだけでこれは現実ではないかという思いこみは揺さぶられる。その虚か実かの尽きない疑いがこの小説をスリリングにしている。
 そしてエピソードの虚実のあいまいを超えて立ちのぼってくる、古義人と吾良という2人の人間の質感は、不思議なことにぼくが今までもっていた大江と伊丹という実在する2人の人間のイメージをはるかに超えてしまう。もっというなら、かつて手を伸ばせば触れられる距離で観て、2人が話しているのを実際に聴いたはずの実在した大江と伊丹のイメージすら超えてしまっている。これを倒錯だとはぼくは思わない。つまり、われわれが常日頃人間と接して得られる情報というのは、だいぶんはしょられているのではないか。しかしぼくが生々しく感じた質感はあくまで古義人と吾良のそれであって、大江と伊丹の質感ではないのである。
 とすれば、やっぱりややこしい。しかしぼくはやはり古義人と吾良は大江と伊丹の「姿」であると信じたいのであって、ということはぼくは、言葉が「言葉そのものの質感」以外に「表現するものの質感」を伝えられるという信仰と、「表現するものの質感」は「実在するものに対する書き手の質感」がなければ伝えられないという信仰を持っているということになり、我ながらどうにも古臭い。しかしこの小説は古臭いというよりむしろ特異で、つまりこれだけ「作中の作者」が自己言及をしたり、作中で「実際に実在する小説」(ややこしいわ・・・)への批評を加えたりする小説というのは稀で、これはもう明白な意図というよりは書き手の嗜癖に近いのではないか。作中の人物が、実在する作者が英語で書いた実在するエッセイに極めて似通ったものの
ドイツ語訳を日本語訳したものを「実在する作者の妻をモデルにした作中の作者の妻」に読み聞かせる、などというのはいくらなんでも無茶苦茶すぎる。そうした虚実の混乱や作中のエピソードのあいまいさ自体が狙いだとすれば、読者は集中力をもって読み進めるか呆れて放り出すかどちらかである。しかしまあ、後者の場合は作者のせいではないのだけれど。
 「――もう死んでしまった者らのことは忘れよう、生きている者らのことすらも。あなた方の心を、まだ生まれて来ない者たちにだけ向けておくれ。」ぼくの一番苦手な類の想像力だ。あるいは、今までぼくが読んできた小説の中の人々や生き物や物質は、この「まだ生まれて来ない者たち」にふくめていいのだろうか。・・・・・・・・・などということを考えたり、古典の勉強をして暗くなるまですごした。本屋に行こうとしたが思いとどまって珈琲館に行き、本を読む(どちらでもたいして変わらないけど)。 毎日新聞が「一億人の昭和史」というムックのシリーズとして刊行したうちの一冊で、昭和52年発行の「昭和文学作家史」。著名な作家のレア写真がぎっしりの、マニア萌え萌えのウハウハムフムフな本である。藤村も独歩も受洗していたとか、独歩と柳田はともかく花袋も「抒情詩」の一員だったとか、鏡花が師匠の紅葉の件で秋声と争ったとか、漱石が博士号を辞退したとか、葛西の口述筆記を嘉村がやっていたとか、中野と堀が芥川の弟子にあたるとか、夢野が少尉だったとか、有島が東大ではなく農学校卒だとか、ローリー寺西は昔デブだったとか、いろいろと豆知識を仕入れた。それにしても宇野浩二と辰野隆はどの写真でも期せずして笑いをとり、水上勉と五木寛之は期せずして男前である。一番衝撃的な写真は、野坂昭如の歌手引退リサイタルでの永六輔と小沢昭一をまじえた
「花の中年トリオ」の悪乗りぶりである。ほんとにもうおまえら偉いよ!いい年こいて!こんな大先輩がいて誇らしいよ、肩身が狭いよ、ほんとにもう、バカやろう!・・・いやもう、ひさしぶりに身をよじって笑わせてもらった。帰ってすいとんを食べ、とまらない鼻水とボーっとする頭をもてあましながら、オールモルトを呑み、図書館で借りてきた小林秀雄の講演テープ「本居宣長」を聴く。「そんなバカなことはないっっっっっ」と怒られてしまった。

11月12日

 前日に課の呑み会で徹夜して、明け方に寝てしまったために昼ごろ起きる。約束の時間にぎりぎり間に合うかといった時間で、新幹線を使うべきか迷ったが結局鈍行に乗る。グリーン車の洗面室でコンタクトを付け、普通車のシートに座ってさあ読むぞと本を出したまま熟睡。何度かの涎危機に快眠を妨げられながら、赤羽で乗り換える。寝ていても乗り過ごしたことがないのは、赤羽の手前の荒川の鉄橋を渡る震動のこころよさが、夢からうつつへ優しく引き戻してくれるからだろう。新宿で乗り換えて原宿へ。明治神宮の入り口近くの大きな跨線橋の上で、一世風靡セピアをアングラ化パロディ化したみたいなグループが「タオパイパイ」という歌(?)のダンスを披露していた。国立競技場とNHKの間にはさまれて肩身の狭い渋谷AXで、
真心ブラザーズの活動再開記念ツアー。ポスターを携帯で撮ろうとしていると、後ろから周りこむようにしてさりげなく大輔が現れる。3ヶ月ぶりに久闊を叙し、3ヶ月前に借りた3千円と今回のライブのチケット購入のお礼を言うと、借金のことはすっかり忘れていた。金回りがいい理由は月15万円の奨学金のおかげらしいが、非合法に旨みのあるバイトを絶対やっているに違いないとにらんでいるのだが・・・。ライブがはじまればおしくらまんじゅうで暑くなるし、手荷物はもみくちゃになるというので、外にあるロッカーに上着と荷物を詰めこんでTシャツ1枚になって入場を待つ。11月のすでに暗い夕方に、上着を着ている連中に混じって半袖で震えている自分がいるのがキチガイじみていて面白くなってくる。
 1時間立ちっぱなしで前から2番目の立ち位置をキープしていたのだが、シュノーケルという3人組のオープニングアクト(要は前座)が終わって真心が出てきたとたん、後ろから人が押し寄せてきて最前列のクッションのついたバーにまで押しやられる。ぼくと彼ら、双方が手を伸ばせば届く位置に倉持が来て客をあおったり、桜井が来てギターをかき鳴らしたりする。ライブハウスも初めてなら、こんなに歌手と距離が近いコンサートも初めてなのでなんだか意味もなく恥ずかしい。倉持のにきびが分かったり、前に出てきたサクソフォンが汚れていたりして、なんだか楽屋がそのまま舞台にせり出してきたようで「お芝居」のタブーに抵触しているような落ちつかなさがある。バーを腹にくっつけた状態で手と足しか身動きがとれないのも、変な感じ。後ろの女が耳元で大きな声で唱和するのがうるさい。倉持が尿道結石の体験から生んだパンクな歌のときも、チンポ!と連呼していた。年下の桜井がやや白痴っぽくにやにやしながら職人気質にギターを弾き、年下のような倉持が太い喉に血管と筋を浮き上がらせて歌いながら子どものように跳んだり跳ねたりする。「怪獣出てきて踏み潰してく」の歌詞でとたんに怪獣になり、舞台上の見えない人間を踏み散らかす。MCではやたらと自惚れ、自分の曲を名曲といってはばからない。キモくてナルシー。でありつつ、温かくチャーミングな人だ。過激なまでの生命讃歌、現状肯定、全能感と、過激なまでの高田純次主義(節操なし、場当たり的、嘲笑的)、そして少しの感傷的な思い出。AかBかと言われたときに、迷わずに大きなつづらも小さなつづらもとってしまう真心の歌の正直さに救われることが多い。「雲がすごく速いよ 風が地球をひと周り 僕は寝苦しい夜を気持ちよく過ごした 夢の中で笑ってたよ 僕が今まですれ違った全ての人々 晴れても雨降りでも出掛けよう」(JUMP)。定番の名曲+新曲2曲のラインナップを、自分だけのために演奏してもらったようで勝手に嬉しくなった。媒図かずおめいた赤と黒の太い横縞のシャツを着た桜井は、中島みゆきとの
ビールCM共演の話をしていた。中島みゆきも真心を聴くのだろうか。終わって、チラシの散乱する熱気むんむんの場内で、ちぎれたネックレスの鎖を手にして下を向きうろうろする人がいた。真心でもこれなのだから、再来月のバンプのコンサートはどうなってしまうのだろうか。
 がたがた震えながら上着をロッカーからひっぱり出し、なれない渋谷の街中へ。うろうろしたあげく、無難なチキン野郎のぼくは、吉祥寺店に行ったことがあるという理由で牛繁へ。ビールビールビール日本酒日本酒。肉の名前はいつも行くたびにおぼえるのだが、食べ終わると忘れてしまう。大輔は専門学校を辞めて大学に入りなおそうかなどと、めずらしく弱気なことを言っている。映画学校の卒業生の半分は映画関係の仕事に就くのだそうだが、そのうち監督になるものはほんのわずかだそうだ。そして、脚本ができないものは日本ではほとんど監督になれないらしい。撮影予定の映画の道路使用許可を見せてもらったが、製作本部長とやらで原一男の名前があって驚いた。今村昌平のツテだと思うが、随分ものものしい肩書きではないか。客員教授というものものしい名前をぶら下げていたころにだいぶんお世話になったが、あいかわらず反権威反権力をものものしくかかげて、権威権力を振りかざしておいでなのだろうか。それは別に今さらどうでもいいのだが、金をとられて脚本で頭をひっぱたかれ罵倒される映画学校の生徒たちは、「ああ、かくも素晴らしき伝統的封建的なプロフェッショナルの徒弟制度よ」と
マゾヒスティックな悦びにひたりながら、自由と平等と博愛を謳う日本映画の下働きに日々いそしんでいるのだろうか。
 と思ったらそうでもないようで、大輔が嫌そうな顔をしていたので笑えた。学校にカウンセラーなんて置いたところで、今さら手遅れだ。そういえばぼくの大学時代に、監督の弟子(本人は断固それを否定していた)とやらで演習授業の手伝いに来ていたいやみな男が、近年文化映画を撮ったらしくキネ旬で紹介されていたが、その映画が障害児と障害老人の対話だとかそんな内容らしく、実際観ていないのでなんともいえないがふざけた話だなと思ったことがある。
社会的弱者を撮れば正義であって反体制なのか、そういう安直な発想がそもそも社会的強者の発想ではないのか、というか、障害者を撮るのが受け継いだお家芸というのならそれはそれで今さらどうでもいいのだが。・・・などという話まではせず、最近気になる映画や音楽の話と、知人の近況の話などをした。ぼくと話すといつもまじめな話になるというが、それはぼくが暗く、権威権力を振りかざす少ない機会を窺っているからであろう。大輔は終電を逃し、ぼくはそもそも帰るつもりもなく、渋谷をぐるぐる回って歌広場(またもおなじみの権威主義)で徹夜でカラオケ。真心を制覇してからはお互いにいろいろな歌を歌いあってちっとも途切れない。迷惑と思いつつ、オザケンの「天使たちのシーン」13分余をはじめて歌いきらせてもらった。あっという間に終了の5時。田園都市線で帰る大輔を見送ろうとして、半蔵門線が東武に乗り入れしたことを思い出し、ぼくのほうが同じホームで逆方向に先に見送られた。地下鉄のごうごうという音は、鉄橋と違ってどういうわけかいつも眠りに誘う。

10月30日

 同じ部屋で妹が寝ているのは10数年ぶりだ。祖母の家に泊まる予定がめずらしくバッティングしたのだ。いつものようにコーヒーと食パンとハム。ドン=キホーテの六本木店の屋上に、住民の了解もなしに絶叫マシンができるとかのニュースで、祖母が立腹していた。ちなみにぼくの祖母の家は六本木と何の関係もない。癌を患ったのと、祖父の耳が遠くなって話が通じなくなったので(耳が聞こえても話が通じないのだが)、最近いつもイライラして愚痴っぽくなっている。気配り屋という長所も、長じて神経質な疑心暗鬼になってしまう、まして身内だからやるせない。じいさんは90を過ぎてますます耳が遠くなり、とうとう筆談。こちらはあいかわらず矍鑠としていて、表面的には飄々と唯我独尊の境地である。おさんどんを妹に任せて、朝飯を食べてすぐ出かけようとしたら妹に愚痴を言われた。じいさんと恒例の握手でお別れ、握力はさすがに落ちてきた。玄関の植木鉢の位置を直してあげてから、ばあさんに送られて坂を下る。東急で横浜へ。高島屋で、没後50年とかでお目当ての
ユトリロ展。色彩の時代や白の時代など、製作した年代によって特徴があるようだが、ぼくは定規を使わないで街並みや建物を描いたようなごつごつぼこぼこした感じのものが好きだ。行ったりきたりして警備員に警戒されながら(しかも携帯でメールをしてしまい注意された)、好きな絵を少しずつ絞っていきそれらを時間をかけて観る。
 印象派の影響があるのか、物の色や輪郭がぼやぼやしておぼろげなのだが、離れてみるとそのものがそのものであることが逆にはっきりと分かる。どの絵も静かで厳しい。幻想が生まれる余地が、むしろない。空間の中で線や色は生き生きと躍動しているのだが、時間の経過がないのだ。細長い時間を金太郎飴のように輪切りにして取り出したわけではないから、前後を補填しようとする感傷的な物語は拒絶され、カベはカベとして連なり、ヒトはヒトとして落書きのような顔をしてただ佇んでいる。ユトリロの描く人の表情がのっぺらぼうか、よくて単なる3つの点でしかないのは、想像力を容易に発動しすぎる表情という便利な装置を無意識的に排除したかったのではないかとも思う。ユトリロは結果的に、丘の上のサクレ=クール寺院とそこへいたる3本の坂道とその周りを描きつづけてきたわけで、容易にその絵から信仰、というストーリーを見つけやすいのだが、ユトリロの信仰自体をぼくは否定しない。ただそれは神に対する信仰ではなく、あくまで「寺院」や「道」や、あるいは「窓」や「木」や「門柱」や「人」や「石ころ」に対する信仰であったのではないか。などと、800円程度の投資ででかいことを考えてはいけない。たんにユトリロは描きたくて、ぼくは観たいというので交渉成立、これでいいではないか(とはいえ、ついいろいろと考えてしまう)。絵葉書を4枚買った。
 風が強くやや肌寒い屋上でコーヒーを飲み、トイレでコンタクトを着けてから東急で渋谷へ行く車内で爆睡。最近「死霊」を読むとすぐ眠くなるので、全然進まない。山手線で池袋まで行き、「山頭火」で腹の立つ店員の出すうまいラーメンを食べ、ジュンク堂で逍遥する。茂木健一郎の小林秀雄賞受賞作や、宮嶋茂樹の突撃写真集(宮本顕治と池田大作がこっち観てる写真があって、その目が凄い)や、柳瀬尚紀の新訳「チョコレート工場の秘密」や、オザケンがオザケンのおじさんの昔話研究の雑誌に連載を始めた
「ウサギ!」という寓話などをちょこまかと観て回った。駅の南側の地下道をくぐって西側に出て、立教大学へ。久しぶりの西山くんは、あいかわらずふてぶてしくニヤニヤしている。ホームカミングデーの企画で、講堂で「大停電の夜に」の特別先行上映を演るらしい。その前に西山くんは「負け犬の遠吠え」の酒井順子の講演を聞いてきたという。負け犬も見たかった。3時からタッカーホールというところで観た。こういう、シャレててロマンティックでウィットがあって少しじーんときて最後は軽いハッピーエンドみたいな、ビリー=ワイルダーみたいなノリの日本映画はあまりなかったのではないか。淡島千景と宇津井健の老夫婦を出したり、実際この3人があったら泥仕合になるだろうなというような本当の修羅場を上手に回避するバランス感覚で、万人受けするきれいな映画に仕上がっていた(これ、いまどきは褒め言葉)。安易な諍いも争いもなしにお話を進めているのがうまい。前半、西山くんは寝ていたが。
 立教には「蔦の伝説」があって、入学してから、正門の奥にある左右対称の煉瓦の洋館にからまった蔦が枯れるまでに恋人を見つけないと4年間恋人なしに終わってしまうという。あの蔦は手入れして茂らせているのだとか。またも東口に戻り、サンシャイン60通りの入り口あたりのお好み焼き屋で、食べ飲み放題にいどむ。のっけから店員の中国人がムカつく。1人あたり、チヂミ1枚、お好み焼き2枚、もんじゃ1枚に焼きそば1皿に酒3杯で2千円。完全に勝利である。あと5分だよ、食べ残したら罰金だよとか言って、店員が皿に無理矢理焼きそばを乗せてきた。学生のコンパを見ている店長の目が、キレている。そんなに嫌なら店たためばいいのに。30分前のラストオーダーもすぎ、早く出ろと店員の目が急かしてくるころあいに、西山くんが酒のおかわりしていいですかと店員に聞いた。爆笑する。真顔でそういう意地悪を言ってはいけない。三越の裏手の、昔よく行ったカラオケ屋とミスタードーナツがあるあたりの、地下のこじゃれた居酒屋で静かに呑む。ぼくはニッカの17年とビール、西山くんはヘミングウェイが好きだったというミントのカクテルを呑む。Toeicで750点取ったり、アメリカの会計士の予備校に通ったりと
スキルアップに余念のない模様。ぼくがスキルアップぜーんぜんしてないと言うと、心底軽蔑したように最低ですねと言われた。就活では苦戦しているらしく、面接の反面教師の達人として、指南してあげた。半年ちかく年下に借りていた5,000円も無事に返し、池袋駅へ。スイカ専用の改札機に切符を通そうとして、冷笑される。そのうち、人体にインプットされた定期券の情報を読み取るような改札機も登場するのだろうか。車中でいつもどおり、睡眠&晩酌の人となる。

10月27日

 あいかわらずカゼっぽい。喉が腫れて奥歯に歯茎がのしかかり、傷ついて痛む。いかにも雨が降りそうなうえに遅刻しそうなので急ぐ。今の仕事も軌道に乗り、はたから見れば平穏無事なのだろうが、平穏無事の表面張力の水底で何かうごめくものがあり、常に心が嫌なほうに揺れている。靴紐を結ぶ時間もないので、最近はよく電車の中で靴紐を結ぶ。言葉の中の嘘が社会を円滑に運んでいるのだろうが、その嘘が透けてみえるような局面に強い嫌悪感がある。かといって自分が言葉を大切に扱っているかというとそうでもなく、だいたい通じて事足りるならそれでいいやと思っているので、客や同僚に対してもどんどんぶっきらぼうでいい加減な応対になっていく。そしてそれを見透かされている。それは今に始まったことではなくて、そもそも昔からあった自分のそういう嫌らしさが仕事という嫌なことの過程で嫌らしく現れたにすぎないのだが。中学時代の友だちがアウディの
TTクーペを買ったと、午前中に書類を見ていて知った。ゲーセンで、モーヤというあだ名の気色悪いおじさんの足をあやまって踏んだことからモーヤと呼ばれるようになった男である(あだ名も、伝染するのだ)。TTクーペってそんなにかっこよくないので、羨ましくも思わずに午前中のルーティンをこなした。
 思い切って昼飯は焼き肉。ビビンバのついたBランチを頼んだのに、ご飯のついたAランチが出てきた。自分以外誰もいない店内のど真ん中の席でじゅうじゅう焼いた。午後、車屋が書類を見せてくれと来たのだが、課長と竹澤さんがダメ出ししたので意に反して追い返した。いろいろ御託を並べていたが、要は体裁である。体裁が嫌いなぼくは、要は「ほんとうのこと」を言えてしまう正しい自分に酔っているだけなのであるが。あらゆる人間から体臭のように虹色の脂ぎった
ナルチシズムが立ち上ってくるようで、胸糞悪い。しかし、他の人がぼくと同じように世間を見ているとは思えないので、ぼくの人間観はひょっとしてぼく自身の投影というか、姿見なのではないか。とすればこの鏡地獄で1番胸糞悪いのはぼく自分ということになる。そんな嫌な気分に苛まれるのは、体調が悪いからだろう。最近は嬉しくても腹が立っていても、すぐに感極まって泣きそうな哀しい気持ちになる。などといったらこれまたナルシーだが、本当にそうなのだ。かと思うと、きっかけもなく突然、1枚幕を隔てたように何事にも無感動無関心になってなげやりで冷笑的になる。前者の反動として後者の、いわば「ショートの期間」があるようなのだが、どちらの情態も葛藤がありなんとなく落ちつかなくイライラさせられる。それで、無駄に疲れるのだ。砂糖をたっぷり入れてコーヒーばかり飲んでいる。最後に戸締りをして帰った。
 サトちゃんがメールで会社の悪口を糞味噌にいい、ぼくも負けじと糞味噌にいい、それがかなり気持ちを落ち着かせてくれている。本当は、会社も社員も言うほど悪くはないのだろうが、叩きやすいから心の均衡のためにサンドバッグにさせてもらっているという感じ。喫茶店で1服したかったのだが、1雨降りそうだったので急いで帰った。
サザンの馬鹿さが嬉しい。保坂のかずやんの「書きあぐねている人のための小説入門」(ちっとも書きあぐねてなどいないが)を読む。最近読んだ「小説の自由」と比べるとこちらは入門篇といった感じだが、それでも挑発的だし面白い。小説とは小説でないものである、「読む時間」の中にしかない、自己完結ではない個の手触り、固有の面白さ(というより、いわくいいがたさ)、テクニックやマニュアルは通じない、社会化されている人間のなかにある社会化されていない部分の言語化、視線の運動、感覚の運動、ルールは決められるがテーマやストーリーは運動の妨げにすぎない、答えではなく「全体」「過程」「プロセス」である、拡散的注意力の産物、悪い小説の悪さは似通っているがよい小説のよさは異なる・・・・・・。要約して箇条書きにするとこのようにそれほどでもないのだが、実際にこの本を読むとよい小説の輪郭が肉感的に立ち上がってくるようで、要素をピックアップするだけではつかめない、「読む時間」の中でしか得られない「全体」「過程」「プロセス」を通してのダイナミックな印象の強さ、大切さを、この本自体が証明している。文中にもあるが、抽象化して俯瞰するような空間的理解と、流れに乗って内側をくぐり抜ける、あるいは取り残されるような、よい小説がもたらす経験的な理解は違うのだ。
 「ただ卑小なだけでもなければ、ただ善を志向するだけでもない。彼・彼女の癖や社会生活で染まってしまった変な考え方やしゃべり方によって歪められてはいるけれど、よく見ればそれらが美質の発露である――という人間の描き方には、読者の興味を文字に書かれた先にまで向ける力学がある。」・・・こういうポジティブな考え自体が、稀有だし面白いではないか。そして作者は、小説家と役者は「ある日、突然なれる」と言う。ようは、小説ではないものを小説に持ち込んで、その何かを読者に伝えられさえすればいいのだ。と言われると、ぼくのような「勉強家」はつい、「先生ぇ、じゃあ何を持ち込めばいいんですかぁ」と聞いてしまいそうになるのだが。文中の
ベンヤミンの引用に、ドキッとした。「小説を書くとは、人間生活の描写を通じて、公約数になりえぬものを極限までおし進めることにほかならない。充ち溢れる生命のさなかに、また、この充溢を描くことによって、小説は、かえって生きているひとびとの心の底にある、深いよるべなさをあらわにする」。「よるべなさ」という言葉、しかもそれがネガティブなだけではないものとして現れるような小説、そんなものがあったらと考えるだけで少し感動する。

10月17日

 遊びに来る友だちのために買った
「戦国無双」をちんたらと明け方までやっていたせいで、自業自得な最悪の目覚め。寒さに体が慣れず、寝起きはいつもカゼっぽくて滅入る。ゲームのように馬を駆って、邪魔な人を「ムギュッ」と潰しながら進めるわけもなく、自転車で駅へ、駅から電車で職場へ。休みのはずの戸上さんが人手が足りないことをおもんぱかって出勤しており、驚く。風評と異なり、この業界は意外と仕事の好きな人が多い。ぼくは仕事が嫌い。嫌いなことを隠そうとしないのが、ぼくのいいところでもあり悪いところでもある。昼はまずい弁当。始終曇っており、ときおり雨が降り、甘いものを飲んだり食べたりしつつ仕事を進めた。意外に固有の事務がたまり切羽詰っているのだが、そういうときにかぎって雑用が舞いこんでくる。課内で、明日は忙しいのに人手が少なくて大変だろうなと話している(ぼくが明日休むことのあてつけのようにも聞こえるが、気にしないで仕事を進める)。残業。小平さんが、今日は呑み会があるんですかと聞いてきた(ぼくが残業するのは、呑み会までの時間つぶしと所内では思われている)。このようにぼくがからかわれやすいのは、からかわれることを好意があると誤解して、それをつい誘発してしまう愚鈍さゆえなのだが、そのことを頭で理解したところで何の解決にもならない。それでいてからかわれることによる不満が知らぬ間に鬱積してしまい、怒りとなって予想もつかないところで発散したりもするのだが、その悪循環も理解したからといってなかなか治るというものではない。去年ぼくが仕上げた資料の数字が間違っていたことに気づき、仕事量がさらに増えた。見切りをつけて雨の中を帰る。
 街中のアーケードをぬけて、「なか卯」で牛丼と豚汁。横光利一の
「機械」を少し読む。サザンの「キラーストリート」のディスク2を聴きながら小降りになった雨の中を、家より北にある珈琲館までゆっくりと自転車をこぐ。雨の日は、アスファルトの漆黒の宇宙に、金の燐粉と赤の花粉をぶちまけたような光の具合が好きだ。ブラックジャックにリボンの騎士と、手塚治虫にちなんだ題の曲が2曲あるのはなぜか。あんまり考えないでつけている気もする。珈琲館の駐車場に、新車なら1500万はする英国王室御用達のディムラーが停まっていた。店内にそれに見合う風格の人士はいない。なんだか腹が立ち、ボンネットに10円でオバQを描いて日本仕様にしてやろうかとふと思った(思っただけ)。新聞と、ほっぽらかしておいた保坂和志の「小説の自由」を読む。『「私が体現している社会の歪みや人間としての苦悩は、小説として書かれ読まれる価値がある」というのがここ二十年か三十年間のエンタテインメント小説の大きな流れであって、そこには三島由紀夫の匂いがする。』、そして作者はそういった小説の氾濫に疑問や反感をもっている。「文学」という自明を疑うことから文学が始まるとよく分かっているはずなのだが、意外とその自明に縛られやすいとさりげなく気づかせてくれるいい本でとても面白く、背筋が伸びる。11時ちかくに店を出ると雨はほぼ止んでいた。帰宅してテレビをつけると、31年ぶりに千葉ロッテマリーンズがリーグ優勝とのこと。こんなにロッテファンがいたのかと爆笑するほどファンが盛り上がり感極まっており、でもこのうちの半分はロッテが優勝した瞬間に長年のロッテファンに化けたのだろうと思う。

10月14日

 前日のくだらない呑み会のせいで酒がいやに残っている。親が朝から進歩のない喧嘩をしている。人殺しの目で起き、社会人のふりをして街へ出る。遅刻ぎりぎりなのでサザンを聴いている余裕もない。滑り込みセーフで電車に乗り、そこではじめて靴紐を結んだ。同期が仕事で午前様なのと比べればはるかに時間的に余裕がある職場なのだが、それでもきつい。つまりは自分は仕事がきらいでヘタなのだ。午前中は集計があわずドタバタし、まずいラーメンを食べて、午後は午後でドタバタした。誠実でも善良でもないのに相手の歓心をかおうとする強迫的かつ卑屈な性根のせいで無駄に疲れるのだ。いい人でよかったね、などと客に言われると嬉しいのだが、いい人ぶりたいだけなので無理があるのだ。会社の忘年会の幹事なので、副ボスにいろいろと注文をだされて疲れた。竹澤さんが女の子に頼まれてきた、何かの格言の英訳をなぜかさせられた。今までの勉強はなんだったのかと思うほど、まったく訳せない。そのお遊びとは別の、「すみませんごめんなさいねお金払ってねお願いだよう」という内容のまじめな仕事の手紙を書いて、少し遅れて仕事終了。
 駅前の大きなパチンコ屋がサーチライトをぐるぐる回し、紫の蛍光灯で虫を焼き殺している後ろの宵の空が、ゆずの果肉のような鮮やかな緑でびっくりした。サザンの
「キラーストリート」のディスク1を聴きながらアーケードを自転車で流す。7年ぶりのアルバムでしかも2枚組だから、いじましくも反芻したりつまみ食いしたりしながら少しずつ聴いていっている。斬新、などということは作り手の期待に反してこれっぽっちも思わず、かわらない昔馴染みに会えてただただ懐かしく嬉しいようでいて歯痒くもどかしい。タイトルと同題の、13曲目にあるイントロめいたインストゥルメンタル、あれは一体なんなのか。紀伊國屋で立ち読み。グインサーガの104巻を買い、筒井の「大いなる助走」の文庫新装版をパラパラめくり、講談社文芸文庫の新刊を仰ぎ見、新風舎文庫は紙質が悪いなどと思いながら帰る。体を動かせばYシャツでも寒くないくらいだ。中学の通学路とほぼ同じ道を自転車で帰るというのはなんとなく侘しく、風邪気味もあってペダルを踏むのもはかどらない。帰宅すると杉山さんから芝居の誘いが来ていた。今度はオセロー、金も時間も取れそうにないので今回も行けない。ここまでくると、10年たったら有名になっていてもちっともおかしくはない。エキセントリックで凄みがあってオリエンタルでファナティック、それでいてユーモラスな独特の個性は当初からちっとも変わっていない。長じて、白石加代子のような女優になるのだろうか(林マヤと柴田理恵が一瞬頭に浮かんだが、これは失礼であろう)。
 親子3人で近所の大きな薬局。ぼくの気にいりの油とり紙だけが売り切れていた。シチュエーションも含め、あまりにシケている。量が多くてうまい蕎麦屋で、
厚切りの鴨がどさどさ入ったつけ汁で蕎麦をむさぼった。車内で急に母親が生活費の値上げの話を切り出し、どういうわけか妹がその尻馬に乗ったので、寝たふりをする。1人暮らしするにせよ、もう少し貯金がないとどうにもならない。いったん帰宅して2人が車から降りたあと、仕切りなおしで1人でコンビニに行く。ビールと、油とり紙。ナチのSSではなくSAとかにいそうな下っ端系のドイツ系の外人が、カイエイカイエイというので新手の恐喝かと思ったらどうやらハイウェイのことらしかった。ゴーストレイト&ターンライトとだけは言えた。どうも英語に縁のある日である。帰宅すると久しぶりに同期の雫くんから電話、何事かと思ったら労組の青年部の役員か何かになってくれないかとのこと。断りベタのぼくの性格をよく見抜いている。名前貸すから好きにしなと言っておく。いつもどおりパソコンを開くと、いつもどおりたくさんの知らない女性からたくさんのスケベなお誘いが来ている。中には、この前は愉しかったのに最近冷たいのね、疼いているなどと書いてよこす女人もいる。知らねえっつうの。イギリスの劇作家がノーベル文学賞を受賞し、その直前に老齢の選考委員が、去年の受賞者の受賞に抗議して辞任したそうだ。内容が過激で皮相で品格がないというのがその理由だそうだから、むしろその作家の本が読んでみたくなる。と思ったら、受賞したのは有名な過激なフェミニストだったとか。倫理感のない過激さほど安いものはない。どうにも面白くなさそうで、シーバスリーガルをちびちび呑んでいると頭が痛く、やはり面白くない。

9月30日


 夢を見たための心地よさで目覚める。夢を見ると眠りが浅くなって疲れがぬけないと言われるが、ぼくの場合はむしろすんなりと起きられる。夢を見るような浅い眠りの状態から起きるからなのか、夢で何かの表現欲が満たされるからなのか。自転車でいつもどおりに出勤。行きかい行き違う人の顔も知らぬ間におぼえた。この1年半で身長がずいぶん伸びた高校生もいる。夏生はだいぶやさぐれて、リュックの紐を上腕部にだるそうにかけて、石を思いっきり蹴っ飛ばしたりしている。声はかけないが。電車に間にあうギリギリの時間になると英樹さんを見かける。声をかけたら、多分遅刻である。いつもより早く駅に着き、いつもどおりに職場に着いた。週末月末上半期末の三重苦に朝から窓口で泣きが入る。客は途切れずトイレにも行けず、バカスカと判子を打ちまくる。判子のサクッとした捺し心地とテーブルの固さによる指への震動が気持ちいい。ボスと実質ボスがめずらしく見回りに来るほどの盛況で、カイザーという名のトレーラーや、フォードのエクスカーション、ホンダのジャズなどといった何それ?といった車が来た。
 昼はノーミスを願かけてカツ定食。ミスすると金を取りもれたり取りすぎてあとあと面倒だし、仲間うちで勝敗を競っているのでかなり悔しいのだ。メールをしてトイレでコンタクトを入れて、後半戦。混みすぎてハイになる。状況に唖然としているいちげんの客は少なく、顔なじみの客がやはり多い。代書連、つなぎ族、正規ディーラー系、
リーゼント番長の伊藤さん、腰の低い宮の内さん、書類の書ける豚の渡辺、ハイソな奥様風で明るい八木さん、甲高い声の池田のお姉ちゃん、くたくたのシャツを着た軽佻浮薄のオーフクチ、無愛想でいつもジーンズの湯澤さん、など、など。シイリョウシ課(というふうに、電話だと聞こえる)の宮口さんをはじめて見た。5時すぎてやっと客が切れたが関連団体の集計が合わないらしく、係の渡辺さんと鈴木さんを中心に必死になって領収書やレジスターをチェックしている。所内全体がピリピリして、声が飛び交い、その中でただ1人ボーッとして残っている別の会社のぼくは大変気まずい。うちの会社に直に響いてくる問題でもあるのだが、手伝いようもない。ぼくの反対隣りで、おばさんたちがこんな字じゃ読めないわよねえ、あんな子がお嫁に来たらとてもたいへん、などという嫌味を渡辺さんに聞こえるように言っている。「思いっきりテレビ」の生電話やら「女性セブン」やらでしか知らない嫁いびりみたいな凄いことになっている。こそこそと裏手にある会社に帰った。
 すでに外は暗く、疲れた体に冷たい夜気が心地いい。茶を飲みながら軽自動車の仕事と、今日やった仕事の確認作業に追われた。中村さんがクッキーと煎餅をみんなに配る、戸上さんが今日のミスに気づいて悔しがる、竹澤さんがぼくの返事がないと苦言を呈する、野澤さんが無口にもくもくと作業を続ける、係長がにやりと笑う。1年でもめったにない忙しい日に課長はカゼで休んでおり、しょうがないねえとみんなで言う。紙の音だけがする静かな所内の、屋外に付設された鉄の階段を、決然とした足音で誰かがのぼってきたと思って身構えたら、セコムの人だった。
防刃チョッキを着て懐中電灯を紐で胸に下げている。本当に見回りしているのだ(当たり前だ)。やはりどうしても件数と額があわず、月曜日にもう1度見直しすることにして、やっとお開き。10時をすぎるのは本当にめずらしい。終電の1本前で帰り、なんとなく帰り難くて街を自転車でうろうろする。屋台横丁は狭い路地にテーブルを出して、客があちこちで涼みながらビールを呑んでいた。親父さんの寿司屋だけががら空きで、電気が煌々と明るく、白い暖簾の奥の飯台を照らしている。見ると隣りにある息子さんの串焼き屋で手伝いをしていた。声をかけづらく、1人で食べられそうな店を近辺で探すが見当たらず、川辺をメールで呼び出しておいて寿司屋に入り、豆腐とビールとあんきも。親父さんも元気そうだ。最近よくアネさんに怒られるという話をしたら、ぼくには彼女は優しいもんと言われた。そういえばサトちゃんをまじえた3人で呑むことも最近ほとんどない。
 眼鏡に短髪の見たことのない川辺が、暑苦しい笑顔で暖簾をあけて入ってきた。頭に大きなできものがある。何でも予算の関係で連日午前3時ごろまで残り、やりきれない毎日を送っているとか。あまりにやりきれないので、ロッカーに隠した酒を呑みながら仕事をしているとか。アルコール臭を隠すために香水をつけ、顔の赤みをごまかすために健康器具(それもロッカーにあるらしい)を振り回してから席に帰ってきたことにしていると言う。大馬鹿野郎である。それでも仕事の理不尽さに耐え切れず、運動するといって奇妙なダンスを踊ってしまい、部中の噂になってしまったとか。もはやキチガイの部類ではないか。横目でうかがうと意外にまともそうに寿司を食べている。ぼくはコハダとアナゴで軽く切り上げて、49でギネスビールを呑む。川辺は学生時代にヨーロッパを旅行して外人に金を恵まれた話、ぼくは中国でぼったくりノンストップバンに乗せられた話をした。世界ではじめて商品として流通した(?)ビールだという
ピルスナーウルケルを、チェコに行った川辺の勧めで呑む。麦とホップだけの辛口だがさわやかな酒で、かなりうまい。バンバンジーと卵焼きとピーナッツと胡桃とカマンベールチーズ。今度の選挙で国会議員になった元ニセコ町長に、大学のときゼミの合宿でインタヴューしたことがあると川辺が自慢した。だったらぼくだって、ときどき行ってたスーパーのおっさんが国会議員になったぜと自慢にならない自慢をした。授業中に、今はキャリア警察官僚の友だちと酒を隠し呑みしていたというので、魚○でさんざん注文しておいて酔っ払い、食い逃げした話をして対抗したら引いていたので困った。満員の山手線で吐きそうになって、迷惑をかけるわけに行かないのでやむをえず教科書のつまった自分のリュックの中にゲロゲロしたという話を聞いて、爆笑する。なんというか、川辺君の人柄がよく出ている話だ。
 キチキチキチキチと金具が何かにぶつかる音を立てる盗難車めいた古い自転車の川辺といっしょに、明け方近くに家に向かう。家まで帰りつけず、途中の道端とかでよく寝るんですと言うから、こういう人が議員になったらホームレス対策は万全である。途中のコンビニで懐かしいメルシャンの安いワインを2本買いチーズとスナックを買う。
サティアンぽい白くて平べったい集合住宅の、汚ない川辺の部屋で呑んだ。身震いが出るほど甘くてまずくてきつい。会話の途中で何の前触れもなく川辺が畳に横になって寝だした。寝かすまいと有名人しりとりなどという愚にもつかないことをしかけるが、こっちの長考中に寝られてしまい、ぼくもしかたなく階下に敷いてあった万年床で寝た。

9月18日

 明け方まで久しぶりに、ビデオからDVDへデータを移す作業をしていたので昼ごろ目覚める。シャワーを浴びてから下駄を履いて車で図書館へ。3連休をもてあました暇人がたくさん来ていて、道の両側にびっしり路上駐車している。冷房もついていないむんむんとした自習室で、高校生に混じりながらなんちゃって
漢文のお勉強。忘れていたことを思い出す快さと無駄なことをする後ろめたさで、ウットリする。就職試験のときも大学受験のときもここで勉強したのだが、今は何のために勉強しているのやらわからない。反復強迫、という言葉がサッと頭をよぎる。大部屋の1側面の端から端までつづくスクリーンのような横長の窓の外の、緑の木々があいかわらず美しい。周りが黒枠だから、映画のようだ。居眠りをはさみつつもそこそこはかどった。階下の図書室をフラフラして、めぼしい本を探す。どこの図書館でもいまだに文芸書が1番、目につきやすいところに広いスペースで置かれているが、世の中の興味と図書館の本の位相はかなり違う。将来的に図書館も、慰安よりも専門的な実用性への貢献が求められるようになるのではないか。などと考えるわけもなくボケッとしながら家へ帰る。雨情陸橋まで飲み会へ行く親父を送ってから、吉咲でアナゴ天ざる蕎麦を食べる。「三丁目の夕日」と「ドラえもん」を読みつつ、されどあまりの量の多さにほんわかとした気持ちになれるはずもなく、あんのじょうビニール袋(そもそもこれが店内に用意されているのが凄い)に残した蕎麦を入れて、家へのみやげにした。セブンイレブンで8時半に杉本を拾い、東宝シネマズへ。休日でごったがえす、売店やチケット売り場や喫煙所に囲まれた絨毯敷きの大きなホールでもぎりに、ゾンビはやってないんですかと聞くと、ゾンビは終わりましたと言われた。数日前に「ランドオブザデッド」の上演期間は終わっているというのだ。とんだ恥さらしではないか。しかもだいの日本男児が恥を忍んで観に来たというのに。杉本に罵倒されながら、新国道を100キロで飛ばしながら南にあるもう1つのシネコンへ。
 ここではゾンビはまだやっていたが、上映時間は4時半から1回のみだった。ふて腐れてゾンビ顔の杉本をなだめて、ぼくのおごりで
「チャーリーとチョコレート工場」を観た。面白かったがもともとの期待も大きかったのでそれほど凄いとは思わなかった。しかしまあ、監督とジョニー=デップで好き放題やったという感じ。子どものころに観ていたらトラウマになっていたのではないかと思うほど、前評判より毒々しい。意地悪な子どもたちはみんな片輪になってしまうのだから凄い。「猿蟹合戦」とか「舌切り雀」とか「アリとキリギリス」とかの昔話の持っている、道徳に寄与するえげつなさ残酷さのようなものを現代にやろうという意図と、そう見せかけて小人集団の踊りとか動物虐待とかマイケル=ジャクソンのパロディとかクリストファー=リーの歯医者(凄い怖い)とかやろうという遊び心が見えた。これ、家族で見た後は気まずいだろうなと、杉本が帰りの車の中で言った。怖がりも笑いもできる(あるいはどちらもさせてくれない)なんとも小癪な映画である、ハリウッドも奥が深い。映画をおごらせるはずが、おごってしかも送り迎えするというとんでもない1日だった。大滝詠一カバーの、ウルフルズの「びんぼう」、とてもよい。帰って、フォアローゼスを呑みながら、録画しておいた「新日曜美術館ユトリロ」を観る。没後何年とかで、今年は展覧会が多いとのこと。ユトリロはけっこう好きだと思いながら観ていたが、少しウトウトする。もう明け方だ。

9月6日

 6時くらいに目が覚め、1年ぶりくらいに朝シャワーを浴びる。大型台風が近いのだがそれほど不穏でもなく、ふつうの雨の日のようにしとしと間断なく降っている。透明な傘をさし自転車で駅へ。窓口もすいており、いつもどおりの仕事。目の前の大きな黒みがかったマジックミラー越しに、白い煙のような大きな低い雲がぞろぞろ流れていく。昼飯はまずい冷やし中華と稲荷ずし。別の事務所の職員が客にどつかれて頭を切ったのでそちらも注意されたしという回覧が回ってきたが、どうしろというのか。6年前にうちの事務所でも客にどつかれ蹴られる事件が起こっている。うわ、などと相槌を打ちつつ地元新聞社のネットニュースを見ていると、昨年市内で暴走車にひき逃げされ死亡した、作家志望の無職独身の中年男の唯一の遺作が先日出版されたとあった。潔いというか無謀なというか、そんなドラマみたいな生き方が身近にあるということが驚きだった。奇しくも、今度の文藝賞の受賞者が
弱冠15歳の現役中学生の女の子だという記事。読みもしないで「文芸モー娘。」とかいったら怒られそうだが、なんだか見え透いていてバカらしい気もする。ということはぼくは、小説は人生経験で書くという通説を信じているということだろう。5分だけ寝て、仕事。金を振り込んだ振り込まない連絡忘れたやれ2日だ5日だ始末書だと、たいしたことでもないのに3団体くらい巻きこんでだいの大人が何人もドタバタする。その真ん中でぼくが1番ドタバタしていたが、とはいえ自分のミスではないので余裕がある。
 別の会社だがとなりの席の渡辺さんが、ぼくが純粋かと突然聞いてきた。純粋の定義がわからないので答えようがないのだが、どうやら渡辺さんにとって純粋というのは
「よゐこ」の浜口みたいなやつのことを言うようである。だとすると遠まわしに、ぼくがバカかどうか聞いてきたということか。反対側のとなりの中村さんが間髪いれず、見た目ほどそうじゃないわよ、この人は相当頑固、と言った。頑固というか偏屈というか偏狭というか偏執的というか、なかなか当たっている。男だから頑固なの、とも言われた(このへんはよく解らない)。どういう成り行きか「ブラックジャックによろしく」全巻を渡辺さんに借りて、窓口から本部へ帰還。明日は1年に1度の書類の運搬整理があるので作業着を持参とのこと、一気に鬱になる。帰りに久しぶりに図書館によって、保坂和志の評論「小説の自由」とユリイカの水木しげる特集をパラパラ見たり、おでこの油をテーブルに残してうとうと寝たりする。ココスで晩飯を食べたりしてから帰宅。家にあるからつい、なんちゃってバカ酒発泡酒を呑んでしまう。サイトを開くと、イギリスの島にある「ラフロイグ」の蒸留所にフェリーで訪れしこたま呑んだという話。このギャップ。イギリスとアメリカに行きたいのだが、今の職場では無理って話だ。

8月28日

 昼に起きる。豆乳とチョコケーキを食べながら、またもやコミュニティサイトで遊ぶ。現実同様、友だちがなかなかできない。疲れてまた寝る。起きて一念発起して図書館に行こうとするも、4時からBSでサザンがRIJFに出たときの特番をやると知り、部屋に戻る。歌を聴きながら運動不足解消のために体操。さすがは気配りのキングオブポップス、スタジオでの事前の入念な選曲や編曲の様子はいつものとおりだ。桑田のドラマの筋立ては全日っぽいというかジャンプっぽいというか、予定調和が許す範囲での意外性しかないのだがそれがつまらなくもあり安心もする。最初の「チャコの海岸物語」のアンチロック以外は、王道王道王道で、最後の「みんなのうた」までゆるぎなかった。再来月に出る7年ぶりのニューアルバムに関して松田弘が、今回は一発録りみたいな即興の勢いと雑味のある曲も入っていると言っておりこれは逆に楽しみだ。桑田の大嫌いな、突貫で作ったという
「10ナンバーズ・からっと」みたいなチャランポランさがぼくは意外と好きなので。
 半年ぶりにやる立位体前屈が驚くほど情けなく、驚く。運動ついでに、昨日買った真心ブラザーズ初期選集「けじめの位置」を聴きながら犬の散歩。過激な老荘思想というか、バカのふりをしてそれを笑う人をこっそり窺っているというか(桜井は本当に馬鹿かもしれないが)、そういう抜け目なさ胡散臭さもふくめて好きだ。高田渡の「自転車に乗って」のカバーなんて入っているが、こののどかさにひそむ辛辣さが彼らの人の悪さなのだ、なんて考えていると面白い。犬はしっかり糞をした。母が祖父からもらってきた新聞の切り抜きにざっと目を通す。朝日の大江健三郎のコラムはテープレコーダみたいにいつも同じことしか言ってないが、これ読んで毎回感銘受けてる人いるのかね本当に。毎回読んでる人自体が、ぼくもふくめて数百人しかいないのではないか。高い原稿料出して作家に社説頼んでいる朝日の気も知れないが。無聊をかこち、雨のしとしと降るなか、車で末永の寮まで向かう。2ヶ月前に引っ越し祝いで呑んで以来だからだいぶ経つ。大学の友人が偶然実家の500メートル以内に転勤で越してくるという異和感にいまだ慣れず、車にのそのそ乗ってくる末永を見ているとなんでおまえここにいるのという気になる。もっとも、末永もなんでオレここにいるのと思っているらしく、しきりにこの近辺が田舎だと強調する。郊外型大型ショッピングモールを冷やかしながら、タリーズコーヒーで一服。川崎の女の子とつきあっているだとか、給料がまた下がるだとか、そんなに外で呑まずに寮で呑むことが多いだとか、バーベキューのとき同僚の子どもにコンタクト割られただとかいろいろ聞いた。
 ぼくが大学時代、わざわざ新宿のツタヤまでビデオを借りに行っていた話が出て久しぶりに思い出した。その日の予定が、夜起きてほぼ寝巻きのまま新宿に行ってビデオを返すだけという日もあったのだ。懐かしいなあとは思うが、またやりたいとは思わない。雨のなか、ぶっ飛ばして帰路。末永を送ってから珈琲館で1人2次会をやる。岸田秀の新刊
「唯幻論物語」、むさぼるように読む。「これは、自分のことだ」と思えるような強烈な同調、やりづらさや居心地の悪さが消えはしないものの、解明されてつきあうべき宿痾として自覚されることの開放感、一方で今までのこととこれからの恢復のことを考えて暗澹とする気持ち。こういう「薬」というか、「毒」にあてられたときには、少し時間をおいてもう一度考え直したほうがいいなと思った。深夜に帰宅。昨日借りた「映画こそわが命」という淀川長冶の講演カセットブックを、寝床で聴く。テレビのときと違い、少しやさぐれたべらんめえな感じで意外。亡くなる1ヵ月くらい前に実際の講演で聴いた、しゃがれ声で散漫で途切れ途切れで、1人で回想に浸っているような、とても聞けたものじゃなかった映画談義のことを少し思い出した。

8月26日

 大輔に招待してもらった紹介制の「友だちの輪」サイトで遊んでいて朝方になる。要は、さまざまなコミュニティに登録するタイプの「2ちゃんねる」なのだが。台風一過どころか、台風がいつ舞い戻ってくるかという感じの不穏な朝。ヤンマだろうか、黄色の縞のあるトンボがつがったままで丸まって死んでいた。ゴミ箱のふたや草のかたまりが道に転がり、まだらな黒雲から雨粒がときおり舞ってくる。追い風でチャリが早い。金曜なので意気揚々と会社へ行く(明日休みだから)。いつもと同じ仕事、同じ事務所の臭い、便所の窓から見下ろすとなりの会社のサボっているおじさんの背中も変わらない。お昼の電話当番で、お米をお金に変えないとお金が工面できないという農家のおばさんがいてへえと思った。弁当を食べながら電話をすると面白い。埼玉と千葉に出張に行くか行かないかでもめ、いろいろ書類を作るのが面倒なのでうまく課長を丸めこんで行かない方向に持っていく。仕事が減ったと思ったら、久しぶりに面倒な「お金お戻し」業務が入る。ムカつく。押しつけられたフローチャートづくりもできず、
車事典で「おべんきょう」もできず、仕事終わり。戸締りをして、黄緑の旗をおろすときに見上げた、さわやかというより痛々しい傷口のような、雲間の空の生まれたての青が沁みた。松岡さんが残りそうなので鍵を渡すと、裏切りやがってと言われた。誰が残るか。
 雲はほとんどが白くなり、その数も減ってきたが、なんとなく青空が夏らしくない。たしかに最近の夜中はだいぶんしのぎやすい。ぼくの大嫌いな冬がまた来るのだろうか。コーヒー屋で新聞を読みながら、民主は金ばらまきの人気取りだとか、小泉は今回もイメージ勝ちするだろうとか、国民新党の公約は中学校の生徒会なみとか、自民と民主をカレーライスとライスカレーに例える社民は福神漬けにもなれないとか、共産は「たしかな野党」とかいって最初からあきらめていて可哀相だから国会でも占拠しろとか、いろいろ考えていると、給仕のおばさんがとつぜん
人糞の話をはじめた。ひさしぶりに「人糞」という単語を聞いた、しかも喫茶店で。人糞とか、客がいるのに平気で言う品性が信じられないが、でも他に使える喫茶店がないから多分また来るのだけど。途中のスーパーでピザーラのスナックとニッカのオールモルトを買う。
 帰宅すると犬が八つ当たりでドッグフードを玄関に撒き散らしていた。犬の散歩をしながらミスチルの「sign」を聴く、とてもいい。歩きながら聴くとどういうわけかたいていの曲はよく聴こえる。景色が流れることと関係があるのだろうか。冷凍ピザとカップラーメンと梨とトマトを食べながら、昨日にひきつづきコミュニティサイトをうろうろして遊ぶ。
高田純次コミュニティから純次発言集のサイトに移り、そのいい加減かつ無責任かつ適当かつその場しのぎかつごまかし笑いの生き様が見える箴言に爆笑する。純次こそ元祖リラックマ、あるいは黒いあいだみつをである。その1部を抜粋すると、「シュワルツェネガーとは友達なんだけど、オレが一方的に否定してんだよ」「今日はオレに会うから綺麗にしてきたの?当然だよね」「日本で最初にサーフィンをしたのはオレだよ。違うかもしれないけど」「みんなから好かれるって難しいよね。『オレが好きだ』っていう人はFAXで『好きだ』って書いて送って欲しいよね」「大きい胸をもんでいるうちに『なんでオレはもんでるんだろう?』っていう気になるんだ」「オシリもたたいているうちに『なんでたたいてるんだろう?』っていう気になるよ」「オレは口から屁が出せるんだ」「オシリにガムテープを貼るとウンコをもらさずにすむよね」「口にマスクをしてオシリにガムテープを貼ると、今度は毛穴からウンコが出てくるよね」「オレはこれからは『高田ペ・ヨン純次』でいくから」「ニューヨークの松井に会いに行こうと思ったんだけど遠征でいなかったんで、『松居直美でもいいか』って思っちゃったよ」「初めて歌手の人と仕事をしたのは石川秀美さんだったんだ。今は子供が2人か3人か4人か5人くらいいるんだよね」「今 高1だと次は高2だよね」。この調子で700以上続く。先週ホテルで暇つぶしに飛ばし読みした新約聖書に似たわけのわからなさである。言ってる内容のわからなさというより、どうしてそういうことを人前で言ってしまうのかというわからなさである。純次もキリストも相当に自分が好きだということはわかった。しかしまあ、今って退屈しのぎだけは事欠かないね。

8月16日
 
 バンプのファーストアルバム
、「FLAME VEIN」ばかり聴いている。80年代以前の歌謡曲のようななつかしいメロディラインと、「物騒」な声がミスマッチのようでいて調和している。声を旋律に沿わせるのではなく、旋律が声に付き従ってくるような不思議さ、要はその都度その場で即興で歌いあげている様なダイナミズムがあるのだ。霧雨。お盆休みのところが多くヒマなので、会社でまたもひたすら札作りをする。トヨタの檜山さんに電話したら、レクサスの店舗は既存のディーラーがそれぞれ出資などをとおして大きく関わるという。データのFAXとさらなる情報の提供を約束してもらう。「車事典」というバカな本で、モデルと製造年式の違いなどを勉強したりとめずらしく優雅に過ごしていたのが祟ったのか、お昼間際に地震。1階が駐車場のせいもあって揺れが大きくかなり長くて、書類でいっぱいのスチールの棚が危うい揺れ方をした。阿部さんが3階の和室のテレビで確認したところ、宮城で震度6弱。津波が心配である。暢気にかどやでマグロのなかおち定食を食べているときも、大過なさそうな仙台市内の様子がテレビで映っていた。電話インタビューをうける市の役人のなまりのせいで、アナウンサーが何度も聞きなおしていた。3階のソファで10分程度の仮眠をとる情けない癖が治らない。
 甘い甘い寝入りばなのウットリ感を残したまま、午後からは窓口。お盆のせいですさまじく閑古鳥。ただ、慣れない一般の客がけっこう来るので、そのたびにもめたり宥めすかしたり説明したりでけっこう難儀した。金まけろとかって、無理言うな。一方で無聊をかこって「車事典」の似非愛読者と化し、運転席上方の日差しよけについている鏡をバニティー(虚栄心)ミラーというとか、MR2のMはミッドシップとか、車検証の車両重量には燃料などがふくまれているなどの、仕事と関係ないトリビアルな知識を仕入れる。午後3時のおやつに、鈴木さんが今日3度目のコーヒーを入れてくれて、渡辺さんのつくってきたチーズケーキを食べながらみんなでお茶をした。たまに優雅だと、かえって落ちつかなくて萎縮してしまっていけない。チーズケーキは濃厚で、手作りとは思えないほどうまい。日差しをさえぎる窓の外の入道雲と青空がいつのまにか怪しい黒い雲にかわっていて、いつもどおりの夕立があった。カズマさんの嫌いな雷が、獣が威嚇するようなくぐもった音を出す。不覚にも、ヒマすぎて3分くらいうたた寝した。雨は止み本部へ帰り、地震の状況など優雅に確認してから退社。図書館で古典の勉強をしようと思ったら、あんのじょう他の本に目移りして無駄に過ごす。山口瞳が、早大の高等学院を自主退学して旋盤工なんかやっていたとはじめて知った。ココスで1人で晩飯。札幌ではやっているというスープカレーなるものを食べたが、意外とうまい。
スープカレーに近いがもっとルーがドロッと濁っていて、誇張でなく目が痛くなり体中から汗が吹き出る辛さの「メーヤウ」のカレーが食べたくなってきた。そのそばの「タイム」のカレー、マイルドで素朴でインドの家庭料理のようであれはあれなりにうまかったのだがつぶれてしまったのだった。それにしても交差点の角の、伝統にアグラをかいてそのまま死んでるアホな蕎麦屋、あれがいまだ残っているのは許しがたい。JRの駅よりの「亀鶴庵」、あっちのほうが絶対うまい。と、まあそれも昔話だ。

8月11日

 日焼けの痛みで夜中にまだ目が覚める。裸になってもタンクトップを着ているような見事な焼け方で、かなりマヌケ。顔の皮は洗顔で無理矢理落としたが、首や腕は皮が剥けだして見苦しい。朝からムシムシしていて今日も一雨ありそうだ。駅から300メートルの地点で何の前触れもなく自転車のチェーンが外れる。妨、焦、難、忌、遅刻、などという単語が頭の中を駆け回り、自転車を押して走った。何とかまにあって仕事場へ。朝から3階で1人で、
内田洋行のナンバリングで札作り。降りていくと整理簿のことで補佐からお呼び出し、最近やたらと多くて疲れる。どうでもいい細かい字面や書類のならびでくどくどと言われたうえに、ぼくのせいで課長までくどくど言われていた。まずい弁当を食べる。まずい。衆議院がとうとう解散し、郵政民営化法案に反対する造反議員の面々は無所属で出馬するとのこと。とはいえ連中の一部は県連の推薦もあるし、新党を作らないあたり、自民党自体には恋々といったところ。見ている分にはとても面白いのでもっとドタバタしてほしい、泣き喚いたりとか。
 丹生谷さんが竹澤さんの嘘を見破ったあとで、竹澤さんはわかりやすいからと言った。竹澤さんが、一年半のつきあいなのにぼくのことがぜんぜんわからないと言った。こんなに単純でわかりやすい人はいないと思うのだが。所長からお呼び出し、何事かと思ったらぼくの書いた人事の自己評価目標設定シートがあまりにも杜撰なので書き直せとのこと。所長はすさまじくデブだがいい人なので、書き直せということを直接言わずにいろいろな人のシートを見せてくれてぼくが自発的に書き直すと言い出すように仕向けてくれた。職労での経験も長く、人の使い方がうまい。終業まで、仕事の合い間につづけているファイルのインデックス貼りをどんどんやる。ナディア、ドマーニ、ミレーニア、などという聞きなれない車が今年製造中止になったことに気づく。RX-7のような名車が中止になったのは、マツダがフォード傘下に入っていることと何か関係があるのだろうか、などともっともらしく考えてみたが、総じて内職めいた単純作業に明け暮れる1日だった。暇をもてあました竹澤さんがインデックス貼りを手伝ってくれた。小平さんがぼくの顔の日焼けあとがだいぶきれいになったと言ってくれた。
 夕方、いつもどおりあんのじょう雨。塚原さんがアネさんと、明日の嘉島さんの結婚祝いのプレゼントを買いに行くらしく、おまえも来いと強制召集がかかるが、野暮用ありといって見逃してもらった。ちょっと明日が怖い。駅前の自転車屋で500円でチェーンの修繕と油さしをしてもらい、昨日にひきつづき図書館へ。古典の勉強をしようと思いつつも、ロバート=キャパの写真集をみているうちに閉館時間になってしまった。雨はあがっていたので、傘を自転車の籠に刺して帰宅。古典の勉強を少しやり、新潮文庫の筒井のグロテスク傑作集「ポルノ惑星のサルモネラ人間」をなつかしく読み、昨日図書館で借りた北杜夫の
「或る青春の日記」をなつかしく読み、なつかしいニッカのオールモルトでなつかしいよっちゃんイカを食べた。塚原さんからメール。直ちゃん(アネさん)が今日、ぼくが来てもプレゼントのセレクトには何の影響もないから来なくても別にいいじゃんと言っていたけど、私も同感したよ、とのこと。おっしゃるとおりではある。

8月5日

 バファリンを飲んで寝たのがたたったのか、1時間おそく目覚める。シャワーを浴びて外出。あいかわらず喉が痛く鼻水が出る。大輔に謝りのメールを出して、小山から水戸線に乗り換える。高校のとき乗って以来なので景色が楽しいのだがさすがに眠く、下館を越えて景色が単調になってきたあたりでうとうとした。水戸に近づくと田んぼでない緑が増え、湖や公園が見えた。駅の間近のビル街も区画をゆったりとっていて街の玄関としてふさわしい感じ。そこを通り過ぎて勝田で降り、人でごった返す改札で精算の行列に並び、駅前から出るバスのチケットを求める行列に並び、バスに乗る行列に並んでやっと出発する。駅前から公園までの一直線の道路の脇には、見覚えのあるファミレスコンビニ郊外型の大型店舗が立ち並んでいる。休日のディズニーランドなみの、大駐車場に鮨詰めの乗用車の群れをすぎると、公園大ゲート前のロータリーには送迎バスがひっきりなしに回っており、それぞれが「新宿42」などと書かれた紙をドアに貼りつけている。42というのは42台目ということだろう。1日5万人で3日だから、さもありなんである。今日だけのぼくは通行証がわりの緑のビニールの
リストバンド、ゲートまで迎えに来てくれた大輔は明日も来るそうでオレンジのだ。レイクサイドの5つのクロークですら行列、オフィシャルグッズ販売のテントもしかり、人気アーティストのグッズショップともなると2時間待ちとかいうからキチガイじみている。お祭りだからキチガイじみていて当然、一番大きなグラスステージに行く道すがらには難民キャンプを思わせるテント村があちこちにでき、地元有志による屋台のある森の中では煙が立ちこめ、炎天を見上げれば誰も乗っていない観覧車が開店休業でぐるぐるむなしく回っている。観覧車を軸にぐるりと時計と逆に回ると視界が開け、ゆるやかに波打っている一面芝生の大海原の遠くに、ひとりひとりが単色のドットに見えるほど小さな人が雲霞のごとくひしめきあっている。この人ごみは衛星写真で確認できるんじゃないか、などと言った。
 遠方に停泊した巨大空母のようなステージの手前に、ポカリやボーダフォンや、ロッジのような洒落たつくりのラークの出店。ハイネケンの緑色が誘惑してきたが、さすがに朝から呑んだらもたない。
渋谷陽一の「朝礼」のあと、黒光りする大きなステージで歌うACIDMANという歌手を、盛りあがる群集の少し後ろから立ちっぱなしで見る。この野外コンサートがかしこいのは、出演アーティストに対する思い入れの違いを考慮して、客席(といっても椅子はないが)の棲み分けがされているところだ。一番前のおしくらまんじゅうゾーン、後ろのシートゾーン、その後ろのテントゾーン、といった具合に。みんながおおと言って舞台でなく斜め上空を見ているので何かと思ったら、青い空にPOCARISWEATと白く書いてある。ライトで照らしているのかと思ったが、それにしてはもやもやとしている。すると、逆斜め上空の編隊を組んだ小さな飛行機が、オシリから白絵の具を細く出すようにしてPを書いた。喉はからからで灼熱の中、この広告はあまりにも酷で効果的ではないか。お昼になったので、テントゾーンのさらに後ろにあるハングリーフィールドと呼ばれる木陰の一角で串カツカレーを買う。鼻水がやたらに出るのにティッシュがなかったのでカレーを買うついでにティッシュを分けてもらおうとしたら、おじさんが炊事場にティッシュ追加と言い、炊事場から「はいー、ティッシュ大盛りー!」と声が上がった。
 15分くらい歩いて、レイクとグラスの2つのステージの間にあるサウンドオブフォレスト内の、小ステージが見える木陰で昼食。真上の葉の茂みごしのやわらかい青空とひんやりした芝生の心地よさに不釣合いな大音響なのだが、その非日常感が面白い。大輔はバイトもあまりせず、映画の学校で勉強と人脈づくりにいそしんでいるとのこと。ぼくより如才ないししっかりしているので、どこかでいい働き口を見つけられるのではないか。「七人の弔い」面白くなかったそうで、やはり
塩田明彦は何につけセンスがあると2人で褒めあう。1人で散歩。レイクステージをぐるり取り囲む屋台の白いテントを覗いて回り、救護室で落ちつきなく恥ずかしげに点滴をされている人などを見る。いちごのかき氷を買って戻る。大輔が好きなランクヘッドというグループが初演ということもあり嬉しそうに歌ったり飛んだりはねたりしているのを見ていると、手元のかき氷の中で蟻が溺死していた。演奏が終わり、音あわせのブレイクタイムに移動する人並みに追随して森の中の屋台に行き、地元の五浦ハムの串焼きを食べる。ハムというよりは豚を焼いたときに煙をあびせただけなのだが、歯ごたえがあってうまい。うまいうまい、あついあついなどと言いつつ、レイクステージのB-DASHを遠くから見たり土産物屋でなっとう煎餅を買ったり、逆の端まで戻っていって茶屋ビレッジというスペースをひやかして商魂たくましいipodラウンジにあきれたり、本来ならキャンプ用の炊事場のそばの木陰で話したりして時間をつぶす。夕方とはとても呼べない、太陽の位置が変わっただけの4時ごろから、Dragon Ash。ステージの真上にライトのように太陽が浮かび、まさに真正面から客を焦がす。聴いたことのある曲もあり、そこそこ楽しんだ。禁止されているダイブやモッシュ(おしくらまんじゅうのことか)もやっちゃえよおまえらと煽りなかなか物騒だが、規律を重んじるこのROCKフェスの中での異端児的な役柄を期待されているのだから、主催者側にとっても予定調和といったところか。とはいえ演奏終了後あらためて、禁止ですとアナウンスでダメ出しされていた。ボーカルの人は重奏的な濁った声音や刺青やヒゲで悪そうなのだが、目があどけなく品格がある。そのへんも人気なのか、熱狂したファンの女たちがもうダメ、みたいなことを感極まってさけんでいた。
 演奏が終わり次のバンプを間近で観るために、前へ前へと人ごみを掻き分けていく。Ashのファンが湯上りのような顔と髪の毛でつぎつぎすれちがうので笑った。すぐにうちらもああなるよと大輔が言うから、ちょっと不安になる。幸運にも陽がステージの後ろに隠れたころにはじまったバンプのライブは少し違和感がある。いままでCDで一対一で感じたり考えたりしたことと、目の前の大勢の熱狂とがどうもうまくつながらない。周りなど気にせず一対一の関係に没入できればいいのだが、飛び跳ねる真横の人の体が日に焼けて赤くなった腕にあたって痛かったり、押されて連れとはぐれそうになったりでそれどころではない。それにしても舞台の藤原は、白いさっぱりしたシャツに麦藁帽子なんてかぶって憎らしいほど飄々としている。ぼくと同い年くらいのあんちゃんなのだがそれでいて声は力強く伸び、ときに発情した
猫の鳴き声のようにエロティックに、老成した学者の洞察のように確信にみちて、響きかすれ大気を揺らす。なんだかこの場にぼくもふくめて客などおらず目の前に夕暮れの無人の巨大な緑地しかないかのように、彼のいつもの「大声の独白」にはてらいがなく、誰かに伝えたいという思いすらないように見えた。メッセージ性が強いと言われる歌詞とのそのギャップがいつも不思議なのだ。歌いたいから歌う、一人でも歌う、聴きたきゃお前ら聴けとでもいうような、歌うことと聴くこと以外の関係の徹底した排除、それはサザンと対照的だ。極端な話サザンのコンサートはMCもなく一曲も歌わなくても成立するが、バンプのコンサートは歌なしでは成り立たない。つまり彼らは、歌と聴き手とどちらか一方だけといわれたら、迷わず歌を取るのではないか。それでいて5万人を酔わせられる、考えたらこんなに幸せなことはない。最後の「天体観測」で思い切って周りといっしょに飛んでみたら、真下から涼風が吹きこんできた。終わるやいなや、人ごみの間を縫って息せき切って走り、あるいは早足で、レイクステージに向かう。ひょっとしたら観客が多すぎて次の会場が入場規制されてしまうかもしれないので焦ったのだ。焦ったおかげで良いポジションで、再結成した真心ブラザーズを観れた。YO-KINGも桜井も、想像以上にヘンなヤツ。桜井は真夏に革のパンツで来たことをつっこまれて舌足らずな弁明をし、YO-KINGは自分のルックス面音楽面で目標とするアーティストは自分しかいないことを力説した。うしろにでかでかとROCKと書かれたその前でのふやけたボケとツッコミ、それでいて演奏はしっかりとROCKだ。気持ちが安らかなのに胸が高鳴り、ばかばかしくも切ない。
 湖畔での宵の口、ライトの明かりがまばゆく伸びだすころあい、「RELAX〜OPEN〜ENJOY」のゆるやかですべてを赦してくれるようなイントロからはじまり、「新しい夜明け」と「baby baby baby」の一体感と決意、「マイバックページ」と新曲のポップスの安定感のある楽しみをへて、「サマーヌード」。去年の夏、東京をドライブしながら1人で歌いまくっていたこの曲を、今年の夏ナマで聴けるとは思わなかった。「神様にもバレないよ 地球の裏側で 僕ら今」からの唐突な高揚、あまりにも短い興奮のあとの虚脱感と醒めた空虚さ。ポップスの羊の皮をかぶった化け物の一匹だ。
「拝啓ジョンレノン」で世界情勢に目を向けさせる形で終わるのかなと少しがっかりしていたら、アンコールがあって「空にまいあがれ」をやってくれた。空にまいあがれあの頃の日々よ 風の中で君が僕を見た気がしたよ。「空にまいあがれ」のくだりで突き上げた両手の先の空は濃紺で、そこに、煩雑なつきない思いがその時だけ舞い上がり吸いこまれていくような気がした。炎天下4時間ちかく水分をとらずに飛び跳ねた後のビールは格別で、自分自身がビールになったよう。祭のあとの興奮が冷めやらず、会場を後にするのも名残惜しく、植えこみのすみの石の仕切りに腰をかけて通り過ぎる客をしばらく見ていた。夏はいいななどと当たり前のことを言いあう。石の敷かれた歩道の上で前転してみせる馬鹿がいる。誰かれかまわず握手したい気になる。演目がすべて終わったことを知らせる花火があがり、赤や黄や紫が黒地の上で混じりあう。あーあ、と思った。11月の真心のライブで会うことを約束し、帰りのバス待ちの長蛇の列があちこちに見えるロータリーで別れる。彼は明日のために勝田のカプセルホテルへ、ぼくは宿を取りそこなったのでうまく夜明かしできるようにより繁華な水戸へ。バスの中でみんなが疲れているのに、バカ女が自分の知識と都会性をひけらかすために大声でしゃべりつづけており心底疲れた。バカ女言うところの「立川みたい」な水戸に到着。
 寒気がするうえに鼻水が止まらず足も痛くやたらと眠く金も1000円しかなく、気分は最悪。祭りがあったためか、浴衣を着たヤンキーがバスターミナルをまたいだ空中の大きな広場にタムロしており、いやまじ可愛いっすよ最初見たとき同い年か年下かと思いましたもん自分、などということをあちこちで言っている。ポカリを飲みながら夜を越せそうな場所を探すが、漫画喫茶は満席だしカラオケは高いしで結局、古くからの商店街の途中にある石の坂を登ったさきの神社へ行った。ここでもカップルがいて行く先のことを話し合っているのか、男のほうがしきりに自分の誠実な人柄をアピールしている。ここでは寝られないなと思っていったん降りてふらふらするも策がつきて再び戻り、ベンチで野宿。枕代わりの腕は日焼けで痛いし蚊は出るしでろくろく眠れず、ちかくの手水で水を飲んだり小便をしたりで寝起きを繰りかえし、寒気がするので我慢ができず、3時ごろに場所がえを決意。線路をはさんで反対側にある「ロイヤルホスト」へ避難し、抹茶パフェで朝まで粘った。寒いし、店員や客の目は気になるしで眠りは浅く途切れ途切れで、夢かうつつかわからない言葉や人の姿の切れ端が出たり消えたりした。

7月28日

 晴天。濃い青空に濃いピンクのアドバルーンがぽかんと浮かぶ。この暑さなら事務所にも文句なく冷房が入るだろうという暑さ。ルーティンワークとはいえ頭を別のことに使えるほど単純作業ではないので、かえっていまいましい。同じことばっかりは飽きるのだが、イレギュラーな電話や訪問は一日の事務のノルマの妨げになるだけだからそれも困る。バイトの丹生谷さんが気配りができ話好きなのでけっこう助かっている。とはいえ当たり障りのない話しかできないので、それもぼくには不満だ。と、その程度の不満で済むなら、いい仕事と言うべきかもしれない。技術面はともかくお前は気配りがないとよく言われるが、そのとおりなので言い返せない。だって、自分のことしか考えてないんだもん。炎天下、飯を食べに出かける。電車の改札兼跨線橋をこえて、寿司屋でマグロのなかおち定食。親父がぼくの顔を見るなりなかおち?と言った。終業時刻まぎわ、いかにもやくざな客がぼろぼろの白いプレジデントで窓口に来てもめていると聞いて、こっそりとなりの課を横切って見に行く。緊迫感はあったがもめてはいなかったのですこしがっかりして席に戻った。丹生谷さんが、なんでやくざは夏でもすけすけのセーターみたいなの着てるのかしらと言った。定時に出社し電車に乗っているとアネさんからメール、ひさしぶりにご飯でも食べようということになる。宵の口に鮮やかな
マリンブルーのパルサーで迎えに来てくれた。土用の丑の日なので丘の上の店でうなぎを食べようという案もあったが混んでいそうなので、そのとなりのオムレツ屋で遅めの夕食。「味完成」という蕎麦屋の店名を「古代人」と覚えまちがって恥をかいたアネさんが、経済のことをいろいろと解説して名誉挽回した。不動産投資信託や先物取引の話を聞きながら、大きな肉の添えられたデミグラスソースのオムレツを食べる。家庭料理的だが新宿中村屋よりおいしい。
 余勢をかって、珈琲館で一服する。うってかわって話は「工業哀歌バレーボーイズ」と
「でらべっぴん」に移る。「でら」が名古屋弁で「すごい」の意味であるとはじめて知った。経済をはじめとして、今日はたいへん勉強になることが多かった。日本には大爆笑できるくだらない映画があまりないこと、「こち亀」の署長の亀森鶴吉が屯田五目須に改名したこと(思い出して笑いが止まらなくなった)、「ゴルゴ13」はときには利き手で握手することもあること、ポリスアカデミーは3までがいいこと、「天才たけしの元気が出るテレビ」の100人隊が面白かったこと、などなど。ただ、アネさんはグインサーガの悪口を言うので困る。グインの豹マスクの中身は、断じて三沢ではない。「殺し屋1」と「きらきらひかる」のつづきと、三島の「近代能楽集」を貸してくれた。余勢をかって、彼女絶賛のコメディ映画「サボテンブラザーズ」を探しにうさぎやに行く。スティーブ=マーティンというと品のいいコメディアンと思いこんでいたので意外だった。借りようと思ったら、カードがなかった。車内でアネさんがビヨンセと松浦亜弥を聞いて笑っていた。そういう目的で音楽を聴いてはいけない。

7月17日


 意外なほど早くパッと目が覚める。時間をもてあまし気味に朝風呂につかり、ロビーで落語をBGMに伊丹の
「日本世間噺体系」を読む。それでもまだ5時なので、暇をもてあましてハルさんを起こし早朝ドライブ。奥日光に分け入ると、山中が突然開け、戦場ヶ原が広がった。ここはこんなにすばらしいところだったのか。夜明け間際の青白い不思議な明るさにつつまれ、山々に囲まれ、まばらな低木をさびしげにあちこち浮かべた朝靄をたなびかせた薄青い湿原が忽然と現れる。大きな盆地状のそのまとまりが美しく、太古ここは山奥の湖だったのだ。しばらく観ていると遠くに鹿が1頭現れて、うずくまった。これに味をしめてぼくは車をさらに山奥へ進め、湯滝まで行った。これまたすばらしい。馬鹿みたいな高さから、黒岩の急斜面を水が喚きながら駆け下りてくる。真ん中の大岩で2つに割れてザーザーと飽きもせず滝壺に注ぎこんでいる。早朝の巨大な流しそうめんといった感じである。滝というよりは、川が遭難してそのまま岩場を滑落してきたという体である。面白いので調子に乗って、滝そばのつづらおりの石段を上がっていく。頂上で滝を上から見られるようになっていて、覗きこむとウォータースライダーにそっくりでちょっとドキドキした。逆側にはすぐに湖があって、滝の馬鹿っぽさと裏腹にこちらは気品があって静かで、氷のように凛として周りの山と緑をそのまま映している。腰まで水につかって、長い釣り糸を金色に躍らせている釣り人が遠くに見えた。中禅寺湖が大味に見えるほど、断然こちらのほうがいいのだ。ハルさんは帰りたそうだったのだが、さらに調子に乗って湯元温泉郷まで行き、さらに山を登り峠のトンネルを越えて気づくと他県。大きな鹿が車に轢かれたらしく、足をしゃちょこばらせて倒れていた。下りのカーブに身の危険を感じながら急いで宿へ戻る。
 まずい朝食を食べて車で出直し、華厳の滝へ。地下司令部めいたひんやりした白い通路を進むと、岩場に作られた観覧台に出る。こちらはいかにも滝という感じの滝。堂々と潔く、川の墜死である。今月から転勤でこちらに来ている末永が、駅まで迎えに来てと都合のいい電話をかけてきたが、あいにくそっちにはいないよと言ってやった。それから、今回の旅行のメインディッシュである日光東照宮へ向かう。下りのいろは坂もなんのその、田母沢御用邸もシカトして1路日光へ。神橋のT字路は3連休の中日だけあってさすがの賑わい。とりあえず建築好きのハルさんの希望で
金谷ホテルを見学する。老舗のホテルというのは外観に似合わず、どうしてこうもゴテゴテとしていて楽しいのだろう。中国風の欄間があるかと思うと仏壇ぽい化粧台があったり、神社の鳥居の形の鏡があったり、かと思うと廊下は赤絨毯とシンプルなランプの洋風。昔のホテルっていうのは、お客のためのテーマパークだと大発見をしたように言ったが、ハルさんに怪訝な顔をされた。邪道な見学を終え、まっとうに神橋を見学する。神様のための橋を観光客にぞろぞろ渡らせるというのはいかがなものか。誰も渡らない豪華な朱塗りの小さな橋が、緑の山奥に突然姿を現したからこそイザベラ=バードは感嘆したのではなかったか。と思いつつちゃっかりその橋を渡る。橋の下が特別公開されており、橋を支える柱に水よけの瓦屋根がかぶせられ、その上に板が張られているのがわかった。
 輪王寺へ行く。馬鹿でかい堂宇に、馬鹿でかい阿弥陀如来と千手観音と馬頭観音がいた。ともかく馬鹿でかい。金箔を張った8メートルの木像を前に、坊主の説明を聞く。千手観音は25本の腕しかないが、1本で40の願いを聞き入れるから千手なのだとはじめて知った。ぼくは未年なので守り神は大日如来であるとのこと。そういえば偶然だが、小学生のころひょうたん型のキーホルダーで、底の小さな穴を覗くと大きな大日如来が見えるものをもっていたことを思い出した。考えてみるとじじむさい子供だ。別のお堂ではじめて護摩を観る。坊主が、炎をかかえた数体の不動明王を前に、なにやら唱えながら目前の炎に木を投じている。声がいい。とにかく人が多く、あちこちで団体客が坊主の説明を聞いており、この喧騒とわくわくした雰囲気は、あ、なるほど、寺社仏閣もまたテーマパークではないのかと言おうと思ったが止めておいた。参拝順を守り、ずらずらと東照宮へ。鳥居へつづく砂利の大道の屋台でラムネを買い一息入れて、15年ぶりの境内。見猿言わ猿聞か猿の厩舎の暗がりに白馬がいた。10時から12時の間だけお勤めで馬場から来るのだという。
陽明門の周りは相変わらずの目がおかしくなる豪華絢爛ぶりで、意匠を細かく追っていくと頭がおかしくなるようにできている。これを短期間で造りあげた宮大工たちは気が狂ったに違いなく、ともかく統一感などはあるはずもなし、知っている限り造れる限りのものをすべてぶちこみ、花鳥風月で足りなければ象猿猫獏麒麟犬、それでも足りなかったのか、中国の文人たちが碁を打っている彫刻などがよく観ると嵌めこまれている。人が観れないはずの石垣との狭い隙間まで飾りの彫刻は続いているらしく、その偏執ぶりは権力のなせるわざというよりもやはり作り手の暴走だろう。
 大名以外は入れなかった本殿に入り、御三家以外は入れなかった奥の間で説明を聞く。見上げると建造当初から変わっていない、狩野派の手による鳥たちが褪せていながらいまだに華やかに飛び交い、目の前に白い物々しい大扉がある。その先は今でも一般非公開で徳川家がお参りする奥の間があり、長い石段を登った最奥に遺骨は祀られているのだ。解説する坊主は最後に必ず、そこで売られているお守りや仏像の効能のコマーシャルをする。商魂たくましくて良い。眠り猫を見上げながら欄間をくぐり、はじめて奥の宮へ向かう。将軍しか通えなかった石段を、田舎のおっさんおばさんがエレベータつけろなどと文句言い言い登っている。下界の百花繚乱金襴緞子が嘘のように、墓所は黒と深い青で贅沢な落ち着きをもち、山の深緑に囲まれている。ともかくもう観る者にウンともスンとも言わせない息苦しさを、この手の建造物はもっている。権力の凄さとかそんなつまらないものではなく、実用性を超えて何かを造り形を与えようとする力の、加減を知らないエスカレートというか。とにかく疲れた。薬師堂で鳴滝の鈴の音のような鳴き声を聴いてから、とりあえず麓まで降りて金谷ホテルの前のステーキ屋で昼食。ハンバーグとチーズケーキとコーヒー。一休みしてしまうと、このあと残った二荒山神社と大猷院を観るのが面倒くさくなり、雲行きの怪しさを理由に車まで戻る。途端に雨。どしゃ降りの天気雨の中、鬼怒川温泉までドライブする。昔一人旅で散策したことがあったが、ここまでさびれているとは思わなかった。渓谷の吊り橋から眺めると、断崖にへばりついた高層のホテル群はほとんど廃墟のようであり、事実いくつものホテルがつぶれている。一時やんでいたが、また雨。石塀の坂道にアジサイが咲き、今年は空梅雨かと思っていたら夏に梅雨が食いこんでしまったようだ。龍王峡まで行ったがあまり面白そうではないし湯滝に似ていそうだったので(というか上り下りがきつそうだったので)、とっとと帰る。知らぬ間に有料道路に乗ったり、抜け道を探してかえって渋滞にはまったりしながらも杉並木を越えて日光の奥へ。ラジオをつけていたらユーミンの
「やさしさに包まれたなら」が、今まで流れていたかのようにさりげなく流れてきた。ハルさんはうたた寝。外はパラパラとしぐれて、そのくせ太陽が出ており明るい。窓を開けて風を呼びこむと、金色の雨粒が少し右腕にかかって心地よい。いろは坂でくしくも「カンナ八号線」がかかり、後ろからせまってきたSUVとレースしながら急坂を登った(結果、当然、負け)。
 湖畔で土産物屋を物色、土産なんてどこへ行ってもどの店でも大して変わりはないのに、ハルさんがムキになってすべての店を観て回ろうとするのでいい加減疲れた。湖の脇の、車道をまたいでいる大鳥居のそばの茂みからサルが一匹出てきた。尻と顔がまっかっかで、本当にサルである。サルだサルだといいながらカメラを向けてパパラッチよろしく2人でせまっていったが、工事中の家を覆った細かい目のネットの中に逃げられた。イタリア大使館別邸の記念公園へ。どこにイタリア大使館別邸があるのかまったくわからず、船着場のある駐車場から湖を観た。おわんを伏せたような形のいい大きな男体山の下に、男体山をくりぬいて造ったような形のよい大きな湖がある。夕暮れなのに小船が一艘魚とりに出た。車で宿に戻る。晩飯は湯葉づくしだったが食べ過ぎてさすがに食傷した。大豆安い、豆乳安い、オカラ安い、湯葉高い、なんで?夜中にハルさんと近況をあれこれ話す。1年半ぶりとはいえ、お互い変わり映えもなくたいして話すこともない。それはそれで、嬉しいことでもある。


7月16日

 ムッとしつつ起きる。この10数年間、朝わくわくして目覚めることがほとんどない。休みの日も例外なく、あーあという感じで起きる。なんとかならんもんかね。あーあと言いながら、眠そうに自転車をこいで駅へ。改装してできた総合案内所の端末で観光協会のサイトを見ながら待っていると、新幹線の改札からハルさんが蹌踉として出てきた。1年半ぶり。相変わらずで感慨も何もなく、そのままやあという感じで歩きだし、駅ビルの餃子屋に向かう。昼どきということもあって行列が凄く、予定を変えてマイナーな餃子屋へ。駅前の立体ロータリーをぐるりと回っていると、いかにも地方都市みたいだとハルさんにからかわれた。名古屋などという巨大な田舎に住んでいるくせにと内心思いつつ、餃子屋でやや小振りでふっくらした餃子を食べる。少し高いが、中華料理の餃子という感じで肉汁がおいしい。まるで、餃子の皮をかぶった小籠包である。駅前の、いかにもXシネマに出そうなそれっぽい
ヤクザの事務所を観光スポットとして見学してから(ハルさんはしっかり写真を撮っていた)、レンタカーのストーリアに乗りこみ出発。初乗車のストーリアはフロントマスクの可愛さどおりの可愛らしい走りで、ほとんどゴーカートだ。コンビニで飲み物を買い、ぼくの母校を紹介し、益子まで1路東進する。大きな川を越えると、田んぼの中にある少し起伏のあるカーブの多いせまい旧街道が延々とつづく。ぼくの運転の評価は、「うまい」から30分で「ヘタ」に変わった。ハルさんは石蔵に興味を示しつつ、こんなところに住みたいなどと言う、ほんとかよ。意外に早く益子に着いた。
 共販センターという、大駐車場完備の陶器屋の集落でかたっぱしから観てまわる。土は同じでもおもむきはまったく異なる。益子らしい茶色のボテッ、ゴロッとした器もあれば、瀟洒なひらひらした白いぐい呑みで赤青の魚が中で涼しげに泳いでいるようなのもある。ぼくは目立たない4足がついた縦縞のざらざらした湯飲みが気にいった。ハルさんはサラダ用の大皿と土産用の箸おきを探しているらしく、田植え女がセクシーポーズをしている箸おきなどを真剣に見ていた。
人間国宝の100万の花瓶などはそれほどピンと来ないが、かといって安すぎるのはやはりちゃちい。オッと思うものはそれなりの値がする。1時間ばかり観て、喫茶店で1服。200万画素のケイタイでハルさんが何を撮っているかと思ったら、自分の飲んでいるアイスコーヒーのミルクの渦を撮っていた。記念に、だそうだ。いい年こいた野郎が高原のペンションに来た女子大生のようなそんな恥ずかしいことよくできるなと思いつつ、瓦屋根の陶器屋が並ぶ丘陵の目抜き通りに車を移し、またも片っ端からしらみつぶしに。計3時間ぐらい観て回ったろうか、ぼくはカジカと魚の安い箸おきと、パッチワークのような白の破線でいろいろな図形が区切られた湯飲みを買った。図形によって色と質感が異なり、それでいて静かな統一感がありしかも個性的。益子なんてつきあいの冷やかしで来たから、買う気なんてなかったのだが。ハルさんは、いったんは郵送まで頼んで包んでもらった白っぽい器を太陽光で見たら色が違ったと言って断り、となりの店で茶色地に白い蜘蛛の巣柄の大皿を購入。どっしりとしていて、なかなか良い。
 5時を回り、早くも店じまいしだした閑静な陶器ロードを後にして、北西50キロ先の日光めがけて車を走らせる。渋滞もありやばいかなと思ったが、ストーリアの悲鳴を聞きながら夕暮れの中を山めがけて走る。高速道路では途中までこちら側の車線は車が他になく、マイウェイ状態で疾駆する。疾駆するといっても、小さくてペラペラの金属板のアクセルはいくら踏んでも120キロ以上出ず、それすら辛そうにストーリアちゃんがぶるぶる横揺れする。やきもきしていたら案の定、後ろから来た改造ヴィッツにあっけなく抜かされた。チョロQめいた青い車体を見送るその先に、いつもは黒い山が緑色をして広がっている。高速をおりて山道を行くといろは坂に至り、ストーリアは絶叫、飯の時間に間に合わなさそうでぼくも必死、ハルさんは寝たふり、そんなこんなで
中禅寺湖まで着いた。住所は中宮祠だからこの辺だろうと見当をつけて繁華なところをうろうろするがちっとも見つからず、電話して聞いてさらに5キロも奥まったところだとわかった。湖畔沿いの並木道を飛ばして、くたびれた感じの宿に入る。豪華さの演出が安っぽい夕食を食べてから、近所の竜頭の滝とプリンスホテルを見学する。他所様のホテルのバーとロビーでちゃっかりくつろごうと思ったのだが、どちらも閑散として余所者はきまりが悪いのでやめにした。馬鹿話をしながら帰ってきて、風呂。家ではシャワーしか浴びないので、ひさしぶりの風呂。硫黄の臭いを愉しみ、湯上りのビールを愉しみ、部屋で年末のサザンコンサートの電話予約をする。夜風が冷たくて心地よく、クーラーがない理由がわかった。窓を開けると鬨の声のような滝の音。ハルさんは2時間サスペンスが見たいと言い、ぼくは「女王の教室」が見たいといい、双方が相手の番組をあげつらう。結局どちらもたいして観たくないことが判明する。

7月13日

 霧雨。天気が変調なときは荒井由実がよくなじむ。晴天でも変調させてしまうのが彼女の歌だが。教会の中のようなおごそかな広い空間に響くような歌声を聴きつつ、会社に到着。窓口では数ヶ月ぶりに竹澤さんとペア。朝からいろいろなところに電話をかけ、立て板に水っぽくしゃべる。トヨタの自社販売店に対する秘密の接客調査で1位になった県内のある販売店は、他の販売店が完備している施設やシステムをあえて不足させ、それを店員のサービスで補うことでむしろ好印象を与えたと聞き、面白いと思う。江口さんがさかんにぼくの肌が白い白いと言う。となりの竹澤さんが黒すぎるだけなのだが、確かにこの夏は日焼けがしたい。昼はいつもどおり蕎麦屋でもりそば。常連なので、カレーご飯をサービスでつけてもらった。なんで蕎麦屋の丼ものご飯ものっておいしいのだろう。午後、窓口の前の大きな横長のガラスの右隅にH2がとまっていることに気づく。あわてて2人で表を確認し、前の机で書類を記入している
チーマー風の2人組の車じゃないといいなとコソコソ言っていたら、違った。
 電車で街中へ行き、釜川沿いの無国籍料理屋で暑気払い。幹事なのでくじ引きを配り、参加者の集まりをやきもきしながら待つ。早くから来た人が手持ちぶさたそうでなんとなく居づらく、おもてでピンクのくじを持ちながら怪しい客引きのように立っている。松岡さんが時間ぎりぎりにやってきて、ようやく開会。いちいち料理や酒の進みと減りを目配りして追加せねばならず難儀だなと思っていたが、呑みながらやっているうちに店員ごっこのノリで興が乗ってきた。元バイトの佐藤さんが、緑のマニキュアをしていた。竹澤さんに1年で格段に進歩したなと言われ(1年前がひどすぎたという揶揄だが)、植竹さんは深田恭子が好きで、係長の長男は引きこもりがちで、戸上さんは分担事務をめぐる争いを蒸しかえして補佐に詰めより、中村さんはぼくの酌を拒否し、声の交響曲がわんわんと響いて心地よいやかましさがずっと終わりそうもないように思えたとき、シンバルのようにボスの声と手ばたきが聞こえ、全員の1本締めでフィナーレ。そのあとも同所でアンコールの小演奏がずるずるとつづき、ぼくももちろん最後まで粘った。迷惑そうな櫛淵くんを無理やり拉致し、「はなの舞」で3次会。原付でつかまったり自転車でこけたりといったろくでもない卑小な武勇伝をもったいぶって語っていた気がしたが、記憶がほとんどない。ラーメンサラダが甘酸っぱくておいしかったのをおぼえている。後輩を駅までお見送りして、なにやら歌を歌いながら帰宅。服を脱ぎ散らかしてコンタクトをはずして、睡魔に襲われながらもネットをやる。
イラクの自爆テロで、イラクの子供たちにお菓子をあげていた米兵1人が死亡し、そばにいた子供24人が巻き添えで死んだというニュース。眠くってすぐに寝た。

6月23日

 
クールビズのおかげでタイなしですむから助かる。クールビズなんて、生まれつき死語っぽいさえない語感ではあるが。陽水を聞きながら自転車で行くと、女子高生を目で追っている増田を見つけた。中学のときと変わらずだるそうで胡散臭そうである。声をかけると、愛想笑いしていた。陽水と民生の「アジアの純真」すこぶるよく、アジアをウジィアと発音するようなまがまがしくも軽妙で華やかな世界。会社に着くと、紙と紙粉と文房具と印鑑と電話の世界。月末が近いとは思えないほどのた意外な平穏さで、ルーティンをこなして余った時間で勉強までできた。飛行機会社が前身だったBMWのエンブレムはプロペラの記号に空の白と青だとか、アストンマーチンのフェイスはたいがいキカイダーに似てるとか、アウディのフェイスはいつも顎が外れているとか。ほとんどの日本車には人の名前のような車名がついているのに、外車にはそっけない記号が多いのは、やはり日本人がアニミストだからであろうか。ぼくも車の顔のニュアンスでだいたいのメーカーの違いが見分けられるようになってきた。蒸し暑い。温度計が27度なのに冷房がつかないことにあきれつつ、櫛淵くんと飯を食べに行く。蕎麦屋が休みなので、取るに足らないラーメン。午後は、休みの野澤さんの机を借りてインデックスをしこたま作った。取るに足らないことで怒られた腹いせに、帰宅途中で太鼓の達人。「天体観測」で熟練の技を確かめ、「宇宙戦艦ヤマト」で技術革新に努めてからいざ帰ろうと北へ急ぐと保田くんに遭遇、話しこんでいるうちにどういうわけか労働組合の集会に参加させられることになってしまった。
 正門を入った左手に各所属の旗がたちならび、奥の選挙カーの上で民主党系の議員らがいろいろと宣言をし、組合員たちの拍手で何かを採択している。隅っこのほうで2人で挑発的なことを言っていると、場違いな派手な女の子がかけて来た。と思ったら、同期の金澤さんだ。3人で近況報告をする。保田くんはMR-2を買い、金澤さんは同期と花火大会に行ったとのこと。ぼくは話しながら帰る隙を窺っていたのだがそれもかなわず、半ば拉致同然の状況で2人に挟まれて行進に参加させられた。総勢300名くらいが旗を立てスローガンの幕を真横に掲げ、並木道をくだり、宵間近のまだ暑い大通りを
シュプレヒコールをあげて歩く。こんな、全共闘世代みたいなことをやるとは思わなかった。金澤さんはスピーカーの声を全部復唱できず、さいごの「〜しろ」だけを楽しそうに叫んでいた。ぼくと保田くんも唱和するふりをして全然勝手な要求を叫ぶ。行進を見る世間の目は冷たいというより無関心で、確かに要求内容が多すぎるし手段に色がつきすぎている。川辺が金澤さんに偶然電話してきたのでぼくが代わり、今2人でアツアツだから電話するなよと言って切っておいた。駅前で解散。3人で100円シェーキを飲みながら(もちろんぼくは奢らせた)、元の場所まで商店街を歩く。たまにはこういうのもばかばかしくて面白い。自転車で帰り、ネットをいじる。ダンカンの初監督作品がモスクワ映画祭に出品中で、そのタイトルが「七人の弔い」。初脚本作品が「生きない」だったから、またもや題は黒澤のパロディである。よもや何かを受賞なんてことにはならないだろうが、「生きない」のヌメッとした後味の悪さの独特さを思い出した。
 深夜にドライブ。いかがあらむ、つねならであやしうてものぐるおしき心地すれば、しずめむとて幼きおり住みしあたりでも眺めばやとてゆきいたりけり。廃校はともかく、たかが10数年でこれほどまで周辺が様変わりした小学校も珍しいだろう。南と西を田に囲まれ、学校に通じる車の通れる道は北と東の2本だけだったのだが、真横に幹線道路が延びて、学校の近所に「ヨークベニマル」と「セブンイレブン」とあろうことかファミレス規模の「村さ来」ができ、学校を取り囲むように分譲住宅を見越した道路が網の目に走り、以前からあった道路も拡幅して古い家を立ち退かせている。小さな土建屋が棲み分けするように土地を割りふられて看板を立て、夜目にも黒々とほじくりかえされた小山がうねり砂利道が途絶え、残されたショベルカーがきれいなオレンジ色で光っている。試しに、歩いて5分のところにあるナットウ(という仇名のぼくの親友)の家に行こうとするが、道すらわからない。途中のクマくんの家もマーボウの家もないのだから、辺り一面根こそぎ消えたのだ。
 と思うと、かすかに見覚えのある家が、空き地と駐車場と工事中の砂利道とコーンとA型バリケードと、いつできたか知らぬレオパレスの間にあったりして、それがまたやるせない。ついぼんやりと歩き過ぎ行き過ぎて大きな道に出ると、よく知っているが全然観たこともないし観たくもない全国規模のチェーン店の蛍光灯がデロデロと嫌らしく光っている。この辺に、よく遊んだ廃墟のボロ工場があったのになあ。だがぼくは別に、ノスタルジーなどやりたくはない。更地のあとにできた「匿名の有名店」よりも、よく遊んだ廃墟のボロ工場のほうがはるかに切実に今現在のぼくの問題なのだ。しかしこれは記憶に対する宣戦布告だな、と思う。暗がりの中で工事現場に1人で立っていると、戦渦の跡にいるような気がする。そんなバカなことを考えているうちに日が改まり、妹を迎えに車でしぶしぶ駅へ。aikoのコンサートを観に行ってきたとのことだが、浮かれ気味で腹が立つので余韻を消してやるつもりで
真心ブラザーズをかけまくった。「時間は進む 過去へは行けない everybody sings a song 」。記憶をめぐる戦いは、ようは当のおまえがしっかりしろということなのだから、人のせいにしてはいけない。

6月10日

 朝、家を出る時間がズルズル遅くなっていく。以前なら青くなってもおかしくない時間に平気な顔で目覚め、電車の時刻ぎりぎりに駅に着く。朝の眠いのだけは相変わらず治らない。ひさしぶりに係長と窓口。さすがは腐っても金曜日で、ひっきりなしに客が来てトイレにも行く暇がない。機械的な仕事はいったんリズムに乗ると非人間的な心地よさがある、ヘタな物思いをする必要のない気楽さというか。遅めの昼休みに舞茸とぜんまいの天ぷらと蕎麦を食べた。昼過ぎから、予報どおりの雨。あわただしい雰囲気と物音が増し、客が持ってくる書類が湿ってくる。中には、あきらかに傘がわりにされたであろう無惨な書類も来る。
赤いつなぎを着た短髪のとっぽいねえさんに凄まれたせいか手続きをミスり、謝りの電話をかける。電話で謝りつつ並んでいる別の客にジェスチャーで対応、おれ仕事してるなという変な満足感がある。っていうか、ようは自分で自分の尻拭いをしているだけだけど。自販機にいったら、いつも飲んでいる「飲むヨーグルト」だけが売り切れていた。事務所に帰ると中村さんに、あなたが休むとみんなつまらないって言ってたわよと言われた。へまをするヤツがいないとつまらないという意味だと解する。雨が上がった曇り空に、パチンコ屋の新台入れ替えを知らせる垂れ幕のついたピンクのアドバルーンが浮かんでいる。佐藤氏と駅前の「村さ来」で一献。ビールをがぶがぶ呑み、焼酎のボトルを一本空ける。二人で話しこんだせいもあって注文がいいかげんになり、麻婆豆腐に豆腐サラダに豆腐という頭の悪いセレクトをしたことに、料理が来てはじめて気づいた。佐藤氏は仕事の醍醐味について語っていた。ワンマン課長に宴席で、こいつが今回のイベントの立役者だよと肩を抱かれて紹介されたり、広報でラジオに出たり、客に感謝されたりすることでやりがいを感じるとのこと。褒められるのと影響力があるのが仕事の大きな動機だというのは、よくわかる。ぼくも同じで、おだてられると調子に乗るタイプである。誰でもいいからとにかくおれらを褒めろ敬えたたえよという、見事な結論に達してお開き。
 連日の呑みにつかれて早く帰ろうとしていたのに終電までつきあってくれた佐藤氏に感謝しつつ、それでも呑みたりなかったので電話で川辺を召集した。アスファルトが雨で黒ずんでピカピカしている。護国神社の向かいのこじんまりとした赤提灯の居酒屋で一献。そこそこうまいだけに癇に障るカラオケオヤジが帰り、止まり木でおかみさんと、隣の席のつまみ枝豆に似た元ヤンキー風の客をまじえて四人で話しこむ。川辺の母さんが特異な癌にかかっており、家族の署名まで求められてモルモット的な治療を施されているとの話。その治療というのがもの凄く、癌の転移を防ぐために血中に金属のプラチナを流しこむのだそうだ。効果も定かでないし実験段階なので高価な治療費も病院持ちだが、想像を絶する痛みをともなうと言う。しかし川辺母は気丈なところがあるらしく、子どもに弱みも見せずグチも言わず、ただ楽しみも他にないのだからおしゃれなパジャマくらい買ってこいと、そのことばかり不満を言うのだと言う。そういう、聞いた相手が反応に困るような深刻な話を冗談めかさず真顔でして、共感をかちとる才がこの男にはある。同期の中ではぼく同様キワモノの部類に入れられているが、こやつの場合は屈託がないというかようするに直球すぎるだけであって、それをすれた連中が勝手な詮索をして魔球か何かのように勘違いしているだけの話だ。
つまみ枝豆も30代にして癌の経験者であるらしく、酒のせいか生々しく赤くなったいびつな手術の跡がなるほど首に巻きついていた。紹介状で行った国立病院で即座に紹介状を渡されがんセンターに回されたとか、涙が勝手にポロポロ出たとか、癌の子どもがいることに驚いたとか、そういうシビアな話を他人事のように淡々と語っていた。そういうドラマティックな話には、実際は情など入りこむ余地がないのかもしれない。叙事的というか、厳然とした事実が事実としてあるというだけのことであり、そこにヘタな解釈や慰みの言葉をはさむ気にもなれない。
 おかみさんが、子どもが無事でいてくれれば親はそれで満足なの、と月並みなことを言った。月並みな言葉だからこそ、いやに重みがある。酒のせいもあって、なにを食べて自分が何を話したかまったくおぼえていない。何を話しても恥ずかしい思いをしたろうから、黙っていたのではなかったか。コンビニで懲りずに酒をしこたま買い、川辺の下宿へ。大破したスープラのかわりに買った白いMR2に駐車場で乗せてもらった。といっても、エンジンを吹かせてもらっただけ。酒酔いで300キロなんて出されて、挽き肉にはなりたくない。下宿は畳の匂いがすがすがしく意外にきれいだったが、空き缶の入ったゴミ袋やETCや車の部品が無造作に畳の上に置かれていて期待を裏切らなかった。雑然と積みあげられた本をみてみるとすべて
株の本で、しかもこの20何冊はすべて仕事の関係で別々の人から譲り受けたものだというから笑える。偉くなるためには呑み代をまかなうために、株で年100万くらいは堅実に儲けなければならないとのこと。読む気もないからよかったらあげると言うので、いらねーよと言った。便所から帰ってくると勝手に寝ていたので、ぼくも勝手に布団をしいて横になる。いつのまにか自分がコンタクトからメガネに変わっていることに気づいた。

6月4日

 あれよあれよといううちに、はや6月。やばいよなどと言いつつ昼の1時ごろ起きる。昨日の明け方まで、グローバルとコミュニケーションについて身ぶり手ぶりをまじえて熱く語る矢沢永吉などを観ていたのが悪かった。「イエスタデーセイムリズム?」、矢沢英語はけっこう外人に伝わってそうだった。ひさしぶりの家での休日。大岡昇平の生前のインタヴューをビデオからDVDに落とす。傲慢不遜の大岡が聞き役の澤地久枝といっしょに出征時を思い出して落涙している、映像ではすっかり好々爺だ。これを観ているとなぜか野村秋介のドキュメンタリーを思い出す。フィリピンで敵を前にして銃を撃たなかった大岡と、戦後のフィリピンで敵もいないのに虚空に銃を乱射してみせる野村。だからどっちがどうだと言う気もないがなんとなく、へーと思った。同じDVDに、9.11の直後のグラウンドゼロでインタヴューされている
版画家の大叔父さんを落とす。都市の崩壊と再生をテーマにニューヨークで長年活動している人で、超高層ビルがぽっきり折れた絵などを発表していたのでNHKの特番で呼ばれたという話だった。人ではなくあくまで都市の生死に興味があるらしく、沈痛な面持ちのインタヴュアーをよそに憮然としつつもワクワクしている様子がみえみえで、こういう人が身内だとなんだか嬉しい。
 犬の散歩に行ってから、借りてきた羽生生純の「恋の門」1、2巻を読んだ。パロディではなく、2人とも大真面目な純愛同棲漫画なのだがそれだけにバカバカしくていたたまれなくて笑える。それにしても、2人を取り巻く「コスプレとかコミケとか格ゲーキャラとか萌えとかまんだらけとか、そういう系の人々」の生態描写がすごい。肉厚な線にそやつらへの作者の憎しみがたっぷりとこめられている感じ。カレーを食べてアサヒの黒生を呑んでから、グインサーガハンドブック3を読む。グインサーガではおなじみの、田舎町で居酒屋を営むゴダロ一家をとりあげた短篇「アレナ通り10番地の精霊」がよい。市井の人々に起こる小さな怪異と、ほのぼのとした結末。本当に作者は、超特大大風呂敷を広げさせても巧いし、こういう山本周五郎めいた気の利いた小包をさせても巧い。あれ?、ええと、お、これはなどと意味不明なことを言いつつ、ついでに本棚の整理。ぼくの本棚の7割は漫画で見栄えが悪いので、そのうち何冊かは粛清せねばと思う(多分、横山光輝の「チンギスハーン」とかそのあたり)。再び犬の散歩に行ってから、妹が買っていた
「下妻物語」を観た。監督は、トヨエツと山崎努が卓球する一昔前のビールのCMのディレクターだった人で、CGやくどいカメラワークで日本のどこにでもあるダサい地方都市をこれでもかとツッコミを入れて描いていく。立松和平の「遠雷」以後、「日本の郊外」をこれほどきちんと描いた映画はない。というのは冗談ではなく、東京のパロディになった地方をリアルに書くためには茶化すしかないからだ。主役の2人がアナーキーで倫理的でかっこうよく、深田恭子の最後の啖呵なんて涙もの。けっきょく、こういう連中からしか「のっぺりした郊外」というか、つまるところ東京もド田舎もふくめて全土すべてが「のっぺりした郊外」化した日本を突き崩すことはできないのだ、などと酒の力を借りて大きなことを考えた。下妻がキャベツの産地ということもよくわかった。
 「ザ・セル」を観る前に一休みしようとTVのリモコンをいじっているとBSで、ロックバンドのKISSが好きなアメリカの高校生らがなんとかしてコンサートに行こうと奮闘する映画をやっていた。なんとなく観ているうちに話に乗せられて観終わってしまう。意外といい映画ではないか、70年代の「アメリカングラフィティ」と言ったら言いすぎだけど。そもそも、コンサートチケットが喉から手が出るほどほしいという気持ちを映画にしようと考えるあたりのバカっぽさが好きだが、そうした製作サイドのバカっぽさが全篇でキラキラしているバカっぽい映画だった。それでも不思議と下品にはなっていないのだなあ。明け方になってやっと
「ザ・セル」を観る。映画館で観て気にいってビデオで買ったのに、5年も観ていなかったという代物だ。やはり面白い。心理療法士が機械の力で他人の精神世界に入りこむという、筒井の「パプリカ」を髣髴とさせるアイデアなのだが、シリアルキラーの精神世界は初見ほどおぞましさが薄れ、石岡瑛子の衣装のせいもあって様式美さえ感じた。殺人鬼は分裂病という設定なのだからもっとハチャメチャデロデロな脳内世界に主人公をトリップさせればいいのにとも思うが、娯楽なのだからこの水準でいい。ジェニファー=ロペスが聖母ともいうべき慈愛に満ちた女を演じていて、魅力的だ。それにしてもトラウマというのは、ずいぶん便利な発明品ではないか。

5月19日

 嫌でも朝早く起きねばならない生活は、まんざらでもないのでないかと最近思う。夕方起きても何もすることがないあの何ともいえないせつなさのつづく生活を、ぼくはもう1度味わいたいとは思わない。でももう少し寝たい、と思いつつ高速で自転車を駆る。中学のときからの馴染みの道だが、なんだか自分だけ置いてけぼりにされたようで地元の馴染んだものが嫌なときがたまにある。今日は暑くなりそうだ。朝方、昨日残した案件をかたづけるためにほうぼうで謝る。謝りすぎてむしろハイになって窓口に出ると、今度は金を払う払えないの揉めごとが始まる。昨日とうってかわって気を使うことが多い。中村さんに、仕事ができる人のところに仕事は舞いこむのよと、揶揄をたっぷりこめて言われた。寝不足のどんよりした頭でまずい仕出し弁当を食べる。まずい。便所で顔を洗うために腕時計をはずすと、革の輪っかがとれた。2年目にしてもうヤワになってしまったか。午後も午後で混んだ。とにかく蒸し暑くてかなわない。夕方になっても蒸し暑く、そのくせコーヒー屋でキリマンジャロを飲んだ。ひさしぶりに新聞を開くと、
平岡先生が亡くなられたとのこと。1年遅れで卒論は担当してもらえなかったが、退官記念の講演に行ったことは良く覚えている。あれは確か5年前で、蝦茶色のスーツを着たエスプリ老野武士といった感じの人で、気どらずとつとつと語っておられた。さまざまないかがわしい快楽を回避するために必要な含羞の感性をもてとおっしゃっていたが、そういう感性をもつという高度な快楽を求めた人ではなかったのか。と、カッコいいことを思ってはみたものの、この人の小説はともかく、訳書はいまだ本気で読んだことがない。この年で、最近死亡記事ばかりが面白い。
 いとうせいこうの
「ノーライフキング」、読了。中学生のとき読んでピンと来なかったが、これはとんだ名作ではないか。ゲームにリアルを感じはじめた子供たちが、呪いのゲームの噂を信じることで現実に静かな恐慌をまきおこしていく。とはいえそれを批判的にみるのではなく、自分たちが「ゲームの主人公や登場人物と同じように、かけがえない命をもってリアルな世界で生きている」と気づいた子供たちの、現実への闘争開始の物語としたところが面白い。負けることのわかっているその闘争は絶望的で暗く、ある者はあえてそれを忘れ、ある者は自暴自棄になり、ある者は狡猾に呪いから逃れようと試みるというように、物語のラストは悲愴ですらある。でありながら、なにか神話のエンディングともいうべき神々しさも持ちあわせているのが不思議だ。せいこうすごい、せいこうえらいと言いながら帰宅。そういえば氏の「難解な絵本」という掌篇集も面白かったのを10年ぶりに思い出した。炊き込みご飯と味噌汁と味噌カツと煮魚。酒は呑まず、ひさしぶりにパソコンをいじってみる。「人生は拾い読みできるけれど、飛ばし読みできない」、確か平岡先生はそんなことも言っておられた。でも、飛ばし読みでもななめ読みでも、読まれないよりかははるかによいのだ(・・・日記も)。

5月7日

 11時ごろ起きる。100人1首の本を読みながら、鎌倉へ。「このたびは ぬさもとりあえず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに」は、今までずっと、紅葉の錦(テストの赤点の朱色が)紙の間に間にという冗談でしか覚えておらず、「まにまに」がお心のままにの意であるとはじめて知った。など、よくもまあ知らなかったなということが意外に多く、反省しつつのにわか古典愛好家気どりで鎌倉。満員の江ノ電で、とりあえず由比ヶ浜。2年ぶりの海だが、新鮮というよりは懐かしい。黒い浮きのように、あちこち浮いているサーファーが意外と多いが、海辺で遊ぶ人は休日なのにまばらだ。すぐに江ノ電で鎌倉高校前に移り、展望のきく
七里が浜に腰をおろす。陽は高く白く眩しいが暑くはない。ザザーッと音を立てて砂をしたたかに打つ波の音をゆったりした気持ちで聴き、投げられる木の棒を追って何度も何度も海に飛びこむ黒い犬を見てくつろいだ。弓なりに開けた青い視界の両端を、はるか遠くの岩場が閉じてぼくだけの海であるかのように思わせてくれる。砂浜の後ろの岩場に腰をすえて波の音を愉しんでから、ひたすらサザンの「海」を聴きまくった。地平線の、海と空の間(あわい)にある白く細長い光、あの誤差がいつもぼくにつまらない期待と妄想を抱かせるのだな、などとわけのわからないことを優しい気持ちで考えた。そのまま七里が浜を砂に足をとられながら横切り、腰越の岩場を迂回してからさらに江ノ島へ向けてずんずんと波打ちぎわを侵しながら進む。みんなが海のほうを向いているのに、ぼくだけハンペン砂に足をとられながら砂浜の弓なりを愉しみながら海を横目に進んでいく、ざまあみろ。もう、なにがなんだかわからない。
 花火の燃えカスやゴミがほとんどないので、鎌倉の海はきれいだった。江ノ島は以前いつ来たのか覚えていないほど昔に来たようだ。夕暮れの海の上の長い橋を渡ると、左はビール工場、右に見える競馬場。ではなくて、左には視界いっぱいにまたがる砂浜の弧の、向こうに連なる三浦岬、右はかなたに富士山、その足元にミニチュアのような烏帽子岩。烏帽子岩と富士山のセットを、船の上からではなく見られる場所があるとは思わなかった。一転して狭まった視界の中、江ノ島の細く蛇行する参道を辺津宮まで登っていく。途中の土産物屋で貝とハリセンボンを買おうかと思ったが、送られたやつが迷惑しそうなのでやめた。迷惑がらせてやりたいからこそ、迷惑なものを送ってやりたい気もするが、と一方で考えていると、迷惑、とかたわらのネコが言った気がした。前にドキュメンタリーでやっていたが、江ノ島には捨て猫が多い。薄暗くきつい勾配のつづく山道を登っていき奥津宮へ。亀を祀る社だというがかまわず拝み倒して、さらに曲がりくねった隘路を行くと普通の民家の集落があったので驚いた。観光名所の大きな岩の上に、住んでいるようなものではないか。登りきって反対側にくだる細い階段の先に、夕日を浴びた富士山が面白いくらい整った姿でポカっと顔を出した。ところがそんなことで感極まってはいけないくらいすごいのが
稚児が淵の夕景で、これはともかくすごい。眼下に・・・と説明を始めても言いつくせない。こういう時に「をかし」の1言でことたりた世界がうらやましい。「をかし」という言葉で表すべき美的経験を、読むこともふくめてひたすら重ねたことで、「をかし」という言葉自体がついには肉感を持ちはじめ、「をかし」という言葉が、それが指す具体そのものであるかのような感動を呼びおこしたにちがいない時代、そこに生きた人々。ぼくが「すげえ」とか「美しい」といっても、どうにもしまらないのだ。
 7時半という遅い日の入り、黒ずんでいく富士と浮かび上がってくる茅ヶ崎や藤沢の砂金のような夜景、何人かで来ていたどこかの大学生が、バイトの友だちの友だちがどうしたとかいう「白木屋」でする話を突然大声ではじめた。下道をくだったふもとの土産物屋で岩のりを買う。竜宮城のような小田急の駅まで歩き、乗りかえせずに新宿へ。中央線の東中野で降りて、北へ向かって歩く。「寿司屋のかみさん」のいる
「名登利」は、少し前にはありふれた商店街の寿司屋の感じだったが、改装して名前の看板だけ残した由緒ありげなおもむきになっていた。ビールのビニール旗は出しといてもよかったのにと思いつつ、落合の「多幸兵衛」へ。9時待ち合わせなのに10時半になるまで浜本は来なかった。お前は社会人か、その前にそもそも人間か、などと反省を促しても一生治らないので、別のことを何か話しつつ地下鉄で中野へ。
 北口の、キャバクラの呼びこみが道をふさぐ十二指腸のように入り組んだ路地のはずれにある、盲腸のように細長く止まり木しかない臓物屋のどんづまりで、とりあえず乾杯。どんづまりにある冷蔵庫から、自分たちでビールなど出して呑む。豚の内臓の焼き物を食べながら焼酎のホッピー割り、これが効いた。これからは中世の時代が来る、コミュニケーションのグローバル化はツールのグローバル化にすぎず、それは閉じられた共同体と階級を生む、などと辻説法のようなことを何度も繰りかえしていたらしく、浜本も閉口していたそうだがぼくはほとんど記憶になかった。夜中の山手通りをワンカップを呑みながら2人で北へ向けて歩いていき、途中でむかついて呑みかけのワンカップを道で叩き割ったことだけは少しおぼえている。中井にある浜本の新居。閑静な一角のデザイナーズマンションで、少し腹が立ったので塀で立ち小便をした。パロディにしかならないにせよ、無頼派ごっこはなかなか楽しい。どこへ越しても浜本の部屋はいつでも浜本の部屋で配置もふくめてかわりばえせず、そこが面白い。かわりばえせずカラオケへ行く。道も覚えていないし歌った歌も覚えていない。ふらふらなのにウィスキーを呑み、居間で
「すきやばし次郎」のビデオを観た。寿司か、いいな、食べたいなと思った。薄汚いお前が寝室で寝ると次藤さん(今日はいないが、浜本の飼い主)が怒るからお前はせまい居間で寝ろと説教していた浜本が居間で寝てしまったので、遠慮なく1人で寝室の床で寝た。へべれけだが悪酔いではない。

4月29日

 朝の6時まで、できるだけ人よりこっぱずかしい歌をチョイスして歌うというひねくれた後ろ向きのカラオケをさんざんやってバカ笑いした無駄な疲れが残ったまま、9時に起床。親父がいなかったので駅まで自転車で行く。昼食のかわりに駅蕎麦。水はまずいし蕎麦もまずいし汁もまずいし葱もまずい。長野の小諸で食べた駅蕎麦、うまかったなあ。車外の景色に目もくれず、「考える人」の伊丹特集を水増しした単行本をひたすら読みふける。品川経由で川崎。駅の西口にそびえる市が計画したミュザという箱物ビルで、小川さんの
奥さんのコンサートがあるのだ。家で寝過ごして遅れた小塚と、普段は市民の交流に使わる意外とこじんまりとしたホールに入る。小川さんが坊主になっていて驚いた。ピアノチェロバイオリンでシンプルに、前半は小品を6曲、後半はシューベルトの3重奏曲をやった。クラシックのコンサートは実に10数年ぶりで飽きないかと危ぶまれたが、ピアノのきれいなお姉さんのユーモア混じりの曲紹介のつなぎもあって楽しめた。小川さんの奥さんをはじめ演奏者の気迫が凄い。まるで客を意識していないかのように、もしくは意識することなど思いもつかないかのように、よい音をたぐりよせようとしているのか何かに敬虔に注意を傾けていて、目も楽譜の方向をみているに過ぎない。ポップスとクラシックの違いは、案外客に対するアプローチの違いにあるのではないか。
 演奏中はともかく3人とも求道者のようでいかめしく、客はひそかに行われた果し合いを盗み見るかのように、暗闇でのもののふたちの丁々発止をおのおののうちで響かせ反芻する。優雅でお上品と思っていたクラシックの、そんな予想外の真剣さが楽しかった。理性や秩序と熱情は相反するものではなく、あいまって高めあうものではないのか、つまるところ。悲しみも喜びも汲みとれる豊かな「朝の歌」の高揚、ヴァイオリンとチェロの掛け合いがジャズのようにアクロバティックで挑発的な「パッサカリア」、ただし後半のシューベルトはうたた寝してしまった。小塚はチェロを習っていただけあって、さすがにきちんと終わりまで聴いていたようだ。終わって、客をつかまえては話しこんだり写真を撮ったりとあいかわらずエネルギッシュな小川さんに挨拶にいき少し話しこむ。仕事で腹の立つやつをぶんなぐちゃいましたよといって、拳で軽く宙をきってみせた。相変わらずの稚気で、とてもうれしい。また呼んでくださいと言って辞し、スタバにパクリと訴えられた(という)エクセシオールカフェで一服してから電車で小塚の寮まで戻る。ぼくの希望を受けて、車で彼の会社へ。川崎の幹線道路にはやたらと街路樹が植えられており、バカの1つおぼえとバカにしつつもさすがに新緑のまぶしい季節、ひかえめかつ存在感のある葉の透きとおるような黄緑に目を潤しながらも薄汚ない川崎の街を縦断して海沿いの工業地帯に車は入っていく。会社の門は社員証がないと入れないらしく、ぼくは後部座席の後ろの荷物置き場に寝転んで毛布で姿を隠して門衛の目をあざむき、
スパイ大作戦のように彼の会社に潜入。
 ここがおれのいる事務棟だといってサティアンのような建て物を忌々しげに紹介してくれた。事務棟に比べて、広大な敷地に整然と配置された工場群があまりに大きすぎる。色とりどりのアルミの倉庫を、元が何であったかわからなくなるまで拡大したような感じ。国道のように幅広いのに車の1台もいない道の両側をツツジの植えこみが続き、ガスなどの白く太い配管がこっけいなほど頑丈な骨組みをしたがえて道沿いに張り巡らされ枝分れしどこまでも続いている。一般人通行不可の会社専用の海底トンネルをぬけると広大な人工島で、静かな夕暮れの無人の道路をゆっくり走っていると、突然遮断機のない踏切が鳴ってトレーラーがゆっくり横切ったりした。それ自体が一つのビルくらいの規模の配管10数本に巻きつかれた巨大な
溶鉱炉が水蒸気で見え隠れする。下に行って見ると、炉の下に線路が引き込まれていて、その上に乗った大きなお釜の上からオレンジジュースのような溶けた鉄が火花を散らして流れこんでいる。このお釜電車は湯気をたてながら実際ごとごと億劫そうに走るのだった。年中無休で操業しているはずなのに異様に静かで、巨大な鉄塊のたちならぶ夕暮れの廃墟のよう。爆発事故のあった現場や、防波堤の向こうのタンカーや、紅白市松模様に飾られた高層ビル級のバケツ状の建て物など見て、産業スパイのようにこそこそ写真を撮る。ブレードランナーとラピュタの世界を現代アート風にアレンジした奇妙な世界を堪能して別のゲートから出ると、隣町だった。家系ラーメンの港屋へ。統将がどうだとか醤油がどうだとか能書きがうるさいが、味はまあ普通。車で国道1号をのぼり、寮に車をおいて溝の口へ焼き鳥を食べにいく。カウンターに座ると前がアクリルの板で厨房が透けてみえた。あのデブが冷蔵庫を開けて皿にぶちまけた枝豆がこれか、などと勝手な悪態をつきつつビールを呑む。数人が一心不乱にてんてこ舞いで働いているのを肴に酒を呑むのを愉しむほどえげつなくもなく、なんとなく気まずい。
 そのあとは呑み代をかけた歴史クイズでマニアックに盛り上がる。イスラエルの初代大統領の名前がわからず、ピグマリオンとエンクルマを足して2で割ったものだというところまで記憶をたぐりよせたのだが降参、結局ベングリオンだった。ロンノルは出てきたのにキューサムファンを忘れていたことを悔やみつつ、場末の焼き鳥屋の煙臭いまま寮に帰る。寮とは名ばかりのリゾートマンションのようなしゃれたつくりで、生意気に中庭のライティングなどある。と思ったら、廊下の喫煙スペースに酒でくたくたになったヤンマガがあったりしてそのへんはしっかり寮だ。ごみためのような小塚の部屋で、
「神様の愛い奴」を観る。「ゆきゆきて神軍」で有名になった戦争犯罪告発人奥崎謙三の10数年ぶりの出所後を追ったドキュメンタリー。監督はじめ取り巻きたちが奥崎を先生先生とあがめ、小児性の狂人にかしずく映画かと思ってへきえきしていたら、左翼のヒーローである奥崎を徹底的にコケにして笑いのめしてやろうという魂胆だったようだ。嬲り者、という言葉が頭に浮かぶ。一昔前ならぼくもこの映画に快哉を叫んだかもしれないが、権威崩しというのに最近いまいち面白さを感じない。天皇を憎み軍隊を憎む奥崎が、まさに軍隊の力の論理をもって自身が天皇になろうとしていることに気づかない哀しみ(それをぼくは「ゆきゆきて〜」の原監督にも感じるが)、彼をいまだにヒーローだと思っている哀しみ、それを今さら茶化して面白がろうという哀しみ、要するにやるせなくてそのうえ下品なのだこの映画は。仕事をけがされたと思って怒りくるうSMの女王様の職業倫理と、奥崎「先生」をあがめるふりをしつつ、常の彼と同じスタンスでキチガイを冷ややかに愉しんでいる根本敬の視線だけが確固として印象深い、それだけの映画ではないか、などとうまくまとめているとすでに小塚は眠る体勢、ぼくもごみためにスペースを確保し、床に薄い毛布を敷いて寝ることにする。やはりクラシックはぼくには似合わないようだ。

4月24日

 昨日夜8時に仮眠して、夜9時に起きて遊ぼうと思ったら、見事に朝8時。快晴の休日に後悔たっぷりにさわやかに目覚め、稲庭うどんを食べながら「題名のない音楽会」などを観るさわやかで場違いな朝。車で、クリーニング屋と薬局に行く。切れた蛍光灯を買ったのだが家へ帰ってつけてみると、うちのはナチュラル色ではなくクール色だったので1色仲間はずれになる。新聞を見ると学研のおばちゃんリストラ、とあった。うちにも昔来ていたが、なんだかさみしいさしせまった話ではないか。でもあの「科学」という雑誌がぼくの血肉になっているとはいまだにとても思えないが。鶯などが鳴き交わし、枝垂桜が遠景に霞み、春真っ盛りといったなか車で駅へ。都会の家電量販店が駅前にオープンした影響で異常に混んでいる。駅前でのぶを拾って、石の資料館へ。とりあえず観光したいといって久喜くんだりから来たのだが、案内する段になってこの街に観光地がほとんどないことに気づく。道中、のぶが携帯のSDカードを出し入れしていて、ギアと握りの狭い透き間にそれを落としてしまったらしく、どうしてくれると怒り出した。落とした自分に対してキレまくっているのだと弁解していたが、なぜだか思わずこっちが謝ってしまった。
石の資料館はぼくもはじめて。石を切り出した坑内を暗がりを保ちつつライトアップし、演奏会や結婚式に使っているらしい。はるか上方の3角形の切れ込みから太陽の光が漏れたり木の葉の影が見えたりしているが、荘厳というのと少し違う。湿っていて寒くて少しまがまがしい。坑内というと語弊があるような、ほぼ平面ざく切りに石を切り出してつくった高さ30メートル広さ200平米くらいの巨大な空間に、迷路のように石の列柱や巨大な水溜りや立ち入り禁止の奥深い隧道をあつらえた感じでなかなか見ごたえがあった。家の塀に使われることが多いためか、そのまんまもろの形で石の塀と門と表札が突然洞窟の中に何の説明もなく展示されており、しかもその後ろは切り出したぎざぎざの石塊だったりするので不気味に笑える。地底で寒いのと、やはりSDカードが気になるらしく、肝心の招待客はうわのそら気味だったが。そのうえ車に酔ったらしく、外へ出て大きな石造りの観音の前のベンチで休みつつ近況を聞く。
 ここの桜は青葉が勝り、客はほとんどいない。友だちも多いし、こっちの1人暮らしにも慣れたとのこと、もとよりふてぶてしいやつなのでこちらもあまり心配してはいない。とはいえかなり落ち込んでいたので、市内を横断して線路の向こうの自動車関係の大きなチェーン店に行く。工員3人がかりでギアの周りのカバーと覆いをこじ開け、配線むき出しのギアの下部の、穴ぼこのいっぱいあるシャーシにつながる箇所をいじりまわすこと30分、結局見つからず、のぶもあきらめがついたようだった。見つからなかったからといって、
工賃を1円も取らなかった職人気質なカーキチっぽい工員の兄ちゃんたちに礼を言いつつ、しかしこいつは何を見学にこんなところまで来たのやらと横を見ると、車酔いしたと窓から首を思いっきり出している。このガキ!と思いつつ(はっきり言いつつ)市内を案内していると、家の鍵がないと言いだすのでさすがに笑った。車の中にあるはずもなく、電話で確認しても家にあるわけでもなく、荒れまくりあたりを蹴りまくりつばを吐きまくりおまけに誰かに喧嘩を売ってうさを晴らすと言いだす始末で、誰だろうこの人こっちに呼んだのと考えると、自分であった。基本的に喜怒哀楽のはっきりした珍重なやつなのだが、今日のところは「怒」しかないのでとりあえず大魔神を落ちつかせようとパルコの上で飯を食わせる。基本的に年下には先輩面できるし甘いのだが、さすがに今日は厄日だなと思った。まあ、やつにとっては度をかけて厄日だろうが。なんのかんので駅まで送ってやり、ぼくもヘロヘロで帰宅。
 なぜか妹にまで逆ギレされ、ヘロヘロかつにやにや自虐笑いしつつパソコンをつけると、ぼくのサイトの掲示板に到底許しがたい書き込みがされていた。さすがにキレた。今日のいろいろなトホホな伏線はあるにせよ、ひさしぶりにプッツンきた。思い入れのある人間の罵倒なら耳を貸す。思い入れのない人間の罵倒ならあざ笑って黙殺する。しかし、ここまで思い入れもなく冒涜的でありなおかつ鈍感なことを言われればいかに脳天気の俺とて許せない。気狂いのあわれなたわごととか、ネットじゃよくある無礼とか、そういう処世の大人びたかわし方でいなす気も毛頭ない。まがりなりも文学の(といって権威的なら小説の)はしっこのはしっこを齧ってきた者の中にそういう鈍感な(これこそ冒涜よりはるかに憎むべきだが)アホダラキョウがいることがつくづく情けない。ボケ、と言っておけばそれでおしまいだが、口のない死人を誹られてほっておくのも虫が好かない。気狂いに抗弁するのだから俺も気狂いに違いなく、そして、人の死になぜと疑問詞をつけること自体が気狂い沙汰に違いない。なぜなら、あらゆる人の死はナンセンスであり、言葉のたどりつかぬ奈落だからだ。されどわれら人の子は、それを無意味とかたづけることはできない、他人の死がわれらのうちなる奈落を照らすから。
 だからこそぼくたちは、興行面での失敗を思い悩み、だとか、不倫で追い詰められて、だとか、酒を呑んで自暴自棄になって、だとか、あろうことか「あんな死に様」などと、自分に都合がよいその場しのぎの使い古された動機づけを口走らずにはいられないのだ。もちろんぼくもそうだ。だがなぜ誰もが伊丹の死を、彼の外側にある言葉をもって片づけてしまうのか。生前饒舌だった印象の伊丹の周りを、蝿や蚊のように憶測と揶揄の饒舌が取り巻いている。そして当の本人は、ニヤニヤ笑いながらその真ん中でおぞましくも貴重な沈黙を保っている、何と皮肉なことか。ぼくたちは作品に戻らなければいけない。そこに肉声はあるはずであり、謎かけの答えをほじくりださねばならない。もっと怒ってもいいはずではないか、ぼくたちは彼に見放され、そのうえ挑発されたのだから。世界は「けっっ!」と言われ見捨てられたのだ。その落とし前をつけるために、ぼくは彼の作品を観よう。そしてそれこそ、彼が「飛ぶこと」で望んだことなのかもしれないし。だがその前に、前哨戦として新潮社が最近出した
「伊丹十三の本」を観よう。あとは、DVD−BOX2箱を買うための金を工面しよう。決意と裏腹に、なんだかセコいことになってきたようだが。

4月14日

 会社に着き、3階のロッカーに荷物とコートを置き下へ降りていくと、課内の同僚がいっせいになんでおまえいるの?という目で見てきた。おりしも課長がうちに電話をかけようというところ。インフルエンザ2日目で出てきてはさすがにいけなかったようだ。せっかくきたのに詰られ、ふてくされる。これでオレがうつされてたら、ふざけんなって話だよと戸上さんに言われた。たしかに子どものいる家はそうかもと思いつつも、なんだか解せないとも思いつつたまっていた仕事をする。熱はほとんどなく喉と鼻水と咳だけなのだが、みんなバイキンを見るようにつめたい(っていうか、バイキンだけど)。結局帰れ帰れと言われはやされ、お昼に職場を出た。さわやかに晴れた昼間で、仕事をしなくてもいいやましさ晴れやかさとともに、悪いことをして放逐されたようないやな孤独感がある。土手の上の単線を走る4両の軽やかな電車にコトコト揺られていくと、アブラナの黄色が電車のスカートのように左右に広がっている。駅前の幼稚園の桜は盛りをすぎた。アネさんに飯でも食べないかと電話すると、今おっさんと中華食べてると言った。どの偉いおっさんかしらないが、当のおっさんを前におっさんはまずいだろう。仕方ないので
椎名誠絶賛という怪しげな居酒屋で、まぐろステーキランチを食べる。まぐろステーキはさておいて、店のおっさんが自分はどんな人か客に知ってほしくて仕方がないといったタイプの店。味噌汁は魚のダシでうまかった。インフルさんのせいか春霞につつまれているような妙な気分で支店へ行き、労働組合に書類とカンパを渡してから帰宅した。
 さすがに寝る気にならず、パソコンなどいじって在宅ワークをやっているつもりになる。外から子どもの遊ぶ声が遠く聞こえてきて、自分が実は引きこもりであり、この1年会社に行ってたと思いこんでいたのはあれは実は妄想?などとヘンなことを考え出す時分、アネさんから電話があり仕事ついでに本を届けに行くとのこと。1時間くらいしてから白い馬車ならぬ車でおはしました。傲慢で臆病で人見知りをするうちの犬に嫌われたと思いこんで、ショックを受けているアネさんが面白い。とりあえずダイニングのコタツでお茶を出してもてなす。茶碗(ぼくの妹の)のキャラクターが古すぎるわと、予想外な着眼点からチャチャを入れられた。「ホムンクルス」の最新刊を借り、長らく借りていたCDと本を返し、伊丹の「女たちよ!」とオザケンのCDを貸した。会社に帰らねばならず長居は無用御免とアネさんは車で行き、ぼくは犬の散歩。どうしてうちの犬はよその犬の小便ばかりなめるのだろう。ろくに仕事もしないのに鰻など食べ、借りたばかりの
「ホムンクルス」を読む。巻を追うごとにつまらなくなっていく。手術によって、目の前の人間の本性を奇妙な形として見ることができるようになった男の話なのだが、登場人物たちの奇形ぶりに慣れてきたというか飽きてきたというか。いやそもそも、「ビョーキな人間」というのに食傷気味なのだぼくは。個人の病理を武器に社会の病理を暴きだし揺さぶりをかけるという手口は、病理に対して狡猾になった社会に対してもはや効果が薄いように思う。ほら、トラウマだとかなんとか、うまい説明で丸めこまれるのがおちなのだ。それよりもぼくは、「すこやかなるもの」のほうに過激さと可能性を感じているのだがどうだろう(って、ぼくはいったい誰に語りかけているのだろう)。もちろんこの場合のすこやかとは、カッコつきの皮肉まじりの「すこやか」ではなく、本来的なすこやかさである。
 などと、自分らしくもない善良なことを考えつつ、「グインサーガ」の
100巻とハンドブック3の、あとがきなどを読む。何はともあれ100巻、何といっても100巻、感無量である。登場人物2000人、原稿4万枚1600万字、2600万部、でもってこの先200巻を目指すというのだから、文字通り「圧巻」である。うぎゃあ!ってな感じである。ぼくの生まれた年からはじまったこの物語にぼくがはじめて出会ったのは中学のときだったから、10年ちょっとのつきあいでしかないというのが意外でならない。なんだか本当に、この物語といっしょに育ってきた感があるのだ、寝物語されたわけでもないのに。グインの時間はたしかにこちらの時間と並んで流れていて、ときおりそっちの流れに身を預けられるということが、ぼくをどれだけ助けたかわかりはしない。お帰りといって迎えてくれたのは、いつもうつつではなく夜の夢ではなかったのか。夜の夢こそまこと。100巻がひしめく本棚の1角を見ると、なるほどこれはまことだと思わざるをえない。そしてその存在感は、凡百の小人がどんな難癖をつけようとも、作者の物語と言葉への愛情がまことであるとあかしだてている。200巻完結とすると(それ以上つづかないとすれば、だが)、そのときぼくは52歳。そのときぼくが、今日と同じ感想をもてているといいのだが・・・。「26年前━━私は25歳でした。いやもう26歳になっていたのかな。右も左もわからなくて、ずいぶんと人を傷つけたり、傷つけられたりしてわけもわからずやみくもに何かを求めていました。いま、それより賢くなっているとはとうてい云えないかもしれませんが、それでも人生は26年分、私にとって優しくなってきたような気がします。」作者のあとがきの1節である。

4月9日

 土曜の朝はたいてい2日酔い。あたたかく春めいた陽気で、自転車に乗っていても心地よい。クリーニングを出してから、桜にある空手の道場をさがす。雑居ビルの4階で、床も板張りでないしイメージと違う。別の道場を探して宝木あたりをうろうろする。自転車で小道に入ると、知っていたはずの近所でも知らない街のようで面白く、桜狩の要素も加わり1時間ちかくぐるぐる回っていた。TSUTAYAで再度地図を見たり、散歩しているおじさんに聞いたりしたがお目当ての場所は見つからずじまい、そのまま裏道を通って市立図書館へ向かう。未開通で工事中の道路との交差点で、視界がパッと左右に開ける。左のほうの道路で養護施設の子らが走り回って遊んでいた。両側を廃墟のような茶色の公営住宅にはさまれた広い未舗装の砂利道にたくさんの子どもと世話をやく1人の老人、なんだか核戦争後の近未来SFのような不思議な風景。元は汽車の軌道だった遊歩道を自転車で南下し、市立図書館へ。古典の勉強をするはずだったのだが魔がさしたのか乱心したのか、
「どんぐりの家」などという自分らしくないものを借りてしまい、3階の学習室で読んだ。耳が聞こえず知的障害もある人たちが成長し心を通わすという漫画。言葉があることを知り、学び、使うということのすごさをよく表している。とにかく泣かせるのだが、くやしいので泣いてやらない。街中へむかう途中、新川沿いの桜並木をひやかす。近所の連中の花見酒がひんやりとした夜気をとおして匂ってくる。官憲がしつこくスピーカーで路上駐車禁止を呼びかけていた。この、無粋者めらが。7時からかずきで小塚と呑んだ。小塚は実家の歯医者で、親父に歯の治療をしてもらいにきたとのこと、忙しいのか暇なのかよくわからない。とりとめない場つなぎのような会話に終始する。「血と骨」でビートたけしとのベッドシーンを演じたのは、鈴木京香だけでなく濱田マリもと知って驚いた。しかも股間にモザイクまで入っていたと言う。だって彼女、モダンチョキチョキズですよ、アシタマニアーナですよ。
 と、ここまで書いて、これってひょっとして、やつお得意のガセネタではないかという気がしてきた(今度観て確かめてみよう)。小塚はいつもの傲慢不遜さがうすれ、やや元気がない様子。中学のときの知り合いの菊池を呼んで、近所のパブで呑みなおす。1パイントのギネスのグラスを3人でぐびぐび。ますます不機嫌になった小塚が、カフェ勤めをやめてフリーでデザインをやっている菊池に、なんでもできると思っていい気になっている、おまえの結婚願望は強い(?)、などと相手にダメージを与えられるのかいまいちわからないカラミをはじめ、金を置いて中座してしまった。呼んでおいてそりゃないだろうとも思ったが、疲れているふうだったので2人でそっとしておくことにする。菊池とぼくという、本人同士でも苦笑してしまう不思議な面子で呑みつづけた。みっちゃんが女子高生との修羅場にこりずに浮気しているだとか(本人への電話で確認済み)、安藤が呑みのあとかならず風俗へ行くとか(確認するまでもなさそう)、工藤が梶と結婚したとか、中学の同級生の近況を聞いた。今度ぼくらのほかに小野里と大塚を誘ってご近所呑みしようと約して、散会。菊池はバスで帰り、ぼくは自転車で帰った。

4月6日

 年度末の反動でとてもヒマ。ヒマといっても何もしないわけにもいかず、書類に目を通したりするなんだそりゃ。敷地内の桜、去年は1日に咲いていたが今年はまだ咲いていない。とはいえ、この陽気ではそろそろ、という話が聞こえてくるくらいのどかである。昼飯は新採の櫛淵くんと蕎麦屋。すれてなく固くもなく気もきくし、仕事ができるようになりそうな人だ。窓口は暑いし空気がよどんで、意識が朦朧としてくる。そのうえねっちりもっちりした眠気が緞帳のように視界を覆う。帰ったら、鉄火場のような張りつめた忙しさ。竹澤さんに、気がきかなすぎるしそれを注意するのもいいかげんあきたと冷たく言われて眠気が覚めた。的を射ているのだが無性に腹立たしい。どうにも我ながら、打たれ弱くて参る。珈琲屋の2階へあがる階段の後ろをかがんでくぐった隅の席で、アイスティーを飲みながら新聞を読んだ。「文芸の風」というコラムに、老人「バトルロワイヤル」長篇小説を執筆中の筒井さんの発言が載っていた。年齢的にも最後のスラップスティックということになるのだろうか、はやくあの懐かしい過激さを味わいたいものだ。今年はじめてコートを脱いで自転車のカゴに入れて、帰宅。
 カレーと肉まんとパイナップル(なぜか一瞬、「部屋とYシャツと私」を思い出した)。テレビで新ドラえもんの声をはじめて聞く。声優には悪いが、今日をドラえもんの命日にすることにした。面白きこともなき世を面白くするネットニュースが、今日はなかなか面白い。イラク暫定政府の大統領にクルド人のタラバニ氏、クルド人がイラクの大統領・・・クルド独立を望まないアメリカや周辺各国の思惑が見える。各社の歴史教科書から、戦時下の日帝軍の、事実関係の定かでない犯罪的行為に関する記述の大幅な削除もしくは修正。朝日の記者が歯噛みしているのが目に見えるようで痛快このうえない。都立大学を編成した首都大学東京が開校。「どこの大学いってるの?」「東大」、やっぱこうなるのだろうか、あるいは通称首大(くびだい)、これはちょっとイヤだ。モナコの
レーニエ3世が死去。法王猊下につづき大公殿下、どこかで聞いた名だと思ったらグレース=ケリーの夫がこの人であった。酒を呑みながら「こち亀」を読む。日暮くんだけでなくロボット警官の丸出ダメ太郎と度怒り炎之介と江崎教授が出てきて、とてもお得。・・・なんか最悪な生活だな。

4月4日

 ラジカセなどを乗せている白い移動棚の上に「こんな会社はダメになる」といった題の新書が乗っていた。30年くらい前に出た本で、人事評価の良し悪しについて書かれている。さりげなく棚の上に乗せられているうえに、しかも自分にとって何の益にもならない本。親父の新手の嫌がらせか。春だというのにあいかわらず寒く、半コートの内綿がいつまでたっても取れない。ぎりぎりで電車に乗りこみ会社へ。係長の親が亡くなったとかで、急遽窓口に出る。同僚の身内が死ぬと、課内で香典を出したり通夜の手伝いに行ったりするらしい。中村さんが休みをとって係長の家まで行った。窓口は史上最悪の閑古鳥、お茶っぴき状態で、転職気分が一気に燃え上がった。カズマさんが勤務中なのに、
「オッパイパブ」の仕組みを真顔で江口さん(♀)にレクチャーしていた。昼は歩いて「仲よし」で蕎麦。午後も似たりよったりの状況だったので、改めてマニュアルを1から読み直す。1年前にまったくわからなかった用語や、面倒くさい権利義務関係がすんなり読みこなせるので、ちょっとうれしい。問題は実車で、それが大体いつごろの車か(とくに外車)というのがいまいちわからない。まあいいや。結局係長の家の葬式には下っ端ということもあって参列せず、ドトールでカフェモカを呑む。「方丈記」、読了。中世の仏教というものがよくわからない。昔の人がすべて信心深かったというわけでなく、ときに仏教は娯楽であり若者の風俗であり、行楽のおまけであったりする。すべてが来世信仰ではなく、現世信仰あるいは来世での現世的な成功を祈願するという節もある。長明にとっての仏教というのもどうも胡散臭く、必ずしも教義の受け売りではない気がする。なんというか、仏教というエクスキューズにかこつけて、奇特な1つの態度を表明したような不遜な感じを受けるのだ。最後にそれに関する自己批判まであるのだが、やはり面白いのはそれより前の独自の生活態度である。この生々しい個は、近代的な意味での個とどこがどうちがうのか。
 よくわからないのでパルコに行く。春もののシャツをさっと見て回り、紀伊國屋で「毎日かあさん」と「こち亀」と「GLOBAL GARDEN」の最終巻と、河合隼雄
養老孟司筒井康隆共著の「笑いの力」を買う。近代的な個が聞いてあきれるラインナップ。「こち亀」は日暮くんが四年ぶりに出るとかで、ぼくも買うのは四年ぶりくらい。寒い中爆走して帰る。チンジャオロースとキムチと味噌汁と鯵の開きを食べて、車で酒の買出しに行く。オールモルト1200円は安い、しかもうまい。ニッカは売り方が下手、しかも無駄なプライドがありそう。CMだってもっと、ツーカーぐらい開き直ってもいいはずだ。最近無駄に腹立たしく、なんで腹立たしいかわからないことに腹を立てるといった悪循環で困る。かと思うと妙にびくびくとして、余計なことに過敏になる。ようするにあれだ、肝っ玉が小さいのだ。丘を車で登り、市内が遠望できる頂上の仏舎利塔で1人で涼む。粉みたいな釈迦のお骨が収まっているわりにはあいかわらずの威容で、照らされていないのにたまねぎ形の白い建造物がうっすら白んでいる。丘陵地をぐるりと回って降りていく。FMで流れていた森山直太朗の「桜」が、みょうに染みた。コンビニの駐車場からタケに電話、新婚家庭に新人が加入するご予定はあるのかとたずねると、いやないんじゃないとそっけない返事が返ってきた。油とり紙を買ってとっとと帰った。

3月20日

 1週間ちかく風邪でへばっていたこともあり、ひさしぶりの日記だ。書く訓練、1日を忘れずに記憶する、読んだ本の感想などを交え1日を軽妙にまとめあげる、そういう目論見ではじめた日記だったが、2年間もつづけるとさすがに飽きがくるというのもある。自分にたいする飽きというやつで、生活も意見もだいたい同じじゃんてなわけ。それでもこの2年で、描写が細やかになって文章にリズムと「こし」が出てきたとうぬぼれてはいるのだが。九州で地震が起きたらしいと言われ、カーペットと敷布団の間で寝ぼけ眼で体を起こす。末永と浜本と3人でひさしぶりに明け方まで呑んでいて、浜本の家に泊まったのだが掛け布団がなかったので敷布団で寝ていたのだった。末永の実家の九州が震度6とかで、だいぶ焦っていたが家族も無事のよう。敷布団のすまき効果のせいか2日酔もそれほどひどくなく、昼飯を食べに表へ出る。3月も下旬なのにこの後におよんでまだ肌寒い。末永の顔が宿酔でむくんでいる。府中街道ぞいの
華屋与平衛。休日の郊外の家族づれの楽しいランチといった雰囲気の中で、迎え酒を呑む。鴨せいろうどんとコハダとアナゴ。浜本いよいよ7月に入籍予定とのことで、さすがに感無量。末永も地元の彼女とうまくやっているようで、ぼくだけ取り残され感がする。みんな家族ができたら今までのように呑んでいられなくなるだろうし、行く末ますますお寒いというわけだ。
 バス停で末永を見送り、浜本と向ヶ丘遊園の駅まで歩く。何もないとわかっているからこそ何かあると信じたいのであり、しかし信じることがこの地べたの何もなさから離れて1人歩きすれば必ずあやまつ。それをぼくらは歴史の上からいやってほどおりこうに学んできたのだが、信じることはつねに地べたを疎み、美しく傲慢に過激に燃え盛り昇っていくものだということ、その力の強さと御し難さをぼくらは前もって学べない。川崎市政はどうなっているのか、駅までの道は中途半端な区画整理でめちゃくちゃだった。まあ今度来るときは、浜本が中井に引っ越してからだろうし、この街に来ることも2度とないだろうけどね。急行で新宿。東口の、昔からある感じの薄暗く紫煙もうもうの喫茶店で読書をしながら時間をつぶす。伊丹の「問いつめられたパパとママの本」。空はなぜ青いのとか、テレビはなぜ映るのとか、子供のしそうな素朴な質問に伊丹が毎回楽しくわかりやすく答えていくというエッセイ。ためにはなったけど、別に伊丹が書かなくてもいいような気もする。
 時間になったので、武蔵野館で塩田明彦監督の
「カナリア」を観る。オウムに似た教団ニルヴァーナから児童相談所に保護されていた少年が祖父の家の妹を連れ戻すために脱走し、少女と出会い成長していく話。最初の20分くらいは冗長だし演技も臭いしでどうなることやらと思ったが、りょうが出てきたあたりから面白くなってきた。教団も夢ではなく、もうひとつの現実に過ぎなかったという兄貴分の元信者の告白、うさんくさいアホ教団であっても入信したくなるほどしょうもない外の世界で、それでもどっこい生きていかねばならないのは元信者だけでなく、口をあけてマヌケ顔でスクリーンを観ているぼくらでもある。ミスマッチに思えるエンディングのラップの猥雑さが、物語をめでたしめでたしのメルヘンに落としてしまわないいい効果をあげていた。ただこの「カナリア」という題名は良くない。有毒ガスをまっさきに感知して死んでしまうカナリア(オウム事件のときもガスの探知機がわりに使われていた)に、社会のさまざまな病理に降りまわされる無垢で繊細な子供たちをたとえてつけたのだろうが、主人公の少年少女にそれはまったくあたらないからだ。2人にはこちらの現実にも教団の現実にも染まらない、野人めいた強固な倫理がはじめから備わっており、よいものを目指し忌まわしいものを拒もうとする鋭敏なアンテナと裸足で疾駆するような生命力がある。それこそが見所だし、ぼくはそういう、文化に親しみ教育される以前に人がもっている「美を求める心」とでも言うべきものを信じているのでこの映画は我が意を得たりという感じだったが、それはまあちょっと我田引水であろう。
 映画のあとで街を歩くときの異和感が好きだ。丸の内線で霞ヶ関に行き、日比谷線に乗り換える。後で気づいたのだが、今日は地下鉄
サリン事件からちょうど10年目であった。「カナリア」を観たのも霞ヶ関駅を通ったのも事件があった当日だったとはつゆしらず本当に偶然なのだが、それもあまりにできすぎた話で、無意識にサリンのことが頭にあったのかもしれない。日比谷線で北千住まで行き、東武に乗り換える。青木淳悟の「40日と40夜のメルヘン」を読んだり、焼きそばパンを食べたりした。「40日〜」は奇妙な味わいのある小説、ただ、保坂和志が絶賛したような精緻な数字のからくりに最後まで気づかず、そもそもなんで題が40日なのかも解らなかった。はいじまみのるというふざけた名前の作家の書いたとされる中世の修道院が舞台の幻想小説と、「わたし」のとらえどころのない生活が奇妙に重なったり離れたりし、そこに「わたし」が書こうとしているフランスのメルヘンの構想が混じってくる。スーパーのチラシであれなんであれ、紙に書かれたものだけを信頼する「わたし」の姿勢がおかしなほどまじめな語り口によって読み手に伝わり、それゆえ「わたし」が何度も書き足し書き直すことで完全な1日を再現しようとしている日記や、はいじまみのるの小説、チラシの後ろに書きつづけているメルヘンが実際の現実のチラシと同じような存在感を帯びてくる仕組みになっている。舞台が下井草なのだが、井荻とか田無とか西武新宿沿線の懐かしい駅名や様子がいくつか出てきてそういう意味でも楽しめた。終電に乗り継ぎ、なんとか地元に着く。深夜に犬の散歩。遊んでいる土地に植えられた背の低い桜の木々に、ほの白い花がちらほら咲いている。気温はまぎれもなく冬なのだが。

3月8日

 1月くらい前にもらった花がまだ咲いている。切り花がこれほどもつとは思わなかった。ひさしぶりにサザンを聴きながら、通勤。折り返し始発になる電車に発車まで居座っておしゃべりしている女子高生がいるのだが、いつも男か食べ物か友だちの悪口の話しかしていない。関係団体のミスのせいで細かい数字の仕事が長引く。昼に新聞で、ライブドアとフジテレビによるニッポン放送株の奪いあいの成り行きを見る。フジテレビなんてどうせ面白くもないし、ホリエモンが好き勝手やって、めちゃくちゃにしてくれたら面白いのにというのが外野のぼくの考え。今月かぎりのバイトの須永さんは上品なおばさん、柳沼さんは生気のぬけた感じの人。人が、特に知らないヒトが近くにいると動悸がするようになった。神経が細やかになったのではなく、アレルギー的に無駄に過敏になっただけ。外に出ると暖かい。夕方、あわい桃色の夕日のせいでことさら春めいて見える。サザンの
「吉田拓郎の唄」、いまさらながらいい。少し遠回りして、川沿いの道を自転車で行く。CDで、宮崎駿の「雑想ノート」という、物語のあらすじや説明のメモ書きの入った画集をラジオドラマにしたてたものを聴く。つまらない。佐野史郎が1人何役でがんばっているのはいいのだが、話が説教臭くてつまらない。CDを中原中也詩集(朗読、風間杜夫)に入れ換えて、犬の散歩。市立図書館でいろいろ借りてきたのだ。妹が作った野菜ぶちかましカレーを食べてから、珈琲館へ。
 1000万はする白いベンツがとまっていたのでもしやと思うと、やはりヤクザが来ていた。若いヤクザは姿勢がいい。「更級日記」と伊丹のエッセイ「女たちよ!」を読む。伊丹のエッセイは読者との距離感が絶妙。話に興が乗ったり読み手に同意を求める段階になると語り口が口語になって、ね、ね、という感じになるのだがすぐにそういう馴れ合いを拒むようにサッと自然に身を離してもとのクールな立ち位置に戻ってしまう。伊丹ってそういえば、京都出身だったのだ。帰宅して、新しいパソコンになって懲りずにまたはじめた「信長の野望」のつづきをやる。弱小大名もなんとか覇者の位に行き着いた。とはいえ今回は混戦で、上に織田大友上杉と3人も天下人がいる。塚原さんからメールで、BSの「恋愛小説家」見逃しちゃったとのこと。前もって教えてあげればよかった。のぶからひさしぶりにメール。大学受かってこっちに来るということで、今度呑もうと約束する。107歳が風呂場で死んでいるのを1週間ぶりに発見したとのネットニュース。ちょっと、想像してしまった。

3月1日

 昨日見た事故現場に黒いタイヤ跡とガラスの細かな破片が残っていた。信号のないここの交差点は事故多発地帯でぼくは3度事故を目撃したが、今回のように車がカブトムシのようにあおむけにひっくり返ったままで、しかも警察が来て実況検分をはじめているのに、中の人が助けだされずほっぽらかしというのははじめて見た。しかも中の人はシートベルトで吊るされた逆さまのまま、バッグからペットボトルを取り出して飲んでいる。確かにのどは渇くだろうが。不思議なことに、警察も通勤通学の人も事故車を見てみぬふりをしているかのように見えた。で、今日はそんな珍事もなく、無事に職場に到着。窓口はガラガラで、時間を持て余し気味で、黄色いハマーが珍しいね、などとのんきなことを言っているうちに、昼。弁当を食べながら、ネットで昨日のアカデミー賞の結果をチェックする。デップもデカプリオも賞を逃し、フリーマンとイーストウッドはよかったねという感じ。演技賞で黒人系の受賞が多いのは政治的な配慮もあると思われるのだが、賞の政治性というか、あげて面白いやつにあげようというお祭り性は嫌いじゃない。午後はなかなか混んできた。朝方はかなり鬱で人当たりも悪くなりがちだが、この時間になってくると少し気持ちが和らいでくる。ともかくぼくは、つまらないことにカリカリびくびくしすぎなのである。
 帰路、綿菓子を引き千切ってぶちまけたような空いっぱいの雲に、ピンク色のはでやかで壮麗な夕映え。こいつが今日一番の拾い物なのだから、なんともやるせない生活である。ブラジルコーヒーの2階で、新聞とジャンプと信長の漫画を読む。両さんは
1億3千万冊突破したとのことで、国民が1人1冊以上持っている計算になる。池上遼一の信長は背景か何かを無断で模写したと指摘されて10数年前に絶版になったものを、メディアファクトリィが復刊したとのこと。道中の籠の中で白昼何やらいたしたりするのだが、池上漫画らしくあくまで目元涼しげな信長が活躍してなかなか面白い。馬ならぬチャリンコを駆って帰る。糒(ほしいい)と濁酒ならぬ、エビスビールとカラムーチョを買って、こりずに家で信長のゲームをやる。ただし弱小好きなので、信長ではプレイしない。

2月26日

 昼前に起き、車で駅まで送ってもらい、快速で都へ。快速とはいえ新幹線と比べられるべきもなく、トイレでコンタクトを入れてから長々と移動書斎を楽しむ。講談社現代新書の「プロ家庭教師の技」。インタビューをまとめたような本で散漫だが、低収入の仕事でここまで熱心にやるのかという実例がいくつか載っており気圧された。不登校のころから面倒をみてやっと高校に通えるようにしたのに生徒に退学されてしまい、学習指導も中断したと思ったら数ヵ月後に大検に向けた指導を頼まれるが受験に落ちてしてしまい、浪人生活に入ってなお二人三脚をつづけている、とか。少数とはいえトップクラス年収1500万、時給1万円っていうのもすごい。自分の日給を考えお寒い気持ちになっているうちに電車は薄暗い荒川をごうごうと渡り、赤羽に着いた。地元と同じくらい寒い。乗り継いで新宿の冷たい雑踏をぬけ、京王で初台へ。ひさしぶりなので出口を間違え、階段を上がると
オペラシティの真下だった。ハマモトに電話を入れると待ち合わせ時刻にちゃんと来ている。青天の霹靂万物流転驚天動地死屍累々、よくわからないがとても驚いた。新富。今年90になるみっちゃんは背がピンとして矍鑠としており、ここでは時間が逆行さえしているようだ。すべてがやわらかい。オサさんのセーターをほめたらハマモトに、ぼくが女の服をほめるなんてと驚かれた。ぼくだって変わっていっているのだ(中身はともかく、処世の進歩の点で)。コハダ巻、白魚、コハダ、尻尾を切ったアナゴの腹、サヨリの刺身、サワラの子のサゴチ、えびの白味噌汁、前もって注文しておいた煮蛤のにぎりとマグロのカマの焼いたもの。このマグロのカマが格別うまい。歯を使わずに口蓋と舌先で身を崩して食べられるほど柔らかくてジュウシィなのに、油に嫌味がなくほんのりとした上品な甘みと存在感のある虹色の香りが口中でうずまく。聞いたら、にぎりで出すカマを原価でサービスで出してくれたそうで、どうりでうまいわけだ。カウンターで合席になった自称元ヤクザの現飲食店「顧問」から殴りこみやみかじめ料の、あっさりとしているとはお世辞でも言えない話を聞いているうちに、おあいそとなった。
 寒々とした商店街をぬけ、オペラシティの真下のHUBで煙草を吸いながらギネスとラム酒。心地よかったが何を話したかは忘れた。乗り継ぎ乗り継ぎし、満員の各停電車でこの前来たときはなかった高架上に新設されたいくつもの駅をすぎ、12時過ぎに向ヶ丘遊園。お熱い間柄のお二方のお住まいにお邪魔するのはたいそう気が引けるのだが、実はぜんぜん気が引けていないので平気で夜分に行くのだ。近所のセブンイレブンで高い缶ビールとブラックニッカと、「うまい棒」の詰め合わせ。うまそうなステーキ屋もあるし、引っ越すのがややもったいない住環境である。「うまい棒」のバラエティとうまさを再確認しつつ、部屋でやすきよ漫才と伊丹の「タンポポ」を観た。オサさんはパワーポイントで、バイト先の大学の資料作成をしていた。何度観ても「タンポポ」は飽きない、黒田福美のヌードはあるしノッポさんはホームレスだし。でもなんというか、蓮実重彦はじめ伊丹の映画が「当て込んでいる」と感じて批判する人の気持ちが今回少しわかったような気がした。「ね、ね、わかるでしょうわかる人には」、という巧みさ、高慢さ。それが見えすいてしまう、人懐っこさ。でもまあ、そんなことどももどうでもいいと思い、オサさんの邪魔をしないようにという気もあり近所のカラオケへ(ついでに行きたかったラーメン屋は、やっていなかった)。こっそり缶ビールを持ちこんで、2時間のお金で3時間半くらい歌いまくる。さすが川崎は煤煙のせいで店員の頭が寛容にできている。人生は過ぎて僕の手に負えない。「・・・ミュージシャン 長生きは辛いことじゃないはずよ」。いや、ぼくはミュージシャンではないし、ましてそんなことを言ってくれる女の子がいるわけでもないのだが、中島みゆきの
「ミュージシャン」を歌った。汚い階段をのぼるとそこそこ明るい夜明け。広いとおりに、大きなコナカばかり目立つ。ハマモトはこの後におよんでラーメンを食べる気らしかった。

2月25日

 この後におよんで夜半に雪。今年の冬野郎は懲りない、寒さが和らいできたと思ったらこれだ。朝は雪がやんで曇りだったが、あいかわらずひりひりする寒さ。金曜というのは土日の休みを盛りあげるためのおまけである。そういう半端な気持ちでいられるほど月末しかも年度末の窓口は楽ではなく、応援で10時に呼ばれてからメシの時間になっても客足は途絶えなかった。修練していくうちに、考えなくても言葉が自然に出て手足が先に動くようになってきたのがむしろ面白い。歯車になる面白さもあるということに、この仕事ではじめて気づいた。力を入れるでもなく抜くでもない状態。興に乗ってくると、客が途切れると逆に疲れる。昼は蕎麦。午後の部はさらに容赦ない混みぐあいで、係長と2人というイレギュラーで奮闘していたが、行列ができているうえにお馴染み業者の「新車爆弾」が炸裂しギブアップ、戸上さんを応援で呼んだ。3人でももてあます客の数で、壁1面の大窓の外は曇天の下に車の山。山というのは誇張ではなくて、遠くにカーキャリアが何台もあって車をでこぼこと何台も乗せているのだ。とはいえ怒鳴る客も揉める客も変な車もなく、無事に終了。週末月末年度末の3重苦にこんなに早く帰れるとは思わず、拍子抜けしながら帰る。駅前のパチンコ屋にたくさんの車が止まっていた。ライトアップされたきついピンクのアドバルーンが、車が静かに犇く荒野のような広い駐車場のうえに美しく浮かんでいた。だいぶ陽が長くなってきたなと思う。呑む約束もしていなかったのでとりあえず「なか卯」で豚丼と子ぎつね。汚ないおじさんが1人で誰かとお話をしていた。アーケード街を逆走し、ヒカリ座へ。
 地下のそこそこ広い映画館で、
「ネバーランド」。中学のとき友だちと「インディペンデンス・デイ」を観に来たおりは熱気むんむんの大混雑で、1番前で画面の大きさに辟易しながら見上げてみていた記憶があるが、こうして10数年を経てまばらな客席に疲れた体をもたれかけて見ると、ほほえましいほど小さなスクリーン。だが、新宿のミラノ座みたいに大きければいいというわけではなくて、自分が消えて映されている風景そのものになれる、そういう「目とスクリーンの浸透現象」の起こりやすいスクリーンは案外このくらいの大きさがいいのだ。と、もったいぶってないでとっとと言うと、要するにこの映画、よかったのである。ジョニー=デップが主演でケイト=ウィンスレットとダスティン=ホフマンが脇を固め、過不足ない手堅い作りのヒューマンドラマ、「ハサミ男」デップ氏のアカデミー賞狙いみえみえ、といったらもう絶対敬遠球なのだが、気まぐれでも観といてよかった。信じればきっとかなう、大人は子供の心を忘れている、芸術家は子供だ、金持ちは鈍感でバカ、誠実さは人を動かす・・・そういった、ひねくれものには耐え難いような「お約束事」を、いい映画ははじめて発見された真理のように色づかせ輝かせてくれる。直球ど真ん中フルスイングホームラン、ハリウッドは捨てたものではない。しかしなにより話の中心にいるジョニー=デップのアクというかひねりが、そのほかの「まっとうさ」を賦活させていることは間違いなく、この人はやっぱり今年のオスカーではないか。「LION’S HEAD」でギネスのハーフ。真心ブラザーズを聴きながら帰ろうと思ったら、昨日充電したばっかりなのに電池切れになった。やっぱり冬は熱燗にかぎる、音楽なしでギネスじゃちょっと酔えない。

2月21日

 昨日の深夜に降っていた雪もやんだようで、穏やかな晴れた朝。窓口は月曜日だというのに意外と混んでおり、お金を貸したり金額を間違えて客に指摘されたりいろいろと神経を使う。ぼくのペアが誰かによって、団体職員の人がサービスで入れてくれるコーヒーの来る時間が違うことに気づく。係長といっしょだと、遅い。そんなことに気づくくらいだから、たいして混んでいなかったのかもしれない。昼に、コメントを差し控えさせていただきたくなるような仕出し弁当を食べながら、ネットニュースを見る。
岡本喜八といえば中学のころ、「EAST MEETS WEST」は最悪だとか友だちと茶化してばかりいた監督だが(愛着があっても茶化すのだが、この場合は本当に茶化していた)、高校のとき「日本の一番長い日」を観て以来、隅に置けない連中をしまっておく心の箱の隅に置いておいた。筒井原作の「ジャズ大名」に山口瞳の「江分利満氏の優雅な生活」、そういえばそもそも喜劇に長けた監督だったわけで、そのへんもしっかり観ておきたい。午後の部はさらに混雑。となりの窓口が機械の故障か何かで大行列になり、険悪なムードのまま客が流れてくるのビビッてしまった。ビビッても、いただくものはちゃんといただく。事務所へ戻っていらない書類を倉庫にどんどん運び、机の上の未処理事務をどんどん片付けあるいは明日に延ばし、とっとと帰る。
 暮れかけの夕刻に土手の上を走る電車にことこと揺られた。チャリでとっとと帰る。車で外出し、水餃子と焼き餃子を食べてから、明日のボーリング大会に備えて腕試しに家族でボーリング。性格同様、玉がよく曲がってよく落ちた。今日は誕生日なのに誰も何も言ってくれないので、自分から「祝いなさい」と関係各所にメールを出す。こちらからあさましくも催促する前にお祝いメールを出してくれたのは、アネさんだけだった。30歳に近くなっている自分というのがいまいちピンとこない。30歳になってもピンとこないのだろう。それにしてもぼくのセルフイメージはいったい何歳なのか。場面に応じてときに5歳だったり85歳だったりするのだが、冗談抜きで。最近アダモちゃんの島崎敏郎がよく夢に出てくるし、やっぱり頭の調子がおかしいのかもしれない。今日からまっとうになろう。

2月17日

 小中高校で警備員や警察の巡回をはじめる地域があるとの記事を、新聞の1面でチラッと見る。学校の風景も変わる。早い雪どけのおかげで、それほど危なげもなく自転車通勤。忙しくもないのに変な動悸がして落ちつかない。最近自分が、人との間合いをとるのが下手でかつ極端ということに気づいた。課長のいやみ1件、身障者の相談1件。田吾作の弁当はあいかわらずで、ウィンナーメンチカツ黄ばんだたくあん。中村さんに、最近の新人は酒呑む以外の遊びがないのと言われたが、そういえばそうかも。課内に竹澤さんと2人っきりになってしまい、電話と接客でてんてこまいになる。予定の電車に間に合わなくなり、駅まで年がいもなくダッシュ。届け物をしようと本店の別館に入ると、高校のときの日本史の先生に偶然すれ違った。斜視で口の端にいつもあぶくをためている老人で、カニ男と呼ばれていた。「蘇我稲目」と言うときに、独特のアクセントで「イヌアメ」とねちっこく発音していたのをおぼえている。とはいえ蘇我稲目が何をした人かは、忘れてしまった。
 無事に小僧のお使いを済ませ、図書館で新刊のチェック。新検索システムが導入され、ネットから予約ができるようになったのは良かったが、それすら遅すぎる。阿部和重の「グランドフィナーレ」が気になったが一気に読むには時間がなく、棚にある新書のタイトルを一気にざっと見る。岩波アクティブ新書というのがあり、高木ブーがウクレレの本を出していた。さすがアクティブ。っていうかそんなことより、岩波ははやく「ブッデンブローク家の人びと」を復刊しなさい。教育関係の新書を借り、ついでに古典でも読もうかと全集の棚をうろうろする。やはり「徒然草」からかなといつも思うのだが、ハードカバーで読む気もしないので後で文庫でも買おうと思った。自転車で北上し、支店の労働組合にも届け物。仕事のできない人はお使いでもしろということか。救急車のドップラー効果を確認しつつ、サンユーでオールモルト1200円の安さを確認しつつ、家で酒を呑み、みゆきのニューアルバム
「今の気持ち」を聴く。昔歌った歌の歌いなおし。「歌姫」に「はじめまして」に「土用波」に「怜子」に「この空を飛べたら」。ずいぶん気持ちにゆとりが出たような歌い方になっていた。「はじめまして」の、「はじめまして 明日 はじめまして 明日 あんたと一度 つきあわせてよ」の「あんた」が「明日」のことだと知ったのは、実は最近のことである。

2月13日

 わりと早く起きて、みかんと熱いお茶2杯。さすがに酒の顔を見るのもこりごりという感じ。地方都市特有の派手で清潔で日本全国どこにでもある郊外型大型店舗が両側に林立する無国籍無個性無文化のユビキタス街道を行き、銀行の駐車場で杉本をひろう。朝からあいかわらず煙草くさい。コーエーはオレたちが育てたなどと大きなことを言いながら東宝シネマズに行くと、なんとハウルの初回は満席。満員御礼で入れないなどということはこの街で暮らしてきて初めてであり、街中の映画館に肩入れしている、でも邦画に人が入ってほしくもあるぼくらとしてはうれしいやら悲しいやら。道を隔てたとなりの大型ショッピング施設の本屋で、しかたなく立ち読み。親切で小奇麗で色鮮やかで広くてそらぞらしくて、居心地が悪い。ちびっ子たちがアンパンマンショーを見ていた。おまえ包丁持ってあのあたりうろついてみろなどとブラックな時事ネタを言いつつ、1回のペットショップに犬を見にいく。2匹でぼくの月収くらいの値段の子犬しかいない。が、とてもかわいい。柴犬が変な洋犬を甘噛みしていた。ラケルというオムライス屋で、おこげオムライスとハンバーグを食べる。鉄板の上に乗っているからごはんがおこげになる、というふざけた食べ物。とりあえず映画を観るまえにその映画をけなしておくというのがぼくらの流儀で、というのもそのほうが予想外に面白くなる可能性がそれだけあがるからだ。1800円出して観るのだから、楽しさに貪欲になって何が悪い。満員の館内の特等席で
「ハウルの動く城」。懸念だった木村拓哉、臭くなくちっとも気にならない。美輪明宏にボケ老人をやらせるというのも、賠償千恵子に老婆と少女を1人で演じわけさせるのも英断である。魔法は制約の設定が抜群で面白く、中世ヨーロッパ風の色鮮やかな町並みや城はファンタジーの王道でありワクワクする。ラピュタを思わせる空中チェイスもある。
 だが観ている間、楽しみつつもこりゃやばいなと思った。というのも子供らの反応が今ひとつだし、大人も?と思っている雰囲気が館内にあったからだ。難しいというか、不親切。だいたい、展開と心情の変化が唐突すぎる。魔法で老婆に変えられた少女が感情により時々若くなったり老けこんだりするのも、主人公の一貫性がつかみづらい(というか、どうせやるならもっと醜い老婆と美青年の恋にすべきだった)。戦争への嫌悪と、愛という魔法による仲間たちの勝利という本来のテーマは客とパトロンの了解を得るための名目にすぎず、その貧弱な骨子に似つかわしくない天才的な豊富な着想が筋を無視して咲き乱れている。声は多彩なのに、言葉がないのだ。この天才の魔法にぼくは幻惑され、魅了された。テーマが死んでいるから、はじめて色や形や動きの面白さに人は注目する。それは皮肉ではない。ようするにこれは、宮崎駿の抽象画である。そう考えなければ、ハウルの行動なんてくだらなくて見るに耐えない。ソフィーが本当に好きかどうかすらよーわからんし、人殺しをとめるために平気で人を殺すし、悪魔に魂を売ったのに悪いことしてないしかといって良いことをするわけでもなし、荒地の魔女となんで仲が悪いかも不明、そのあとうやむやのうちに確執が解けているのも不明、なんで王宮から遠ざかったかも不明。ハウルは現代の若者だとかニートの象徴だとか、そんなバカなことはなく、これは性格の破綻でなく性格設定自体の破綻である。しかしこの映画は詩なのだから、ストーリーのことはとやかく言うまい。いや、皮肉でなく、ぼくは本当にこの映画に感動させられた。
 頭がしびれてボーっとし、そのせいかこのあと広大な地下駐車場で自分の車を見失い、30分近くも探しまわる羽目になった。2時半からの映画はあきらめ、杉本に謝りつつロッテリアでお茶を飲んで時間をつぶし、100円パーキングで車を止めて夕方に街中の映画館へ。がらがら。封切初日なのにぼくをふくめて客が3人。従業員は機械にお札を入れてチケットを買ってくれるくだらないサービスしかしないデクノボウだし、映画館なのに壷とか飾ってあってえせゴージャス気分。どうやら経営者が馬鹿らしい。こりゃ終わったなと思いつつ、映写室なみの小さなスクリーンで「サスペクトゼロ」。ベン=キングスレーが怪しく熱演している。不覚にも上映中少し寝た。要するに「セブン」みたいなサイコスリラーなのだが、さすがにそれでは芸がないと思ったのかいろいろなアイデアがあってなるほどと思った。直前に観たのがハウルなだけに霞んでしまったが、ひょっとして意外に冴えた映画だったのではないか、ネタばれしたからもう見ないけど。杉本に三国志貸せとおどして降ろし、車をふっとばして家に帰った。妹が作った野菜カレー。酒を呑む気にもなれず、風呂で念入りに歯を磨く。2001年に友だちと、現在の「損保ジャパン」美術館(旧安田火災美術館)へ行ったときに買った
「20世紀版画の軌跡展」を大変遅ればせながら眺める。時代を経るにつれて、他のやつに負けるわけにはいかない引くに引けないパンク野郎どものがまんくらべ前衛競争がエスカレートしており、ややあきれつつ観る。頭の中がいろいろチャンポンで酔った風になる。結局ハウルで何がすごかったかというと、犬の変な鳴き声をするだけのオファーを引き受けた原田大二郎ではないか。

2月12日

 パソコンが壊れたこととサボっていたことで、日記を20日も休んでしまった。おととしの9月から1週間以上休むことなくこつこつ続けてきたせいか、生活していると時折あ、これは使えるななどと思ってしまうのがわれながらおかしかった。昼に起きて、車。銀行へ行き、コナカでワイシャツを買い、クリーニング屋へ行ってからヤマダ電器に行く。お目当てのパソコンが昨日と比べて1万円も安くなっていたので驚いた。昨日の店員に聞くと、連休だからだと言っていた。同レベルのNECのパソよりも安く、CPUもメモリもHDDも性能がいい富士通のノートパソコンを買う。18万也。5千円分のポイントカードももらったので、前からほしかった「フレンチコネクション」のDVDをもらって帰宅。パソをいじり出すと歯止めがきかなくなりそうなので開封せずに物置において、録っておいた
「クレイマー=クレイマー」を観る。実は初めて。名優2人が良い脚本の調べにのせて、近づいたり急に離れたり優雅なダンスをしているようで軽妙であきない。ダスティン=ホフマンのダメ亭主がフレンチトーストを作れるようになったように、人間も少しずつ進歩しているという前向きな内容。2人の関係がちょっと良くなりそうなきざしがあるあたりでためらいなく終わるところも、エレベータの上がり下がりの比喩も憎たらしいほどうまい。「今でも愛してる?」「いや。きみはどう?」「ええ、愛してるわ。・・・・・・あなたも嘘つきね」なんて、小癪だねえ。うまいうまいと言っていると、サトちゃんが待ち合わせ場所からキレ気味に電話してきた。
 あわてて薄暗くて寒い中、自転車で出かける。「柳庵」に着くと2人はまだ来ておらず、やむをえず1人で予約席に座る。桃の節句の飾りが早くもしてある。アネさんが遅刻したらしく、ややあってせわしなく入ってきた。ゲストがホストをお迎えする会とはねとイヤミを言ったら、話をそらすようにプレゼントをくれた。アネさんは黄色と橙と、白地に淡い紅の春めいた花束と、チョコ。サトちゃんはビックリボイス。ビックリボイス、わざわざありがとうと言えるほどぼくも大人じゃないので何と言うべきか沈黙していたら、さりげなくもうひとつ小さな箱をくれた。燃えるような赤に、ざっくりとななめに透明の格子状の切りこみの入った切り子細工。冷酒でも呑みたくなる、オツな贈り物である。そのかわり、
ビックリボイスのヘン声で料理注文しろと無理難題を言ってきたので、人事評価はプラマイゼロではあるが。ゴルゴンゾーラ、酒盗のチーズ和え、明太子春巻き、厚焼き玉子、ワイン。ワインはあいかわらず味がわからないけど、雰囲気もありなかなかおいしい。新しい年の目標はと聞かれたので、他人への寛容と自分のペースを守ること、とまじめに答えておいた。あと、ビックリマンチョコの話をした(自分のペース実践)。
 川岸を変え、「果林」。ヒレ酒で、ハマグリ、白子。サトちゃんと心理学をめぐって、というか本当の心理学はわからないので社会通念での心理学をめぐって言い合いになる。そんなものは人間の個性が成立する近代という1時期のアダ花だとぼくが言い、何万人のデータによってでも救われる人がいるとサトちゃんが言う。どうでもいいじゃんという顔でカゼ気味のアネさんが酒を呑む。夜中になんだかわけのわからないことを言いながら、1キロくらい歩いておやじさんの寿司屋へ。ヒカリものが売り切れたというのでアナゴとかかんぴょうとかあぶりサーモンを食べる。酒は大英勇で、この辺の店だけのオリジナルだとか。6月に転んでできた傷は、酒を呑むとアセロラ色になる。淋病かいとオヤジさんに言われた。となりの客が偶然ぼくの知人の話をしていたのでいっしょに話したりした気がするが、記憶がブツ切りになりあとは何を話したかわからず。どうやら個性を馬鹿にしていながら、個性という考えに心理学以上にとらわれているのは自分だなと反省しつつ思った。自分の個性が100万人のデータで解析されるのが癪でしょうがないとは、思い上がったオレ様である。歩いて駅へ向かう2人を横目に、自転車で家路につく。結局6時から、9時間も呑んでいた。家で花瓶に花をいけ、六甲のおいしい水を入れてあげて寝る。

1月22日


 昼ごろ起きる。小便は泡立っているし、肌はがさがさ、8時間以上寝たのに寝たりなく妹の部屋の絨毯の上で居眠りし、虫を見る目で見られる。昼食はバナナとみかん。シャワーをあび、起きてまもないのに仮眠し、寒い中ふしょうぶしょう自転車で駅へ向かう。川辺が遅れるというので1人で電車に乗り約束の駅へ。ツネちゃんと照英がいた。照英が毛糸の帽子をとるとボウズだったので驚く、ぼくのお株が奪われるとは。休日出勤が長びいていた川辺がスーツで到着、4人でツネちゃんのカムリに乗りこみ真岡を目指す。巷間の衆生がすなる合コンといふものをわれもしてみむとてゆくなり。ツネちゃんは新採ということで、各部署を点々としているらしく今は小児科にいると言う。以前いた
救急センターはたいへんだったそうで、親子で薬物を大量服用してかつぎこまれてき、それを通報した母親も精神病だというからすごい。医者はルーティンの手術のさいに音楽を流しているというのも初耳だった。手術室に有線も入るらしく、ある先生はあややを聞きながら手術するとか。めっちゃホリデイとか鼻歌歌ってる医者に内臓ほじられるなんて、勘弁。じゃあ波田陽区聞きながら手術するとしたらどんな感じかと、車中で話題になった。かなりブラックな笑いにもりあがりつつ、催事場のあるビルに併設された居酒屋へ入る。
 やや遅れて、ツネちゃんの中学の時の同級生の子とその友だちが登場。2人ともこぎれいだがむっつりしていて先行きどうなるか不安だったが、乾杯したら座が和んでそれなりにみんなが話し出した。中学の先生とどこかの施設の分析官だと聞いていたので、眼鏡にひっつめ髪の地味な女かと予想していたが、後から来た看護婦もふくめて普通にかわいい子たちだった。逆にあっちにとっては期待はずれだったにちがいなく、ボーズ二人に囲まれた津田さんなんて運のつきである。ジムでバイトしていた津田さんはホンモノの平井堅を見たことがあるらしく、あなたは平井堅じゃなくて絶対照英!と、照英にむけて連呼していた。酒好きの小室さんは座敷のテーブルの角を陣取り、煙草をふかしている。一見きれいこわい系の女の子なのだが、おじゃる丸とゴン太くんとドラえもんとスネ夫のマネをしていた(後の二つは似ていないうえに区別がつかなかった)。軽部さんはデンボのマネをしていた。楽しくはあるのだが、
合コンっていうのはこんなふうに普通に仕事の同期呑みみたいに呑んでていいのかなと疑問を感じつつ、きづくと食後のお茶ばかりみんなおかわりしており、お開き。じゃあまた、とか言いながらぼくたちは見送られた。このあと女同士で、本当に盛りあがる2次会があるんだろうな。結局ぼくがゲットしたのは、なぜか照英の電話番号だけなのだからこれは不作もいいところである。駅前でツネちゃんと別れ、残った男3人で電車ですごすごと帰った。というか、照英は彼女がいるのにツネちゃんへの義理で参加しただけなのだが。この1週間は呑みつづきで酔いとしらふの区別があまりなかった。この会社に入って、もうすぐ1年がたとうとしている。呑み会の新鮮さもうすれ、馴染みのメンツとしみじみ呑むのが気がねもないしラクになってきた。

1月21日

 夜更かし深酒して、辛いに決まっている。さらに辛いのは、金色のもやが立ちこめる早朝のすがすがしさ。窓口勤務で、となりの席に座る別の会社の女の子におもしろ半分からまれる。遊びがいのある珍獣でも見つけたつもりかといったら、笑っていた。しっかりしているが、実は年下とのこと。係長と金曜勤務ははじめてなので緊張していたのに意外に客が来ず、あなどりかけたらどっと来た。敷地の遠く向こうの日の丸のある白い建物の関係で、人の流れにムラがある。全然来ないかと思ったらドリフのコントめいたわざとらしさで人がどっと右手から通路いっぱい押し寄せてくるのだから、まるで津波だ。頭は疲れてほとんど考えられなくても(といっても実は意外と頭を使う仕事であるのだが)、自然と腕は動いて字を書き行列を必死にさばいていく。おれって職人っぽいとうぬぼれる。それでも2、3度応援を呼んだ。昼は田吾作の弁当ですます、あいかわらず茶色と黄色と白(米)以外の色がなく、献立とかもっとなんとかならんのか。宿酔もあって審査の手ごたえもいまいちで、これはあとあと金額ミスで頭を下げることになりそうだとゆううつになった。係長の、白亜の要塞めいたアルファードに課の数人と同乗し、課の新年会のために街中を目指す。車高は高いしフロントガラスまで距離があり、助手席に座ると操縦席といった感じ。ユニオン通りのモダンという落ち着いた和風居酒屋で、乾杯。
 しきりが簾で机は掘りごたつ風、レトロな演出はけっこうだが、座った末席の真横の床に金魚が本当にいる
金魚鉢が置いてあるのは蹴っ飛ばしそうで落ちつかない。牡蠣鍋、キムチ鍋、鰹のぶつぎり、ブタの角煮、アンチョビサラダ、あんかけ豆腐、ハツと砂肝の串、メンチカツ、味もそこそこだしともかくなんでも数うちゃ当たるのバラエティーで、満足した。ぼくの痛いミスの話や、前原さんと客の3時間におよぶ闘いの話、中村さんの専門分野における細かさ、管理とうちの大昔の確執の話などがあった。毎日職場で呑みにいくリーマンとか、おれ理解できんわ。実際にときどきするみたいに、1人で熱燗呑みながら居酒屋で本読んでたほうがまし。課長が強引にどこかへ連れて行ったバイトの佐藤さんのことを少し気にしつつ、残りのメンバーで係長行きつけのスナックへ行く。ロマンスグレイで、パブでマッカランかなにかクイッと立ち呑みしてトレンチコートを翻してさっそうと帰るイメージだった係長だが、まさかスナックの丸いソファに半ケツかけて、女房と同じ名前の娘くらいの女の子とデレデレしているとは思わなかった。となりで知らないおっさんが小金沢くんの演歌を歌い、連れに知らねーと言われていた。これがうちの新人ですとかなんとか、いいようにおねえちゃんとの話題のダシにされる。富山から来たという春めいた色のスーツのママはきっぷがよく、口汚ないがやさしい気配りはある感じで典型的。好きな酒呑みなよと係長に勧められて、じゃあ、と言って安めの日本酒を申し訳なく持ってくるのも感じがいい。トイレの後のオシボリが、甘いせっけんの匂いがしてうっとりした。
 ローテーションで回ってきた次の女の子は変なスカーフを巻いて、愛想も悪くなんとなくたどたどしい。家がぼくの通っていた小学校の近所だったので、聞いてみると後輩、しかも彼女の兄はぼくの同級のますちで、驚いた。ここでバイトしているのは内緒らしい。兄貴も元気とのこと。酒井さんに、運命的な出会いじゃないのとからかわれたが、いや、しかし、呑み屋の女のお父さんのハゲ頭が思い出されるっていうのはどうか。彼女のオヤジはバドミントンのコーチで、やる気のないぼくには冷たかった。わたさんと川畑が結婚したと聞く。酒はまたも薄い真露だし、どうもスナックは好きになれない。係長はもう少し遊んでいくと言うので、その他の面々は中途半端に外で別れた。ますちの妹が、ママに送っていきなさいと耳打ちされたので下までついてきた。なんとなくわだかまりがあって、本社勤務の新採呑みの2次会が終わったあたりと検討をつけて川辺に電話。案の定近くにいるとわかったので、因縁の「はなの舞」で3次会、秀才と噂の星野くんも川辺について来た。300万つぎこんだ
白のスープラは、国道で200キロくらい出してガードレールにぶつけて大破したらしく、車屋が出した修理の見積書を見たら170万ちかくかかる。というか、よく無事だったなと本当に心配していうと、となりの星野くんも同乗していたらしい。これでもしお陀仏だったら、あの2人心中かとか騒がれてたよと言ったら、2人で笑っていた。川辺の車だけは死んでも乗らない。いや、死にたくないから乗らないのだから死んでも乗らないは変か(でも川辺と心中はイヤなので、やはり死んでも乗らない)。川辺が死んだように寝てしまったので、星野くんとやむをえず仕事の話をする。やせていておしゃれで大人しそうだがマッドサイエンティストみたいな人。2人の乗ったタクシーを見送り、寒さに耐えられず立ちこぎで自転車を飛ばす。連日の深夜呑みで、もともと脆弱なぼくはヘロヘロになり、自室へつくと荷物どころかあやまって財布までぶちまけ、部屋の電気とコンタクトつけっぱなしでスーツのままで、寝る。

1月20日

 ぎりぎりで駅に着く。電話と接客にはだいぶ慣れた。営業スマイルとか営業感謝とか、心を偽るようなことよくできるなとこの仕事をする前は思っていたがそうではないのである。最初はたしかに苦痛なのだが慣れてくると、しなければならない局面になると自然にもっともらしい顔や言葉が反射的に出てくるようになる。その気もないのに作為的でない所作ができる自分がうすきみわるい。その声や態度は、自然とコンビニ店員風になってくるから不思議だ。こうやってみんな、大人になっていくんだなあと思いつつ、蕎麦をずるずる啜った。仕事のあと、約束どおりに
東力士に行く。英樹さんの課以外ではぼくが先着、どうせ早帰りできる支店さ。ビールを呑みながら、大衆居酒屋らしくハムカツや豆腐やコロッケを食べた。ぼくが頼んだサバは知らぬまに誰かに食べられた。会の主賓である大森さんは鼻梁の高い短髪の体育会系の人で、皮肉屋の直言居士といった感じ。先日会ったメンツに加え、社内のいろいろな知らない人がつぎつぎ座敷に上がってくる。気づくと、ついたての向こうの座敷もうちの会社の連中。昼は労務者と競輪に行くおっさん、夜はわが社の職員、すぐに群がりつどいて呑み意地食い意地がはっている点で仰ぐは同じ理想の光である。ずらずら歩いて、ネオンの反射が暗い水の中でどろりと溜まる釜川沿いの朝鮮スナックへ。ぼくはスナック初めてなのだが、おしぼりを手渡してもらえるのと、つまみがもろきゅうや柿の種など貧相であるのと、水の入ったガラスの瓶と氷を入れる容器が豪華であるの以外、たいして普通の呑み屋と変わらない。知らないおじさんが知らない演歌を歌ったり、恐そうなママとチークダンスを踊っている。こんなとこ来るやつの気が知れないと思いつつ、薄められた真露ばかり呑んだ。というか、酒それしかないし。
 英樹係長が、10年在籍した激務の部署で当初、「伝統」にのっとって冷水で朝晩の茶碗洗いをしたとしみじみ語っていた、こういう人でもそういうことをしてきたのだなと思うとなぜか安心する。以前いっしょに帰ったとき、これまで自分を動かしてきたのは怒りだったとつぶやいたのを思い出した。それでいて普段はやせたひょうきんな阿藤快みたいなので、ギャップが面白い。大森さんが、おれが中学校の生徒会長していたから当時は学校に一点の曇りもなかったと自慢するので、その一点の曇りが大森さんですかと言ったら拍手喝采された。もちろん大森さんには、頭をどつかれたのだが。自然と高校ごとにわかれて話はじめ、ぼくは中川さんらと、母校のマラソン大会の途中で出る大きな黒飴の不可解や
空中庭園の野菜の謎で盛りあがった。大森さんとぼくらでは世代のギャップがあるらしく、そのころは通信制の校舎も汚ない池だったし、文化祭の後のキャンプファイヤーもまだあったそうだ(そのイベントがなくなったのはご本人が起こした騒ぎのせいだが)。最悪の高校生活だったぼくでも、そんな話を聞くと当時も面白かったような不思議な気になれる。1時過ぎに散会。ご近所の英樹係長につきあって自転車を押しながら歩いて帰る。係長の中学生の娘は授業参観で質問がわかっても手を挙げない、が、小学生の弟はわからなくても手を挙げる。これってすごいことじゃないかと係長が聞いてきた。むろん、弟の方である。たしかにぼくには理解できないしそんな勇気もない、日本人はどこかで劇的に変異したのであろうか。いや、でも、今の子は基本的に優しいんですよそれが問題なんですと知ったことをほざいて、一笑にふされた。

1月18日

 杉浦日向子の
「百物語」を読んでいるせいか、股下ほどの竹の柵をまたいで越そうと呻吟していると、カマキリめいた不気味な小虫がたくさん這い出てくる夢を見た。象徴ではなく、あくまで鬼の一種なのだと思う。会社へ行き、係長の運転で出張。晴れていて絶好のドライブ日和、山間の道を行くと色とりどりの大きなトラックがたくさんすれ違っていった。ところどころ山肌がむきだしになっており、色あせた高層の鉱業施設が建ちならぶ。このへんはドロマイトの産出量が日本一なのだと係長が言う、それも魍魎のたぐいか。郊外型大型店舗が増えてきて、道は幅を広げて平野をつらぬき、田んぼの中の工場地帯の一角に支所があった。ぐるりと山に囲まれ、広い敷地に強風が吹いている。コーヒーで一服し、支所長に構内を案内された。関連団体の建物が敷地内にそろっているし、支所に窓口が併設されているので機能的だが吹きっさらしで寒そうだ。コースまで見学できるとは知らなかった。オートロックやシャワー室や喫煙所を自慢された。電話でお世話になっている小藤さんにおみやげ代わりに書類を渡して、車で昼食。というか、車がなければ飯が食べられないところなのだ。「鼎」という日本料理屋で直立不動のぶっとい海老定食。支所長はさらに夕方からここでやる新年会にも出ると言う、酒は別腹だとか。大きな川を渡ると、雪の山なみが遠望できた。支所で荷物を積み茶を飲み話をして、辞す。ぼくが帰りは運転しますといったら、係長が必死になって断っていた。あいかわらず腰が低い佐藤さんが、車が見えなくなるまで見送ってくれる。
 昔の会社の話や日々のウォーキングの話を聞いているうちに、会社に到着。今度は戸上さんと車で大塚町へ。ダンボールをガンガン車に詰めこんでいると、雪のとき転んでできたスーツのひざの隙間が広がってきてやんごとなきことになる。今日のぼくはまるっきり引越し屋である。終業後、東武のホテルへ。参加者が少なく苦肉の策であろう、
早慶合同新年会に出席した。議員さんたちがお酌しに来るので、気を使うしとてもうざったい。中川さんや江連課長などおなじみの顔ぶれと話していると落ちつく。労組の黒崎ボスにメンヘルと言ったら、最近の人はそんな省略をするのですかと驚かれた。遠くの席から遠征してきた英樹係長を中心に、木曜日に呑もうよと言う話がまとまる。こっちのみんなにそそぎに来たのにおまえらに全部呑まれちゃったよと、係長が言った。居酒屋のメニューが高いお皿に入って次々出てくる。鼻の立派な三田会の議員に、どこの寺の坊主だと揶揄された。八つ当たり的に川辺のところへ行き、先生、先生まあ一杯といって、サトちゃんと2人でビールを無理やり川辺のコップに注いだ。幹事の岩波さんのあいさつがあり、両校の校歌斉唱。当方だけ悪乗りして三番まで歌ったのだが、ぼくはよく知らなかったのでわからないときは一番の歌詞を流用して切りぬけた。二次会はちかくの地下の居酒屋。岩波さんが急に怒りだしてからんできて、おまえに〜ができるか?と、遠まわしの自慢みたいなことを言っていた。小島くんの助太刀をしようとしなけりゃよかった。岩波さん退席後はとなりに、うちらの採用の実質的な決定者が来るし、なんだか盛りあがれず散会にホッとした。係長から逃げ、3次会をサボる。真心ブラザーズの「突風」すこぶるいい。最近は体がなれてきて前ほど寒くはないのだが、鼻水はあいかわらずである。会社に紙粉か何か舞っているせいだろうか。

1月13日

 極寒。ドラえもんのあべこべクリームのことを考える。会社に行ったらパソコンの更新で、OSがXPになっていた。セキュリティ面でうるさくて使いづらい。避難領域から必要データを持ってきたり、書類をバカスカ裂いているうちにあっという間に昼。仕出し弁当のおかずは、シュウマイにミートボールにハンバーグ、栄養価とかまったく考えてない。午後は書類にハンコをバカスカ押しまくる。ムラーノの特別仕様、黒ずくめの怪獣のような外装に、内臓のようなどぎつい赤の内装がかっこいい。昨日休みだったので残った仕事を片づけ、最後に会社を出る。パチンコ屋が定休日だと、驚くほど暗くてものさびしい駅前だとわかる。いつもはピンク色の大きなアドバルーンが上がり、球場のライトのような真っ白い灯が3方向の広い駐車場を照らし、白亜の殿堂からでた太い光線が落ち着きなく空にたくさんの8の字を書いているというのに。すきやでニンニクの芽カレーを食べた。
 家でよっちゃんイカと七味唐辛子せんべいを食べながら、濃いバーボンをひたすら呑む。今期の芥川賞に阿部和重、直木賞に
角田光代が決まった。前回とのバランスをとるために、定評ある人に賞を送ろうという政治的配慮だろう。阿部氏の「無情の世界」は面白かったし「シンセミア」はぜひ読んでみたいとかねてから思っていたし、角田氏は大学の専修の先輩にあたる人だし、ぼくも選考に異存はない。カレーとにんにくと七味とよっちゃんイカを腹の中でバーボンでシャッフルしているわけで、物騒な氾濫の不安をかかえた腹を横たえて寝る。

1月7日

 この4日で20時間しか寝ていないので眠い。だいたい、1日8時間は寝ないとダメなのだ。細い道をエスティマに追われ、曲がり角を急に曲がろうとして氷ですべって自転車ごと転ぶ。1着しかない冬物のスーツの膝の縫い目が粗くなり、裏地が透けてしまった。午前中はオーソドックスに仕事をこなし、お昼は自転車でソッコウで仲よしへ。おばさんが、頼んでいない漬け物の入った小皿を無言でこっちに押しやってきたのだが、食べていいのかどうか迷って結局食べられなかった。午後は、戸上さんのピンチヒッターで窓口。鈴木さんにまた来たわね、という顔をされる。事務所に戻るために駐車場を横切る、寒さで冴えるのでなく意識が縮こまっていく気がする。退社して、街中のゲームセンターの
「太鼓の達人」でソーラン節とラムのラブソング。こりずに「頭文字D」でRX−7を駆っていると、モテさんがニヤニヤしながら店に入ってきた。外から丸見えだったとのこと。峠を爆走しながら仕事の話をしても、説得力があるはずもない。モテさんは1人暮らしが大変らしく、週に2、3回は実家に帰っているそうだ。
 かづきで、アネさんとサトちゃんと新年会。チーズフォンデュが何か知らなくて、失笑をかう。ようするにあったかい溶けチーズじゃないか、何がフォンデュだ。どんな動物がうまいかという話になり、家畜を食べるのはいいがウサギはダメだ可愛いからと、サトウが興奮して力説していた。ぼくは肉に弾力があってうまそうだから食べたいといい、アネさんは肉よりも毛皮のほうに興味があるようだった。サトウが婚約者の両親に何か甘いものを持って行きたいのだが何にすべきかと言うので、「御縁があるよ」でいいんじゃないと言って軽蔑される。「なんかそれって必死でいやね」と、アネさんが言った。とまあ、かくして今年も3人がまったくあさっての方向を向いたままで、どうにかこの会は続いていくようである。終電間近のサトウを見送って、アネさんとカラオケ。
椎名林檎とか真心ブラザーズとか黒澤年男とかを歌う。明け方別れて、自転車で帰路に着く。荷物を自室の床にとっちらかし、コンタクトを取るのももどかしく布団にもぐりこんだ。

1月4日

 わりかし暖かい朝で、布団から出るのにそれほど抵抗がない。曲がった道の弧の内側とか、凍っているところだけ注意して自転車で急ぐ。学生がいないので道がすいている。駆けこみ登録のせいで小山のようになった書類を分別し、つぎつぎに上紙と下の厚紙に裂いていく。もろ肉体労働。新年早々、筆圧だとか細かい指摘を戸上さんからマシンガンのようにされ、かなりへこむ。昼に鮨を食べに行ったら、職場の人がみんな来ていた。正月中だとお年玉でシールポイントが3つもらえるがゆえ。午後も何やかや言われる。いちいち指摘どおりなのだが、そんな細かいことに気づく男じゃないんよオレは・・・。窓口に顔見せに言ったら、ぼくのボーズ頭を見た別の会社の鈴木さん(女)が、顔を背けて笑いをこらえていた。郵便局に現金書留を出す。少し残業して、それほど寒くない中を街中へ。アーケード街は学生やらどこぞから遊びに来た人やらでいつもより混んでいた。神社につづく道に、出店が出ていた。パルコの本屋で文春新書を買う。
 この連休中、村尾信尚「行政を変える!」、筒井康隆「笑犬楼の逆襲」、梅森浩一「面接力」、吉田修一
「長崎乱楽坂」「春、バーニーズで」、那須正幹「ズッコケ三人組の卒業式」(マジです)、栗本薫「グインサーガ98」(あと2巻です)、「小林秀雄全集1」(まだ読んでます)を読み、連休中本を読むなんて愚の骨頂、と思っていたのに、である。でもまだ、死霊の7、8、9章も、宮城谷三国志の1、2、3章も読まれないで恨みがましく部屋の片隅に居座っているのである、怖いのである。とっとと帰って、晩飯。川辺から年賀状が来ていたのだが、自筆のニワトリとひよこの絵が達筆でおどろいた。意外な才があるものである。自動車整備士の資格取るとか言ってるし、いまいちつかめぬ野郎である。

1月1日

 わりと早く起きる。夜更けの地震で皿が割れた音で一度目覚めたせいか、ヘンな初夢を見た。年賀状は雀の涙だし、新聞の特集は高村薫の物理対談だし、腹を壊して昨日の滋養をそっくりお戻しだし、どうものっけからよろしくない。家族がそれぞれ予定があるようなので、1人で雪の残る道を車で出かける。なんとなしに東に向けて走るうちに、昔よく遊んでいたところがチラッと見えたので、懐かしくて車を止める。わりと大きな道沿いの少し奥まったところに時代錯誤な鉄製の正門があって、その奥の広大な敷地に
脳病院の廃屋があったのだが。病院を通りから隠すかっこうで建つ手前のマンションには見覚えがあるものの、正門があるはずのあたりにいびつに細い市の保有地があり、その後ろにありがちな新興住宅地がのっぺりと広がっていた。考えてみれば、当たり前のことなのである。ぼくたちが石投げ遊びでガラスを割った民家風の詰め所も、○○脳病院と右から書かれた扁額のついた、洋館風の三角屋根のいかめしい診察棟も、大きな風呂のある鉄格子のつづく病棟も、作業場のおどろおどろしい錆びついた電動鋸も、BB銃の標的にしたはがれた配管がぶらぶらしている給水塔も、中庭のさびしげなブランコも、そのうしろのどぎついピンクの汚れた小児病棟も、1部屋ごとに、人が寝転がっているような形でどす黒い毛布が遺棄されていて近寄りがたかった個人房も、もうどこにもない。雪をゆっくりざくざく踏みながら、こぎれいな規格化されたアメリカナイズ住宅の間を鉤の字になって走る細い道を歩きながら、あれはゆめまぼろしだったのではないかと思う。でも、ゆめまぼろしになっていたほうが、頭の中で壊れず残っているからよいではないか。
 そう考えると「昔漁り」に来た自分がなんだかずいぶん野暮なことをしたようで、野暮ついでにここもまた懐かしい
鶏峯神社へ行く。おみくじを売っているどころか、参拝客が1人もいない。まばらなだけに痛々しい杉林と、汚ない下草と、廃屋みたいな社と、木陰で日が当たらず雪でびちょびちょの境内と、そのすみの2、3の遊具しかない。遠足でよく来て写生したところなのだが、こんなにせまくてショボイ神社だったとは思わなかった。木々ももっと鬱蒼としていた気がするのだが。2拝2拍手1拝と、100円。見ると、賽銭箱の向うに切り餅やお米やみかんがもうしわけ程度に供えられていた。どうも、パッとしない昔馴染みに会ってしまった感じ。真心ブラザーズのライブ版を聞きながら、郊外の大きな通りを車で走る。目の前を横切る新幹線の高架線の奥に、雪をかぶった山々がぼこぼことうずくまり、その上にうじょうじょとした雲が輪郭をうまそうな黄金色に染めて固まっており、それを無色色とも言うべき、緑と橙を混ぜた薄い青空がしんとして取り囲んでいる。道端や畑の雪には夕陽は届かず、薄暗がりで汚れずに紫色に発光している。帰宅して、犬の散歩。今年の抱負は捲土重来である。メールの新年のあいさつを見ると、今年の目標は破天荒に生きることという人もいるし、感動を求め邁進することという人もいる。なかには、今年どころか来年もぼくの世話になることが目標だと言ってよこしてくる輩もいるが。まあ、こちらも頼りにしているのでお互いよろしく、ってな気持ちだ。

12月30日

 11時ごろ起きると、残雪もあって明るい。道に溶けのこったみぞれを気にしつつ、車で駅前に行く。無くしたコンタクトの買いかえ。眼科で診察まで受けねばならず、まあうまく結託して仲睦まじくイチャイチャと金儲けを画策していることよ。目の眼細胞の数まではかられる。死滅した細胞の箇所を補填するために周りの細胞が肥大化するため、目の痛んだ人は細胞がぼこぼこと大きくなって映るという。ぼくも少しボコっていたが、問題ないとのこと。片方のレンズをはずしたままで、診察の時間まで待合室にあったNARUTOを読む。友情、勇気、冒険(だっけ?)、いかにもジャンプでなかなか面白い。ここの関西弁の女医さんは、歌うように検診をして味がある。車で戻るとちゅう、なんとなしにバックミラーを覗いたら、見た顔があった。っていうか、鈴木と杉本じゃん。鈴木が年末で帰省したのだろうか、いそいで車中ですぐ後ろに携帯をかけたらさりげなく無視された。珈琲館で、
高橋睦郎の詩集の解説を読む。詩論は詩に触発された詩であるかのように論理があやふやであっていいものか。それが返歌になっていればいいが、あやふやな詩みたいな評論みたいなソバみたいなお好み焼きみたいなゲロみたいな、そんなものではどうしようもない。せめてきびしくも独善的な論理による裁断でもいいから、がしっとした解説がよかったなと思う。肩が凝ってボキボキなって、うっとうしくてしかたがない。コーヒーなんてすすっても、別にかっこうよくもなんともない。
 寒さに震えて車で家に帰る。津波で8万人くらいが死んだらしく、しまいには10万人くらいになるとのこと。津波なんてものは、2、3人がかっさらわれるものだとばかり思っていた。明治の初期に岩手三陸沖地震で3万人以上が津波の犠牲になったとはじめて知って、驚いたが。観たくて観逃した新撰組の山南切腹が、偶然TVをつけたらアンコールでやっていたので観る。堺雅人すこぶる良く、ほほえみを絶やさない芯のあるもののふ像がしっかり動いていた。盟友に詰め腹を切らせる他の隊士たちは、もっと冷酷な顔立ちでもよかったのではないか。土方と近藤の号泣なんて、ドラマだってしらける。恩義ある人をいつも切らされる損な役回りの沖田の、なんでいつもこういうことになるかなあという無邪気な科白はぞっとするものがあって良かった。残雪の道によろけながら、近所の日本料理屋風居酒屋で向う三軒両隣の忘年会。ガキどもは
任天堂DSに夢中、オヤジどもは中国韓国の急成長に夢中。平山さんは子供の遊んでるの見てるほうが面白いといっていたが、なに、大人のほうが子供より遊び道具がややこしくなっただけにすぎない。呑みすぎるとクラクラくるおいしい麦炭酸ジュースを呑みつつ、牡蠣鍋やら牛タンの煮こみやら刺身やらババロアやらを平らげる。あんちゃん、○金なんて集めてる場合じゃねえよ!と、なぜか急に仁科の社長さんに怒られた。これからの日本は、いよいよ大変らしい。
 飽きてきたのでちょっと早引けして自転車で家へ帰る。津波の死者は呑み会をしているうちにあっというまに12万人を超えた、紀宮内親王殿下はご婚約され、奈良の女子児童を誘拐してイタズラ殺した新聞屋のオッサンは逮捕された。ニュースは消費され忘れられる。だがそれは現実の合わせ鏡であるからちょっと批判しがたい。人生もまた無駄に消費され、忘却されるものだから。たとえ本人が有意義と思っていても、他所様からみたらアホのセンズリにしか見えないこともまた多い。だがそんな内省などつまらないもので、ぼくもまた明日からこの日記をつけようとするのだろうし、そのほかなにかしらにつけアホな足掻きをするのであろう。流れゆけ流れてしまえ立ち停まる者たちよ 流れゆけ流れてしまえ根こそぎの土用波。時節柄不謹慎だが、中島みゆきの「土用波」の、ぼくの好きな一節である。でもぼくは波でなく、流れてしまうかもしれない立ち停まる者たちのほうに混ざっている気もするが。

12月28日


 SHIT COLD。きのうあまり寝ていないから行きたくないのだとうまい言い訳で自分をだましつつ、出勤。駅で偶然にモテさんに会う。人の流れにかなりおくれていたのは車内で寝てたからだそうだ。ぼくも5分くらい車内で寝る。ロッカーに荷物をしまい、やや遅れて窓口へ。束モノがドサドサとくるし机の入れ替えで文房具や用紙は散らばっているしカゼっぽくて鼻水は出るしファイル用の車輪つきのスチールラックも重たいし昨日の騒動の余韻もあって、ちっとも落ちつかない。あわを食っているうちにあっというまに昼。スーパーまでてくてく歩いて、弁当を買ってきた。
スマトラ島沖の海底地震による津波で、死者が数万人になるとのこと。つくづく天変地異ずくしの1年だった。なぜか機嫌がよく、坂本龍一の戦場のメリークリスマスを口ずさみながら便所の洗面所でコンタクトを洗っていると、しっかりとめたはずの栓のすきまからするすると青いきらめきが去っていった。へたりこんでずっとその場で落ちこんでいるか、あるはずもないところまで焦って探しまくるかしたかったのだが、昼休みは終わり泣く泣く仕事。仕事中、1ヵ月前なら保証期間内で無料交換だったはずの流されたコンタクトのことばかり考える。流れるのは1秒、費用は1万円なり。ひょっとして、今日の日給より高いんじゃないかとか、そういう鬱になることは極力考えないようにした。
 伊藤さんのを審査したら、ぼったくりすぎじゃねーのと言われた。どうせなら、ぼったくりたい。昨日の鉄火場が嘘のように、最終日の今日はいつもどおりの客の入り。中村さんにあとを任せて、先にあがらせてもらう。自分の机で計算や郵送の手続きをするが、寝不足かカゼっぽいのかやる気がないのかコンタクトを流してしまったせいか(そういうことは極力考えないようにしているが)、さくさくと仕事をこなせず散らかった机をまえにときおり動きが止まった。よいお年をと言い、やや遅れて帰路につく。塾長といつもいっしょにいたいのに、気づくと博士や坊ちゃんばかりになっている。とりあえず年末の備えで金をおろし、自転車屋で修理してもらった自転車に乗りかえ、帰る。家族で近所のとんかつ屋へ行く。キャベツや味噌汁と同じく、肉のおかわりはないのかと言って、あるわけないじゃないとものすごく馬鹿にされる、冗談で言ったのに・・・。ヤワラちゃんこと谷亮子選手、子づくり宣言だそうである。天変地異はまだまだ終わらないということか。

12月18日

 早起きしてシャワー。小塚に電話をするが、あっちの携帯が定額を越えたせいか電話が通じずやきもきする。結局、実家の歯医者にかけて本人を出してもらった。10時ごろに小塚母のオペルで送ってもらい、開始時刻ぎりぎりで教会に到着。2階の控え室に、永井と池田と駒田がいた。なんというか、タケの結婚式の招待客として定番なメンツである。天井が高く古めかしい作りの結婚式用の教会で、開式。吊り下がった細長い燭台の優美さと、石造りの三角の天井の重厚さのギャップが面白い。入場してきた花嫁と父親の足並みがそろわず、花嫁の口がちがうと動いたのを意地悪なぼくは見落とさなかった。タケはあいかわらず人を食ったようにぎこちない動きで、しかしこの人運動神経はよく、いまだにぎくしゃくした動きがネタなのかくせなのかわからない。誓いますと言い指輪で「拘束」され羽ペンで誓約書まで書き、3重の束縛をしいられて、これでタケも夜遊びでうつつをぬかすこともなくなる・・・・・・と、よいのだが。
フラワーシャワーの代わりに花の形の布のついた粒を投げ、無事に終了。12時からの披露宴を待つ間、1回フロントの先にある、広大な吹きぬけの下の喫茶店でコーヒーを飲む。大きなツリーを背景にソファにもたれて煙草をふかす池田と、背筋を伸ばして貫禄十分の駒田女帝を見ていると、「黒革の手帳」を思い出した。ぼくのコーヒーだけ遅く、みんなが笑う。2階の受け付けでご祝儀袋を渡しおえてボーッとしていると、声をかけられた。見ると見たことのあるおじさん。と思ったら、窓口によく来るいすずのおじさんだった。今日はジャンパーでなくスーツなので異和感がある。偶然にも新郎の友人として、同じ式に呼ばれていたのだった。仕事の関係者と外で会うと一瞬ヤバイと思ってしまうのはなぜだろう、何にも疚しいことはないのに。
 「友人」席で無駄話をしているうちに現代風にアレンジされた結婚行進曲で2人が入場。タケに晴れがましさがまったくなく、年貢の納めどきといったていなのでこちらも喜ばしい気があまりしない。小塚が、ケーキの上に三角形に積まれたシュークリームをつくねだと言っていた。輪っかが螺旋になった金属の骨組みから皿を抜いて次々平らげていく。うにも刺身もさほどうまくない。銀河高原ビールがなによりうまい。緊張していたせいか、三度立てつづけに右の頬の内側を自分でがりりと噛んでしまい、トイレへ行ってティッシュをあてがうと血がダラダラ出ていた。銀河高原で消毒。カラオケがはじまってから式の進行が次第にあやしくなり、聞きたくもない曲を何曲か聞かされた。猪木のまねをした職場の上司の闘魂ビンタは案外よかった。仕込んできたのか思いつきか、小塚が
森山直太朗の「桜」を熱唱。裏声まで使い、精魂こめて歌いあげているようで悪ふざけしているような。この男も、昔からよくわからん。霞みゆく景色の中に、あの日の唄が聴こえる。タケが主役なのに、床にひざをつけて職場の同僚の写真をとっていたのが笑えた。宴の後の、新郎新婦その父母への退席前のあいさつでタケに、「覚悟しろ」と言ってやった。おまえこそ覚悟しろと、言いかえされてもおかしくはなかったが。
 ホテルをあとにして、タクシーで小塚と街中へ。一時帰宅するため桜で小塚はおり、ぼくはそのまま滝谷町の交差点へ。バーミヤンでイチゴ杏仁豆腐とドリンクバーを頼み、熟睡。駒田女帝からの電話ですぐに起こされ、近くの駒田邸で一時休む。開けたら殺すよと言い捨てて女帝はふすまを隔てた隣室で眠り、ぼくと池田と永井はコタツで雑魚寝。小塚が合流し、しばらくしてから近所の居酒屋へ連れ立っていく。夕暮れ時で、おのおのが自然と距離をあけて茫洋として歩く。居酒屋にはすでにタケと奥さんの香さんと高校のときの友人が待っていた。ビールを呑んだりつまみをつついたり、ウィスキーを舐めたり。中学のころ何人かでタケの家に遊びに行った帰り際に、アップルとかレモンとかそんな感じの名前がついたタケの大切な本が紛失した事件のことを話して、花嫁の聞こえないところで盛りあがった。あの本はあれからいまだ出てこないという。その会話の場にいなかった羽石が持って帰ったということで、落ち着いた。今晩のタケの健闘を祈りつつ、お開きとなる。永井の車で送ってもらう。一ヶ月前の結婚式の切り花が生き残っている銀杯に、今日高砂の席から拝借してきたバラと菊の切り花を混ぜる。

12月17日

 しっかり寝てないので、眠い。体だけ動かして、心は寝たままで会社へ。金曜日は忙しく、心は寝たままで仕事というわけにもいかず、何度も事務所と窓口を往復する。身障の書類もどばっと舞いこんできた。軽の審査の整理のことで、ちゃんとやったのかどうか何度も竹澤さんに念をおされる。ちゃんとやりました、何度も確認したい気持ちはわかりますがと言ったら、そばにいた酒井さんが笑っていた。銀行で明日のために新しい万札のピン札をおろし、仲よしで蕎麦。最後まで会社に残り、書類の整理やインデックスに印字するソフトのマニュアルなど読む。1館まるごと独り占めできる1人残業はあんがい愉しく、お湯を沸かして紅茶を飲んだりした。誓約書を書かせて金を貸した客に催促の電話。嫁さんか何かが出て、今日は帰らないみたいですと言った。やはり、踏みたおす気か。暖房やコピーの電源、ガスの元栓、換気扇など確認してセコムカードを差しこんで戸締りをし、退社。タワーレコードと紀伊国屋で時間をつぶす。8時半の閉店になっても小塚は来ないし携帯の電池は切れるしで、とりあえずローソンへ行き昨日にひきつづき2日連続で携帯の充電池を購入。寒い中あちこちフラフラしていると、やっと来た。かしわの2号店で呑もうと階段を降りるとさすがに盛況で、断られた。見た顔だなと思ったら、川辺が職場の連中と呑みに来ていた。酒焼けした顔をして、懲りないやつである。アーケードを抜けて、とりあえずレンガ亭で乾杯。
 「家族ゲーム」の食卓のような横に細長いうえに目の前に煉瓦の壁が迫っている落ちつかない席で、最近の話をする。さすがに好景気の鉄鋼業界だけあって、賞与がトヨタなみだったとほくそえんでいた。物足りずに早々に店を出て、屋台横丁を見て回るが腐っても金曜日、どこも盛況なのであきらめて「パンドラの箱」へ。となりの席の客がうるさいので、こちらもついつい大声を出しているうちに盛りあがってきた。春巻にフォーにインドネシアの炒飯にギネスに
タンカレー(タンのカレーでなく、ジンの名前)。初期の大島は面白い、いやダメだとか、黒澤は橋本忍らと脚本を練りあげなくなってからダメになったとか、野上照代を取材したドキュメントで偶然録られた佐藤勝の発病と死去はかわいそうだとか、シャイニングのジャックニコルソンはミスキャストだとか、映画好きからみてディックの原作は逆に異和感があるとか、こいつならわかるという話をひさしぶりに思う存分した。大声はまあ、となりのうるさい連中への当てつけもあるのだけれど。店を出て、釜川沿いのバーやスナックのあるくねくねした小道をそぞろ歩き、「パンドラの箱」の前に、入ろうとして満員で断られた「バルズバー」へ。
 あいかわらずマスターは、出川哲朗風味のエディマーフィ似。小塚がギリシャのウゾーというヨモギの酒を頼んだので、こちらも負けじとヨモギ対決でアブサンを呑む。ランボーの愛した悪魔の酒であり、禁じられて100年たって牙を抜かれて解禁されたアブサンは、穏やかな甘くすーっとする味で、それでもときおりひやりと刃物が食道を通るようなまがまがしい強さを感じた。江戸時代の親藩がどうして水戸和歌山に置かれたか、被差別部落はなぜ西国に多いのか、
騎馬民族征服説はまっとうかなど、バーにそぐわないような話もふくめて当たり障りのなくない話をたっぷりして満足した。2杯目はアなんとかというシングルモルトのスコッチで、強いといって勧められたがラフロイグの「エグドロ」感と比べると大したことはなかった。ロックで冷やすよりも、常温のストレートを呑みチェイサーで口をゆすぐの繰り返しのほうが味も匂いもよくわかるよと、出川に教えられる。カラオケ以外で久しぶりに声を出し、満足して会計。迷惑料としてふっかけられるかと思ったが意外と安かった。暖冬が聞いてあきれる、驚きあきれる寒さ。たまらず「なか卯」で七味をかけたけつねうどんを食べて暖をとってから、タクシーに乗りこむ小塚を見送り、自転車で帰る。2日連続で3時まで呑んでしまった。

12月16日

 しっかり寝たのに、眠い。睡眠欲とはまことに無尽蔵の欲望なり。はじめて軽の審査をまるごとまかされる。慣れていないこともあるしでミスも多くボロボロで、ミスがミスを呼ぶ自己暗示でかなり落ちこむ。昼飯を食べて心機一転しようと鮨屋で中おち定食を食べて戻ると、実は今日ぼくがお昼の電話当番であったと思い出した。かわりに係長が電話番をしてくれており、さらに落ちこむ。4時までかかって軽をやってもどうしても額があわず、もうこうなりゃヤケで落ちこみスパイラル祭だ。結局原因は、関係団体のミスだった。気晴らしにゲーセンでメタルスラッグ。それでも鬱鬱としてたのしからざるはわがこころねのねじくれたるになむよしありける。アネさんと酒蔵で夕食、遅れてサトちゃんも来た。アネさんのアネさんが銀座からヘアメークとフラワーアレンジャーを呼んで二期クラブで結婚式をした話、結婚式はつまるところ女房の見栄にだんなが応えてやる機会だという話、経産省の外郭団体が民間と協力して開発したセラピー用メンタルコミットロボット
「パロ」の話。婚約指輪と結婚指輪のちがいも、結納と結納返しのちがいも、パロの毛の長さのちがいもわからず、アネさんとサトちゃんの論戦の聞き役に徹した。
 パロは100万回の撫でテスト(笑える)をクリアし、実際のタテゴトアザラシの声を内蔵して外部刺激に応じて使い分けるなど高度な技術でなりたっている夢の愛玩ロボットらしいが、写真を見せてもらったらいびつな枕にぼたもちのような目をつけてウジャウジャと白い毛を生やしただけに見えた。天狗舞と鍋豆腐。終電を乗り過ごしたサトちゃんのために寒い中駅前のホテルまでつきあう。途中のラーメン屋で暖をとるために味噌ラーメンを食べる。やっぱり街中のホテルがいいと言うので、Uターンして酒蔵の近くまで戻る。・・・・・・って、結局ラーメン食べに遠くまで行ったようなもんじゃない。シングル料金でとれたツインルームで、三人で一休み。はやく寝たいサトちゃんをしりめに、お茶を勝手に沸かして飲んだり部屋の品評をしていると、ぶっ殺すぞと言われた。サトちゃんが彼女に毎日欠かさないというオヤスミのtelを入れる。なぜか電話に出させられると落ち着いた感じの彼女がこれからも仲良くしてあげてくださいと言ってきたので、いや、それはどうなるかわかりませんよと言っておいた。3時にアネさんと部屋を出る。激甚な寒さ、さすがにこう寒いと自転車通勤もいやになってくる。

12月14日

 昨日とうってかわって、まっとうな冬らしい寒さ。畑が霜で、白い粉をぶちまけたようになっている。所内の暖房は暖かすぎ、Yシャツで仕事。昨日の夜の漫画の読みすぎがたたり、目が痛いし眠いしで無言でふてくされつついつもの事務をし、お昼前に来年を見越して戸上さんに教えられた修正エラーをやる。他人のミスのあら探しをするので面白い。昼飯は近所の鮨屋の弁当、2度と食べるか。3階のソファで5分寝たのがよかったのか、午後は順調で懸案だった書類も体裁がついた。会社広しといえども仕事中にサイトで最新車情報をチェックしていても怠業にならないのは、ぼくの担当業務だけだ。退社時刻ぎりぎりに、珍しく大方の仕事にかたがつく。大滝さんにゆずを2個もらった。ドトールで詩を読み終わり、少しうたた寝。
 アーケードのクリスマスの飾りつけの赤と緑の垂れ幕が、見事な遠近法で先へいくほど小さくなっていく。紀伊国屋で「グインサーガ」98巻と、おとといから読んでいる暴走族漫画の「R−16」の最新巻と、
「ズッコケ三人組」の最終巻第50巻を買う。50巻までいっていたのも、完結だということも今日の新聞広告を見るまで知らなかったのでおどろいた。近所の本屋に那須正幹のサイン会に行ったら、作家先生というよりそこらへんにいる普通のおじさんだったことと、優しそうだったことを思い出す。あとポプラ社の採用選考で、履歴書と送る課題作文でズッコケについて熱く語って落とされたことを思い出す(そりゃ落ちるわ)。パルコのツリーも、お社への階段へぶつかる道のライトアップもきれいだったが、人がほとんどいなかった。家に帰ってから勝手に今日を休肝日にして、口ざみしさに東京ばな奈とかアンパンマンチョコとかを食べまくる。

12月10日

 不思議と暖かい1日。前日は東京で冬の夏日を記録したというし、その名残だろうか。妹のCDを返すために少し遠回りしていく。仕事は、金曜の窓口なので行列ができてとても大変。そのうえ正規でない輸入車が来たりホンダのアヴァンシア(聞いたことねえぞ)が来たり常連ともめたりで、使わない頭をだいぶ使った。忙しいというだけで無駄に充実感がある。怖いお客さんに髪伸びてきたなといわれたので、剃るのが快感なんでまた剃りますと言ったら、剃りながら射精してるんじゃねえかと言われた。写経ですと訂正しておいた。かずまさんがドラクエ終わったら竹澤さんに売るらしく、竹澤さんはぼくに売るつもりらしい。自分の買い値で売りつけてきそうでちょっと不安だ。蕎麦を食べて、さらに窓口。古いアメ車の現車確認をはじめてやった。事務所に戻り、労組の年間交付金を頭数で割ったものをご祝儀ですと言ってみんなに配る。天使に見えるよと石川さんに言われたが、そういうことは封筒の中のしょぼい金額を見てから言ってほしい。ひさしぶりに定時退社。
 電車で街中のドトールへ行きカフェモカを飲みながら、窓の外のショッピングモールの交差点にたむろしているカラスのようなホスト風あんちゃんたちを見ていると、眠くなってきて少し寝た。パラパラと詩を見て、新星堂でDVDを見て、長崎屋で惣菜を見てから餃子屋へ。3人分の5人前を買い、スーパーでエビスの黒ビールとカッパえびせんを買って大人しく帰宅。ここの餃子は、パリパリ感がなくなってクタクタになってもやはりうまい。フォアローゼスを呑んでいるとまたDVDのソフトをチェックしたくなったので、妹の車で近所の本屋へ行く。「サテュリコン」と「わらの犬」と「時計じかけのオレンジ」と「ベルリン天使の詩」がほしいのだが、そう思ってみただけでなにも買わずに帰る。BSでみゆきが
「歌姫」を歌っていたので驚く。テレビで観たのは紅白以来だ。「歌姫」を最初に聴いたときは私的なつぶやきを耳にしてしまったようないかがわしくも秘めやかな魅力があると思ったものだが、こうしてテレビで最新バージョンを聴くと、なんとなく人受けしそうないい意味での包容感と余裕があり、いいと思いつつもなんとなく異和感がある。

12月6日

 午後からはメンタルヘルス研修だし、ちょろいちょろいと家を出たが、酒井さんが法事で休んだため書類運びや窓口に駆りだされたりで意外と疲れた。電車の時刻ぎりぎりまで仕事していると、研修に間にあわなそうで見ているオレたちがひやひやするから早く行けと追い出される。言われんでも行くわ、けっ。街中の商店街のドトールでパンを食べる。何時から研修だったかサトウに電話で聞いたら、ふざけるなと怒られた(そのあとアネさんからぼくに、何時からだっけと電話があった)。1時半から開始でわりと時間的に余裕があったので、本を読む。坂の上の研修所の講堂で、担当する課の説明があったあと、元リクルート社員の
産業カウンセラーの講演。5年近くにおよぶ精神疲労の蓄積のすえに疲労感すらない過労になり、身体的SOSの不定愁訴が出ること、そののち気分障害の抑うつ状態にいたり、やがては鬱になること、罹病までそれだけの時間がかかるため薬物による治療も意外に速効性がないこと、心因性の内臓疾患をあつかう心療内科の外来件数が普通の内科のなんと3.5倍でその大部分が鬱であること、鬱病の初期の身体症状は睡眠に関するものが多いこと、気遣いができ真面目で完璧主義で職務に忠実な人ほどかかりやすいこと(ぼくは大丈夫なようだ)、鬱状態には日内変動があり1日のうちでは朝が1番まずい、また悪くなっていくにも良くなっていくにもいくつもの波があり、悪化と回復が波をもった逆放物線をえがくこと、自殺が多いのは最悪の直前の鬱の波と、回復時の完全回復直前の鬱の波の段階が多いこと、女性患者は死にたいというが男性患者は消えたいなどの間接表現が多いことなど、初めて知ったことも多く予想外に面白かった。でもイジワルな見方をすれば、鬱病が当たり前の病気とされ市民権を得て知られれば知られるほど、いままで境界線上にいた人たちを鬱病であると自覚させることで鬱病に参加させることになるのではないか。
 でもまあそれでそやつらが治ればいいわけだしなどと考えつつ、呑み会までの時間つぶしに喫茶店に行く。コーヒーとゆず茶で本を読み、1時間以上ねばる。その間、誰1人客が来なかった。魚民で5班の連中がメインの呑み会。磯ちゃんがパーティでDJする話と、よしおがスキューバ行った話と、松本くんが論文試験のときぼくの隣だったという話と、まあそんな感じ。そこそこ酒を呑んで、新星堂の裏手の静かな薄暗いレストランで2次会。塚原さんがロードを13章まで知っていると聞き、びびる。誰かがビールのグラスを落として粉々にした以外は、わりとダレた。鬱病の人を励ます言葉の「それでいいんだよ」がみょうにはやった。呑みたりず、川辺と3次会。川辺、あいかわらずすさまじい残業をしているらしい。議員さんになるなら力を貸すよなどと、力もないのに余計なことを言ってしまう。会計で、ぼくがおごりますよと言った川辺が財布を落としたことに気づく。信用貸しで店に金を借り、前の店に探しに戻るもすでに閉店で、パルコの下の交番までつきあう。明け方にあきれた不審な2人組としてあつかわれた。結局財布は見つからず、妙に昂揚している川辺とクソ寒くほの明るい中を帰る。財布の中の生協カードの心配より、明日からの生活を考えたほうがいいと思うのだが。帰宅して、サトちゃんの大阪出張みやげを開ける。
なんでやねんと書かれた扇。これを人前で使う勇気は、ぼくにはない。だいたいなんで、なんでやねん、やねん。

12月3日

 暑い寒い痛いひもじい痒いまずいだるいの中でイヤな順に順位をつけると、痛い寒いひもじい痒い暑いまずいだるい、となる。とても寒くてだるい。上着が背広だけの会社員、制服だけの学生を見るだけで寒い。この異常な寒さは、ぼくの頭がボウズであることによるのかもしれないが。教会の石づくりの2つの尖塔が、乳色の朝日を背負ってそのゆるぎない輪郭をめちゃめちゃにぼやけさせている。朝から細かいミスとか視野の狭さでお叱りを受ける。確かに人の電話はほとんど聞いていないし、人が何をしているかもほとんど見ていない。こんなふうにオレオレ教ではいけないなと反省、反省ならタダだから何度でもしてやる。お昼に仲よしで蕎麦を食べ、セブンイレブンで箱ティッシュとよっちゃんイカを買って帰る。よっちゃんイカを食べながら新聞を読んでいると、大滝さんがりんごをくれた。地方紙の紙面広告は、異様なほど車の広告が多い。新しい車が出ると価格表の整理をしないといけないので、少しゆううつ。今日は所内こぞって忘年会なので、終業時刻が迫るにつけみんなが浮わついた感じになってくるのも面白い。呑み会の前だけ活気づくのも考えものだが。マイクロバスに乗りこみ、ホテルへ向けて出発、バスの中でうたた寝した。グランドホテルの、意外とこじんまりとして清潔感のある座敷で開会。所長の言葉のあと乾杯し、1、2杯も呑まないうちに所長への花束贈呈。このみち何十年の業界への貢献をたたえられ、総務大臣表彰と天皇陛下への
拝謁がかなったことを拍手で祝福した。陛下の到着まで礼の練習をしたとか、陛下は「平民」と接するせいか礼服はお召しになっていなかったと所長が言っていた。人が嫌がる仕事を何十年もしてきたのだから、そんな面白い経験でもないと報われない。田中支所長も今日は来ており、別の表彰を祝われて花束をもらっていた。
 いくら、刺身、ゆばと山芋に蟹味噌のかかったもの、魚の練り物、果物などなど。ビールも酒もほどほどにして、そこそこ話にあいの手を入れていたから疲れた。課内の面々がいつの間にか一ヶ所に集まり、結局仕事の話。で、ぼくはまたお説教された。三本締めして、やっと終わり。JRの駅、東武の駅の順で夜の街をマイクロバスで回る。石川さんの1歳の子どもが、抱きあげると鼻にかみついてくるらしく、うれしそうに話していた。空洞化の言われてひさしい中心街も、クリスマスに向けてネオンがまたたく。なんとなく物足りなく、駅で降ろされてから自転車で北上しつつアネさんに電話。めずらしいことに塚原さんと、夕食の店を求めて車でうろうろしていると言う。5分以内に来いと無理なことを言われ急いで自宅近くに向かい、停車していた塚原さんのフィットに拾われた。フラワーアレンジメントの教室でつくったばかりのツリーでかさばる後部座席で酒臭いなどと叱られながら、狭いなか店まで耐える。がらんとした倉庫のような天井の高い建て物で、服屋ととなりあっている喫茶店で一服。
 塚原さんは焼き飯で、ぼくとアネさんはスパゲッティ。銀の眼鏡をかけタイをはずした黒のスーツでギネスのドラフトを呑んでいるとどうも田舎ヤクザめいてしまい、店員が妙に気を使ってきて居心地が悪い。アネさんが店員の接客にキレかけていた。最近泣いてないので大泣きしたい塚原さんのために、泣ける映画について考える。思いおこすと自分がろくな映画を観ていないことに気づき恥かしくなる。だいたいぼくは恋愛ものより仲間モノとか犬子供モノのほうが泣けるので、いいアドバイスができなくて困った。一応、「恋愛小説家」と「ベルリン天使の詩」をあげておいた。アネさんは「ポリスアカデミー」をあげていたが、それは笑いすぎて涙が出るという部類に属するであろうと思われる。ドラえもんの
「海底鬼岩城」が泣けるということで意見が一致し、それ言うと年がばれるよと言って、塚原さんににらまれた。華やかな「コイバナ」などせがまれてもあるはずもなく、挙動不審気味に店内をながめまわしたりして御姉様がたに顰蹙をかったあげく、となりの席の連中の誕生日を祝ってやったり、自分たちだけで記念撮影などわけのわからないことをしてから、深夜にお開き。塚原さん、あの写真を笑いのネタにする気だ。車で送ってもらい、恐縮することしきりで帰宅。散歩の前かメシの前しか愛想を振りまかないうちのバカ犬にも軽く無視され、本を読んでとっとと寝た。

11月30日

 一ヶ月くらい前に結婚式でもらった切り花がまだ咲いている。白い花弁がつやつやしていて、まるで蝋細工のようだ。月末の最終日なので仕事の量が多い。昼の弁当をさっさと食べ、ひたすら黙々とデスクワークでノルマをこなしていく。お昼に窓口の手伝いに行く以外、外へは出なかった。秋天は好きだが、あまりにつづくとのっぺりとした均一な青さがうすきみわるい。同じようなことをずっとやっていると、だんだんボーっと心地よくなってきてものぐるほしくなりぬ。ココアなど飲みぬ。仕事が終わってもなんだか爽快感のある疲れがなく、このまま帰るのもなんなんで残業してそうなサトちゃんをJRの駅前に呼びだした。寒くなってからこのかた、ずっとカゼっぽく鼻水が出る。あんのじょう残業していたサトちゃんとおちあい、地下の青柳で乾杯。サトウは年末に向けた庶務の仕事で忙しいらしい。いろいろと苦労を聞かされたが、ぼくは仕事の話をする元気もない。
 
5円茶碗蒸しの最後の1杯をだいの男が2人で取りわけて食べる。柳川、いかわた、ポテト。東京時代にぼくの職場やよく行く本屋をコピーの営業で回っていたというご当地ネタで、盛りあがる。ひょっとしたら、何だあの胡散臭いやつとお互い思いながらすれちがっていたかもしれないのだ、東京の片隅のさびれた駅前で。リース契約にちかく、コピー機本体を破格の安値で売ったあと使用料を徴収するというパフォーマンス契約でライバルのシャープが強いらしく、サトちゃんがいまさらながらに憤慨していた。うちはA3の紙だけしか使用料は取りませんよと目先のメリットと機械の格安さを強調し、そのくせ耐用年数がたち減価償却費がゼロになったあとも1年多く契約させるなどの姑息な儲け方をすると言う。なるほどうまい。でも結局、パフォーマンス営業で契約取れても、事務屋に手柄取られてスポット営業ほどの利益はないがなとさらに憤慨していた。いろいろ食べながらも、憤慨の人である。2度と青柳には来ないと誓いつつ、駅で別れた。帰宅してからもなんとなく腹が減り、風呂につかりバーボンを呑みながら、妹がテレビ局でもらってきた大根まんじゅうを食べる。餡にすった大根が練りこまれているのかなと思ったら、まんじゅうの中からそのまんまの切り干し大根がまろび出てきた。ピリ辛かつ甘くてなかなかうまい。

11月26日

 昨日の夜、ばあさんが肺の
腺がんであることが判明し、それを夢うつつで思い出したせいか気が重くなり寝坊する。この年で親に起こされてしまった。うす明るいが寒い。サザンの新曲の「LONELY WOMAN」を聴きながら自転車で急ぐ。どっかで聴いたような曲だが、それでもやはりすばらしい。曲の旨み成分をたっぷり味わいながら、電車にのり事務所へ。昨日の窓口でうさんくさいやつにお金を貸してしまった件のほかに、もう1件の懸念だったテスト車のことでごたごたする。金曜で書類の件数も多く、寒空の下窓口に3回もダッシュで応援に行き、しかもお昼は電話当番だしで疲れた。ぼくが注文したのより大きくて高い、小平さんが頼んだ仕出し弁当をまちがって食べようとして、所長に笑われる。仕事が軌道に乗ったこともあり、なんだか最近面白くない。ココアを飲んだり、トイレに行ったりとまたも身が入らなかった。電車に間に合うぎりぎりの時間で職場を出たのに忘れ物に気づき、Uターン。職場で30分ぐらい待ちぼうけを食う、ほんと厄日だ。電車でごとごと街中にもどり、うさ晴らしにゲームセンターで太鼓の達人をやる。ソーラン節2回と、SMAPの「SHAKE」1回。自転車で支店まですっとばし、支部長さんに要請の手紙を提出してJRの駅までUターン。橋のそばの神無月の前でずっくんが待っていてくれたが、私服なので気づかなかった。
 5班の呑みだというのに遅れて来てみれば社長とこばちゃんしかいない。いまいち盛り上がりにも欠け、旧暦とかスキーの話とかした。いろいろな人を電話で呼び出そうということになり、その結果ヒマな照英が5班じゃないのにさっそく現われて笑えた。大阪出張だったのに遅れてもちゃんと来たサトちゃんと、呑めないのに県南からわざわざ電車で来たすーさんの2人に一同拍手。来てないやつらの薄情ぶりをののしっているうちに座が乱れだし、ガバガバとか
ハメドリとかぼくが聞いたことがない異国の言葉が飛びだす始末。ぐずぐずになって自然崩壊といった感じでお開きになった。照英が、おまえらの呑み会に誰も来たがらないわけがわかるよと言い捨てたのは、至極御尤も。1人で自転車で帰る。録画しておいた金八先生を観る。麻薬だとか虐待だとか、社会問題を取りあげてはいるがなんとなく幕の内弁当的にさまざまな病理が教室という箱の中でうまく料理されている感じで、さほど衝撃がない。かといって昔のように、3者面談とかトイレ掃除とかやっているとマンネリになってしまうということか。でもって、相田みつをだけは勘弁してくれ。呑みすぎで頭が痛くフォアローゼスを呑む気にもなれず、煎餅などつまみ食いして倒れこむように寝た。

11月22日

 さすがに100キロ南だと、朝の寒さがだいぶちがう。昼まで若年寄り全開で新聞など読んでくつろぎ、じいさんと坂の下の商店街へそばを食べに行く。量が救いの山菜キノコそば。別れて、渋谷へ。新宿をふらふらする時間もないので、乗り換え駅の渋谷で靴と服を探すという発想だ。あいかわらず迷路のようで、細い道に入ると方角がわからなくなる。パルコや丸井でY’SやBIGIをからかった(からかわれた)。平日ともあってガラガラで、好き勝手に着せてもらった。比翼じたての
Y’Sのコートがしっくりきて1番のお気に入り。AARの冬物のスーツは2ツボタンで襟が細く気に入らなかったが、裏地が渋谷店特製の銀鼠色で格好いい。昔のスーツについていたという、ゴミを落とすための上着の裾の切れ目から生地の中を上がっていくと行き着く、揉み玉という内ポケットが再現されていて面白かった。とはいえさすがにゴミは落とせず、行き止まりの普通のポケットなのだが。ABC−MARTに行ってから駅へ向かう。3時を回って少しずつ混みだしてきた。山手線から湘南新宿ラインに乗り換え、車中の活字中毒者たらんとするもあえなく睡魔に襲われる。古河あたりでヨダレ垂れ気味にやっと目覚め、「死霊6章」を読了。
 睡魔のあとは死霊の夢魔で、さてつぎはどんな魑魅魍魎が現われるのかと思いつつ待ち合わせ場所の広場の夜の噴水へ。塚原さんにサトちゃんに社長がすでに来ていた。「いわし屋」で「敬老会」。社長のフォローがことごとく地雷を踏んで、塚原さんににらまれてばかりいるのをサカナに、鰯鍋や鰯のなめろうや鰯の刺身を食べる。クリスマスの予定が出て、さらに場が暗くなった。予定がないのかあるいはないふりなのか、敬老集団はさすがに本音を隠してお互いの顔色をうかがいつつ、しかも相手の傷にさりげなく塩を塗りつつ、しかしみょうに自嘲的に楽しく杯を重ねた。遅れてきたアネさんと、サトちゃん塚原さんを送るため、ぼくと社長で大通りを駅まで向かう。カラオケ案もあったが老人なので早めに帰ろうということになり大人しくお開き。帰りに社長と何か話した気がしたが、大したことも話していないせいか年のせいか、何を話したか失念した。和紙のやわらかな手ざわりと匂いだけでも愉しい
小林秀雄全集の1巻を、寝床で読む。再読のせいか若書きのせいか、居合い抜きのような洞察の怖さはあまり感じない。不遜さはあいかわらずだが、むしろ感傷的というか、批評の対象に鼻先を押さえつけられて引きずり回されているような焦燥の幸福感があるような気がして妙だった。その動揺に引きずられて、読んでいるこっちも引っぱられるような昂揚がある。が、まあもっと真面目に読まねばならないだろう。

11月21日

 昼ごろ起きて、車で駅まで送ってもらう。運よく湘南新宿ラインの快速に乗れ、さくさくと本を読みながら座ったまま時速100キロの横っ飛びで横浜へ。乗り換えなしで横浜へ行けるなんて10年前は思いもしなかった、JRよありがとう。私鉄と地下鉄の相互乗り入れも革新的だが、最近ではJRと東武が相互乗り入れを検討しているという。新宿発日光行きとか浅草発仙台行きとか、ちょっと目が覚める。横浜で伯父さんに電話をいれ、横浜線で新横浜へ。国際競技場そばの労災病院のばあさんの病室へ着くとすでに夕暮れ時だった。7階の窓から川向こうに野球場とビル街が見え、まるで1流ホテルのような夕景。検査入院ということもありばあさんは元気そうだった。ぼくを待っていてくれた伯父さんとは1年ぶりだ。病室に入る時ぼくが「どうも」と言って入ってくると2人で予想していたらしく、「どうも」と言って入ったら笑われた。自分の単純さが見透かされているようで、どうも面白くない。伯父さんが帰り、ばあさんに病室のユニットバスの水量と温度の説明をした。ペースメーカーのつぎは肺と脳の検査とかで、病院もだいぶ儲かっているようだ。3食上げ膳据え膳のせいか、ばあさんは心もち太ったような気がした。じゃあまたと言って別れる。
 電車を乗りつぎ、いそいでじいさんの家へ。いままで家事をほとんどしたことがなく、しかも90すぎたじいさんが台所でうろうろしていたので焦った。既にできあがっているシチューを1時間くらい煮こんでいたらしく、また、レンジで小松菜を湯気が出るほど長時間解凍しており、軽く蒼ざめる。しかも人のいうことはまったく聞く耳をもたず、だがまあこの点は血筋なので仕方がない。2人でちょっとちぐはぐなご飯を食べつつ、エビスといいちこを呑んだ。ひさしぶりに観た新撰組も、鳥羽伏見で負けて江戸に戻ったりといろいろ大変そうだ。
野田秀樹の勝海舟がすばらしい。「信長」の時の玉置浩二の足利義昭に迫るものがある。8畳に布団をひき、じいさんがとっておいてくれた新聞の切り抜きと持ってきた本を寝そべりながら読む。ばあさんのいないばあさんの家で、紀貫之の政治的な不遇に同情しつつ寝ながら酒を呑んでいる。こんなことを自分がしているとは10年前想像すらしていなかったわけで、これからさらに10年後、三角の笠をかぶってベトナムの屋台で食い逃げする客がいないか見張っていてもちっともおかしくはない。って、まあそれはないだろうけどさ。

11月20日

 前日までの雨も止み、うってかわって快晴。いがちゃんと、車で動物園に行く。あさって中間テストなのにこんなことしてていいんだろうかと思うが、本人はいたって呑気、お母さんまで2人分の弁当を朝から作ってくださっているくらいだから、まあそういう家なのだろう。入園するとあいかわらず人影はまばらで、キリンと小猿に餌をやったりした。ぼくのお目当ての、ワラビーとのふれあいタイム。長いまつげの黒い瞳と茫洋とした風貌が可愛らしく、それでいて餌をやろうとするとわらわらと群れ集ってきて消極的に餌をせがむあたりのセコさもたまらない。チビだけがどういうわけか離れたところでそっぽを向いていた。ワラビーとカンガルーの違いは、体の大小と袋の有無でしかないことが判明。そのくせワラビーという呼称はB級めいていてとても好ましい。ペンギンが小魚で餌付けされて魚のように必死に泳ぎ狂うところを見たり、猿山の人工の穴の中の小猿にパンの切れ端を放り投げても遠慮しているうちに他の猿にとられていたり、昼間は寝ている、眉間に公家のような点を2つつけているライオンがつがいのメスと喧嘩しているのを見たり、臼歯と歯ぐきむき出しで顔を斜めに傾かせて餌をせびる馬鹿ロバを見て笑ったり、ドレッドヘア(?)の羊がマトリックスリローテッドの白スーツの男に似てると言ったり、檻の中のウサギと外でさわれるウサギの違いは性格のよしあしであると推測したり、絶壁から身を乗り出して客の餌を鼻で吸いとる象がつんのめったらどうなるのか心配しているうちに、昼。小さな舞台でまばらな客に向けて犬の
しつけ教室をしているのを冷やかしてから、鳥のいる池のほとりで弁当を食べる。おにぎりは玄米で、しっとりしてうまかった。いがちゃんが殊勝にも売店でポテトとたこ焼きを買ってくる。午後1時からの犬の芸を見に、意外に多くの家族連れが集まってきた。木のベンチでご飯を食べながら、横目で陳腐な芸を見る。
 いがちゃんはもっと小さなころにここの犬の世話をしたことがあるらしく、懐かしがっていた。犬の芸よりも、芸の後の犬とのふれあい会のほうが盛りあがっていた。帰り際に、円筒の中に入りぐるぐる回転する気持ちの悪い乗り物と、ジェットコースターに乗る。やつはぼくに負けずおとらずビビリ。半分廃墟と化したランドマークの天守閣に上り、最上階で10円を入れて釣り天井の仕掛けも見る。入館料100円なのだが無視して入ってしまったが、帰り際にいがちゃんがダメだよと言ってしっかり払っていた。こんな真面目ないいやつだったっけといぶかしみつつ、しぶしぶとぼくも100円を集金箱に投入。帰りの車の中で、帰ったらテスト勉強するつもりだけど深夜に部屋の電気ついてたら多分ぼく寝てますからと、なぜか偉そうに言っていた。前言撤回である。降ろしてから、クリーニングと薬局へ行き、帰宅。そのあと今度は自転車で外出し、ふらふらした。深夜に珈琲館へ行き、今日衝動的に買った村上春樹の
「風の歌を聴け」を読む。いままで敬遠しつつも気になっていた作家のデビュー作だが、すんなり読めた。この調子で、時間にそって作品を読んでいけたらいい。サービスデーだったらしく、帰りに2杯目サービス券と100円割引券と黄色いマフラーをもらった。ぼくの頭がボーズで寒そうだから、マフラーはそれへの当てつけに違いない。帰りに家の前を通ると、いがちゃんの部屋の電気は消えていた。

11月17日

 休日をとり、昼までのんきに寝ている。杉田かおるがいいとものレギュラーだとはじめて知る。柿とリンゴを食べ、本を読んだりしてから外出。銀行へ行き、カワチで酒を買おうと思うもうまそうな日本酒がないのでやめ、クリーニング屋へ行ってから帰宅。会社から電話が入ったので何事かと思ったら、昨日のぼくの照会額がどうしても出ないので教えてほしいと係長が言う。どうやらぼくの間違いらしく、せっかくの休みに冷や水をあびせられてしまった。犬の散歩をしてから、自転車で出る。近所のスーパーで花束を買い、観専寺へ。このために休みを取ったわけではないが、奇しくも休みが命日だったのだから行かないわけにもいくまい。境内で寺の子どもが焚き火で悪ふざけをしていた。線香こそなかったが、墓は花に飾られていた。花束をバラして左右の花受けに無理やり詰めこみ、赤いカーネーションだけ墓石の前に寝かせた。
 すぐ隣の大谷石の壁のむこうは車のあまり通らない旧街道で、下校途中の自転車の高校生の声が通り過ぎていく。空は淡い夕暮れで、上のほうの薄い青空に金色の細い糸のようなひこうき雲をぶらさげた小型機と、爪のような白く細い月が出ていた。思い出して、近所の店で好きだった缶コーヒーを買ってきてお供えの台にそえる。街中を突っ切って、歯医者へ。松井さんのおばさんがシュウマイのお礼とかなんとかで、仙台の豆腐かまぼこをくれた。今日も歯石をがりごりがりと削られ、血まみれで終了。図書館で小川さんに薦められた
「日本語はいかに作られたか」と、いまさらながら小林秀雄全集(全作品のほうでは断じてない)の1を借りて帰宅。豆腐かまぼこはさっぱりと甘くてうまかった。台湾の李登輝前総統が、「魁!男塾」の江田島平八塾長のかっこうで写真をとって物議をかもしているらしい。こういうぶっそうな茶目っけがある人を、岡田とか小泉でなく、日本の次期首相にしてはどうか。

11月13日

 曇り。メールなど書いてから、タケとロッテリア前の交差点でおちあって自転車で中学校へ。タケは結婚間近だというのにあいかわらずのやさぐれた風体で、自転車のかごの中で煙草の吸殻がちゃぷちゃぷ揺れていた。テニスをしている元塾の生徒に気づかれないように裏門からこっそり入り、10年前と同じあたりに自転車を止める。ほとんど景色に変わりはないが、かといって馴染みの場所という感じではなく、とはいえ懐かしいと完全に傍観するにしてはあまりに生々しい。正面玄関のつきあたりで記帳し、スリッパを履いて体育館に向かう。1児の母でありケバくなった豊田だが、背の低さも声の高さも人なつっこさも変わっていなかった。入り口に、浮世絵か何かの変な簾がついた以外はかわりないトイレで、タケと連れ小便。10年ぶりに母校に戻って1番懐かしく感じたのが景色でも音でもなく臭いだったのが意外だった。それはトイレの金属くささであり、体育館の埃くささであり、教室の木のくささである。ナカケンも高藤も新潟で被災したらしく、誇らしげに体験談を語っていた。これほど会話のきっかけとして有効な話題はないわけで、少しうらやましい。
 ナカケンは少しはげた。真面目でからかわれやすかった稲田が今は高校の教師になり、それ相応な自信をうかがわせていた。今年が卒業後10年の倍数の卒業生がつどう全体会にしてはささやかな人数で、開会。ベロンという仇名の見た目がベロンなテニス部の顧問が今は副校長として学校の近況報告をしたり、同級生のマキロンが今は講師となって雑用をしたりしていた。先生紹介。竹井先生はロマンスグレーのしぶいオジサンに、高野先生はほとんど変わりなくあいかわらずひょうきんに、そして10年ぶりの大島先生は少しふけてそれでもあの当時の声で話をされていた。いつもジャージだった大島先生がスーツにベストなので少し異和感があったが、下を向いて声だけ聴いていると、目を閉じて黙想させられながら話を聴いたことを思い出した。この会で後にも先にもこのときだけ、時間が甦った、いや、ぼくが過去と呼ばれるあちらがわの生々しい時間に飛んでそちらの時間に組みこまれたと感じた。同窓会役員のあいさつがあり、伊澤のピアノ演奏で
校歌斉唱し、あっけなく閉会。何人かと夜の校舎をあちこち見て回った。教室のすみにパソコンが置いてある以外、ボロさが当時とほとんど変わらない。放送室の前で稲田が、おまえら文化祭で喰人族の宣伝して怒られてたろと言った。そういえばそんなものをスクリーンで放映したうえに、校内放送で下卑た宣伝を何度もしたことを思い出した。それが契機かはわからないけれど、あの翌年に授業内のクラブ活動はすべて中止になったのだっけ。ちょっと照れくさくもあり、ガラスを割ったのをみんなでマキロンのせいにした校長室などを軽く散見したあとでタケと帰る。
 寒い寒いと言いながら街中まで出て、今度は6時からの学年会。ホテルのロビーにいるとそれらしい女とかがあちこちにいるのだが、誰が誰かわからず声をかけづらい。ムッソリーニもやせたがあいかわらず
ムッソリーニだった(女の仇名)。いきなり乗っかってきたデブの戸井田も今は刑事だし、来てそうそうぼくの坊主頭をさわってきた田中も渋谷のベンチャーで働いている。そこいくと、1年の時よくつるんだ菅谷は身長も顔も軽薄さも変わらないうえにいまだに学生で、しかも塾帰りの小学生みたいな格好でぼくを安心させた。こいつも来年にはお医者さまになっているのだが。6階の広間で立食パーティ。なごやかで全体に親しみのある雰囲気で会は進んだが、酒が入ったせいかへそまがりのせいか、このへんからこっちから出向いて懐かしがったり今やってることを聞いたりするのが面倒くさくなる。かってに飲んでいるとヤックンやノブがあっちから来てくれて、それはそれで懐かしくうれしいのだからセコい男である。改めて大島先生にビールを注ぎにいく。ぼくがおそらく唯一恩師と呼べる人にこうして酒を注ぎ注がれるときが来たことがうれしいのに、そのうれしさがその瞬間を想像して今まで感じてきたうれしさに劣っているような気がして、素直に喜べない。だが、成人式をすっぽかしたぼくのことを心配してくださっていたようで、やはりうれしい(どっちだよ)。ぼくが現時点で「まっとうな仕事」に就いていることも素直に喜んでくださった。
 ぼくと親友の松原と、大島先生が心配されていた二人のうち片方が、成人になる前に親にも行方知れずの出奔をし、もう片方がのうのうとにやけながら恩師の前でエビなんて食っている。でもぼくは、生きているとすれば松原のほうがまっとうなことをしているにちがいないと踏んでいる。いや、いつの日かやつはぼくを完全に凌駕して現れるのではないかとぼくは思っている。だから大島先生がそうやってぼくをかってくださるのが、少し歯がゆかった。早かれ遅かれぼくは、文学と世間で呼ばれている「マニアックでご大層」らしいそういう今の道、というか勝手な軌跡を歩んだろうが、その道行きを指し示しはやめた恩人、というか張本人はやはり
大島先生で、そのことに対して言葉足らずに御礼を述べた。話は自然に先日死んだ中島らもの話に移り、しかしさすがに同窓会でこんな話を本気でするとは思わなかったな。だからこの人、出世しないんだよなあ。背が2倍くらいに大きくなったカッチや、今やCMにも出るモデルになった滝川や、カヒミカリィの弟で音楽の仕事をしているらしい比企くんとかが、ちょっともったいぶって遅れてやってきた。クラスごとと、学年全体で記念写真。この場にいないのに存在感がある人や、この場にいるのに別にどうでもいい人がいるのが面白い。お開きとなって、会はクラスごとの2次会に流れていく。結局安易に魚民。
 となりに細川がいてずっと話しこんでいたのに細川ってそういえばどこにいるなどと口走り、たいへんな顰蹙をかった。祥次郎、淳、オヤジの三人組をはたから見ていると、こいつらの顔がちっとも変わっていないことにおどろく。隣りにいたきれいな女が小野里であることを知りさらにおどろく。女の子は化けるとかって同窓会の定番だが、まさにその通りだなどと感心しつつしっかり今度呑む約束をした。遅れて臼井登場。やり手ビジネスマンだがお笑いでよくいるデブに似ているという、捉えづらいイメージになっていた。小塚が、オレは左翼なのにお前が右翼右翼とかって決めつけるから中学時代迷惑こいたなどというので、本当に右翼とか左翼とかって今くだらねーと腹が立ち、語りあっているうちに妙に興奮し、しかし酔っているので自分でも支離滅裂で疲れた。3次会は同じビルの中のカラオケ。前市長の婿養子になった石塚があいかわらずのガキ大将的な押しの強さできれいどころとデゥエットを歌いまくり、やや閉口。菊池敦子が造形か何かやっているらしく、今度観に来るようにいわれた。大島先生がローリングストーンズの後でビリージョエルの
「HONESTY」を選曲されたので、ぼくもついでに歌う。締めのあいさつで小塚が意外にもまともに大島先生への感謝の意をのべ、諏訪のてっちゃんの3本締めで、散会。大島先生と今度呑む約束をして、別れた。
 石塚やそこらと4次会というのもちょっとあれなんで、鈴木くんと2人でさりげなく抜け出し、帰宅途中の小塚を無理やり帰ってこさせ、家で寝ている杉本を深夜2時に無理やり起こし、鈴木くんの家で4次会という運びになる。杉本は自宅から直行、小塚と鈴木くんはタクシー、ぼくは自転車で3キロ先の鈴木家へ向かう。深夜だというのに、鈴木母がこたつにみかんやらいかやら、宴会の準備をして待っていてくれた。鈴木くんの姉さんが兄弟であることを隠してぼくと鈴木くんのクラスに教育実習で来たこと、弁当の時間にぼくらの班で姉さんと机を囲んでいっしょに食べたとき、鈴木くんと鈴木先生の弁当が同じなことにみんなが気づいたのに誰1人として兄弟だと気づくことがなかったことを思い出して話したら、笑っていた。お母さんが寝て、酒を呑みながらサッカーを見ていると小塚が「シコ踏んじゃった」を見たくなったらしく、馬鹿なのでぼくの自転車で自分の家までビデオを取りに行って戻ってきた。最初は馬鹿騒ぎしていたのに、しまいにはコタツで鈴木くんと小塚が先に寝、ぼくは映画が終わってから杉本を見捨てて寝た。中学と何の関係もないのに呼び出されたうえ勝手に寝られても、不満を言いつつ怒らないのが杉本のいい(扱いやすい)ところだ。起きたらまだ7時なので、静かに帰る。寒くて薄暗くて雨がパラパラ降るすさんだ朝。野口雨情旧家前のバス停で小塚と別れ、自転車で杉本と並走しやがて見送り、1人で環状線を北へ。休日ということもあってこの時間は車もほとんど走らない。なんだか頭が飽和状態で、なにも考えられず記憶のかけらばかりが行きすぎ、ボーっとしてペダルをこいだ。

11月10日

 今日は酒井さんと窓口担当。客があまり来ないし、仕事はおぼえてしまったし、資料は読んでしまったしで、かなり時間をもてあます。ただ、あいかわらず車の見分けがつかない。スープラとセリカの違いとかって、判る人を本当に尊敬する。ユーノスのロードスターが国産でしかもマツダの車ということがはじめてわかった。けどさオマエラ、吉田健一と吉田修一の違いワカンナイだろ、ざまーみろ。昼飯は、万年いなりのいなりとカンピョウ巻き。ここのいなりは皮に張りがあるのにジューシーでたいへんうまい。仕事後半戦、いいかげん飽きた。大滝さんからまた春菊をもらった。雲行きはしじゅう怪しかったが就業中なんとかもちこたえたようで、電車で街へ向かい紀伊国屋で時間をつぶしてから、花子へ。自転車を飛ばしていたら声をかけられたので振りむくと、なぜか川べりにサトちゃんがいた。ちょっと気まずい。提灯に招かれ、薄暗がりの鉤の字の廊下を歩いて、祖母の家の階段によく似た、登り先が下から見えないゆるやかな弧を描いている古くて急な木の階段を登り、座敷に通される。
 アネさんがなかなか来ないので、源泉徴収と年末調整と年末再調整と
年末再々調整と確定申告と追徴金の話をした。彼女が税務署なだけあってさすがにくわしい。持ってくるジョッキの中のビールの量が毎回違うことのほうが、より気になってはいたが。遅れて、ボス降臨。サトちゃんが今週末にはじめて彼女の両親と会うという話で意見があわないか何かで、なぜかサトウアネさん間に険悪なオーラが渦巻いていた。それを見ないふりをして、山芋とキノコと鱈と湯葉の鍋、蝦と甘唐辛子(ピーマン)の天ぷら、白い細いそばと黒い太いそば、酒は黒龍と南部美人。黒龍は十四代に似て、旨みがピチピチと舌の上で小躍りして大層うまい。大将の自慢のあごもしっかり拝んで、満足して外へ出た。川ぞいに駅まで歩く、何を話したかはおぼえていないが不満はなかった。自転車で夜道を帰る。筒井の自選ホラー傑作選と、死霊の6章と、EXELのガイドと、新潮100周年記念別巻を並行して読んでいる。なんかいいかげんこの生活飽きてきた。

11月6日

 土曜日にしては異例の早さでしぶしぶ起き、自転車で駅へ。朦朧とした頭のままで東口をうろうろしていると、やっさんが遠くで手をふっている。貸切の大型バスに乗りこんで曇り空の下を那須へ。前の座席で居眠りしてかしいでいる茂木くんの後頭部を見ながら、3Dメルヘン水族館って何だなどとやっさんとくだらない話をしているうちにホテルに到着。かなり肌寒い。1階のロビーで挙式を待っているとぼくが高校のとき世界史を教わっていた斎藤のキンさんが入ってきた。ちっとも変わらないが今日はさすがに白衣は着ていない。2階の受付で、袱紗はないものの祝儀袋とメッセージカードを渡して祝いの言葉をのべる。このために、水引はほどける蝶でなくて結びきりの鮑結びだとか、2万円だと2つに割れるのでよくないから5千円2枚にするべきだが最近は2がペアってことでさほど失礼にあたらないとか、墨は濃くしないと法事になってしまうだとか(結局墨でなくマッキーで書いたのだが)、袋は幸せを受けるように最後に下から閉じるだとか、
忌み語に注意するとか、付け焼刃な儀礼の勉強をしてきたのだがあまり役に立たなかった。開会の時間となりいったん外へ出て、ホテルの敷地内の芝生の広場の奥に建つ意外とどっしりした小さな白い教会に入った。正面十字架の後ろに大きな十字の白枠があり、それを囲むように半円の彩り豊かなステンドグラスがひかえめに輝いている。その上方に教会の名前にちなんだ太陽のステンドグラスの天窓があった。
 燕尾服の小林くんが緊張しながら静かに入場してきて祭壇の前に立ち、そののちワグナーの結婚行進曲で先導の少女のあとに新婦が父親に手をひかれて入場、待ちうけている小林くんが父親にかわって新婦の手をとり、祭壇へ。一同起立し、ぼくも知っている賛美歌を斉唱した。誓約や指輪の交換、頬へのキスなど定番ではあったが、それでもはじめてだし生々しくて魅せられた。やはりキリスト教の一神教的な厳かさは、結婚という儀礼におあつらえなのではないか。鐘を鳴らして教会から出てきた二人に、フラワーシャワーの祝福。いや、ぼくだってそういう時は、斜にかまえず心から祝福するのだ。山中で曇天でかなり寒かったが、雲の合い間に乳色の太陽がのぞいた。ホテルに戻り、披露宴。若い課長と年配の課長補佐といううちの会社の特殊なシステムゆえの奇妙な組み合わせの祝辞がつづいたが、かたやユーモアもふくめて計算された理知的なあいさつ、かたやざっくばらんでちょっとどぎまぎするようなあいさつと好対照でちっとも苦にならなかった。ぼくとは高校で同じクラスだった新聞記者の山崎くんがつくってきた二人の馴れ初めやらについての本格的なパンフレット
「太陽新聞」もよかったし、新婦友人が学ランを着て歌った気志團もよかったし、とこぶしも鱧も鱶鰭も「フィレ」肉もゴマのブラマンジェ(プリンらしい)もおいしかったし、ケーキ入刀も仰々しくなくてよかったし、来賓がキャンドルをもち道をつくって二人を迎えいれる衣装なおしもよかった。
 と、褒めてばかりだとどうも調子が狂うから言っておくと、節目ごとに大音量でかかるエアロスミスとかちょっとクサすぎてやりすぎ。ダレもせず物足りなくもなく粗相もなく、会はお開きになった。テラスに出ると見渡すかぎりの色づきかけた森が遠くで霧の海に沈んでいる。いやもう、眼福眼福。で、1階のロッジのような開放的な洋食屋で2次会。幹事の山崎くんの機転と人情と押しの強さで、こちらもだいぶ盛りあがった。山崎指令で即席音響マンにさせられたぼくは、少しはなれたところでワイン呑み呑み、新郎新婦のイチャイチャコーナーでドリカムの未来予想図Uの音量を上げ下げなどしていた。でもそれは、ちっとも悪いことではなかったと思う。1本締めでお開き。小林くんにまた呑もうと言い、矢沢心に似た新婦にときどき旦那をお借りしますと言い、バスに乗る。熟睡。駅へついてやっさんと茂木くんと別れて自転車に乗ると、寝起きで寒くてクシャミを連発した。余韻にひたろうとロッテリアに入ると、20時閉店ですと言われて15分しかいられなかった。ど田舎。桑田ソロの「いつか何処かで」など聴きながら、帰る。

11月4日

 毎晩新潮カセットブックの江戸川乱歩
「芋虫」(しかも白石加代子朗読)を子守唄にしているので、たいへん寝覚めが悪い。そうでもなくても寝覚めの悪い男だが、今日はそれほど寒くもなくラクだった。午前中は某団体に金額のミスで大層あやまり、午後は午後で大層こわいと評判の常連客にあやまった。お昼ごろたまたま窓口に使いで出ていると、わざわざ時間給をとって川辺がデータの修正をしに来ていた。なんだ、またからかいに来たのかと思う。顔が土気色だったが、酒の呑みすぎだろうか。昼は蕎麦。おばさんがサービスで大根の酢漬けをつけてくれた。「女性自身」で、杉田かおるとあびる優の撮影後の舌戦についての記事を読みながら、もちもちとしたウドンのような太い麺をかじる。
 で、仕事。アウディの価格表が来たよと言われたのに、え、コルトですかと聞きかえし、人の話をぜんぜん聞いていないことが判明したりなどする。帰宅したあといちゃいちゃしている中年の恋人同士とぼくしか客がいないロッテリアで、死霊の5章を読了。いろいろな本をつまみ食いしていたから、4章を読んでからだいぶ時間がたってしまった。最近ぜんぜん書評を書いていない。専門的な知識がないから、感想にしかならないし、そうするとどうしても通り相場の終わり方になってしまうので、なんとなく気がのらないのだ。何か面白い発想の拡がりでもあれば。夜中に前かがみになった瞬間、ダイエットが必要なことが判明。かなり落ちこんだ。


10月30日

 昼ごろ起きて、歯医者。2ヶ月ちかく通っているのにちっとも完治と言われない。治療の合い間に寝椅子にもたれて目を閉じて大口をあけていると、なんだか自分が人前で意味不明の行動をとっているんじゃないかという妙な不安におちいる。歯の間の歯垢をとったらしく、うがいの水が血まみれになった。帰宅して薬臭さをおとすために全身総洗い。そのあと急速に眠くなる。寝る。気づくと待ちあわせの時間ちかくになっており、雨の中をしぶしぶ出かけた。赤や黄のランプが黒々と輝くアスファルトに暈をつくって数珠のように連なり、降る雨が地表ちかくでなまめかしく光る。駅近くの「田」で、会社の同期で部が同じ連中との呑み会。モルツと熱燗に、ピザとかイカフライとかつまみ程度のコース。渡辺くんが自分のアパートの駐車の難しさだとか湘南新宿ラインのグリーン車の仕組みだとかどうでもいいことを熱心に語っていて、けっこう閉口させられた。やっさんは休日に自転車で40キロちかくある環状線を一周りするらしく(これはかなりすごい)、玉川くんはうちの近所から引っ越して喜連川の温泉の出る家に移ったらしい。どうでもいいことでも、どうでもいい感じで話されるとそれなりに興味がわく(気がする)。確信犯的に遅れてアネさんの登場、先のとがったブーツと前髪を横にピシッととめた髪で70年代っぽくまとめていたので荒井由実みたいと言ったらやめてと否定された。淡々と穏やかに進み、2時間くらいで散会。
 アネさんと呑みなおそうと思って歩いていると、偶然やっさんと玉川くんに声をかけられ、雨の中、連れだってできて間もないバーへ。結果的に、渡辺くんに内緒でみんなでしめしあわせて落ち合ったようになってしまった。ヘネシーの製作者が故郷アイルランドに帰ってつくったという、
「渡り鳥」という名のウィスキーを呑む。やっぱりウィスキーというよりはブランデーのようだった。生協の食堂が昼休み前の11時ごろから開いているのも問題だし12時に行くと食べ終わった人とかち合うのも大問題という話、行員時代の鈴木さんが勤務時間中なのに神社の石段をかけあがって追いかけてきたという話。白壁と、直角に曲がって天井につづいている黒い柱、ガス灯の頭の部分だけの照明、その3つが合わせ鏡のようにつづく奥に小さな窓があり、そこから庇のかわりに白い骨組に緑のビニールを貼ったものと、ガラスの加減のせいか斜めに走る光の雨が見える。緑のビニールの先端に小さなランプのように大きな水滴がポチポチとともって、それがくっつきあったりしてぼたぼた贅沢に落ちていった。アネさんと3次会のカラオケに行く途中にこれまた偶然、岡山弁をしゃべる自称フランス人のエリックに会う。ぼくは初めて会ったが、どうみてもアラブ人にしか見えなかった。カラオケに行く時はいつも雨。TMNや渡辺美里や春日の八ちゃんなどを歌った。ここのクソまずいワインにも慣れたが、帰りにみゆきを聴きながら自転車に乗っているとさすがにクラクラきた。

10月27日

 長雨が終わったかと思えば、12月と思えるほどの冷えこみ。5月あたりに腕にできた傷はケロイドになってしまった。朝が弱いので、朝1番のその日の目標は早く寝ることになってしまう。午前中、事務所で接客したり書類を整えたりする。接客中に地震があり、1階が駐車場のせいもあってかなり揺れた。昼はラーメン。午後はファイルの差し替えや内審、荷物運びをした。県北の山々は初冠雪とか、さもありなん、お茶が熱くておいしい、とひたっていたらバイトの会田さんにそのお茶は
お客さん用の高いお茶ですとチャチャを入れられた。仕事を明日に持ちこし、出社。駅前のパチンコ屋にくっついたまずそうなウドン屋のテレビが、土砂崩れの現場から子供ひとりだけが救出されたと伝えていた。
 マユツバもんの冷えこみ。たまらず地下にあるかづきに1人で入り、熱燗を頼む。期待はずれのぬるさだったのでもっと熱くするように頼んだら、悪意を感じるほど期待以上に熱くしてもってきた。これがまたたまらない。おでん風の大根と卵をつっつきながら、グインサーガの最新刊を読む。風来坊のマリウスがあいかわらずで、そのあいかわらずさが妙にうれしい。酔いに任せ、いきおいで帰宅した。イラクで同年代の男が過激派に拉致されて処刑予告をうけている。自業自得とか自己責任という声もあがりそうだが、軽率に旅行したくらいで首を斬られてはかなわないなと自分の身に置きかえて思う。テレビのバラエティで楽屋を隠し撮りされた三村は、ちっともツッコミを入れていなかった。

10月20日

 今年最大規模の台風。癇癪をおこしそうな空をなだめつつ、自転車で出勤する。今日は運良く窓口に出向する日ではないので、事務所で内審。窓の外で雨が真横に降っている。斜め下からアッパーカットのように吹きこんでくる雨でずぶぬれになり、爆笑しながら帰った夏の台風の比ではないが。お昼に3階の会議室のイスを教室のように並びかえて、職労の委員さんをむかえる。
分会長さま(職場のヨゴレ役)として、資料を配ったりあいさつをさせられた。はじめて3階の和室で弁当を食べ、少しおくれて午後の仕事。入社して半年、やっと自分の仕事の流れがつかめてきて、期限ぎりぎりで焦って泣きをみることもなくなった。定時に出社したのに夜中のような空の色。新装開店した駅前のパチンコ屋の白い壁と、ネオンが映って赤や黄色の粉をぶちまけたように光るあちこちの水たまりばかり明るい。電車で盛り場まで行き、なか卯で親子丼とはいからうどん。商店街を抜けビルに入り、映画館のあるフロアーでエレベータを降りると、7時からの回は中止なんですけどと言われた。映画が中止なんて話、聞いたことねえよ。台風なのにわざわざ来る客を追い返すようではもうここも長くないなと思いつつ、傘をさして突風の中を帰る。
 競輪場通りをこえ、田んぼの中に新築の民家がちらほら建つなかをうねりながら抜けていく新道をせっせとこぎ進んでいくと、突風で傘が手前にかしぎ、はずみで眼鏡がふっとんでいった。暗闇で手さぐりでびしょぬれになりながら雑草の中の眼鏡を探す。帰宅したら、スーツのズボンが煮しめた昆布のようにデロデロになっていた。腹の虫がおさまらず、豪雨の中を車で出発し、あてつけのようにできてまもない郊外型シネコンに行く。隣接するショッピングモールも最近できたのだが、さすがに人はまばらだった。ベストポジションに陣取りつつ、
「誰も知らない」。声がくぐもったときの口の中の音などの「雑音」を処理しないことや、照明を工夫して自然の状態で撮影したようなざらっとした景色を映すことでドキュメンタリー風にしあがっており、普通の劇映画の距離感ゆえの安心感がもてずにとまどう。現実の事件を素材にしていることもあり、あまりに生々しく痛々しく、置き去りにされた子供たちの生活の創意工夫と愉しみといったポジティブな捉え方はできなかった。それでいてこれはやはり、というかあらゆる芸術はやはり(と、今日確信した)、ファンタジーなのだ。作中人物が「あの家はくさい」と言うまで、ぼくはその家のくささに気づかなかった。雑然とした部屋の中はある安定を(言うなれば雑然と映るように整えられた安定を)もっており、それを包む光があまりにやわらかく美しいからだ。だが、ファンタジーと現実逃避はちがう。
 このフィクションによる事実の捉えなおし、改竄は、意味づけされることなく死んだ死者へのなぐさめであり(ということは意味づけされることない死をいずれは迎える万人へのなぐさめであり)、英雄でも君子でもない普通の少年の普通でない健気さと品性は現実への辛辣な批評である。だがぼくがこの映画で一番感心したのは、健気や不憫とかいう犬猫でも持ちあわせているありきたりのものでなく、「無様にならない」ということだった。どんな境遇でも無様にならない惨めにならないそういう力、美しさ、それを主人公の強い目線がよく語っている。ラスト近く、夜を徹しての埋葬をすませ、羽田モノレールが地下から地上へ出て、曙光で車内がまばゆいオレンジにつつまれるシーンでぐっときた。今日の感想、いい映画はどこで観てもいい映画。帰路、雨はそれほどでもないが道がけっこうすごく、ズオーーッと音をたてて水たまりを切り裂いて走る。そういえば映画に出てきたミスタードーナツは、大学時代によくまちあわせした店だった。懐かしいなあ。

10月13日

 連休のあとの窓口はつらい。と思いきや、お客さんが少なかった(それもつらいが)。台風がやっといったと思いきや、ぶりかえしたように昨日からふりだした雨が長びき、窓の外の広い敷地をぬらして黒ずませている。と思っているうちに時間で退社。昼休みに跨線橋を自転車たちこぎで登っていて先がぱっくり割れた革靴の修繕の見積もりをしに靴屋へ行ってから、むかいの模型屋にぶらっと立ちよる。ソアラとかスカイラインとかのクーペ、アルファードとかオデッセイとかのミニバンはまああってもいいが、bBとか普通の小型までプラモになっているのにおどろいた。子どものころは鉄道と城と戦車とモデルガンにしか興味がなく、模型屋に来ても車はちっとも見なかったのでそんなことも知らない。そういえば、小学校の時の
ミニ四駆ブームは苦痛でしかなかった(スーパーカー消しゴムは意外と好きだったのだが)。ニューイタヤのパーティー会場で会社内の高校同窓会の集い。現校長やら教育長やらお歴々が壇上であいさつをし、高い天井のまばゆい暖色の照明のもと、給仕たちが白いテーブルクロスのしかれたそれぞれの円卓に料理や酒を運んでまわる。新人は壇上で自己紹介をしたあと、重鎮たちにビールを注いでまわるようにと指示を受けた。ってなわけで、間抜けな顔をしてビールを持ったまま酒を注ぐために行列をつくる。席に座っている人よりも目線を下げるために、絨毯に膝をついてしきりとうなずいている心得た新人もいる。茶番だなと思いつつも、ビール瓶の重さに腕をしびれさせることなんてそうそうないのでなんとなく面白い。儀式を終えてあいさつ回りする気もうせ、新人席で肉などつまみつつくつろぐ。高崎くんが同じ高校のしかも同学年だったとはおどろいた。彼は理系で学校そばのお好み焼き屋に入り浸っていたくち、ぼくは文系で遅刻早退無断欠席のエキスパート、出会うはずもない。
 ぼくより一年先に入社したらしい孝介が、おずおずとしてしかし親しみをもったいかにも彼らしい感じで、ひさしぶりのあいさつに来た。高校のときとほとんど変わっていない、というか、小学校のとき塾で会ってからこの人、ほとんど変わっていない。大学の先輩でもある江連課長とナカガワさん、ぼくといれかわりで異動になった郷野さんがわざわざあちらから話しに来られた。こっちからは行かないくせに、来られるとやはりうれしい。小竹さん見かけたよと言って、ナカガワさんがぼくを連れていき小竹さんに紹介してくれた。ぼくの職場の中村さんの話をすると、あの人はわがままです!と断言し、あ、でもこのことは内緒で、と言った。とても気さくな人が多く、肩ひじはらない気持ちのいい会だなと思った(酒さえあればね)。となりの和室で二次会。謀られたと思ったがあとの祭りで、目の前に会社のNO.5と前ビックボスが鎮座し、新人はていのよい酒の肴といったかっこう。酒を注がれるついでに前ビックボスに、オマエ変な髪型だなと言われた。田夫然とした気さくなオッチャン系の現ボスと真逆で、前ボスは風格があり沼のような色の大きな目をぎょろつかせてあたりを睥睨し歯をむき出してがはははと笑い、まさに首領様。陸軍の幼年学校を出て16年も君臨していた
首領様の横には蛙に似た道化親父までいて、中世の騎士物語でも見ているようだ。退出時にはみんなで万歳三唱し実際のボスであるように送り出した。これでは現ボスは内憂外患、今度の選挙ではお立場が危ういかななどと言ってもしょせんは他人事、表へ出て高崎くんと話しつつアネさんを待つ。三人でラーメンを食べぼくが支払いして、お金頂戴と言ったら、この前貸してた7000円返してと言われた。すっかり忘れており、あせりつつにやけつつ急いで返した。

10月10日

 昼ごろ起きて、チャーハン、麩菓子、タフマン、ヨーグルトというありあわせのものを腹に収め、車で駅まで送ってもらう。16日までのサービスのおかげでグリーン券を買わずにグリーン車に乗りこむ。サービスが周知されていないのか、意外とすいておりしみったれた抜け目ない顔の連中ばかりが乗っている。その1人として堂々と快適な移動書斎として利用させてもらった。毎日新聞の書評と、学生時代に図書館でコピーしておいた村上春樹のインタヴューを読んでいるうちにこころよい音をたてて電車は荒川を渡り、赤羽に着く。村上の小説が感性やムードの表出にとどまらず、歴史性や固定観念の垢をできるだけ排除したオブジェとしての言葉の積み重ねに価値をもっているというラディカルさを知り、少し読みたくなった。埼京線と山手線で渋谷、渋谷から東急で横浜。1年ぶりくらいに会って、末永は少し太ったように見えた。駅前の地下のこじゃれた居酒屋で乾杯、イモを食べているとそっちではそんなものしか食べるものがないのかと嫌味を言われた。胃の調子が悪いだの風邪で寝こんでいただの、あいかわらず景気の悪い話ばかりで酒ばかりすすむ。公務員はダメだなどという週刊新潮レベルもしくは週刊女性自身レベルの固定観念だけで彼の自己批判がはじまり、具体的検証も何もなくあえて話を聞くまでもないなと思った。しかしまああれだな、おれには世間でコケにされてる連中にばかり肩入れしたくなる相当偏屈なところがあるわな、とも思ったが。腹が悪いというくせに甘いものが食べたいと言いだすので、桜木町のジョナサンに移る。そのくせやつが注文したのは雑炊だった、相変わらずの気分屋さんである。みなとみらいの夜景を横目に見つつ、末永の職場のそばの地下鉄の入り口で別れた。
馬車道の駅構内は赤煉瓦が基調で西洋の遺構のようだった。妙蓮寺の祖父の家へ。
 体調の悪い祖母が、寝ずにこたつで待っていてくれた。と思ったら、到着そうそう肩をもまされた。ユーミンやムッシュかまやつや三島や黒澤やピエールカルダンやらが通い、東京の中のヨーロッパとして文化人たちのサロン的役割を担ってきたという六本木のイタリア料理店
「キャンティ」をめぐるドラマ風ドキュメント風歌番組をやっていた。ひさしぶりに面白いTV番組。ユーミンが「青い影」というぼくも聞いたことがある洋楽を店内で歌い、スタジオでみんなに囲まれ女王然として「やさしさに包まれたなら」を歌っていた。そこにいるだけで文化人がわんさかと集まり、洗練を受けられるような場所なんて今あるのか。固有の場所の磁場がしだいに薄まっていく気がする。だがそんな、もったいぶった意見なんて犬にでも食わせてしまったほうがいい。優等生的なディレッタントになんて一生なりたくないし、なれるほど如才なくやっていけるとも思わない。8畳間に寝ころがり、そんなことをなぜか腹を立てながら考えた。コピーしておいた中野、秋山、柄谷、中上の有名な対談を読む。有名なのは紙上で大人気ないケンカをやっているからで、よく読むとケンカをしてるのはふっかけた中野と応戦してしつこくからむ柄谷の二人で、あとの二人は意外と大人なので少しおかしかった。

10月9日

 前日の定例会で酒蔵へ行き鮨屋へ行きビッグエコーへ行って大川栄策やら軍歌やらちあきなおみやらを歌いまくり、明け方に台風まっただなかに出て風に傘の皮をはぎとられ、ずぶぬれでタクシーに乗ろうとするもなぜか乗車拒否され、ローソンで傘を買ってずぶぬれになって台風の中を帰ってきたこともあって、お昼ごろまで寝ていると、電話。荒井先生からで、今日の午後の授業は台風のため中止とのこと。・・・ん?と思いつつも寝ぼけていたし断言されてしまったのでとりあえずはいわかりましたと言ってしまう。折り返し電話をして間違いではないかと聞くとあんのじょう、ぼくと同じ名前の先生と間違ってかけてきたようだ。半年ぶりだがあいかわらず元気そうで何より。歯医者へ行き、先週削ったところに金属を嵌めてもらう。歯と歯の間に爪楊枝でもはさまったような異和感、じきに治るよと言われたがなんとなく注意がそこへ集中してしまう。
 家へ戻り母を車で送り、家へ戻りシャワーをあびてからつれづれなるままに信長の野望。筒井順慶も関白になり安土城へ本拠を移し泰然自若だが、こう安定してくると次第にやる気が失せてくる。台風にかこつけて引きこもるも、小人閑居して不善をなすといったまでのこともなく、めちゃイケなど見る。中間テストで松野明美が「答え」と書くべきところを「谷え」と書いており、爆笑した。数取団には気志團が出ていた。怠慢が祟ったのか、カゼっぽく焼酎がいがらっぽくてうまくない。犬の散歩に行くと風がみょうに生温かく、台風一過の気味の悪い不穏な静けさがあった。帰ってきて、読まずに知らぬ間にたまっていた日渡早紀の
「グローバルガーデン」を読む。いまいちつかめない話だなと思っていたが、どうやら1人の女をめぐる友人同士の恋の鞘あてがかなめであると分かり、がぜん面白くなってくる。とはいえ新刊が出るまで半年くらいブランクがありそうで、そうなるとまた話を1から頭の中で整理しなきゃならない。

10月6日

 書類を運んでいて座った拍子に尻が破れたので濃いグレイのズボンはつくろいに出し、薄い灰色のズボンをはいているのだが、背広は濃いグレイしかなく、それを着たら上下つりあいが取れずみょうちきりんになってしまう。しかしYシャツで行くには寒すぎるので、秋なのに半コートを着て通勤。長雨もやっとあけたが、雲のなごりが濃い青空にまだ目立つ。通常の内審と電話応対、大変答えづらい、黙認のうえで見逃していることについて根掘り葉掘り1時間ちかく聴かれ、むだに疲れた。おまけに初歩的なへっぽこミス。笑ってごまかしつつラーメンを食べに出る。カレー粉に黒胡椒をぶちまけたような濃厚で辛いみそのスープが刺激的で、けっこうやみつきになっている。というか、他にまともな店がないのでついつい行ってしまうということもあるが。今日はダルい感じが意外とせず、スムーズに(自分と比較して)仕事が進んだ。体力づくりのつもりで、書類を1階の倉庫に運ぶ。なにか運動もはじめたいのだがなあと、お得意の青写真をえがきつつ、永ちゃんの初期の曲を聞きながら帰宅。いんいんと響いてくる声が心地いい。レンジで温めなおしてくたくたになった餃子を食べてから、イガちゃんと犬の散歩。
幽霊部員ですらなくなり受験生ですらなく、ヘンなことばかりしているようだ。ビレッジバンガードで買ってきた監獄キャラメルをくれた。
 遠回りして、高台の団地を1回り。犬がウンコをしたようにも思えたが、暗かったのでよく見えなかった。イガちゃんがはじめてつきあった彼女は同じクラスの中国人だったそうだが、のっけから中国人というのがなんだかすごい。末っ子気質というか、ボケッとしているようで器用というか、ほっておけない感じでもてるのがわかる気がする。元生徒のどうでもいい近況をいろいろ聞いてから家に帰った。漫然と焼酎を呑む。ブログという手帳の予定表みたいな簡便な日記がはやっているとのことだが、こちとら観ている人がいるのかいないのかわからない鰻の欠伸みたいな長い日記をダラダラと書いている。まあ、もともと新潮文庫のマイブックにコツコツ書いていた日記のつづきだから、誰も読んでいなくてもいっこうにかまわないが(といいつつ、サイトのカウンターをけっこう気にしているあたりがセコい)。

10月4日

 雨。気温はぐんと下がり、Yシャツで外出はできなくなった。これから半年間におよぶ寒さとの闘いの日々を思い、陰陰滅滅の気分で自転車を進める。駅には毎日毎日勤め人がどこかからわんさか湧き出てきているのだが、よくもまあ何十年もみんな毎日つづくなと皮肉ぬきでつくづく感心する、というかつくづく自分は怠け者だと思う。電車のシートに憮然と腰かけているうちに最寄り駅につき、下車。このまま東武に乗って浅草へ行って蕎麦を食べ仲見世をからかい電気ブランを呑んで車中でいびきをかきながら戻ってきたいなと思いつつ、窓口。地獄の上半期末日のなごりで、お客さんはそれほど来なかった。雨の中昼飯を食べに行くが店を決めかね、線路沿いの汚ない定食屋に入る。生茹で風の硬いラーメンをすすっていると、土方が昼からビールを呑んで不景気を嘆いていた。  午後は窓口で客の合い間に細かい書類を片づける。大本命の可愛くてオシャレな
ベリーサもいいが、ティーダの若々しさも、お色直ししたイストの色香もたまらない(車の話)。鼻水が出るし頭が重いし、季節の変わり目でこれなのだから自分の脆弱な体が憎たらしい。この3年間で料理とギターと、あと水泳か空手はモノにしようと甘い幻想に浸る。終業後も雨。傘に降る雨音だけが砂のように乾燥してぱらぱらと鳴る。駅で半年分の継続定期を買う。ドトールで書類の整理をして一服し、パルコの無印良品で寝巻きを買った。昨日気になって今日買おうと決めたシャツとベストと靴は、雨ということもあって次回に持ち越しにした。紀伊國屋で「恨ミシュラン」などをおもむろに気難しい顔をして立ち読みし、雨の中を帰る。オールモルトを呑んでも、風邪っぽいせいか甘ったるくてちっともおいしくない。新潮100周年記念特大号をコツコツと読んでいる、古井由吉の顔がかなりエロい。

9月24日

 惰眠をむさぼるのも格好がつかず、わりとはやく起きる。祖父と散歩。近所の丘にある学校をぐるりと回るお決まりのコースで、3年前に同行させられたときは、冬に死んだ仲間を極寒地でどう葬るかのレクチャーを受け閉口したのをおぼえている。道沿いの桜は塩害と台風でやられたとのことで、枯れたり根元から折れていた。ぐるりと回って帰宅し、たっぷりの朝食。2年前に、ここに来れなかったやましさで名古屋からぼくが送った常滑焼の夫婦茶碗、すっかり忘れていた。われながらいいものを選んだものだ。祖父が改装された水族館に行こうと言ったが断り、一人でフラッと出かける。問一屋も懐かしい、子供の時分はトー屋だと思っていたものだ。入り口でタムロしている老人の間をすり抜け、暗い店内で油とり紙を買う。もともと港への引きこみ線があったために必要以上に線路が並んでいるだだっ広い駅前の先に、寒風山がポコンとうずくまっている。大谷石でできた100年前の倉庫などを撮り、電車に乗った。とろとろと走るディーゼル車の中でまどろみ、きづくと姦しい女子高生に囲まれていた。全国一律で津々浦々どこにでもいる、
量産型ザクのようなあの手のタイプである。高校の早引きとぶつかったらしく、終点の秋田では相当の人が降りた。のぶちゃんは高校のテストか何かで来れないらしく、一人で西口をふらふらする。行政が旗振りをしたらしいヘンなアーケードと広場を抜けると、ビルの間に感じのいい古びた店が増えてきた。うす暗く小汚く親しみと少しの高慢がある典型的な街中のダメな映画館があり、封切りの時間がぴったりなので足を止めたが、せっかく来たのにもったいないと思い川反に行く。
 川反は旭川に沿って連なる歓楽街で、芸者置屋も料亭も小料理屋も焼き肉屋もバーもキャバレーもソープもお稲荷さんもある。で、正面が黒のタイル張りの古本屋もあった。太陽のバックナンバーや文芸書のハードカバーがそろっていて、かなりときめいてしまった(あと、来歴が謎めいていそうな色っぽい美人が店番だったということもあるが)。しょせんは夜の盛り場なので、昼は面白くもなく、千秋公園へ。地下に道路を通すとかで工事中の幅の広いお堀をこえて、さすがにいやになりながら丘をのぼっていくと、砂利を敷いた広場と松、そのさきにあんのじょうの天守閣。だが実際にここが久保田城として機能していたときはそこは天守ではなく単なる御隅櫓だったのだが、市民のシンボルとして味つけをして天守として改装したのだと言う。ありがちな話だ。が、天守と櫓の違いは考えてみるとよくわからない。登ってみると、海に向けて右巻きに流れこんでいくような街並みのはての海のさらに先に、黒雲のようにもやもやと見えるのが男鹿半島らしい。太陽の光が夕陽とはいかないまでも愁いをおびてやわらかくなってきており、すぐ下にあるらしい小学校からワーだのギャーだのと放課後を楽しむ声がした。足が少し痛い。
 城内の中央図書館で一息入れてから駅に戻り、隣町の土崎で下車。うろうろしているうちにあっという間に1時間たってしまい、すぐに電車に乗りこんだ。まともに立ち寄れたところが駅前の図書館だけだなんて、慙愧に耐えない。電車の中で、響庭孝男の評論を読む。私小説の「私」のなかには、「する」よりも「なる」ことに重きをおく日本的心性が・・・って、ああ。わかりきったことをよくもまあこんなに引き伸ばしてもったいぶって書けるものだ。名前はかっこいいのに、
響庭孝男(読めないけど)。男鹿駅に着くと、曇り空で霧雨。たかをくくって歩き出すとどしゃぶりになった。もっていたビニール袋をかざし、誰もいない車も通らない街を庇づたいに急いだ。夕食でカレイの煮つけを食べながら、来年から原宿のソフト会社で働くいとこの話。なんでも、大学で上京してからも些細なことでも何かあると、どうしようかとおびえながら祖母に相談していたという。それを真似する祖母の秋田弁の口ぶりがいかにも臆病めいた感じで、思わず笑ってしまった。家系だなあと思う。

9月23日

 秋分の日。朝早く親父と車で出る。東北自動車道に乗り、北を目指す。重そうな白い雲がゆくさきの地平のうえにボテボテと並んでいる。国見でこんにゃく玉の串を食べ運転を交替すると、親父がとつぜん教習所の教官化した。ぼくの運転の粗さと速さがそうとうお気に召さなかったらしい。ぼくの車の同乗者がヒステリックになるのは、なにも今回に限ったことではないが。遅ればせながらbumpの「ユグドラシル」を聴く。
「sailing day」やはり名作、くさいくさい歌詞なのにくぐもった洒脱な独り言のような歌い方をされると抵抗なく沁みてくる。霧雨。でも「embrace」の、「腕の中においで 醜い本音を紡いだ場所に キスをするよ」ってなんかスゴイな。親父に運転を交替し、北方から秋田道に入り、トンネル内のオレンジと地上の灰色のくりかえしの中で眠気をもよおす。気づくとすでに男鹿の、しかもなぜか電気屋だった。3年ぶりに生鼻崎のトンネルをくぐると、左手に日本海が広がる。活気のない市街地を抜けて石油備蓄基地を左奥の眼下に見やりながら丘を登ると、懐かしい祖母の家。二人とも見た目はちっとも変わっていなかった。刺身サザエ金平タケノコの煮物アスパラ数の子。もてなしを受け、ビールを呑んだ。
 祖父がお得意のシベリア抑留時代の話。満州の奉天で通信兵をしていてソ連兵に捕まり、今のカザフスタンのカラカンダ(地図で確認したらカラガンダだったが)で石炭掘りをさせられた。もともと技術者で、真面目にやってさえいればナニ人であろうと信用されると信じていた祖父は、炭鉱の掘削手順や
ダイナマイトの発破の仕方で工夫を凝らし、小隊の監督(カマンゼル)に任じられた。集団農場のソフホーズで静養させてもらったりと(このへん、かなりマユツバ)破格の待遇を受けた祖父は、仲間うちでの無記名投票により早期帰還者として認められ、帰国した。で、そのあとが傑作なのだが、早帰りしたうえに通信もできる祖父はてっきり洗脳されて共産党のスパイにされてきたと疑われたらしく、家に公安警察が尋問に来たという。まあしかし、うちのじいさんにスパイなんていい意味でも悪い意味でも無理なことは公安さんもすぐわかったのではないか。ぼくにしてみればじいさんがスパイだろうと万一人殺しだろうとどうでもいいことで、じいさんはじいさんだということに変わりはないなと思い、夏に父が土産にもってきたというぼくの地元の酒を拝借して静かに呑んでいた。酔いざましに、一人で夜中に500メートルばかり先の浜辺まで歩く。夜はさすがに冷えこむ。弓なりに浜辺に沿ってつづく道の街灯と、水平線に唐突な感じでともっている漁船の灯り、あとは月。月の光は、月を中心に波紋のように放射状にひろがる白っぽい群雲に吸われて、海は黒いままで静かな波音をたてている。蜘蛛の糸を広げたように空ばかり明るい。波頭の白さも見えず、闇の濃淡として区別される浜と海のはざまで、小便をした。酒のうえに風邪っぽいのもあって、少し顔がほてっていた。帰ってまた話をし、もって来たコピーなどパラパラながめてから寝た。

9月20日

 サトちゃんの誕生パーティで、日光街道の月山に豆腐を食べに行く。観光客がけっこう来ていて、意外に混んでいた。
雪見障子をおろすと穴倉のようになる落ちついた個室に通され、お香と畳の香りで眠くなってくる。昼からビールを呑み、コーススタート。色も大きさも違う5粒の豆、大豆と山芋の練り物、もろみと汲み出し豆腐、刺身湯葉、お麩、豆いり茶碗蒸し、心太、豆ご飯、豆腐いり赤だしの味噌汁、豆入りアイス。ご飯と味噌汁ともろみと豆腐だけで一食いけそうなのに、次から次へと豆が出てきて腹がパンパンに膨れた。サトちゃんにプレゼントで猫の本を渡す。アネさんがうちらの行儀が悪いと嘆いていた。豆腐でこんなに満腹するものとは思わず、腹ごなしにプレリオンまで歩く。昼酒は足にくる。プレリオンでなにもすることがないので、さらに柳庵まで歩く。途中でスクーターの及川Tを見つけたので懐かしくて手を挙げたら、あっちもおいっすと挙げてきた。
 柳庵があいにく休みなので、その前のスーパーでヤニ中の二人に一服させておいて、かりんが開いているか自転車で偵察。帰ってきたら、ガチャガチャで買ったらしいスライムを、アネさんにカバンに付けられた。かりんで呑みなおしする。フジツボをさかなに、ビール、磯自慢、獺祭、酔鯨、山崎。仕事の話はいやなので、なんとなく学生時代の話になる。「OUT」の舞台が、サトちゃんの実家の武蔵村山やぼくの前宅の近所のK(小金井)公園なので盛りあがる。高校は共学がいいねということで話が一致した。二人を送ってから、自転車でUターン。話にも出たが、20年ちかく稼動すると家電だってダメになる、伊勢神宮だって20年で建てかえる。なのに人間様は、よくもまあ80年近くもパーツ交換もせずにえっちらおっちらやっていけるものだ。と、重たい体を自転車のうえできしませながら思う。

9月19日


 車で横浜に行くとかで起こされるが、面倒くさかったのでそのまま寝ている。「OUT」を読んだり、ぐたぐたしているうちにこれではいかんと思い、結局図書館に行く(ますますもっていかん)。曇っていて蒸し暑い。今月の新潮で、筒井と中原昌也と町田康の鼎談などを読んだ。「だいたいこんな感じ」という感興のマンネリ化を阻止し、小説と想像力の関係を更新するために小説を「破壊する」。筒井は愛情と理論をもって正統に確信犯的ツッコミを入れるジャズのパロディの精神、町田は天然ボケでわが道を行くことが結果的に反抗になっているパンクの精神、そして中原は情緒もテーマももたず、紋切り的定型的な文章のコラージュと、場つなぎのためだけの暴力描写にあけくれる。だが小説にとって、無関心よりこんな悪意のほうがおぞましいがよっぽどありがたい。今度の筒井の短篇集「壊れかけた指南」では、小説の冒険でなく破壊を目指し、半分くらいは成功しているというから楽しみだ。とはいえむろん、定番あってこその異端であり反逆である。あーこの感じこの感じと思わせる小説の感興という旨みをたっぷり盛りこんだ「まっとうな」小説も、もちろん必要なわけだが。
 帰路、かねてから行こうと思っていたゴルフの打ちっぱなしに付属している蕎麦屋
「味完成」に立ちよる。改装して間もないのか畳の匂いがすがすがしい。キナコのかかった味噌田楽と、鴨せいろ。鴨汁は出てきた当初ぐつぐつのどろどろで溶けた鉱物かと思ったら、案外さっぱりして物足りないくらいだった。帰って「新撰組」を観る。あ、ちょっとまてこの暮らしは、あ、あ、この暮らし、これではご隠居さんではないか。ぼくももうそろそろ、パンクでアナーキーにならなければ。パンクでアナーキーなご隠居に。

9月16日

 休日。起きてそうそう信長の野望をやる。最近約一年ぶりになんとなく始めたらハマッてしまい、本能寺の変後のシナリオで筒井家で苦戦している。覇者の秀吉が織田信孝の居城石山城を占拠し、しかもそこを本拠地にしてしまいしかもそのすぐ隣りはわが領地という危機的なところで月山に電話、20日の宴席の予約をした。部屋の片づけをし、勝浦で買ってきたイカの塩辛をそばのようにずるずるすすり、シャワーをあびる。クリーニングに行ったら金がなかった。金をおろしてから行くつもりだったのだが、家と銀行の途上にあったのでついつい流れで入ってしまったのだ。店員に笑われ、金をおろし、カワチに行き、すみやで
蒼天の拳とグローバルガーデンを買う。蒼天の拳は表紙が似通っていて、以前重複して買ってしまったという苦い記憶があるので少しドキドキした。帰宅すると猛烈に眠くなり、昼寝。優雅な身分とはいえ、みんなが仕事をしていると思うとなんとなく疚しい。ひさしぶりに犬の散歩。カレーを食べて、部屋でメールなどする。この日記が一年つづくとは思わなかった。一年前の日記を読みかえすと、環境はだいぶ変わった。だが、結局自分の度しがたさはかわらないし、これからもおそらく変わらないんじゃないか。ナマケ病のせいか、とてもダルい。夜中に外出し、珈琲館などに行く。Tシャツだと夜気が少し寒い。また冬が来てしまう。

9月11日

 11時に起きる。ロッテリアでお茶をしばき交差点でまっていると、ツネアリが安藤さんとカムリに乗って迎えにきた。北宇都宮道路をとばし、日光街道をゆるゆると北上していく。杉並木を走りながら、近況報告をする。ツネちゃんは人間、安藤さんは木を相手にしてその道のプロになろうとしているというのに、ぼくの仕事はあっちこっちに節操なく顔を出してはクチバシをはさむだけなので少しさみしい。しいていえば紙のプロを目指すわけだが、ぼくの仕事はおぼえれば誰にでもできる。安藤さんの勤め先の事務所のボロさを楽しみ、近所の猿軍団の社長の猿御殿の成り金趣味におどろき、日光に入る。日光駅が気味の悪い緑とピンクで塗られており、あきれる。工事中の神橋を横目に右折し、大谷川をこえて山を登っていくと雲行きが怪しくなってきた。車から出るとうすら寒い。弧線を多用したデザインの銀色のドームは大型の工作機械のようで少しさびていた。ホームの霧降アイスアリーナでロシアのゴールデンアムルというチームと対戦。
アイスバックスも経営が危ういということだが、いい席を求めてかなり前から人が集まっていた。とはいえやはりアトホームな感じで、スタッフと客も顔見知りのようだし選手があいさつしながら平気で正門から入っていく。入場して、広さより寒さに驚いた。これはヤバイと思えるような軽装しかしていない。あわててフランクフルトとヤキソバと、防寒用の焼酎を買った。木のイスに座って見回すと、石切り場を骨組みで固めた工場のようで、中央上方の電光掲示板と、ライトと氷のまばゆさが競技場であると教えてくれる。大音響の音楽で選手入場のあと、試合開始。
 あまりに寒いのでツネアリに、霧降魂と書かれた恥かしいパーカーを借りた。ハンドも一時的ならOKだし、スティックで前を走る選手をひっかけたりタックルをかましてもペナルティはとられない。サッカーのルールと比較して観ているだけに、過激で面白かった。ゴールポストの後ろをボールを通してシュートっていうのは、ないよなあ。それにしても、馬乗りになってキャメルクラッチをかましても、殴りあいになっても、審判が止めてすぐ離れれば平気っていうのは笑った(ただ、パックと関係ないところで敵にタックルしたら反則らしい)。試合は一方的で、力も技も速さも体格も上回る露助軍団の前にアイスバックスは完敗してしまった。バックスとは鹿のことなのだが、deerとどう違うのか聞くと、強い鹿と弱い鹿の違いだと安藤さんが言った。たしかに日光アイスディアーって、弱そうではあるがしかし・・・。てんてこまいのどつきどつかれのスピード漫才を堪能したあと、ファンとのふれあい企画でリンク内に入る。傷ついて白くにごった氷は意外とすべりづらかった。外に出ると、知名どおりの霧雨。夜が短くなってきたのか山の中だからか、宵の口にしてはおどろくほど暗い。ツネアリの大学の後輩も同乗させて南進。
 戸山高の安藤さんと明治学院高のその人に共通の知り合いがおり、しかもその知り合いの親父が
テリーマンの声優だったとわかり、トリビアなおどろきで車内がもりあがった。ついでに言うと、テリーマンの声だけでなく、スプリングマンの声もやっていたらしい。環状線までたどりつき、白沢街道にはいって回転鮨のスシローに行く。20分くらいまって席に着くと、みんなの視線がレールのある真横に集中していてとても異様。ぼく以外はラグビー柔道アメフトをやっており、厳しい戦いになるなと予感に身を震わせた(実際はそんなこともなく、五分五分以上の戦いができたと思う)。100円にしてはうまく、なによりご飯がおいしかった。ときどき流れてくるスイートポテトやケーキのスポンジやミートボールやカルビ、あれらはなにか。手を出したら絶対に「負ける」とわかっているものに手を出すオトナはいないと思うのだが。おそらく全国のスシローで、ついついハンバーグ巻きをとって親に怒られる子どもが続出しているのにちがいなかろう。ぼくと安藤さんとツネアリで、少しおごった。出世払いで手術一回分まけてもらうことにした。安藤さんを駅に送ったあと、ぼくを送りにわざわざ遠回りしてもらう。阿部さんの焼き肉大会に来なよと誘っておいた。育ちも気だてもいいやつばかりの仲にいると、うれしいのだが少し疲れる。体が冷えて鼻水が出た。

9月10日

 研修ももう最終日。もうと言うべきか、やっとと言うべきかは迷うところ。急坂を這い上がって各班ごとの教室に移動する。講師のおじさんが昨日と同じ逆ピラミッドの話をしていて眠気をさそう。突貫工事で那須街活性化のプレゼン資料の作成。
モノレールしもつかれだとか、笑止な着想しかうかばなかった。ずっくんの暴走プレゼンで笑いはしっかりとり、教室内で一定の役割は果たせたのではないか(笑点でいうところの菊蔵の役割)。3日がかりの政策形成演習もやっとおわり、講堂でナンバー3のお話を聞いた。初年兵は初年兵なりの仕事をしろ、明るく楽しくめげずに働けと、いちいちもっともで身につまされた。それにしてもまさか歌まで歌わされるとはね。図書館に資料を帰してから、厚生施設で立食パーティ。と聞けば豪勢だが、実際出てくるご飯は家で作れそうなヤキソバとかだからたいしたことはない。知らぬまに五班は集結しており、結束が固いというかさびしがりが多いことが判明。100人以上が雲霞のごとくいりみだれてわんわんと騒々しく、すみに陣取っていた大橋、人見の小ピクニックに参入して腹ごしらえした。塚原さんが毎日ぼくを見かけているのに声をかけてくれていないことを知り、磯ちゃんとランボーの話をし、男に酒をあおらせてゲロをはかせていたちえちゃんをたしなめ、西にノンアルコールでおおはしゃぎの芳井さんがいればシャブ中じゃないのと言ってぶったたかれ、東に友だちいないから呑み会誘えよと息巻く社長がいれば、行って怖がらなくてもいいよと言い、そういう人に私はなりたいわけじゃなくなってしまったという感じで、便所で軽いため息をついた。それにしてもコスプレ呑み会とか企画する社長の頭の中では、なにが起こっているのだろう。
 面倒くさくて瓶でビールを呑んでいると、みんなにビールイッキをさせられる。抽選会でデカ部長がTDLのペアチケットをゲットし、なぜかみんなで1、2、3ダーをご唱和した。3、3、7拍子と記念撮影で、幕。五班連中でずらずらと呑み屋にむかって移動していると泉町の橋のたもとで、忙しいから帰るといっていたはずの福ちゃんが國井ちゃんと花様をはべらせてくつろいでいた。腹が立ったので強引に拉致、魚民に5班の頭数をそろえた。見渡すと、飛び入りで来たドクターと安藤竹原笠原さん以外はおなじみの義理人情に厚い(酒好きの暇な)連中だった。と思ったら4班の照英が一人だけ混じっていて、自分の班のだれも誘ってくれなかったと言ったので笑う。そのあともことあるごとに余計モノあつかいされてネタになっていた。結局なごりおしい感じで、選抜メンバーでカラオケ。社長の
あややもしっかり聴けて満足したが、眠くて他の空き部屋で寝ていて店員に追い出された。5時ごろ薄闇の中を川辺と帰る。ひんやりと涼しく、いよいよ気が滅入る冬がちかづいてきたのだと思った。この街ではなんのかんので、冬が半年くらいある気がする。

9月8日

 研修2日目。朝からコンタクトを入れているのが悪いのか、どうもダルい。体調よりも魂的に疲れ気味(・・・単なる寝不足だろ)。デカ部長が彼女とのデートで草むしりに行ったと聞いて、ちえちゃんと二人で笑う。お台場とか行きなよとちえちゃんが忠告したので、お台場で草むしりするんじゃないとかぶせておいた。政策形成演習の講義を聞いてから、各班に別れて作業。ちょっと疲れたので、一人でメシ。つぶれた起志のあとにできた定食屋でそばを食べる。10数年前に食べた一休のうどんにつぎ、マイワースト麺ランキング二位につけておいた。帰る途中交差点で、人見ねえさんとアネさんに会う。友だちいないのねと言われた。演習では町おこしがテーマで、目標実現のための課題と、その課題クリアのための具体的施策を考え絵や図を加えてまとめあげ発表する。だれも主体性をとって発言しようとするやつがいない。でもよく考えたら、うちの班は技師と看護婦がほとんどだった。職場が近いから万年いなりを届けに来てと、金澤がふざけたことをぬかしていた。
 今日こそは呑み。寺澤さんと磯ちゃんと酒蔵に行く。このとりあわせはめずらしい。寺澤さんはこの半年でさらに気迫がました。磯ちゃんは定時に帰って、自宅でDJの特訓をしているらしい(五円玉で五重の塔をつくってるのかと思った)。おくれて阿部さんとサトちゃんとアネさんが来る。阿部さんが
光のマシェリを使っているとわかり大爆笑。加齢臭かくすためでしょとアネさんがいい、阿部さんが反撃し舌戦が増し面白くなってきたなと内心思っていたら、サトちゃんがとなりで露骨に面白そうな顔をしていた。阿部さんの家で、阿部さんがアフガンで患者を怒っているビデオを見ながらすき焼きを食べるという消化の悪そうな企画に参加することになった。店を出て、残った連中とオリオン通りを流していると、川辺と三人娘に遭遇。川辺をピックアップして、ユニオン通りでみんなでラーメンを食べて別れた。サトちゃんが業者に利益供与されたブドウを箱ごとぼくが無償譲渡されていたので、川辺と帰り際わけあう。ヘンな咳をしていたが、この人はちょっと仕事しすぎではないか。帰宅して、水上勉死去のニュース。勉ちゃんも亡くなり、文士たちと本当につきあいのあった世代もこうして消えていく。それに哀感をおぼえるには、その「青の時代」はぼくらにはあまりに遠い。

月7日

 今日から後期研修。少し遅く出られて余裕があるはずなのだが、夜更かしのため時間ぎりぎりにつく。研修所の急坂をのぼり、半年ぶりに講堂に入る。医者連中が来ていないだけで、メンツはほとんどかわらない。法律の話やら行革の話やらを聞かされて、やっとのことで昼飯。福ちゃんとサトちゃんとソファで懐かしくもない田吾作の弁当を食べていると、高崎さんが
ゴールドカードに加入しないかとしきりと誘ってきた。どうもマージンでももらっている感じでたいそうあやしい。適当なことを言ってすりぬけ、効率的な仕事の進め方のグループワークを受けた。明るく楽しくというのが大切というのはその通り、それでいてそれがなかなか難しい。仕事に優先順位をつけるというのは確かに苦手。新聞を要約して所感をまじえて発表するという課題もやる。突然死に関する記事で、全員の前で話していると突然突拍子もない非常識なことを言ってしまいそうで、気疲れした。ぼくの前に発表した安藤さんがYシャツの腕まくりで注意されていたので、寸前で直して助かった。終了後、何人かで呑むらしかったがぼくはめずらしく早引き。帰宅して、車で駒生まで杉本を拾いにいく。駅東を東進していると、杉本に小塚から電話があった。二人して映画を観にいくと言うと、千葉の会議が長引いたかなにかしたらしくものすごくご機嫌斜めでおまえら暇人だの何だのと言われた。
 少し迷って、シンガー日鋼跡にできた郊外型シネコン
東宝シネマズに着く。昔見た記憶がある並木道の先の暗闇に、予想以上に大きなショッピングセンターとフィットネスと映画館がわだかまっていたので少し驚いた。広くて新しい道なのにぼくの車しかなく、大きな駐車場にも車はまばらでパチンコ屋の夜の盛況とえらい違い。ライトアップされたオードリーの大看板を通り、近未来空間めいた青い光の輪がつづくエスカレーターをのぼると天井の高い鏡張りのホールに出た。これって、MOVIXとどこがどう違うん?待合室にやましさと暗さとうらぶれた感じがあるからこそ、映画のまばゆさが高まるってもんだろなどと悪態をつきながら映画館に入ると、スクリーンでダラダラと諸注意を流していた。だからさー始まって幕が開いてって感じがさー、ああほんとにもう!って、いやもう、なにを言ってもダメだ。映画は最高だった。皮肉でブラックで軽妙な語り口で始まった映画が、しだいに静かな怒りと真摯さを帯びていくがそれは最後まで安い失望にも激情にもいたることがなく、冷徹な目線と熱い訴えがしっかりと胸に残る。てっきり爆笑問題的な時事ネタちゃかし屋のアメリカ版かと思っていたのだが、ぜんぜん違った。失業率実質5割の田舎町出身の、ジャンクフードがぎっしりつまった腹を安いジャンパーでつつんだ、野球帽のうさんくさいうらぶれたおっさんの中にこそアメリカの良心があるとは。これ観て、たいていの人は、案外もう一度アメリカ人が好きになるんじゃないかと思うな。帰り際に杉本が「エンペラー」を貸してくれる。自宅で開けてみると、やたらと七面倒くさいシムシティといった感じ。これはちょっと、やってる暇がない。

9月4日

 朝から起こされて妹を面接場所へ、母親を駅へ送らせられる。ついでにドコモで、パソコンに画像を転送するためのリーダライタを買い、不動産屋で物件情報を見る。東京と比べるとやはり破格の安さ、勝手な夢だけふくらませる。待ち時間が手持ち無沙汰なので銀行へ行ったりふらふら車で走っていると電話があったので、妹の迎えに行った。帰ってから稲庭うどんを食べ、昼寝。夜明けまで幻想水滸伝4をやっていたのが悪い。とはいえ、どうも前作に比べるとキャラへの愛着がうすい。名前もなかなか覚えられない。5でヒクサクと円の紋章が登場し、ひとまずの締めを迎える前の箸休め的な位置づけの作品になるのではないか。1で重要な役どころだったテッドの再登場だけが待ち遠しい。起きて雨の中を朦朧と犬の散歩。車で出て、大戸屋風の明るいチェーンの定食屋で鯖の味噌煮などを食べる。セルフサービスだけになかなかの安さ。夜中の予定をキャンセルされ、友だちと映画を観ようと思って電話するも出ず(風呂に入っていたとのこと、本当かよ)、急場しのぎに珈琲館にしけこむ。新聞はロシアのテロを大きくとりあげていた。銃を持つ戦士と裸の子ども、確かにショッキングなイメージなのだが、
ロシアの侵攻で殺された数万の民衆はニュースでとりあげられることすらほとんどなかったはずだ。単純にテロ対市民社会という、大国が刷りこもうとしている図式に乗せられることなく、ことはあくまでテロ対テロなのだということを忘れてはいけない、と思った。
 会社からもってきた月刊自家用車で、新車などをチェックする。顔が可愛いし高級感があるベリーサが、見れば見るほどほしくなる。毎月の値引き交渉特集が面白くて、なかには50万ちかい値引き額を引き出すつわものもいるようだ。やっぱり月末の、営業成績が気にかかる時期に来店するのがいいのかなあ。マツダならマツダの販売チャンネルどうしで値引き合戦させるっていう発想は、えげつない。小雨ぱらつく中帰宅して、夜回り先生をテレビで観る。立ち姿と声が格好いい。役者的なけれんみもいやらしくなく茶目っ気としてとらえられる。やはりここまで性善説にならなければ、教育者にはなれないのだろうか。それにしても、夜回り先生自身がリストカットの経験者だったとは驚いた。この人は昔の自分を助けようとしている。リストカットどころか、殺したよその旦那を全身解体してしまう、桐野夏生の「OUT」を読む。首を切り出すとすぐ骨に突き当たるとか、鋸は肉が巻くから最初は包丁かナイフで切れ目を入れるとか、細かい描写が気味悪く、臓物のもわっとした匂いまで伝わってくるようだ。ドライを呑みつつ、ハルさんと電話。ぼくが会社で使うハンコを注文したら、おまけに遊びで
「てっさい」のハンコをつけてくれると言う。いろいろな字体があるようで、金文体で「哲斎」、行書体で「てっさい」と作ってもらうことにした。しかしよく考えたら、作ってもらったとしていったいどこで使うというのか。そのあと、うちの会社の必要性のなさをえんえんと語られた。確かにまあ、仕事自体はいるにしても組織自体は別にまあ・・・いやいや、そんなことはとてもぼくの口からは言えない。電池切れで尻切れトンボで電話は終わり、正論を言われ放題で落ちこみ、ふてねした。

8月28日

 朝早く自転車で駅まで行く。青春18切符で乗りこんだ車両はグリーン車で、しかも導入前のサービスで指定席券もいらず、お得な快適空間で惰眠をむさぼる。上野で降り、山手線で東京、京葉線で終点の蘇我。雲行き怪しく、船橋あたりで軽く雨がぱらついた。待ちあわせ場所の外房線の大網に着くと、小雨どころかあいにくの本降り。西山君の車の中で、参ったな参ったなとぐちりあった。宿のそばの海水浴場は、7年前に大学のサークルの合宿でバーベキューをしたところと偶然同じだったが、風雨が強く秋のような寒さで、鉛色の海がとどろかせる波の音もすさみ、同じ場所とは思えない。これでは
サーフィンどころか水遊びもままならないと消沈して、昼飯をもとめ車でうろうろする。最初に入った温泉施設内の鮨屋では入館料うんぬんと言われて断られ、次に入った愛想の悪い鮨屋では可もなく不可もない鮨を食べさせられおまけに壁に車をぶつけ、最後に入った鮨屋で一息つけた。どうもどちらか日ごろの行ないが悪いやつがいるようだ。西山君は、教職の単位を取りつつ英会話のサークルに行きつつバイトしつつインターンシップに行きつつ米国公認会計士の資格取得のための留学のプランをたてつつといった、自分の大学時代が恥かしくなるような充実した毎日を送っているようだ。雨の中を宿に向かいチェックイン。
 未来のエリートが探しあてた小綺麗で手ごろな良宿でぐたぐたしてから、花火とビールを持って浜辺へ行く。雨は止んでいたが風が強く、浜辺で胡坐をかいていると九十九里の見えるかぎり横に広がる海の、暗闇にヒダをつくりうごめくほの白い波頭の群れがテレビの放映終了後の砂嵐のように間断なく吠えている。ひっぱられるような強い風。人間が小屋を建て寄りそって生きることに決めた理由がわかった気がした。火がつかず、花火はちっともあがらなかったので、松原の方で放火魔のようにコソコソと二、三発あげてから帰った。部屋の中に入り、窓の下の小さなひさしの上で
線香花火。風呂は、もっと熱いほうが好きだ。早々に酔っぱらってしまったらしく、西山君は布団に大の字になって下手な歌を自分に酔った感じで歌いだした。ぼくはスーパーで買ってきた呑みやすいだけでしまりのない純米酒を茶碗であおりつつ、電車の中で読んできた向田邦子のつづきなどをぱらぱら眺めた。安酒なんかよりもよっぽどピリっと刺してくるものがある。是とも非とも言わず、平明な文でただ人間を次々とこちらにさっと渡してくる軽妙な手つき。人情とか庶民の哀歓とか、巷間で評価されているそんな次元を超えて、もっと何か、わーーっと叫んで駆けだしたくなるようなありのままの凄みがある気がする。その夜、知らない人たちに石を投げつけられるのだがちっとも憤慨しないという夢を見た。

8月22日

 朝早く自転車で駅まで行く。青春18切符で乗りこんだ快速の車内で、山田太一を読了。気の効いた大人のファンタジーだった。池袋の山頭火で塩ラーメン。とんこつ風でコクがあるが飽きさせずあとをひく味で、洋食のスープのような上品さだった。東の西武から西の東武へあくせくと移動し、10階の展示場で開催されている
「江戸川乱歩と大衆の二十世紀展」に入る。ずいぶんな盛況で、乱歩の私物やらパネルやら昭和のモダンな文物を見るのにずいぶん苦労してしまった。貼雑(はりまぜ)年譜にみる蒐集整理魔ぶり、自分の還暦祝賀会を企画して長唄まで唄ってしまうナルチストぶり、友人や後輩との手紙のやりとりにみえる気配りぶり、カメラや気球ファッション車に惹かれるモダニストぶり。乱歩の多様性ゆえに情報は増えるが、理解できたようで理解できない。だがおそらく、エレメントをすべて集積しても乱歩にはならない。今まで自分が乱歩に引きずられてきたという自分の魂の軌跡でしか、乱歩の重さは量れないのではないか、とすればここに来た意味はいったい何なのか。などと考え出すとやっかいなので、とりあえず西口でお茶を飲んだ。
 立教大学は初めて。蔦の絡まる古色蒼然とした赤煉瓦の重厚な洋館が連なり、城砦すら思わせる。隣りにあった乱歩邸は今は立教が所有し、そのおかげで今回の幻影城の一般公開となったのだ。1時間ばかり座ったり立ったり待たされて、乱歩邸の敷地内に入る。意外に小さな家をぐるりとまわり中庭に出ると、書庫である幻影城も予想より小さかった。並んでいざ入ろうとすると、入り口にガラス張りで凹んだ空間が作られており、そこからぐるっと内部を眺めたら次の人に場所譲ってとっとと帰れよというぼったくりなシステム。まあ、本の保護のためには仕方がない。鼠漆喰のあざやかな濃い灰色の外壁を携帯のカメラでおさめていると、どこかで聞いたことがある声がしたので見ると呉智英だった。しかも女連れで、しかもなぜか関東ローム層の話をしていた。乱歩の書斎を撮るついでに呉さんもいっしょに撮れてしまった。近くの光文社ビル一階のミステリー文学館に行くも休日だったので、池袋駅へ向けて歩きがてら古本屋を探していると、呉さんが女とディスカウントショップで鞄か何か見ていた。・・・別にそれが悪いとはいわないが。
 古本屋をからかってから、東武の喫茶店で本を読んだり本屋で本を読んだりしてさすがに目と足が疲れる。木村伊兵衛賞を撮った写真集で、スピード写真で400回変装して自分を撮った「ID400」というのが面白かった。浜本が来る気配がないのでそのまま小竹向原へ。サイスタジオで、クナウカの「卒塔婆小町」と
「弱法師」。杉山さんの老婆役はこれでもかと凄みありユーモアありのハマリ役で、独自の結界がさらに強まった感じ。コメディをやったら、そうとう毒のある面白さを出せるのではないか。ともかく、同じクラスだったことが恐れ多いほどの成長である。「弱法師」は躁病的で邪悪な芝居で、見ていて体調が悪くなりそうだった。俊徳にも一片の同情の余地があると観客に思わせておいて、最後の一言でその醜悪さ哀しさがやはり決定づけられるというショッキングな流れ。動き手と語り手が別れていたが、どちらの俊徳役もよかった。出待ちで杉山さんを待つも、なかなか姿が見えなかったので会わずに帰る。新線で池袋に戻り、東武の家族亭。ほとんど変わっていないが、もつ煮込み豆腐が値上げしていた。浜は電話にも出ないし杉山さんは忙しそうだし、不貞腐れてビールを呑みつつ鱧そうめん。遅くなるといけないので、ウィスキーの水割り缶を買って電車に乗った。

8月20日

 昨日ドタ休みしてしまったのでドキドキして会社に行くが、意外になにもいわれなかったので安心した。というか、見放されたというべきか。審査ミスでトラブルになったらしく、戸上さんが電話でものすごく怒られていた。仕事が終わってから黒磯まで届けに来いだとかそっちに乗りこんでいくだとか、すさまじい言われ方をされたらしい。所長が出てきたり課長が謝ったりと、午前中いっぱいごたごたしていた。昼は蕎麦。雲ひとつない深い空で、暑さはまだやわらがない。そうそうこない還付の申請が三件も連チャンで来てしまい、残業。呑み会の前の時間つぶしに残業してるでしょと中村さんに鋭い指摘をされた。8時ごろ戸締りをして外へ出て、涼しさにおどろいた。暮れかけと見まごう深い藍色の空に、小さな雲が白々と鉱物のように輝いている。三日月。駅前の入り船でサトちゃんと呑む。心にもないことを言ったりやったりする社交辞令がいかにダルいか、小説がどうしてこうもつまらなくなってしまったのか、とか、そういう話ができるのがうれしい。二人で馬場を思い出しつつ、
ホッピー
 アネさんが途中で合流し、小説の話でカンカンガクガクとなる。ぼくは作品よりも人ありきで、アネさんはなにより作品重視。だからぼくは好きな作家のダメな作品を認めてしまうが、アネさんは作品ごとの新鮮な出会いに期待している。あんたはキャッチセールスにはまるタイプ、と言われた。そこから話は自然に人物観の仕方に流れていって、アネさんはどんな人でもいいところを見つけて楽しむというやり方、ぼくは、これと思った人のすることはすべて評価し許し、くだらないと思った人のすることはどんな美徳も一笑にふすというやり方だと判明。結局、自分がそうとう嫌なやつであることが露呈してしまった。ホッピーでふらふらになりつつ、魚民に河岸を変える。そこでも日本酒をがぶがぶと呑み、そのあたりから記憶がしだいに欠落していき、トイレで寝たあげく夜更けに起こされて、自転車で一人帰った。そのはずが、朝起きると寺のベンチで寝ていた。
 (で、昼ごろ散らかり放題の家のベッドで目覚めると、携帯と眼鏡がない。二日酔いの頭を絞って考え、とりあえずドコモに電話して携帯サービスをとめてもらい、それから帰路のどの寺で寝ていたのか地図と電話で調べ、ふらつく体を自転車で運び、赤門交番の後ろの
慈光寺の本殿のすみのベンチに携帯をやっと見つけた。朝方仕事に来た石屋が見つけて届けてくれたらしく、寺の中に眼鏡もあった。お坊さんに軽くお叱りをうけ、とりあえずの無事を祝って苦笑いしながら本殿に線香をたてておいた。で、その日の夜中電話で謝りついでに昨日の自分の行状をアネさんにおそるおそる聞いてみると、それほどひどいことはなかったとのこと。ただ、眠い眠いとあまりにうるさかったので冗談でトイレで寝てこいと言ったら本当に行って個室のふたに座って寝ていたとのこと。それで、なんでトイレで寝ていたのかがわかった。自分の従順さに爆笑する。そのあともキテレツなことをいろいろとやったあげく、もう一人が来ない来ないもう一人はどうしたなどとしつこく言っていたらしい。なんだか昨日は見えてはいけない人が見えていたらしいねと、アネさんが恐いことを言った。しかも気づいたら寺で寝ているし、なんだかどうも酒好きなモノノケかなにかが遊びに来ていたらしい、くわばらくわばら。)

8月16日

 涼しいなか仕事に向かう。こうしていると、暑いとそれだけで体力が減るのだとわかる。穏やかな気持ちでコツコツと仕事にはげむ。とはいえ、お客さんもお盆休みで仕事自体が少ないので半年間で初めてやることがなくなり、マニュアル作りに入る。昼は近所の蕎麦屋が休みなので少し離れた蕎麦屋。あまりに暇というのも考えもので、妙に長く感じた。退社してから商店街でエスファイトゴールドエースを買う。目の筋肉がひくひく痙攣し、肩が凝ってしょうがないのだ、オヤジと言わば言え。パルコの紀伊国屋書店。柳美里の新刊「8月の果て」と高橋睦郎の詩集などを、パラパラ見た。どちらも字面だけ見ただけでむおおおっとくる濃さくどさだ。でもこういう鼻血がたれそうな過剰さおしつけがましさこそ、今むしろ必要なのではないか。
 と、まとめつつ自転車に乗ろうとすると隣りの二階にパルコから消えて数年たつワイズの店があったのでおったまげた。撤退したのではなくて、すぐ隣りに引越していたとは。恐る恐る入ってみるとあんのじょう客は誰もいず、店員の講義につきあわされた。服の赤黒白の色の上品な濃さとかキメの細やかさとかはいいのだが、いかんせん
Y3って。アディダスとコラボして3本線いれて、だからなんだと思う。やめなよやばいよやすっぽい、で3Yかい。店があまりに小さい気がした。帰宅して、バガボンドの最新刊を読む。寒暖の差のせいか熱っぽくて鼻水がとまらない。読んでもいつもの昂揚感がない。人を斬ることでしか人と交われない、ああそうかいそりゃもう言わんでもわかってるよという感じ。

8月15日

 昨晩ひとしきり雨が降ったせいか、昼ごろ目覚めるとひんやりと肌寒く喉がいがらっぽい。明け方まで幻想水滸伝3をやっていたせいで朦朧とした頭にシャワーを浴びせ、昼飯を食べてふたたびゲーム。儀式の場でセラがなかなか倒せずフテ寝した、昨日の自分の仇をうった。そしてラストボスの、風の紋章の化身。途中で倒れたアイラを母なる湖で蘇生させ、ヒューゴ、クリス、ゲド、ジョー軍曹、アイラ、サロメ、108人の中から選びぬいたこの因縁ある旅の仲間6人全員でしっかり決着をつけられた。思えば今回の最後の敵は、前シリーズ2作で「旅の仲間」だったルック自身ともいえ、感慨深い。What has become of him?ましてそれが破滅への道であればなおさらだ。と、思っていたらエンディングのあとにおまけのルック篇もあるではないか、まだまだ楽しませてくれるというのかい。1や2と比べると見劣りするわと思っていたのに、最後にそれぞれの故郷に戻っていくまぎわの、ヒューゴとクリスの誓いにすっかりやられた。憎むべき敵であり、頼るべき戦友であったお前とふたたび会えることを精霊に祈る、と。
 敵であろうと友であろうと、そうした大きなめぐりあわせに感謝し、異なる者としてともに争い和解し争いながら死ぬまで生きていこう。そういうことが異なる世界の二人の、おそらく最初で最後の抱擁にこめられていて、それが三部作すべての唯一のメッセージだな、ここまでくるのに長かったななどということが一瞬で頭をかけめぐり、グッときた。そのあと、犬の散歩。昨日買ったばかりの新しい携帯のビデオ機能で犬がウンコしているところを撮ろうと思ったのだが、やつもそれとなしに勘づいたらしく知らぬ間に済ませてしまっていた。同い年のムク犬のムサシ君と軽くあいさつさせたあと、帰宅。このシリーズ、
108星のその後のエピソードがエンディングで見れるのが毎回楽しみなのだが、ジョー軍曹が別れた奥さんとよりを戻して子育てに忙殺されているとあり笑った。軍曹、奥さんとかいたんだ(ちなみに軍曹はニヒルでダンディーなアヒルである)。

8月9日

 ぼくはただ、きみと二人で通りすぎる。そのすべてを見とどけよう。この目のフィルムに焼こう。・・・というわけで、暑いなか車でふらふらと逍遥し、真心ブラザーズの
「サマーヌード」ばかり聴いている。といえば語弊があって、ほかにもスカパラとかいろいろ聴いているのだが(あと気志團とか・・・)。今日は休みなので朝からのんびりする、つもりだったのだが、自分たちだけ軽井沢に行くから車を出せとやらで朝早くに起こされる。戻ってからクリーニングと銀行へ行き、図書館で本をつまみ食いしたり、仕事の書類の整理をする。中上健次の生前の講演のうつしを読んで、ある目的を負った場所とそこでそれに縛られない活動をおこすことの面白さについて考えさせられた。たしかに、話をし飲み食いするための喫茶店へ行って話をし飲み食いするというような、万事がその調子の小説はよほどの力量がなければ面白くはならないだろう。
 そういえば「家族ゲーム」で、二人が真横でなく前後に並んで早歩きに夕暮れ時を家路に急ぎながらたいして重要でもない話をするところを俯瞰で撮ったシーンがあったが、あれはよかった。バーミヤンで夏野菜の炒め物と餃子を食べ、本屋へ行く。増田とニアミス、これだから夏休みは恐い。新装版の「考えるヒント」は字が大きくなっただけでどうということもなく、「グインサーガ」の最新刊を買う。稲泉くんの新刊が出ていて、ぼくも名前を聞いたことがある戦死した若い詩人のルポルタージュだった。パラパラめくっただけで彼のてらいのない素直さが滲み出てくるようで、自己嫌悪でうわっとなった。生活は下僕に任せておけというリラダンの言葉をかみしめつつ、カワチでシャンプーと油とりを買い、帰宅。昼寝してから幻想水滸伝の続きをやる。画質もきれいになったのに2ほどは燃えあがらない。4も出るということで、しかも今度は過去が舞台だとか。キャラクターたちが老いていくという面白さ切なさで惹かれていたわけだが、そろそろきびしくなってきたかな。


8月2日

 仕事です。仕事自体より、朝早く起きるということに嫌悪感が強い。これこそ自同律の不快、などと思ったり昼飯なに食べるか考えているうちに会社。いきなり午前中から窓口。この前どなられた印度人みたいな車屋に、また小声で馬鹿野郎といわれる。馬鹿はお前だ。昼飯になかよしで盛蕎麦を食べていると、別の車屋さんに会った。午後の窓口はそつなくこなし、車で酒井さんとファイルなどの運搬をする。さらに、古びた厚紙と金具の骨組のファイルをカッターとペンチでバラバラにする。冷房が故障すると呼ばれるし、なんだか変な仕事をさせられている気がする。大滝さんに、こういう工具の扱いがうまい男は惚れられるよと言われた。
 竹澤さんと雑談をしつつ要求書の作成。残るつもりはなかったのだが、あれよあれよという間に一人になってしまい、しかしそれほどいらつきもせずのんきに残業する。虹色がボケたような怪しげな宵の空を見つつ、途中で一杯酒を呑もうと思いつつ、あれよあれよといううちに帰宅していた。一番絞りで、サザンのライブの録画。もういいよ聴き飽きた、でもやっぱり楽しいよもう。小川さんから
暑中見舞いのメールが来ていた、こっちも出そうと思っていたというのに。ジョニ黒を呑みつつ、早く何かしなくちゃななどとあいまいなことを思って茫洋とする。

7月28日

 朝からアホみたいに晴れ。歯医者に行ってから歯肉炎で歯茎がボコボコに腫れ奥歯が埋まり、いやな痛みがある。頭も痛い。肩も凝る。電車で仕事へいく。午前中の気分は最悪で、しかも自分のものぐさのせいで全体の仕事がのび、へこたれる。昼飯は鮨屋が休みなので蕎麦屋でカツどん。蕎麦だしとカリカリの衣で、意外にうまかった。午後も疼痛に引きずられ、イヤーな気分のまま仕事をする。あらゆることがくだらなく観えてくる安手のシニスムで、体と頭が鉛のようになる。一休みのとき見たMSNのニュースで、酒に酔っぱらって階段から落ちた中島らもが死んだと知った。ユーモラスでとぼけていて批判精神のある、彼の文章ににた彼らしい死に方だなと自分をなぐさめた。
 仕事をしていると妙にむかっ腹がたってきて、NO残業DAYにあてつけたように残業に突入する。仕事が終わらないときにそんなくだらない企画、ストレス以外の何物でもない。
ボイラー室に入ってクーラーを入れなおし、一人で残業。一式書類をしあげ、ブツブツ言いながら戸締りをした。8時ちかいのに、夕暮れのようなイワシの背の色の空と、雲。電車でコトコト帰り、盛り場の「蔵」で〆張鶴ととろろ蕎麦。うまいけど、いくらなんでも蕎麦少なすぎじゃないの?帰るとき、なぜか鍵をジャラジャラつけたご出勤の和服のおばさんとすれちがった。帰宅して、不貞腐れのジョニ黒。歯茎が痛い。また一つこの世が面白くなくなってしまった。らもさん、地獄のバーの階段ですっ転んでなければいいのだが。

7月21日

 骨休みのお休み。ひさしぶりに頭を坊主にして、お茶漬けを食べてから自転車で出かける。昨日ほど暑くはない。金をおろし、赤門通りにある妹の友だちの親父の歯医者に歯の検診とクリーニングをしてもらう。昼寝しに行ったつもりだったのだが予想外に大事で、細い鉤状の器具で歯のスキマを執拗にえぐられ、口の中血だらけになる。歯並びが悪いせいもあり歯磨きがいきとどかず、小さな虫歯がいくつかあるらしく、再来週くることを約束させられてしまった。肩が痛いので針灸院を探して試しに入ってみたが、応対の中国人が要領をえず保険も効かないというので馬鹿らしくなって外へ出た。紀伊国屋で大増刷された
「自虐の詩」上下巻を買い、ついでにタワーレコードでサザンのシングルを買おうとカウンターに並んでいると、前のやつがたくさん買っておりなかなか空かない。だれかと思ったら磯ちゃんだった。同期のマスコットに偶然会えるとは運がいいと、勇んで図書館へ。井上ひさし小森陽一が司会をし、毎回テーマごとに座談をするという構成の「昭和文学史」の近代詩の回などを読む。夏休みらしく、学生が多くなっている。自転車に乗りながらサザンの新譜を聴く。新譜とは思えない自己模倣で、もういい、やめろと思いつつも、ふとした一節にぎっしりつまった音の旨みで鳥肌まで立ってしまった。でもこれって、「波乗りジョニー」とどこがどう違うのだろう。

7月20日

 仕事。昨日買ったばかりのAARのYシャツで、着るものだけでも心機一転する。おどろおどろしいまでの暑さで、窓口に行くだけでもうんざりする。休み明けということもあり審査になれず、じたばたしているうちに午前の部が終わってしまった。昼休みに饅頭を食べていると、この人は体調管理も自分でできませんって勤務評定に書くよと中村さんに脅される。窓口午後の部。持ちあわせの金がない人や、まったく手順がわからない人も来なくなりノッてきたなと思った矢先、値段を間違えてインド人風のたちの悪そうな車屋に、てめえこの野郎ぼったくりやがってとすごまれた。初歩的ミスだけにくやしい。くやしかったので少し残業し、ドトールで仕事の復習をしてからパルコに行った。やっさんと下の宮で落ちあい、幹事の小林くんを見つけて連れだって
パンドラの箱へ。アジア風隠れ家的居酒屋でゴーヤやタコスを食べていると、小林くんが入籍すると言った。なんとなく予想はついていたがまさかと思ってしまい、まともな祝辞も言えずあーそうか、おおなどと言ってしまった。
 ゴーヤを頼むのと同じテンションで告げられたので、ついついこっちも世間話ののりでいろいろ聞いてしまった。パイパニックやら巨乳やら、しょうもない名のカクテルを頼む(「人妻」というカクテルを頼まなかったのは彼の矜持か)。遅れて、山崎くん登場。高校のとき以来だから六年ぶりか、髪型がちがったし顔もわかりづらい薄暗い店内だったので違和感があったが、となりに座っているうちに雰囲気がよみがえってきた。昔話を聞かされると、こちらも寝ていた記憶が起きだしてくる、その感覚は楽しい。もう二度とあそこにもどろうとも思わんが。次回こそ本格的にお祝いをやろうと約束し、別れた。深夜、新宿で買ってきた「リリィシュシュのすべて」を観る。一度観て買おうと思ってから2年以上はたってしまった。三人のイノセンスの道行きの物語、それはともかく、中学校の日常の何気ない空気感をよくもここまで表せるものだ。夜更けまで観ていた。

7月17日

 三連休の初日。自転車で駅まで行き、アネサンとおちあって新幹線に乗る。車中で、もらった新聞の切り抜きなど見る。アネサンはやりてビジネスマン風に、日経新聞を読んでいた。東京駅で丸の内線に乗り換えて、淡路町。まつやをのぞいてみたが休日だけあってごった返していたので、籔に避難する。箱庭が見える、窓際の良席。刺身ゆば、
あさりの酒蒸し、鴨ロースで、菊正宗。ひさしぶりの菊ちゃんは匂いもあとあじもごつごつしていて、日本酒を飲んだなという気にさせてくれる。それでいてのどごしさわやかで、ひらりひらりと杯が舞う。強い日差しが庭の笹の上の銀蠅を光らせている。そばはせいろと天ぷら、歯ごたえがなくなってきたような気がした。店を出ると、酔った体に暑さがこたえる。靖国通りのビル街を神保町へむけて歩いていると、石鍋の中を歩いているようだ。すると、足をけがしているアネサンがぶつぶつと暑さを呪っていた。小宮山書店を軽くひやかし、人通りの意外と少ない古書店街をぬけてサボウルで小休止。疲れていたせいか、仕事がどうのと深刻風の話をしたような気がする。道を挟んで向かいの岩波ホールの一階でエレベーターを待っていると、ごわごわしたスーツを着た筒井康隆が何気なく横に立っていた。体と顔はそのままに、魂だけギャッと言ってのけぞる。同じエレベーターの中にいるのだと思うと、身がすくんだ。
 
白石加代子の朗読の演目は上田秋成「雨月物語」の「青頭巾」「吉備津の釜」と、筒井さんの「時代小説」。雨月は熟練しており、老人女男幽霊、いずれの声色もそっくりそのものとしか思えない。巫女めいた突拍子のなさと慈母めいた包容力がある語りで、耳をひきつける。愛欲を戒める二篇だが、白石の手にかかると愛欲とそのあとの地獄のほうに分があるように思えた。この企画「百物語」のねらいの一つが、さまざまな日本語の面白さに親しむということらしく、「時代小説」のような朗読困難な擬古文調のパロディも、説明や声の雰囲気で十分楽しめた。剣道の道具が出てきたりちょっとしたお遊びは、加代子ファンへのサービスか。終わって、ロビーで演出家と煙草を吸われている筒井さんのとなりで、なれない煙草を吸いつつ見ていたが、去りぎわにがまんできずにおこがましいことを言ってしまった。暑い夜に都営新宿線でわざわざ暑い新宿までいく。キリンシティでビールを呑みつつ、とうふようやらミミガーやらイカ墨やら珍味ばかり食べる。深夜に別れたあとゴールデン街やら歌舞伎町やら、新宿をぐるぐるとほっつき歩く。はじめて来たころはろくでもないやつばかりの街だと思ったが、どうも自分が今日は一番しょうもない気がしつつ、明け方までふらふらしていた。変な昂揚をしたままで、カプセルホテルへ行く。朝方の大浴場で疲れをおとし、新宿のど真ん中で露天風呂につかる。こんなところがあるなら早く来ておくんだった。朝早くから強い日差しにおおわれた間近の大久保病院の巨体が、斜めに末広がりに迫ってくるように見えた。一見プールサイドのような南国調の小ドームだが、その実おっさんたちが同じ浴衣で行き倒れたようにグーグー寝ている大きな仮眠室で、しばらくまどろむ。

7月16日

 まちにまった金曜日。曇天の中、いつもどおりに通勤する。午前中は内審の集計にてまどり、昼休みまで長びいてごたごたしてしまった。昼飯はひさしぶりに鮨。ポイントがたまったとき食べられる特製鮨がめあてで、惰性で食べているというべきか。午後は午後でごたごたし、ごたごたにはごたごたなりの充実感はあるものの、しょせんごたごただから一晩たつと何をやったかトンと忘れて掻き消えてしまう。それがいいのか悪いのか。定時近く、空がアズキ色にまがまがしく染まり、豪雨。昨日の今日だからまたかと思った。雷がかなり近く、震動をともなう。しかたないのでやけくそで残業。労組のビラ配りするなんて局面が人生にあるとは、思ってもいなかった。蒸し暑い中でのインデックス張りの内職に飽き、退社。雨は小雨だったが電車は落雷で止まっており、振り替え輸送のバスに乗りこむ。夜中のバスほど乗っていてもの哀しくなる乗り物はない、などとほざいているうちに街中へ着く。
 ライオンヘッドでギネスを一杯。シルクの舌触りのクリーミーな泡、などとほざいているうちに店を出、雨の中自転車で帰った。夜更け、散歩していた父から火事を見つけたと聞き、自転車で雨の中かけつける。わりと近くで、新築まぎわの家から灰色の煙がおどろくほど上方に伸び、その中を無数の火の粉が舞っていた。50メートルくらい離れていても熱い。野次馬は多いが静かで、思い思いに火を目でむさぼっているといった感じで、満ち足りて見えた。ボテッと、ときおり燃えカスが近くに落ちてきた。帰宅して、まずい柿ワインの残りを飲み干す。
青山ブックセンター閉店とのこと。そういえば新宿で、待ち合せのときよく使ったなあ。南口をはさんで西と東にあるルミネの両方に入っていて、どっちにいればいいのか迷ったなあ蛍の光がとうに鳴っているのにちっとも終わらないもったいぶった店のような、そんな余生をおくっている気持ちになってはいけないのだが。

7月14日

 3時間睡眠でおまけに窓口。開き直りのハイテンションでむしろ、応対に調子が出てきた。とはいえ、
ミスランキングで鴫原さんとトップタイになる。負けたらみんなにジュースを奢らねばならないので気がぬけない。窓口に行列ができてもちっとも焦らず、頭に電飾がついたようで気分が盛りあがる(いやむしろ、それを焦りと思わないところがすでに駄目脳だが)。昼はまたもソファで爆睡、起きると体がふらふらした。本がない生活なんてと思っていたのに、平気で本もなくヘラヘラと働きメシを喰っている。夕方、補佐に捕まってゴミの捨て方から何から説明された。定時に切りあげ街中のからし屋へ行く。労組の青年部の呑み会。ただで焼き肉が食え酒が呑めるなら、金正日の誕生会でもピノチェトの白寿の会でも何でも行ってやる。アネサンが蛇蝎のごとく忌み嫌っている鈴木さんをはじめて見た。押しの強い女好きのメガネのせんだみつおといった感じ。やっさんも来ていたので、谷田の話で盛りあがる。高校の後輩の、しかし仕事の先輩の安野くんもまじえてひさしぶりに三国志の話。しかしみんな駄目だね、500人くらいはしっかり名前とプロフおさえとかなきゃね。リーダーの望月さんのくちびるがアヒルのようでとても可愛く、見ていると心が和んだ。肉を食べ散らかし、カルビクッパ。だしが効いてきてとてもうまい。雨まじりの中をいそいで帰る。新しいCDウォークマンを買って正解だった。

7月13日

 小学生の女の子が同級生を刺したり、おばあさんが孫の首を絞めたり、先生が生徒を誘拐したりと大層なご時世だが、世間様はその手のニュースにわっと飛びついて骨までしゃぶり、あとは嘆かわしい顔で次の餌をねだるといったていで、つくづくうんざりする。こんな時文学なら何かできるはずなのにと、ぼくも勝手なことを思う。ネクタイがまだうまく結べない。午前中はあいかわらずの歳出還付地獄。書類の海に迷いこみ、繁文縟礼を身をもって知る。アホくささと複雑さにへたりこみそうになるが、レアケースなので経験者が周りにおらず、一人で呻吟する。昼はさすがにダウンで三階のソファで寝た。キャラメルを舐め、麦茶を飲んで自分を丸めこみ、なんとか切りぬけ仕事を終える。足銀へ行き出張所で忘れたキャッシュカードを受けとり、おまけに箱ティッシュをもらう。偶然アネさんに会う。歩道橋から落ちたという足の傷は、それほどひどくないように見えた。
 いそいでホテルへ行き、職場内の
稲門会に出席。岩波さんもあいかわらずだ。県議会の先生たちのあいさつやらなにやら、以前の新採の集いと比べてだいぶかしこまった会のようだ。酒を呑んで机にのぼり放尿する者もなく、紳士たちの歓談でなんとなく煮え切らないまま終わる。自分はいったい何を期待していることやら。蓬田課長あいかわらず気さくでいい人、大出さんはあいかわらずニヒルな感じ。二次会でもなんとなく周りに話を合わせる感じで、少し疲れた。帰宅、と思いきや鈴木さんに小島さん川辺とともに拉致され、明け方まで話を聞かされる。いい人だとは思うが、眠くて帰りたくてしかたがなかった。川辺がこの期におよんで仕事場に行こうとするのでゲッと思う。小島さんは終電をのがし鈴木さんの家に泊まった。自転車に乗りつつ、寝かけた。

7月10日

 明け方までベルセルクを読んでいたせいで、昼ごろまで寝ていた。昼からまたベルセルク。買ったのにどういうわけか読まないで置いておいた5年間分をすべて読もうという試み。とはいえ発刊ペースが遅いので数巻しかない。されどあせらずに、じっくりゆっくり読む。もともと多かった描きこみもセリフも話の盛り上がりとともにどんどん増えていき、作者が作品世界をより緻密にきずきたいという情熱が読み手をも熱くする。ここまで人物が語られ練り上げられてくると、登場人物たちが雑談しているだけですでに面白い。それにしてもガッツの困難な一人旅にたくさんの道連れができ、よかったなあと思う。涼風とともに、ひとしきり雨。夕方自転車で近所の牛角へ。
 職場の同期とひさしぶりに呑み会。肉を喰らい酒を流しこみ冷麺を噛みちぎり骨にむしゃぶりつく。ツネちゃんも厳しい研修医の生活に慣れてきたようだ。金澤さんが肩紐に小さな十字架をつけてみんなを悩殺していた。二次会は車に分乗して、ビリヤードと卓球。見た顔だなと思ったら、中学の同級生が女の子にビリヤードの手ほどきをしていた。ようとあいさつしたら、笑いながら冗談ぽく邪魔だと言われたが、本当に邪魔なんだろうなと思ったのですぐ離れた。
ビリヤード、ひさしぶりだがとても面白い。温厚誠実で通っているサトちゃんが野次やら、玉の前方で変な顔をするという古典的妨害を繰りだしてきたので、腹が立ちつつ笑えた。勝負はこちらのまぐれ勝ち。偉そうに金澤さんに卓球指南したり炭酸の酒を呑み散らかしたりオシボリで頻繁に顔をぬぐっているうちに明け方の三時になり、店から出された。別れがたかったらしくみんなが駐車場でたむろしだしたので、つきあう。4時ぐらいまでいてさすがに疲れた。ツネちゃんに送ってもらい、帰宅。また昼まで寝てしまいそうだ。

7月2日

 初の有給休暇。社保庁の事務所で年金停止の手続きをとり、銀行で口座を閉じてから駅へ。駅蕎麦を食べて電車で池袋。やっぱり車中で寝てしまった。無印で代えの黒シャツを買い西口のメガネドラッグでつるを直してもらい、CD屋など見て歩く。階段から落ちたらしくて、女が憮然とした顔で頭から血を流していた。地下をくぐって東口に出てバスに乗る。二丁目交差点で降り、馬場下までひさしぶりに歩いた。銀杏の葉も陽に輝き、散歩にはもってこいである。あったはずの店がなかったり、あったかもしれない店があったり、あいかわらず街並みに落ちつきがない。安藤書店から筒井の本がすべてなくなっており驚いた。だれかがごそっと買っていったのだろうが、少しさみしい。馬場下から本キャンまでは、レンガ色の敷石と黒い街灯でコジャレたプロムナードになっていた。就職課で就職先の登録をしようとするとやんわり断られ、校友課に回ってくれと言う。庭園の芝生で王冠をいただいた高い塔を眺めつつくつろいでから、校友課へ。ついでに図書館カードも更新し、校友ロビーでもくつろぐ。くつろぐのにも疲れ、本キャンを散策。二号館の記念堂で絵画展やら旧安部球場の安部さん展やらをやっていた(そのせいで図書館のジョイス展を見逃すことになる)。図書館で本を読みつつくつろぎ、ようやっと腰を上げてバスで新宿へ。
 日が長いので、夕方のような夜だ。あいかわらずここは、街が横だけでなく縦に伸びている。西武の板チョコビルを懐かしく見送り、西口ロータリーへ。共産党の不破が演説をぶち、こぎれいなおばさんたちが目を閉じてうなずいていた。京王新線で初台。予想どおり定刻に誰も来ていないので珈琲館で時間をつぶしてから合流し、新富まで歩く。ミッチャン、むしろ元気そう。穴子コハダ蟹味噌シマアジ卵焼イワシ蝦味噌汁タイカマ山葵巻殺さば殺せ。ミッチャンの手は水を吸ったソーセージのようにぶよぶよしていて、腕とくらべて異様に大きく見える。折り詰めまで頼み、辞す。こりもせず新宿南口の屋台でもうひと呑み。なんだか人がいっぱいいるのに蟻かモビルスーツのようにおんなじに見えて、なんだかいらいらした。電車で向ヶ丘まで行き、次藤さんに留守番してもらってハマモトとカラオケ。相手が何を歌うか見当がつくのでとてもラクだが、自分の誕生日に自分で「誕生」を歌うのはいかがなものかと思った。シメは
「14番目の月」。店を出ると、入るとき見えた14番目ならぬ15番目の満月は消えうせ、のっぺりとした明け方が広がっていた。こちとらとっくに15夜は過ぎている。

6月30日

 最近、ネクタイがうまく締まらない。鏡の前であくせくしても満足いかず、駅のベンチでしつこく直している。もともと曲がっていたことに最近気づいたのかもしれないが。月末なので仕事量がいつもの三倍ちかく増え、残業は必至。三菱のおっさんが、あれだけ叩かれたにもかかわらず異常に横柄でカチンとくる。各ディーラーの対応が、世間の評判に比例してよくなるので世間も意外としっかり見ているようだ(例外もあるが)。各地の同業の事務所の対応もしかりで、やわらかい関西弁の女の子だとついこちらも愛想よくなってしまう(それはあまり関係ないか)。昼は鮨屋の仕出し弁当。メンチカツと変なおかずで、良識を疑う。午後もひたすら審査。数が数なので、しまいには疲れを通りこして陶然としてきた。昨日、あなたは私に怒られるために生まれてきたのと凄いことをのたまった中村さんが授業参観で夕方抜けたので、気づかいせずに仕事がけっこうはかどる。CMでやっている車はよく売れており、世間はまあそんなものだ。バイトの古川さんは今日で終わり。小さな会を催して、最後に新米のぼくが係長のみつくろったバラの花束をあげた。あいさつで感極まって泣いた古川さんが、なんかさみしくてと言っていた。こっちもさみしい。
 案の定、夜までみんなで残業。戸上さんが誕生日らしくて、幼稚園の子どもから早く帰ってこいと催促の電話がきていた。クーラーが止まり、暑くてしかたない。バラの残りをみんなで分けあい、解散。新聞紙に包んだバラをもって電車にのり、ドトールで息抜きをしてから、
へ。ひとりで、酒とせいろと天ぷら蕎麦。この前べろべろに酔ったあと来て以来だが、しらふだと粗がめだつ。ちゃらちゃら鳴ってる安い居酒屋みたいな春の海みたいなお琴みたいな音楽止めろよ、とか。蕎麦も蕎麦湯もうまかった。糞まずい月桂冠の熱燗を呑んでしまい、ふてくされていく感じの悪酔い。家に帰って、フォアローゼスの空き瓶に桃色と煉瓦色のバラを4本いけてみたりする。

6月24日

 仕事。朝から窓口ははじめて。つくづく早さと正確さと数字が苦手で、その苦手がすべてそろった仕事なので、まったくもって三重苦といえる。信じられないようなしょぼミスをしてしまい、フォローされる。昼は鮪のなかおち。ひんやりとしてまろやかで、ここのなかおちはうまい。午後からも窓口。評判のやさぐれた車屋のあんちゃんに、新人は遅くてつかえねーと言われた。仕事後、職員施設に行き焼酎祭に参加する。各課ごとの参加が基本らしく、一人だけのテーブルで針のむしろのような思いをする。しかしまあせっかくのお祭なので、やけくそで手あたり次第に呑む。福島の「吟輝」、酒粕の焼酎だが味は普通、福岡のゴマ焼酎「紅乙女」、生茶で割ると健康によさそう、東京小笠原の芋焼酎
「島流し」、名前の自虐ぶりもいいしごつごつしていて呑みがいがある、宮崎の麦芋焼酎「盗賊」、初心者向けにブレンドされていて散漫、長崎の麦焼酎「初代嘉助」、甘み香りよし、熊本の米焼酎「房の露古酒」、昔ながらの酒とやらでなかなか。飽きてきたので近所の社長をだまして呼びだす。社長は到着して早々、帰りたがっていた。最後の抽選会で運よく福島の米焼酎「秘酎」をいとめ、アネさんとカワちゃんと合流して酒蔵へ。なんだか小賢しげに小難しい話をしたような気がする。そのあと笑笑へ行ったような気もする。原液でがんがんやった焼酎が今ごろ回ってきて、酩酊度大。帰れなくなったカワちゃんをホテルで寝かしつけて、お開き。自転車に乗っているのだがふらふらしてちっとも先に進まない。もうジジイだ。

6月19日

 8時ごろやばいと飛びおきてから今日が休みだと知り、忌々しい気分で二度寝。昼ごろ起きると、なぜかベッドで上下逆に寝ており、しかも昨日の深夜観ようと思ったであろうDVDを敷物にして寝ておりあきれる。アネさんからメールで、サトちゃんと動物園に行くがおまえも来いという趣旨の婉曲的強制。前から行きたかったので便乗する。宇都宮動物園は死んだ前の犬をもらったとき以来だから、10数年ぶり。閑古鳥が鳴きお粗末な「ゆるい」感じを愉しみに来たわけだから客としては邪道だが、客は客だ。えさも買って入園し、コースも守らずてんでに観たいものから観て回る。猿がケダモノの雄叫びをあげていて、ケダモノじみていてとてもおぞましい。ミドリ猿、キリン、ビーバー、ペンギン。
ワラビーとのふれあいコーナーに行く。えさをやると何匹も群がってきてしかもすこし遠慮気味なので、とてもかわいい。片手で野菜をもって食べたり、うんこをしたり、目から涙が出たり、生き物の精緻さに単純に驚く。孔雀や、アールデコ調の花瓶めいた鳥、馬の筋肉と毛並みの美しさ、狼の気高さ。孔雀だって美を解するのだから、観る人間の心の中に美があるなんてのは嘘だ。美は外にある。だが動物にとって美は手段であり用途と切り離せないように思える。けれども、人間にとって美はそれ自体目的にもなりうる。そして美という言葉を与えさえすれば、あらゆるものが美になりうる。それはすばらしいことにも思えるが、と同時に濫用であり倒錯である。美はあらためて規定され特権化されねばならない時期に来ているのではないか、ぶつぶつ・・・。
 付属の遊園地にある、小さな観覧車とジェットコースターでさんざんビビッた。最後に入った室内型アトラクションの洞窟体験の終盤で突然、まったく忘れていた小学生の時の記憶がよみがえる。そういえばぼくは、一人乗りのミニカーで暗闇を進むこのアトラクションで物凄い恐い目にあったのではなかったのか。そんな都合の悪いことは、すっかり忘れていた。「ゆるゆる」な
ニセ天守閣に登ってから、外に出る。車で西那須野のサトちゃん邸まで、突発的にドライブ。閑静な住宅地の一軒で、予想以上にこぎれいな部屋でたくさんの様々な本があった。法律書から裏ブブカまで、サトちゃんの人間的な大きさを本棚がよく表わしている。カッパエビセンとメロンとアイスコーヒー。こんな接待は小学生以来でうれしい。自然と話は、どうしてこうも、しょうもないことに拘泥して血眼になっているみっともない困ったちゃんが多いのだろうというグチになっていった。紫煙もうもうの中、9時ごろまで話しこみ、あいさつをして辞す。車で来た道をひたすら戻っていく。夕暮れ。アネサンはバーベキューも忘れ二日前の呑み会も忘れ、おまけに、湿気てきたから花火があがるとよい等、いまいちわからない発言をくりかえし、ぼくはひやひやした。居酒屋風レストランで晩飯。芋餅やはりうまい。家に帰り、借りた「ホムンクルス」を読む。トレパネーションしてもらいたいななどと適当に考えつつ寝る。

6月18日

 いやでも早い時間に目がさめるようになってきた。が、体は正直。音楽と自転車でとりあえず賦活するが、電車にのってウトウトしているともとに戻ってしまう。朝の熱いお茶がありがたい。問題ごとが起こってゴタゴタしていた関係で、内審を一人でやる。照会の電話も多く、なかなかはかどらず昼までに終わらなかった。こがねちゃんのエビフライ弁当。午後もひきつづきやる。どうも根気がない性分でこまってしまう。少し残ってから退庁し、昨日の忘れ物を酒蔵本館にとりにいってから、街中の企業局ビルへ。アネさんとおちあって、串焼きのれんが亭へ。丸谷才一似の親父が目の前であげる、アスパラ、銀杏、キスなど。DVありリストカットありの、心の病すれすれの
元劇団員の友だちの話をする。ぼくはもう狂気にロマンなど感じておらず、社会との一種の適応の形であり本人が意図せずして要請した新しい規範であると思ってはいたが、ルールとルールにはさまれて自分のイメージがつかめずにいたら大層苦しかろう。と、同病相憐れむ(?)の感で同情した。それにしても人間は妙なものだ。社長を呼びだして、笑笑で二次会。社長がぼくに電話をかけるなんてよっぽど暇だったんだろうと笑っていると、怒っていた。妙なもので、呑み仲間は年上ばかりである。あらためてビールを頼み仕事の話などしていると、後ろの席の人に頭をつつかれた。何者ぞとふりむけばどこかで見た顔、というかなんというか、妹でした。深夜の安っぽい居酒屋で偶然背中合わせに近親者と鉢合わせるという出来事に、すっかり気落ちして話にも身が入らず、からかわれているうちにお開き。社長にお義兄さん、などと冗談でよばれゾッとした。サザンを聴きながら帰宅。もういいかげん、この帰り道飽きた。

6月16日

 そろそろ眠気の限界。この3、4年間朝早く起きることがほとんどなかったので、
禁断症状のように眠気が襲ってくる。仕事中でもヘタをするとガクッと舟をこいでしまう。とはいえ社会人なので、耐え難きを耐え忍び難きを忍び、なのである。蕎麦を食べて午後の部。窓口で審査をミスり、竹澤さんに指摘されてきづいた。はじめは誰もまちがえるよと言われてはいても、実際やるとおちこむ、しかもそれがしょうもないミスだからなおさらだ。さらに中村さんに別件で、そんなことだと税金泥棒って言われるよと言われた。言われるよっていうか、今現在言われてるし。些細なまちがいというやつがかえってこたえるものだ。許可をもらって早めに切りあげ、家のそばの庁舎で組合の会議に出た。駐車場で偶然、保田くん発見。うまくやっていそうに見えた。見晴らしのいい五階の大会議室で、予想外に参加者は少なかった。遠くの丘に陽が落ちようとしてはいたが外は明るく、7時近いのに蛍光灯が無用に思えた。
 公務員制度改革が、不況の不満をかわし支持をとりつけるためにマスコミの尻馬にのって政府が叩きやすいところを叩いてみた、という政治的な目論見にしか見えないのは確かだ。まあ政治家の政治的目論見なんて、八百屋の野菜くらいあたりまえなものだが。しかしまあ、そんな自分の皮肉もとてもとてもつまらないななどと思っていると、むしょうに気が滅入ってきた。夜、民芸で味噌煮込みうどんを食べる。体は応えやすく右往左往しているのに、頭だけはボーっとして、しかも冷ややかな悪意がときおり渦を巻きしかしそれもすぐに倦怠にかわる。卑小であることのごまかし方だけ巧妙になった、十数年そういう成長しか自分はしてこなかったのだ思う。・・・などという、そんなふうな鋭い自己省察とやらをでっちあげてみせて、自分の認識力とやらだけでも大したものだとひそかにうぬぼれているであろう自分が、いやだいやだああキショい。早く寝たい。

6月15日

 新聞で、税職員が近所トラブルのはらいせに個人情報を閲覧して罵倒の材料にしたという記事を見る。なんというか、とてもせこい。あえてKANを聴きながら駅まで行ってみる。曲がせこい。いやいや、いま聴いてもやはりすごいメロディメーカーである。いつもどおりの仕事、昼は仕出し弁当を食べつつ電話当番
となりの課の仕事が全然わからず、あきれられて恥をかく。暑いのにクーラーが入らない、このへんの四角四面からまずなんとかしましょうよ。暑いのに書類運びの力仕事があり、やけくそで逆に楽しかった。昨日からみあたらない、命より大切な審査印のことで、中村さんに責任問題よと脅される。死んでもラッパを放さなかった兵隊さんと比べて、自分のなんとだらしなく情けないことか。ぼくがミスをするとそのたび嬉しそうな中村さんの笑顔がとてもすてきではある。夕方、回ってきた公報に推薦図書と有害図書がセットで記載されていたので笑った。恥穴えぐりとか、爆技って、なかなか秀逸なコピーではないか。戸締りをしてふらふらしていると、所内に一人になってしまった。いつも肩身がせまいので、ここぞとばかり王様気分で探検したり、イスにふんぞり返ったりした。ユトリロが好きそうな白くて殺風景で古い建物だが、少し愛着が出てきた。防犯対策をして、家路へ。鰯雲。紀伊国屋でグインの最新刊を買って、錆びてきた自転車をこぐ。ゆずのように美しい緑がかった青の、暮れきらぬ宵の空をこうもりが何匹も飛びかう。うねり流れる電線の一本一本がくっきり黒く空を仕切る。日がずいぶん長くなってきた。

6月11日

 昨日の夜更けに坂道を、調子にのってスピード出して自転車で下っていって、暗くて見えない縁石にぶつかり自分だけ前にふっとんだ。そのさいの傷を気にしつつシャワーをあびる。雨の中、サザンを聴きつつ、ガタのきた自転車でガタのきた体を運ぶ。電車で少し寝る。仕事をしていると、Yシャツに血がにじんできた。所長にどうしたと聞かれたので説明すると、爆笑された。中村さんに化膿するよと脅され、しぶしぶトイレで消毒し包帯を巻いてくる。三菱ふそうの係の人が、税額をFAXで送ってあげたにもかかわらず再確認の電話をしてくる。今度の事件でよほどナーバスになっているようだ。昼はまたも「仲よし」。顔を覚えてくれていたようで、はじめて煮物のお通しがでたのでひそかに喜ぶ。仕事第二部。窓口にお使いに行くと、混んでいたらしく審査の手伝いをさせられる。本部へもどって、あとはひたすら事務。と思いきや、電話対応で代書屋の逆鱗に触れたらしくひたすらねちねちといびられた。しかもそのあと改めて叱責の電話。よくわからんのでとりあえず言質をとられないように、抽象的な謝罪をしてお茶を濁した。だってこっちに非があるケースじゃないんだもん。
 帰り際、台風に吹き飛ばされて転ばないようにねと竹澤さんに嫌味を言われる。駅前のパチンコ屋が改装オープンで大変なことになっているようであり、ホームにいても音が漏れ聞こえた。すっかりあたりまえになった、雨。ドトールで一休みしてから、宮の橋そばの壱弐参で定例会。ぼくが店内でお通しをフライングしているときにサトちゃんは雨のなか外で待っていたらしく、叱られる。今日はほんとうに叱られ日である。大根の煮物、鯵、日本酒。三人とも
「蠅の王」既読者でありかつサイバラ愛読者。この三人の道行きに転がっているのは、栄光でなくて豚の頭なのだろうか(それともぼくだけ?)。終電のあるサトちゃんを送り、駅前の魚民でアネさんと軽く二次会。眠すぎて何の話をしていたのか忘れた。それでもなんとなく、いい気分だったような。雨の明け方、歌を歌いつつ自転車で帰る。まるっきりアホだ。で、アホだと自覚しつつ自覚していることで安心してアホに甘んじているところあたりが、最悪にアホ。

6月9日

 冷たい霧雨。口内炎も喉もなおらず、しかも下痢気味で体調すぐれず。そのくせ少し太ってきた。節食を心にちかいつつ(節酒はしないのだが)、駅へ。いつもすいている上り電車なのでそこで一息つけて、ちょうどいい。昨日の研修でだらけたあとにやる内審で、勘をとりもどすだけでも大変だ。昼は蕎麦。新規開拓した蕎麦屋のおばさんは愛想のかけらもないが、蕎麦は手打ちでいびつだが歯ごたえがありそばつゆもうまい。そば湯が甘くて濃いのがなによりうれしい。日本初の
そば湯評論家になろうか、などと思う。午後は窓口。なんとかなれてきた気はするが、これで混んで行列でもできてプレッシャーがかかった日には、軽パニックでミス連発のおそれ大、である。統括が応援しにきてくれた。しつこく霧雨。リポビタンDを飲み、NO残業デーなので早々に帰る。しつこく霧雨。買ったばかりのCDウォークマンで、bumpを聴く。醒めたようなハスキーな声色と、ど根性な歌詞と情念のこもった歌い方のアンバランスが心地いい。さりとて、なすこともなく、クラシツクラガアなどあがなひて家路をいそぐ。

6月5日


 11時ごろたっぷり寝た気分でめざめるも、口内炎と喉の奥にかすかな痛みがありわずらわしい。梅雨まぢかの濃紺の空だが、文句ないほどの快晴。島田さんにメールすると、キヨちゃんすでに午前の試合であっけなく負けてしまったとのこと。当てがはずれてしまったが、それでも車で市の
サッカー場へ行く。縁もゆかりもないチームの観戦。監督は監督らしく声を荒げ、先輩は先輩らしくいばったり気を配ったりし、後輩は後輩らしくついつい小さな遊びを見つけてしまったりする。ゲームよりそっちのほうが面白く懐かしく、PKまでねばってしまい無駄に焼けた。年や背に関係なく、英雄的な人はいるものだなと思った。カワチに寄り、ヤマダでCDウォークマンを見てから、足銀の支店で30余万おろす。親への今年の生活費を一括で払ってしまおうという腹だ。
 家に戻り、犬の散歩。今日注射をされたせいか老いのせいか、散歩に連れて行こうとしてもお義理でシッポをふる程度。白内障になりかかっているとのことだし、耳もかなり遠くなってきた。宵に山口さんが来て、化粧品やら手づくりのマヨネーズやら置いていく。ぼくの頭を見て、そんな個性的で職場で大丈夫?と揶揄めいた心配をしてきたが、よけいなお世話です。夜中に「グランツーリスモ」をやる。最近、車がだいぶかわいく思えてきた。「ヤンキー先生」のドキュメンタリーを見たあと、母が友だちから借りた「ラストサムライ」を一人で観る。天皇の謁見の間とかちょっとツッコミを入れたくなるところもなくはないが、日々の静かな鍛錬と少しのユーモア、戦時の自己犠牲と名誉心が単純に胸をうつ。このての日本讃美ものは外国が作らないかぎりヒットしないことが多いが、日本人のそういうひねくれた自己愛もけっこう好きだ。

6月2日

 いつもぎりぎりに目覚めてぎりぎりに出発するので、落ち着かないことこのうえない。晴れ。一本道を、よく目立つ背の高いのと低いのの中学生コンビが定時に同じところを歩いているので、その進み具合をいつもだいたいの時間の目安にしている。今日はヤバめ。事務所に行き内審をしたり電話対応しているうちに、飯。東武の陸橋を渡って西口のやきそば屋に、一人で入ってみる。それなりにうまい。隣に座った連中が店を出たあと店主が、臭い飯喰ってきたー、と歌った。どうやらさっきの連中に、そういう関係のそういう人がいたらしい。が、この街にももう慣れた。午後はいよいよ窓口デビュー。目の前に恐い顔の車屋さんが立っているのに、すばやく正確に書類のチェックと直しをしなければならない。酒井さんが後ろに立っていてくれたので心強かったが、気ばかり焦り朦朧としているうちに、ゴング。外へ出て、むさぼるようにペプシを飲んだ。
 定時で帰り、みくらでの組合新加入者の懇親会へ。クイズなど企画してずいぶん気を使っているが、どうも今ひとつ。遅れてきて空いている席に座ったらとなりが職労のドンだったので、焦りつつはめられたと思ってアネさんをにらんだ。仕事はどうですかと聞かれる。ドンは物腰がとても柔らかい静かな人で、ちょっと拍子ぬけした。
社会保険事務所の人に呑み会で仕事の話をしむけ、ひんしゅくをかう。同期5班の参加者と、笑笑で呑みなおし。おたべっちが口の中でさくらんぼの柄のところを結べるというと、塩社長がなぜか嬉しそうにしていた。あと、コバちゃんがピアノを習っていた話をすると、フクちゃんがそのあとずっと無意識に指を動かしていた。どちらもどうなっているのか、ぼくには全然わからない。「酔いきれない胸をだいて、疲れた靴を履きなおす」。そういえば、みゆきも最近聴いていない。帰ってナディアを観る。この回あたりからだんだん絵が手ぬきになっていくので、話よりむしろそっちが愉しい。

5月31日

 どっちつかずのぐずついた天気。金曜に転んで膝のすれた夏服のかわりに穿いた黒のパンツが湿気て、重い。職場ではじめて冷たいお茶が出た。内部審査をはじめるも、暑くてしかたない。まだ5月なのでクーラーも使えず、糞、などと言いつつひたすら我慢。夏のように晴れた空もない。竹澤さんは応援などといって涼しい窓口に逃げてしまった。昼は蕎麦屋で、若鶏南蛮とサービスのホットコーヒー。残すわけにもいかず意地になって飲む。月末で書類もやけに多く、夜近くまで数字と紙と格闘する。暗くなってもなかなか涼しくならず、麦茶やペプシやリポビタンを飲む。駅にいるときに電話で誘われたので、ついでに酒も呑む。金曜と同じく、横丁の鮨屋。意外に早く終わったサトちゃんとあねさんが、すでに始めていた。今度の定例会で川辺さんを誘うかどうかで、誘ったとうの本人のあねさんが駄目だししてたので、笑う。穴子、
小肌、鯖、鮪。店と親父さんは最高なのだが、ここの味は回転しているやつとさほどちがわない、っていうか同じ。酒も飯も中途半端で雨に濡れて光る道を帰る。鬱陶しいツツジも、暗い道で観るならなかなかに面白い。

5月30日

 朝から母の部屋にエアコンが入るとかで、どたばたとした雰囲気で起こされる。カレーを食べて車で図書館へ行く。
虎の巻ノートをひもとき、付け焼刃に仕事の勉強。必要にせまられ、尻に火がつかないかぎりこういうことはしないのだが。コンビニでそば茶ボトルを買い小休止。葉よりも多くびっしり咲いたピンクのつつじが気色悪い。施設中の花壇に満艦飾で、ここまで一つおぼえで植えられると始末が悪い。曇り空。珈琲館で、読みかけでほっぽらかしの本の読書。仕事の休日に読書なんて、いかにもありがちでみょうにこそばゆい。帰宅してから夕方車で出直し、スーパーで一番絞りと菊正宗。変わった地酒も面白いが、環境がいろいろと変わって落ちつかない時期だけに、定番が一番心やすらぐ。

5月24日

 降るのか降らないのかはっきりしない天気。駅に行くまでに目が覚めるのだが、電車に乗っているうちに寝起き間際のテンションにいつも戻ってしまう。仕事。みんなでする仕事の合い間に、こそこそ自分ひとりの仕事をこなす。昼ははじめて公用自転車に乗り、饅頭を買って公園で食べる、少し晴れてきたような。午後も書類審査。夕方、雷がとどろき、しばらくして雨足が強まった。意外と空が明るい。戸上さんに傘をかり、電車と自転車を乗りついで街中のアーケード街のドトールへ。勉強するはずがノートがないどころか眼鏡すらなく、がっくりする。お昼に買ったTVタロウで来月の映画などチェックしてからどしゃぶりの中、総合文化センターへ。笠原さんと塩さんはフクちゃんの車で、ぼくは自転車で清住のタイ料理屋
メナムに行く。ぼくが中学のとき売春で摘発された店だが、いまはまっとうにやっているようで国会議員もときおり来るし、味の評判もよいとのこと(本当か)。店内もきれいだが愛想だけは劇的に悪い。トムヤムクン、ココナッツミルクとウリのカレー、空心菜の炒め物、生蝦、セロリと春雨の炒め物。いずれも辛くてむせるようだが、旨みがしっかり口に残る。セロリが食べられないフクと塩が、こんなもの食べ物じゃないなどとぶつぶつ言っていた。みんなおのおの仕事が大変のようだ。残業を終えたアネさんが登場するも、シンハービールもあまり進まずなしくずし的におひらき。雨のぱらつく夜道をみんなで歩いていると、携帯を打っていた笠原さんが軽くこつんと電信柱にぶつかった。だが、それを見逃す我々ではない。さんざん笑い物にさせてもらった。いつも笑い物になっているのだから、たまにはいいではないか。

5月23日

 ゆっくり寝るひまもなく明け方山本邸を出て、新大平下の駅へ。車で迎えにきてくれた山本Tの友人もまじえて、東武で新越谷をめざす。途中でもう1人の友人が加わり、新越谷4分の乗り換えもダッシュでなんなく切りぬけ、武蔵野線で終点の府中本町まで行く。途中居眠りしたり、競馬新聞を読んだり。優駿牝馬の伝統の1戦
オークスもはじめてなら、競馬自体がそもそもはじめて。東京競馬場は意外に新しくきれいで緑に囲まれ、屋根がごつごつと突きでた観覧席の1棟は壮大ですらあった。ただ、入場までの待ち時間が長くひたすら寒い。買った缶コーヒーのホットもなぜか冷めており、幸先が悪くすでにしていやな予感。入場してエスカレーターを上がり、指定席の切符を切られ手の甲にアルコールの透明の判子をおされる。4階だけのことはあって空いておりきれいで、それほどやさぐれたムードではない。掛け声も歌舞伎の屋号ではないが洗練されたもので、2!とか武!とか捲くれ!とか、ストイックですらある。勝ったことをいちいち自慢してまわるバカもいないし、いかに惜しかったかくどくど語っているやつもいない。むしろ、ワイドで1回当てただけでにやにやしてしまい、ご褒美だとかいって昼から熱燗を呑んでいる自分が一番手に負えない。
 しかしあまりに寒いのだ。大きな屋根はあるものの霧雨が降り、広大な馬場の緑はかすみ、背景の高速と街と山々が煙っている。友人が次々万馬券を出すなか、小銭でじりじり負けはじめ、気分転換に下まで降りて芝をかける馬群の蹄の音や太ももを打つ鞭のしたしたいう音に聞き入ったり、馬場内のバラ園をふらふらしたりしているうちに、オークス。一番人気の、武豊のダンスインザムードを軸に買うも、大番狂わせで13が来てしまい、小さな野望が粉々に砕けちる。粉々に砕け散った夢の跡で、一面にはずれ馬券がおきまりのように散らばっていた。横浜で研修のある山本Tとわかれ、町田Tと武蔵野線で武蔵浦和へ。14時間勤務のあとの競馬はこたえたらしく、ほどなく寝てしまった。埼京線で大宮。大宮からは座れなかったので、塾の採用試験のことなど話す。とうとうぼくの街にも日能研が進出するらしい。駅に到着するといっそう寒く、氷雨がしつこく降っていた。


5月22日
 
 10時半ごろ起きる。駅まで母を送り、車で靴紐靴磨き油とりなど買い、クリーニング屋へ行く。ときおり雨のパラつくぐずついた天気。家で、ひさしぶりにバリカンで頭を剃る。「新潮」の大江の巻頭エッセイ、散漫でなにがなにやらわからぬ。20年前の創刊1000号とくらべると、人材の粒が小さくなった感はいなめない。などと偉そうなことを考えつつ、車で駅前の魚民に送ってもらう。開始時間やや回ってみんな到着し、同期のひさしぶりの呑み会。
医師の試験合格したツネちゃんが遅れて登場、人の生き死にが関わっているだけに仕事が大変そうだ。阿部さんはあいかわらずひょうひょうと、川辺さんはぎらぎらと、人見女史はその牛が食べられるか、つぶすしかないのかの審査に関わっており肉屋とケンカが大変のよう。二次会は白木屋とベタベタなセレクトだったが、ポテトもちやガーリックのエビフライがうまかった。小雨のなか三次会を蹴ってバスで家のちかくまでもどってきて、酔っぱらったまま塾へ。生徒にも見つかり学び舎を酒臭い息で穢し、先生たちからひんしゅくをかう。山本Tの仕事がまだ終わらないようなので、いったん帰って仮眠。2時ごろ電話で起こされ、深夜の霧雨の中を自転車でふたたび塾へ。寝起きと寒さで、妙に心が怯えたような昂揚をする。山本Tの車に町田Tと乗りこみ、大平の山本邸へ文字通りの爆走。昨年のオークスやら競馬のDVDを大画面でながめつつ、朝飯にワッフルを食べリゲインを飲み、まどろむ。

5月21日

 朝からどしゃぶりで覚悟をきめるも、自転車に乗るころには小雨になっていた。この5日間の疲れをすでに感じつつ駅へつくと、中学生が群がっている。身に覚えがあるが、大会のために学校を休んで市内の各校が西川田の運動公園へ行くのだ。見覚えのあるジャージを見かけ、いやな予感がする。いやな予感的中。車内で中根に見つかり、本田が呼ばれて来るという最悪の展開になった。こんなところで何やってんの?、眼鏡似あわないから、とのありがたい批評を胸に、仕事場へ。おとといの課の呑み会で酒乱気味に酔っぱらって、人のことを癌よばわりした課長もちゃんと来ていた。内申の手順は一応わかったが、お役所仕事がこんなにあわただしいとは思わなかった。並行したり中断したりするいくつもの仕事をこなすのがつくづく苦手と、知る。昼は管理課の二人と鮨ランチ。濃い藍色に空が晴れ、陽射しがつよくなった。明日が休みだと仕事もなんだか楽しいというのは凡庸な感想だが、その凡庸さがいまはまだめずらしく嬉しかったりする。台風の後なので竹澤さんは、おきまりの波乗りにいこうかどうか迷っていた。課税表の追録で残業してから、電車に乗る。
やくざの立てこもりでここ数日耳目の的だったマンションも、静かに夕暮れのなかで街並みにまぎれている。街中のパブでギネスのドラフト。このコクは、酒というよか冷たいスープだ。微醺のまま紀伊国屋書店をふらふらする。なんだかいろいろな本がありすぎて、やかましくて気が滅入る。帰宅。カレンダーを見ると仕事の日ばっかり。日本全国の人がたいていそうなのだということに驚く、あたりまえなのだけれど。

5月17日

 またもや雨模様。5日間連続で仕事というのは今週が初めてなのだが、はたしてもつかどうか。仕事場の前でいつものように、パチンコ屋が曇天に黄色の
アドバルーンをあげていた。審査や電話対応は慣れてきたので、そろそろ窓口デビューなのだがかなり不安。すぐ怒鳴る車屋とこの道何十年のすれっからしの代書屋あいてに、どうはったりをかますか。それはともかく眠い。コロッケ弁当を食べ終わり書類を見ていると、ついうとうとしてしまう。新任そうそう労組の分会長様なのだが、その雑用もけっこうめんどうくさかったりする。不満は腹で飼いならして、けっこう仕事がはかどった。帰りも曇天。新しいCDウォークマンが無性にほしくなる。牛丼を食べていると速報で、民主党小沢氏年金未納発覚で代表就任辞退とのこと。こんなことで策士小沢の野望は終わってしまっていいのか、この騒動自体がとてもとてもつまらない。夜中にとなりのいがちゃんと、うちの犬の散歩。友だちにもらったという長野土産のスケベな扇子を見せてくれる。やつはおっとりしているのでなく、頭に虫がすんでいるようだと今日きづいた。外は、少し湿っぽいがひんやりしている。

5月15日

 わけのわからない電話で起こされ、しかも二日酔い。二度寝して起きるが、不快なけだるさがとれない。すでに昼でおまけに雨で、MOVIXに行く気も失せ、行き先を街中の映画館に変更する。車でよろよろと駅前のアイシティへ。コンタクトの洗浄液を買うも、カードを忘れていることにきづく。そのあと駐車場を探し街中を行きつ戻りつし、市の駐車場に駐車して時間つぶしに生涯学習センターへ。こんなところに図書館とソファがあるとは知らなかった。友だちと東宝で、「ドーン・オブ・ザ・デッド」。ここは試写室か、というせまい部屋で、こんなリメイクで
ロメロが納得するか、という凡庸なゾンビ映画を観る。もう、速いだけのゾンビには飽きてしまった。こんなサービスで郊外シネコンに勝てるか、という映画館をあとにして元町屋でとんこつラーメン。駐車料金が1000円を超えており、閉口する。帰宅してから自転車で出直し、塾に行き名札や細かい資料を返す。なんだか身ぐるみはがれる感じだ。

5月14日

 花金、という言葉の意味を身をもって知る。研修で中休みがあるとはいうものの、5日間連続仕事というのはやはり辛いものだ。いつもどおり自転車と電車を乗りつぎ事務所へ。課税表のミスやら申告書の申告額の計算ちがい看過など、なさけない間違いばかりする。仕事できない人というイメージが固定しつつある、もう駄目ぽ。同僚と鮨屋で中落ちを食べる。午後からは眠気と眼精疲労にまとわりつかれつつ、課税表のチェック。定時やや過ぎて街中にもどり、ドトールで一人反省会をしてから、花を買って花子へ。今日は下の個室に通された。誕生日のアネさんに花をあげると、もらったそばから頭にさしていた。やや遅れてサトちゃん到着、ビールの一杯のあとにはずすためだけに、わざわざ窮屈なタイを着けてここまで来たのだ。サトちゃんがアネさんに香水を渡す。
 話で、三人とも奇しくもサイバラファンであることに気づき、うれしくも少し嫌な気持ちになる。つくしや白木やしそや桐原など春の野菜の天ぷら、煮物、レモンとしその更科、歯ごたえある田舎風つけそば、酒は
十四代など。アネさんちの奇特な家族の話でもりあがる。お父さんが死んだ鳥をビニールに入れてコタツの中に入れて生き返らせようとしたとか、庭をはっていたモグラを捕まえてバケツで飼っていたとか、お母さんが自転車習いたての子どものころに乗ったはいいが降りかたがわからなくて塾へ行かず帰ってきてしまったとか、宇都宮に迎えに来いと言われて喜連川に行ったとか・・・。この子にしてこの親あり(?)、である。看板までねばってから店を出る。花子に来るときはいつも、雨上がりの夜だ。駅そばの魚民でアネさんと二次会。花の二十四年組やら谷崎やら厚生施設のカメムシやら幻想水滸伝やら。ワインを二杯あけて、明け方におひらき。雲の合い間が青みがかっており今日は晴れるのかもしれないが、帰ったら夕方まで寝てしまいそうだ。

5月11日

 朝起きなきゃならんことを決めた人間を千回呪詛しつつ、起きる。昨日とうってかわってしっとりと涼しげな快晴。論文試験があった自治会館で、税務の新任者研修に出る。ぼくがここに来ることになった下手人(恩人ともいう)でもある大塚さんがいるはずなのだが、探しても見当たらない。風通しのいい窓際で、あまり心地よくもないまどろみをしつつ午前の講義を受けながす。昼飯はサトちゃんとアネさんを呼びだして、
百目鬼通りの香蘭という居酒屋で魚とかき揚げの天ぷらを食べた。二人とも本庁で残業がたいへんなようだ。酒たのみたいなと、冗談で言ってみる。午後もレジュメをなぞるような味気ない講義。唯一、高橋補佐の滞納処分の話は面白かった。不正軽油で脱税する業者のガサ入れなんて、マルサみたいでかっこうがいい。でも映画とちがって、ガサ入れのあとに地道なデスクワークが何年もつづくのだとか。帰り際に補佐と少し話す。きのうのうちの事務所の電話応対は800件、で、対応できなかった電話1200件は他の事務所に流れたのだそうだ。でも、20人で対応しろというのが無理。早く終わったので図書館に行く。「文学界」やら、埴谷のエッセイや対談やらをパラパラと読む。武田泰淳がこんなにユーモラスな雰囲気をさせているとは思わなかった。残業中のアネさんから新聞書評のコピーをもらい、家に帰る。薄い紫と赤と金に染まって、おぼろげな雲がひくく浮かんでいる。見慣れた道というのが、げえっと思えるときがある。

5月10日

 朝から雨。鞄と、ハンドルを持つほうの手をぬらしつついつもどおり自転車で駅まで。眼鏡があわなかったり鼻水がむしょうに出たり、いらいらと仕事をこなす。昼は鮨ランチ。ハンコがたまると特製鮨が食べられるのだ。始動票札関連の業務は、なんとかおぼえられた。忙しそうに所内を歩き回り、定時ちょっとすぎに帰る。街中のドトールで、仕事の復習をしてから「死霊」を読む。となりの女二人づれが街行く人の品定めをしていた。外に出るとどしゃぶり。7時すぎだというのに雨のせいかほの明るい中を、前かがみになってペダルをこぐ。傘有而無如哉。ずぶぬれである。むしろ爽快で、おもわず途中で一升瓶の
四季桜特別純米を買ってしまった。祖母から電話で、貧血のためにしばらく入院することになったとのこと。昨日たしかに顔色は悪かったが元気そうだったのに。「死霊」3章読了、難解な形而上小説とかって評論家のこけおどしで、この良作はだいぶ不当に遠ざけられているのではないか。そのあとどういうわけか妹と「三國無双2」をやる。3時間もやったのに五丈原の面をクリアできず、無駄にストレスだけがたまる。明日早いというのに、またも夜更かししてしまった。

5月8日

 家族で車で横浜に行く。妹だけは会社の説明会があるので、現地でおちあう予定。オザケンを聴きながら東北道を上るだけで少し疲れる。湾岸線を通り子安で高速を下りて、祖母の家へ。貧血ぎみとのことだったが、それなりに元気そうだった。お祝いのお礼の夫婦茶碗を渡す。ピザと鯖と焼酎。連れてきた犬を部屋の中で放していたら、知らぬまにとなりの家の縁の下に隠れていた。2階の古くなった箪笥を下まで運び、庭で燃やす。じいさまに谷崎源氏を持っていけとすすめられたが、置く場所に困るので勘弁、応接間のソファで昼寝した。家族で妙蓮寺に来るなんて何年ぶりだろうか。夕方、辞して帰路。首都高を走る車中で宇多田ヒカルを聞きつつ
谷川俊太郎の処女作以前の詩を眺めていると、左手荒川をへだてた向こうに電灯がちらほらついた東京の建て物がはてしない奥行きを感じさせてびっしりひしめきあう。距離のせいか靄のせいか、精緻さに魅せられた。家に犬をつないで、泉家で味噌カツ。最初の一口目は絶品だが、最後の一口目は義務といった感じの味噌カツ。うまくてもしょせんは味噌カツ。帰宅して、オールモルトを呑む。なぜか一人でも身構えるような気の張りがあり、どうもおちつかない。

5月7日

 寒いようで暑かったり、曇っているようで晴れていたり、落ちつかない天候。早起きはつらさを通りすぎてしまい、自転車で走っているとハイになっていく。東武の駅でたまたまコバちゃんに会う。電車に乗っていると、ここ数年なかったようなビッグウェーブ。トイレから出られなくなり、入社そうそう遅刻してしまった。午前中はけだるい体をだましつつ、体は来たくないって正直だよねなどと嫌味を言われつつ、針のむしろで書類の審査。昼休みは公園で駄菓子を軽くつまんだ。午後は審査済み書類を倉庫へ運ぶ力仕事。心身ともにへばる。夕方からはお使いで本庁の電算処理室により、ついでに生協をからかい、上野文具で手帳とペンを買って、電車で事務所に帰参。真面目だねと言われるが、それが目当て。だが、そういうみえみえの目算もテキは見抜いているかもしれない。ちゃんと帰ってきたゴホウビに
セコムカードを差しこんだりする最後の戸締りをさせてもらった。駅で、上り電車に乗っているコバちゃんにまたも偶然会う。紀伊国屋書店で「新潮100周年記念特大号」を買い、妹とおちあって10階展示場のレゴで作った世界遺産展をひやかし、帰宅。腹痛なのに餃子や明太子やキャラメルコーンやらを食べる。福田長官辞任。これで民主党にプレッシャーがかかるわけで、うまいよなあ自民党。

5月3日

 霧雨の降る寒い朝。自転車で待ちあわせ場所のすみやへ行き、友だちと車で「泉」に行く。
「泉」はぼくの通っていた小学校のそばの駄菓子屋で、寄るのは13年ぶり。太ったおばさんも店もまったく変わらないことにおどろく。ただ、時間の流れから守られた場所と感じられる暗さはいまはなく、それは店奥の扉が開いているからかもしれない。揚げ玉桜えびカレー粉もちベビースターに小さいソーセージを入れたもんじ焼き。近くに大きな道が通り、ヨークベニマルができる予定があったりとこのあたりも変わったが、話しだすと止まらないおばさんは変わらない。島崎くんの妹が店のそばではねられて死んだとき、警察を呼んだりと必死に走りまわっているおばさんの姿を見て笑った人を叱りつけた話や、おばさんが入院している病院のそばで、祭のために待機していた小学校のブラスバンドの子どもたちが上の窓におばさんを見つけて手をふり、おばさんのためであるかのように演奏を始めた話を聞いて、ぐっときた。元気なおばさんが4度も腹を切っているのもおどろきだが、水商売をしていたとき籍を入れたが10数年子どもができず、相手の男の不倫相手に子どもができておばさんは正妻の座をとられ、今の仕事をはじめた、などという店の誕生秘話があるとは知らなかった。子どもでひどい目にあったから、子どもに尽くすような仕事をしようと思って始めたんだとおばさんは言った。隣の部屋で呑んでいた、おばさんの今のつれあいに、気にいったと言われてなぜか写真をとられ、飲みものを奢ってもらう。
 わけのわからない展開に首をかしげつつ、イカやらこんぶやらカステラやらコーラ餅やら体に悪いものを買いこんで、あつくお礼をいい店を出た。変わらないものはないから、変わらないものに価値をおくことのなにが悪いんじゃ、まったく。余勢をかって黒磯までお茶を飲みにいく。コーヒーを飲みスコーンを食べ(スコーンというと湖池屋を思い出すがそうではなくパンに近かった)、本をいくつか借りた。雨がしとどふり、湿気のせいか少し頭痛がした。帰りは帰省ラッシュにまきこまれ、GWの負の面をイヤというほど満喫。風神社中でラーメンとチャーハンを食べ、別れる。もんじを食べたあとにラーメンを食べてはいけない。

5月1日

 ゆっくり寝ていられるのっていいものだ。クリーニング屋に行き、銀行に行き、ヤマダ電機に行き、落合書店に行く。大江特集が載っている講談社の文庫情報誌「IN・POCKET」を買う。「取り替え子」は迷ったが、あとで図書館で借りればいいか。カワチ薬品に行って、帰宅。ひさしぶりに本をじっくり読もうとするも、いまいち集中できない。自転車で7時ごろ待ちあわせ場所へ。道向かいの塾を見上げると、町田Tと平出Tが見えた。谷田と池田と永井が広場に来ていた。池田、永井は10年ぶりだったしつきあいが浅かったので、どっちがどっちかわからなかった。小塚とタケがあとから来て、「村さ来」へ。ビール日本酒浅漬け軟骨焼き鳥アイモカワラズダナ。話は、中学仲間の近況報告など。笹沼が植木屋になったとか、中村が結婚したとか、柏崎が公務員やってるとか。永井の親戚と伊澤が結婚するという話は驚いた。こういう呑み会だと、共通の会話がでつくしたあとに、それぞれがめいめいだけの過去に遡っていって自然と無口になるものだ。そんな流れの中で、トイレに行ったタケが全身ピンクの
ウサギの着ぐるみ姿で登場。髭面がのぞいているだけにすさまじく、病的にもりあがる。となりで小塚が大仏のお面をかぶって、鼻から煙草を吸っている。ほんとうにバカバカしくてしょうがない。帰りぎわ廊下で知らない女の子たちに、ウサギがメチャクチャ叩かれていた。そのあと車でカラオケ屋へ。小塚とおきまりの「夏の終わりのハーモニー」、あとは「長崎は〜」とか「出征兵士を〜」とか、あたりさわりのない歌を歌う。室内の100円マッサージチェアが気持ちいい。ビールビールビール、で、3時までしこたま呑んでから車で家まで送ってもらう。酔っていたので、プレリオンに自転車忘れたことにきづかなかった。

4月29日

 目覚めると11時近くだが、きのう明け方まで家で晩酌していたこともあって体も頭も重い。11時から近所の
バーベキュー大会の準備に出ねばならないので、うめきつつ起きる。寝起きのまま道をへだてた荒松建設の更地で炭火を起こす。山口五十嵐知浦仁科ほかいつものメンツに、越してきたばかりのヤシマさん。きのうの曇りのおかげで、雲一片なき蒼穹。裏の林と傾斜の緑に、せり出してくるような存在感がある。迎え酒。焼き鳥やらヤキソバやらホタテやらでるが、きのうの今日なのであまり食べられない。となりのいがちゃんに最近の星中の話を聞く。修学旅行と運動会が近いらしい。ワインを呑みながら一緒に犬の散歩をした。人間は成長しないが、自分のバカさかげんにきづいてすごしやすくなる程度の成長は少なくともするんじゃないかななどと、なぜか思う。いがちゃんは犬が好きらしく、うれしそうだった。宵のうちに散会。あまりに眠くて寝てしまい、深夜に起きる。炭と脂臭かったので風呂に入り、ぐたぐたしつつやはりこりずにウィスキーを呑む。

4月28日

 仕事。部分的な仕事ばかり意味づけもなくさせられるので、なかなか流れが把握できない。忙しいからしかたがないのだが。書類をあつかうはずが書類に振りまわされ、電話先のディーラーにも冷たくされ、気息奄々になりほぼ定時に逃げだす。保田谷田とサムライバンバン。谷田は4年ぶりくらいだが、ちっとも変わっていない。こんなケダモノが
人の皮をかぶってうまくやっている(人のことは言えない)。でも、公費で行った出張先でかばんをエロ本でパンパンにしてはいけない。ビールやチョリソーやピザや焼酎梅干、コタツがありなかなか落ちつく。あとから来た小林くんが、話の内容に少しひいていた。トイレに行こうとすると、偶然にもアネゴ。見ると奥にずっくんとサトちゃんがいる。ドクターぬきでドクター祝いをやっているとか、少し前にはそれとは別に建築課連中がそばで呑んでいたとか言う。みんな他に、することないのかなあ。気分を改め外に出て、できたばかりの名物横丁をアネゴとほっつき歩く。大谷石が敷かれた蛇行する遊歩道の先々に小さな店がいくつもある。その先を見上げるとパルコが暗くそびえている。どこも真新しく盛況だったが、ここはまたそのうちにと、通りぬけて釜川ぞいのVAL’S BARへ行く。
 モスコミュールにはジンジャーのエールでなくジンジャーのビアーを入れると、はじめて知った。アネゴが、エディマーフィと出川がちゃんぽんになった顔のマスターが色っぽくていいという。見ると、白目をむいてシェーカーをふり、小指を立ててカクテルをかき混ぜていた。塩ちゃんと照英が合流。庁のボスの名前を聞くと誰?と言ったり、班の女の子を知らなかったり、いい加減なその場しのぎの生きざまがまたいくつも露呈する。開き直りぶりに、さらに爆笑。さすがはわれらが社長だ。森の伊蔵(呑みやすい)、北欧のウォッカ、テキーラ(ホワイトと熟成があると知った)。ひとり6千円とられる。アネゴがカクテルばかり頼んだからだと後で判明、財布も寒いが外も意外な寒さ。塩ちゃんととちゅうまで帰る。メナムの件はオレに任せろと、同じ何度目かの宣言をしていた。まるで秋のような寒さで滅入る。

4月27日

 今日は庁内LANの研修
雨だし寝不足で、頭の調子が悪い。仲間うちでしょうもない冗談メールを送りあっているうちに昼休み。アルノールで塚越高橋と、肉と茄子のカレーとナンとチャイ。午後は睡魔と闘いつつ、マニュアルそのままの講習を聞く。共有アドレス帳はたしかに便利だ。終わってから図書館。埴谷と北の対談、「難解人間VS躁鬱人間」を借りる。そのあと佐藤高橋と太陽のない日暮れ時、田川のほとりの八寸庵花子まで歩く。看板も出ておらず、しけこむ、という言葉がぴったりの粋な隠れ家にぼやけた橙の提灯。店内は薄暗く民家のようで、通された二階はかすかにジャズが流れる以外はそぼくな和室だ。コースで煮こごり、卵、ラッキョウと韮の和え物、刺身、椎茸にんじんなどの煮物、ウドとエビと白木の芽の天ぷら、筍(皮も美味!)、しそそば、せいろ。せいろが更科だった以外は文句なし。酒はエビス、出羽桜の辛口隊長である泉十段、大吟の白雪、いわずとしれた十四代(旨みがすごすぎ)、ホープの伯楽星。酒はどこでも買えるけど、この雰囲気はなかなかない。なにより階段と天井が、ばあさんの家に似ているのだ。くつろぎはしたものの、年上の二人に民間と営業の辛さをたっぷり聞かされた。親父さんに送られいい気持ちで辞す。そのあと、駅そばの魚民。アネゴが、ぼくが小学生のとき通っていた泉のおばさんと馴染みだというのでおどろく。おどろきつつ自転車で帰るが、しこたま呑んだわりには心地よい酔いの余韻がある。

4月26日

 晴れてはいるが秋のように肌寒い。寝不足かつ飲まず食わずで、プレハブの南館へ。というのも新採の健康診断があるのだ。以前バイトでやったという
看護師の阿部さんにくっついて要領よく回ろうとしたが、さすが阿部さんというべきか運悪く、いっしょにたらいまわしにされる。レントゲン、尿検査、パソコン視力、血圧、心電図、視力、聴力、採血、診察。人間がかからないような病気にかかっていそうで、心配だ。アネゴと獣医だという塚越さんと、暗いスパゲッティ屋で昼食。冗談でたのんだオリエンタルというやつが、スパイスが効いていてなかなかうまかった。重い腰を上げて仕事場へ。一括の書類の審査を任され、ディーラーなどに電話させられる。どうしても数字があわないらしく、戸上さんが意外にもガックリきていた。街中で紅茶を飲み、コートを持ってきとけばと思いつつ帰宅。きのうから読み出した埴谷の「死霊」、読破できるかいまから不安、できたとしても精神が遭難してしまいそうだし。

4月25日

 きのうの雨にうってかわって快晴。日曜のこの時間に起きているのはすばらしいと自画自賛しつつ、ズッコケ三人組のアニメなど見る。10時ごろ塾に集合して、分乗して市の最北端の冒険の森へ。ぼくは町田Tと鈴木Tの車に乗り、杉並木の淡い新緑の中を進む。田園の向こうの山なみがひっきりなしにうねり、市内とは思えない。バーベキューの用具一式をキャンプ場の炊事場までリヤカーで運ぶ。おなじみの面々に、ヤシマT松崎Tその他もろもろ、おまけに安達Tの子どもまでいる。薪をくべ火をおこし炭を入れる、といっても水道も竈もあるので便利。男はアホなのか、火とリヤカーで何か動きがあると、無駄にぞろぞろ集まってくる。必要以上の強火でバーベキュー開始。牛肉とキャベツと椎茸とモヤシとニンニクの芽。食べても食べても減らないので、腹ごなしにだるまさんが転んだをする。第二段はヤキソバ。これで
アセトアルデヒドを生産する飲料品があったら、言うことなしなんだけどな。みんなあいかわらずウマがあっている。今度はボーリングと競馬に行くらしい、ぼくもいけしゃあしゃあと参加するつもりだ。片づけてから丘の下の駐車場に集まり、記念写真。山本Tがまとめられなかったので、かわって菊池Tが音頭をとって一本締め。車に乗っていったん塾に戻る。社員は仕事の残り、菊池Tらはサッカー。町田Tが、笑点を観るから帰るといってひんしゅくをかっていた。

4月21日

 あれよあれよといううちに、研修最終日。今日はオーソドックスに研修所の講堂で講義。連日連夜の呑み会で寝不足、おまけに肝臓あたりに異物感。うつうつしているところにカウンターパンチのように、最初の3時間の演題は「人権を考える」。講師は
部落解同の中央執行委員の和田という、紐ネクタイの男。のっけから熱弁とどまることを知らず、話題はあちらこちら、知識も幅広く話しなれていて不安をいだかせない。それにしても、なんだかどこかで、聞いたようなことばかりだ。人々が孤独と直面している都市型社会とどうむきあっていくか、その出発点はまったくその通りだ。でもそれに対処するために、人は生きているだけで尊いという人権思想教育が必要とのこと。アホか。ありがたくもジンケンジンケンと個人の権利を追求してきたおめでたい連中のおかげで、負担や自己犠牲とひきかえにぬくもりと帰属意識を与えてきた共同体がボロカスになったのではないか(まあ共同体にも、一長一短あるにせよ)。自由よか、うっとおしい情の回復のほうがまだましだ。終わったらそう言おうと手ぐすねひいて待っていたが、あまりに話が長く、疲れて戦闘意欲を失う。それに、会場から拍手もほとんどなかったから。最後の昼飯は、みんなが作りもちよったオカズのおこぼれに預かる。人権って、やっぱりすばらしいよね。午後はメンタルヘルスで、新宿で心療内科をやっていた人の話。ゆっくりいこうや、という話。最後は「組織人としての心構え」。睡眠タイムにしようと思っていたが、意外や意外、滑稽味ある経営学部の教授で、人のよさがにじみでてしかも話も面白い。遅刻はするな、努力しろ、つまらない仕事だからこそ愉しめ、失敗をいかせ、ヘコンだら冬眠しろ、仕事の中断はあたりまえ、驚きを大切にしろ・・・・・・いちいちありきたりだが体験を交えていて腹にしっかり入った。話の途中で、中島みゆきとか浜崎あゆみ流すのはどうかと思うが。
 8日からの研修も、とうとう終わり。伊藤さんやデカ部長の市川さんとふたたび会うのも、半年後の後期研修でなのだ。研修所の急な坂を自転車で下り、パルコのそばの汚い呑み屋で5班の連中と打ち上げ。二文のサトちゃんに、営業と私企業のきびしさを教わる。阿部さんが給仕のオバちゃんを連続で呼び、無視される。二次会はカラオケで、5班の残党とその他の混成軍と合流。やや年増な女性の方々のいる一室で、中島みゆきや沢田研二や甲斐バンドやアンルイスを聞いたり歌ったりする。シメは
「浪漫飛行」。表で輪になり一本締めして、散会する。雫くんは本当におつかれさまだった。雨もなく暖かな夜。塩澤社長と笠原さんととちゅうまで帰る。塩ちゃんの下宿先は、ぼくの中学校のそばだった。こんな夜にこんなところをスーツなんか着て酔っぱらってこんなふうに投げやりに歩いたりするなんて、あのころは想像すらしなかった。でもそれは、今が悪いとか良いとかいう意味ではないのだけれど。メナムに行く約束をして、ローソンのところで別れた。

4月20日

 研修場所が今日だけとても近いこともあって、華正楼のエビシュウマイを食べたり新聞を読んだりして、出がけにゆっくりする。済生会の診療報酬明細漏洩。バカ者めなどと他人事をさかなに、晴れた空など眺める。福祉プラザで、ノーマライゼーションの講義と実習。日本能率協会のオバさんの講義で、多分いい人なのだろうが、癇にさわる話ばかりする。そんなに男らしく女らしくの性差がいやだってんなら、ちょんまげにふんどし一丁で話しにいらっしゃいよ、オバさんよ。昼は帰宅し、シュウマイを食べつつひさしぶりにいいともを観る。午後は実習。恒ちゃんとペアで、目を閉じ誘導されて館内一周をする。床の凸凹もあまり頼りにならず、声をかけられないかぎり人にも気づかず足がすくむ。メクラはこれで街中を歩きまわり、勘の鋭い人になると通ったトラックが積載オーバーだと気づくというから驚く。つづいて
車イス体験。足が効かない設定で正座して乗ると、恐怖感がある。なんだかやっぱり、おれには想像力がないんだよなあ。煙草好きのサトちゃんと寺澤さんが、ノーマなんとかのくせにここの施設は喫煙者差別してやがるとごねていた。座布団一枚、である。いったん帰宅してから、旧郵便局ビルのそばの「酒蔵別館」で、稲門会の呑み会。
 同期は緊張していたが、ぼくは懐かしさのほうが強かった。出世頭の岩波さんは上司部下問わずはっきりものを言うしユーモアがある。青木さんとは西武の話、野原さんとはキッチンおとぼけの話をした。おえらい課長の蓬田さんも自分をコケにできる度量のある人。二次会は、ちかくの小料理屋「起志」。いつも「明日店たたむ」と親父がいうからしかたなく来てやってるんだと、岩波さんが主人の前で毒づく。帝國ホテルで働いたこともあったという親父は、不況で客が減ったとグチり、しかし気に入らない客には来てほしくないんだと言う。某運輸会社の娘婿に強引におさまった
ヤクザの親分に鍋をひっくり返され暴れられて、それでも再来を断ったという(鍋を壊すと器物破損になるので、中身だけぶちまけるのだとか)。そんな気骨ある親父が自慢の魚料理を、一度も食べてやったことがないと、岩波さんが変な自慢をした。酒と漬け物ばかり食べているとあんのじょう、根負けした親父が魚のつまみをサービスで差しいれしてくれた。まあまあな味。岩波さんが、あちこち渡り歩く事務屋の資質は直観と人づきあいだからと言った。だけど基本的な事務の力も必要だと言われて不安になる。焼酎でふらふらになり、散会。反骨という言葉を、ボーっと考えつつ帰る。

4月19日

 曇る。今日はまるまる1日ディベート。テーマは、「自治体で成人式の式典をやるべきかいなか」。式典を成人式ととらえるかその一部の儀礼的な部分ととらえるかわからず、ややこしくなる。味方は高橋、金澤、嘉島、遠山、鈴木、塩澤、安藤。立論、質問、相手方からの質問応答、反駁、最終弁論と役がわりふられ、肯定側否定側双方の立場にたって二試合披露することになっている。ぼくは自分の気持ちと反対の立場でやれそうもなかったので、式典賛成側の最終弁論をうけもつことにした。遠慮しあってなかなか話が進まず、昼飯。どん兵衛を食べていよいよ討論。第一試合は恒ちゃんの熱弁むなしく、3対5で敗北。オウム返しのやっつけ仕事ですむはずの最終弁論、むしろ大将戦的な重要パートだったので焦る。とにもかくにもハッタリ。2年間生徒の前で鍛えてきた、テキヤ風の身ぶり手ぶり声色のはったりで乗りきった。結果は、7対0で完勝。
 審判員の短評でつぎからつぎに激賞され、ふてくされた顔をしつつ内心でさんざん浮かれうぬぼれ舞いあがる。終わってから遠山さんに握手をもとめられる。うははははは。研修のあと、いい気持ちで呑み会。近所の洋風居酒屋でビールやらハムやら春巻きやら。二次会は開放的で大きな個室でカラオケ。向かいの暗がりに、かなり前に潰れた十字屋が見える。アネゴの「天城越え」と「ラムのラブソング」、うまいのだがなんだか気色悪くて笑う。川辺さんのラルクで疲れ、磯くんのくるりで癒される。阿部さんと
「奇跡の地球」を歌い、一服してから帰る。本格的な雨。自転車をこいでいると、車の光に照らされて地面から突きでた雨足が鋭くとがって冴えている。涼しくて気持ちがいい。

4月16日
 
6時に布団から這い出て、ぶつぶつ言いながらシャワーを浴びる。暑くなりそうな日の出。ホテルを取りかこむ木々やゴルフ場を見ていると、眠気が忍びよってくる。意外にうまい朝飯を食べ、部屋で谷田部やドクとぐたぐたし、ロビーで朝刊を読む。へべれけになりにやにやしているうちに、イラクで人質になった日本人は解放され、横山光輝は火災にあい重体になり、鷺沢萌は自殺していた。9時から昨日のつづきの「お仕事」開始。昼までに企画書、事業計画書、PR広告、ブロックでの建て物とデザイン画の作成が課される。仕事が分業化し、それに専念しているうちに全体の流れに頭がいかなくなる。話し合いでの意見の完全否定が禁じられているので、妥協していくうちにどっちつかずな案になってしまう。ブロックで組み立てるという段階で、当初のねらいが物理的に無理との理由で捨てられいく。何より時間制限がきびしく、難しい。ひいひいひいと言いながら何とか12時までにしあげ、うまくもない昼食。ぎとぎとの豚の角煮を食べていると、
畜産試験場のふくちゃんが豚肉を食べると豚のクソのにおいを思い出すとのたまった。
 1時からいよいよプレゼン。建築会社で働いていた奴もいたりして、他の班の模型は見事。大型リボンや屋上の牛馬など、小技でごまかしたうちの班とはえらいちがいである。プレゼンは情熱的かつさわやかにと言われたのに、緊張と疲労でみょうに興奮し、テキ屋の呼びこみになってしまった。結果は5班中4位。しかしまあ、PR広告は会心の出来だもんねと一人ほくそえむ。研修を委託された能率協会の職員の総括に、みょうに感動する。やっぱ仕事でも何でも大切なのは、情報と時間なんだなあ。情けに報いると書いて情報。田舎に来ると、イイヒトになってしまうのだろうか、わたくしは。さっさとバスに乗りこみ、矢板駅へ。公僕専用車と化した上り電車の中で、笠原さんと話す。おっとりしていて癒される感じなのだが、人妻なのである。嗚呼。改札で連中と別れ、八重洲ブックセンターへ。土木の高崎くんが意外にも文芸書のコーナーにいた。自転車でのろのろと帰宅。ネットで、横山氏死去を知る。中学のとき、横嶋から三国志全60巻を借りて自転車につめこんで家路を急いだことをおぼえている。あの人がいなければ、中国にも行かなかったかもしれない。日本酒を呑みながら、冥福を祈る。


4月15日

 今日から研修の一環で大田原で合宿。早起きして、自転車で駅へ。電車で矢板まで30分、駅前で川辺さんが一升瓶をもっていたので笑う。用意周到、ぼくも急いで駅前のコンビニに行ったがなかった。小林くんはやくも、今日入金ほやほやの初任給を確認したとのこと。バスで30分ばかり田園地帯を走り、鯉のぼりが群れをなしている丘の、上にたつホテルに到着。快晴だが、もやがかかっているよう。部屋に入ってくつろぐ暇もなく、すぐに
ジョブシミュレーション。関西資本の東京進出足がかりとなる、女性向けの総合テナントビルのデザインと企画を班ごとにおこなうのだ。メンツはぼく、高橋、福島、塩澤、小田部、笠原。どんなビルを建てるかの概要の話しあいでは、つまらないシモネタで爆笑しそれがことあるごとに尾をひく。お昼を食べて夕方まで、話しあいや収支決算、大まかなデザインや依頼人研究をおこなう。研修はじまって以来の面白さで、夢中になる、というのも各班をコンペに見立ててプレゼンをやるからだ。バイキングの夕食を片づけてチェックインしてから、研修なのに残業をやる。高橋さんにデザイン画の駄目出しをされてひいひい言い、直す。社長役の塩澤さんはすでにこっそり酒を呑んできていて、ニコニコしている。すぐに切りあげ、5班(これは研修全体をとおしての班で、30人くらい)連中でフロント前に集まり、乾杯。
 そのまま寒空の下に出て、宴会。各班出てきて、あちこちで車座になり語ったり笑ったりなぜか胴上げしたりしている。ほのぐらい芝生にうずくまっていると、センチというよりはなぜか少しひややかな気分になる。何を不貞腐れてるんだか。室内に戻り、よその連中の部屋で呑み会。さらにロビーに下りてきて、5班の中のオロカモノどもと3次会。阿部さんがこんなやつとつきあわねーよと斉藤さんに連呼し、二人のかけあいがあまりに面白い。寺澤さんが同い年で家が近所と知り、おどろく。さらにちかぢか2歳になる子どもがいると知り、おどろく。よく考えると、ぜんぜんおどろくほどのことはないのだが。ひさしぶりに煙草を吸い、少しむせた。その後にみんなでアイスを食べる。自室に戻り横たわるが、疲れで目が冴えてなかなか寝つけない。2時。ドクも眠れなさそうにしてるななどと思っているうちに寝た。


4月13日

 桜も散ったというのにかなり寒い。曇り。今日も研修所で、
ビジネスマナー。名刺のやりとりや電話の応対、伝言メモの書き方、仕事の寸劇などいかにもなカリキュラムで、そのありきたりさを愉しむ。いらっしゃいますが尊敬で、ございますが謙譲だとか、名刺は相手の顔だとか、行き先を示す手のひらは斜めにするだとか、名刺入れの背をワ、厚さをマチというとか、分離礼とか、すれちがうさいの3パターンの礼の仕方とか、いろいろと学んだ。今の職場ではほとんど使わないだろうが。昼はまたもカップ麺。午後もひきつづきマナー。研修終了後、またも魚民に呑みに行く途中、部員とマラソンしている及川Tを見つけ声をかける。花塚さんは顔に似あわず恐ろしい性格で、こんなものも呑めないのと巧妙に無理強いしてくる。ドクは根負けして退散、ぼくは川辺さんと日本酒のイッキをさせられる。アネゴと塩澤さんでタイ料理のメナムに行く約束をする。谷田部くんを途中まで送る。こちらの医者の卵は酔うと面白くて、やめたいなどと言っていた。別れて、自転車で競輪場のそばを疾走していてどういうはずみか転倒する。ついでに立小便。みっともない酔っぱらい野郎である。帰ってコンタクトをあわただしくはずし、泥のように眠る。

4月10日

 昼ごろに起床。書類の整理をしたりふらふらしているうちに、日が暮れる。銀行で金をおろしがてら落合書店へ。サイバラと清水義範の共著の、サイバラの漫画だけ立ち読みする。長居するとどんどんほしい本が出てきそうなので、2時間で撤退。草餅と明太子パンを食べ、親父を車で送る。ついでに妹を仕事場へ迎えにいく。帰宅して今度は自転車で塾へ行き、風神社中へ。仕事帰りの先生らとラーメンを食べる。新しい講師が春から4人も入ったとかで、なんとなく面白くない。及川Tら4人と2台に分乗して、深夜に山本T邸へ出発。寺内Tのシビックの、ゴミ捨て場のような後部座席に乗る。100キロ近くで山本Tの車を追走していくと、地平線から山が消え、田畑がうす暗く広がっていき、ときおりパトカーを模したフェイクの赤ランプが流れる。1時間後に到着。だいの大人5人集まって夜更けに何をするかというと、
大スクリーンで「みんゴル」をやるのだ。ひとりだけスコアが+12で、大恥をかく。明け方に解散、といっても現地解散だと大変なことになるので、車で地元まで送ってもらう。日立の工場の桜並木を通ったが、さすがに花のいきおいが衰えてきた。

4月9日

 穏やかな晴れ。前輪がパンクしていることに、自転車に乗って気づいた。昨日の夜どこかにぶつけたらしい。懸命にこいで時間までに到着。今日は手始めに、元副知事だったとちぎテレビ現社長の話。自身が関わった杉並木オーナー制度や、那須野の歴史について次々に湧きあがる言葉をユーモラスに情熱的に語っていく感じでとても面白い。次の講義の文書の実務はプリントの棒読みで、飽きがきた。昼休みは玄関で写真撮影、ドクが、これで悪いことしたらたいへんだというので笑う。申し分ない晴天だが、高台の上なので風が少し強く寒い。昼飯は永楽でと思ったが混んでいたので、角田くんと川辺くんと近所の蕎麦屋。帰りに異動になった前原さんに会う。呑む時は職員バッヂをはずすんだよとニヤニヤ笑いながら教えられる。午後は、情報公開、条例規則のしくみ、とちぎの財政の三重苦。ためらいなく一番前で眠る。またぞろ呑み会があるとのことだが、とりあえずパンクを直しに自転車屋へ。口の端が切れて痛いので、チョコラBBを買う。「北海道楽」で落ちあい、班だけの呑み会。
 目の前の女性看護師三人が箸で鶏肉をつつく手つきが恐い、雫くんは店員以上に気がきく、ドクに肩をもんでもらう、鈴木くんは男子校勤務でなげく、笠原さんは結婚してから自分がキレる人だと気づく、嘉島さんは下戸だがナチュラルハイで面白い・・・。場所を変え、全班ののんべえが集結している「魚民」で二次会。二文の佐藤さんと法政のモテさんとで文学部へタレ同盟を結ぶ、高校の同年の小林くんに声をかけられる(ぼくは顔を知らなかった)、川辺さんと稲門会で会う約束をする・・・。12時をすぎ人が少なくなったころあい、バイトをしていて裏事情に詳しい毒舌高橋女史に、いろいろと聞く。女性青少年課の有害図書指定係は、机に山積みされた胸糞悪くなる過激な
エロ本を朝から精査して有害な箇所をチェックすると聞き、爆笑。おじさんとか幼女とか、はては牛とか。そしてなぜか職員の棚からチェック済みの本の一部が、みたいな。酒と蕎麦にも詳しく、この人とは腐れ縁がつづきそうだ。1時ごろにはバカ6人になり、さすがに散会。今日は心地よい酔い、風が涼しい。

4月8日

 今日から研修。旧庁舎裏の研修所の講堂に行く。晴れわたる眼下の白い更地に、色とりどりの大型クレーンがゆっくり動いている。伊藤さんや市川さんも眠そう。いきなり知事講話があり、
二宮尊徳などお得意の自立互助の話をしていた。職員の服務倫理と給与の話は飴と鞭。昼休みに労組に加入書を届け、職員厚生課の図書室をのぞく。小説が多いが数が少ないし、なんだか。午後は班ごとに分かれ自己紹介と抱負を言わされる、ともかく普通に普通に・・・・・・なんだか。最後は福利厚生の説明を聞いて、終了。高校で同学年だった保田くんに声をかける。あの谷田が市役所で働いていると知り、驚く。歩く公然猥褻もしくは、歩く懲戒免職。市役所は何を基準に人を集めているのか。保田くんの隣に座っていたのは中学のテニス部の後輩の谷田部。今は医者の卵だということだが、風貌も話し方も当時とほとんど変わっていない。なんとなく同期の連中が合流して、「魚民」へ。クラシックラガーと芋焼酎。行政だけでなく看護師も技師も医師も土木も司書もおり、わけがわからなくなる。新採の若者に説教をしていたような、気もする。2時間ちょっとで散会。緊張もあってかしたたかに酔い、自転車であちこちにぶつかる。チャリの酒酔い運転で懲戒免職なんてシャレにならない。

4月7日

 曇りかと思いきや少しずつ晴れてくる。いつもどおりの道のりだが、まだ慣れない。事務所では今日もマニュアルをめくって雑用。仕事の全体像が見えないので雑用の意味づけが不十分でつらい。昼はまずい「オリエンタル風」鯖弁当を食べ、散歩のついでにダイソーで買い物。身障者減免の件で、要件が腑におちないという「客」が乗りこんでくる。酒井さんが3時間近く愚痴られていた。うちには責任も落ち度もなくしかも相手を軽々しく扱えないと知りつつ、やつあたりに来たとしか思えない。明日からの研修に向けて、課長と所長補佐に呼ばれる。ストレスがたまる職場だから、しっかり遊んで休めとのこと。税務課から来た所長補佐の、
「税金屋」という言葉に妙に感動する。冗談半分での言葉だがすがすがしくて、プロ意識を感じる。いろいろ周りの人にフォローしてもらっているのにあいかわらずちんぷんかんぷんで、自分にいらいらする。ドトールに寄り、8時ごろ帰宅。それほど寒くない。

4月5日

 花冷え。昨日のように雪こそ降らないものの、冬のような曇り空。寝坊しぎりぎりの時間で電車に乗りこむ。午前中は申告書の仕分けと精査のレクチャーで、戸上さんにしごかれる。昼飯は食べず、近所の散策。陽南小の桜は満開で、日もさすがあいかわらず寒い。俗悪な本屋で「噂の真相」の休刊号を立ち読みする。帰ってきてまたもみっちり。公務員ってのはけっきょく、職人ではないか。竹澤さんに鍵当番のおおまかな仕事を教わり、少し遅めに出社。駅に早く着きすぎたので茶目っ気で逆方向の電車に乗って西川田でUターンしようとして、乗りそこなう。次の電車は20分後、大バカたれである。駅前を10数年ぶりに散策するも見事なほどなにもない。黄色く大きな夕暮れの満月。駅に戻り、寒いホームで待っているとやって来た電車が警笛を鳴らし急停車した。音もなかったので猫かなと思うと人。初老の男が電車の下でうーうー唸っている。駅員の怒声、電車のライト、駅前の桜。警察と消防と
レスキューが来て、粛々と仕事を進める。駅の構造と列車の速度のおかげで、幸か不幸か男は線路と電車の間にすっぽりとはさまれていただけのようだった。平凡な男で、腕時計ばかり光っていた。遅めに終着駅に到着。コートのファーを取ってしまったので、自転車では寒くてしかたない。

4月2日

 朦朧とした頭とやぶにらみの目で起きる。霧雨。自転車で東武の駅まで行き、車内で新聞を読みつつ発車をまつ。上り電車は予想外に人が少ない。降りて、事務所へ。朝からネットの使い方など教わり、鮨ランチを近所で食べて、昼から前原さんにみっちり税の虎の巻を叩きこまれる。
古物商ハスラー機特種貼付リース契約みなし規定頭がパンパンになる。夕方は係長といっしょに本庁のあいさつ回り。晴れあがり、強い西日が心地よい。係長は着実かつ寡黙に名刺を配って回るが、ぼくは作ってさえいないので会釈のみである。夜からは街中のホテルで歓送迎会。座敷で頭をたれて所長の言葉など聞くのもめずらしい。宴たけなわになりみんないい連中なので、ぼく自身がまるでひねくれモノのように思える。課税課連中と二次会でカラオケ。「銀河鉄道999」「贈る言葉」・・・なんだかくしくも塾のときと選曲が一緒だ。一本締めで、散会。帰り際、近所のアパートに住んでいる富田さんを偶然見つけ声をかける。

4月1日

 社会人初日。寝不足でブーたれながら自転車で自治研修所へ。講堂で
辞令交付式。宣誓書に署名押印し、辞令をもらう。副知事の訓辞は、人事を尽くして天命を待て、とのこと。やるべきことをやったらあとは庁が責任をとってやるとのことで、民間とくらべたらずいぶんやさしい言い方ではないか。席が隣近所だった連中と総合文化センターで洋食を食べる。みんな、農業専門職の連中。新栃木まで行く女の子と東武の車内でいろいろ話す。まさか電車通勤する羽目になるとは意外や意外、というか、自分が講師や公務員してること自体が一番眉唾なのだが。事務所は古い三階建てで20名そこらのアトホームな感じで、所長も課長もおっとりした感じの人。所長に簡単な説明を聞いた後、課長にあちこちを案内してもらい近所の運輸省の支局にも一緒に見学に行く。陸運局は広く、桜が満開である。こちらにも数名配置されるとのことで、あいさつまでさせられる。あとは事務所に戻って雑用やら書類の整理。課の連中も現時点では気さくな感じである。公僕名物定時退社。江曽島はパチンコ屋と焼き肉屋ばかりある街で、夕暮れからやさぐれた酔漢がうろうろしている。早々に帰り、家族で近所の牛角に行く。枡にたっぷり入らなかったとのことで、一の蔵を店員に一杯サービスしてもらう。帰りに車で新川に行き夜桜を見る。団子状にひしめきあっていてなかなか壮絶。明日から、ちゃんと朝早く起きられるだろうか。

3月31日

 昼ごろにうちのアホ犬が吠えている声で目覚める。家事をしたり塾の書類の整理をしたりぐたぐたしているうちに、夕方になる。せっかくの休みなのに休んでいる気がしない。犬の散歩。近所の桜はおおかた散ったが、鶯が鳴いたり鴨やら鷺やらが水辺で憩い(断じて田舎ではない)、何より上着もいらず春を感じる。それぞれ犬を連れたおばさんが三人向かいから来て、天敵のゴールデンレトリバーのおばさんが、「あの子はダメだから」と言う。たしかに吠えまくっているのはうちの犬だけで、言い返せない。となりの伊藤さんちが改修してショッキングピンクになっている。俗悪なペンションのよう。外出し「SUMIYA」で週刊新潮別刊の「これが礼儀作法だ!山口瞳特集号」やら「バガボンド」やらを買う。「珈琲館」で税についてのパンフレットを読み、帰る。
帝都高速度交通営団が民営化して、明日から東京メトロになるとのこと。誰か、かっこわるいって言ってやれよ。

3月30日

 いよいよ塾最後の日。霞がかかったような金色の穏やかな曇り空。前日どおり、9時から授業。亮と健太、羽田と奥平、辞めることは言っていないのでいつもどおりにこなす。羽田とはしっかり一年間のつきあいだった。スーパーで揚げだし豆腐とおにぎりとミロを買い、教室で談笑しつつ食べる。だいぶ暖かくなってきた。ミーティングの後の空き時間で片づけなどする。塩川の授業のとき綾子が来てびっくりする、そういえば振り替えで呼び出していたのだった。あいかわらず投げやりだが、兄貴といっしょの学校に受かるといいなと思う。つづいて篠原の片コマに笠井。笠井もぼくがここに来て一年間教えた古なじみだ、それだけここの人の出入りは激しい。英語のダメっぷりは相変わらず。集団は前日にひきつづき中3本科。増床した新教室でみんなが問題を解いていると雨音が聞こえ、暗い窓の外で、改修して大きくした看板を照らす白いライトに雨が走る。休み時間、雑事で行ったりきたりしていると、彩翔が英語嫌いをいまさらながら熱く語ってきたり宮が声をかけてきたり小谷野がからんできたり粕谷妹がぼくの席を陣取っていたりする。午前中も悠作が偶然テストを受けに来たり幸也が自販機が撤去されて困っていたりしたように、なんだか気になる奴らとの偶然のちょっとしたうれしい接触が重なる。まるで、ブラックジャック最終話の
「人生という名のSL」みたいではないか。ということは、これは夢か。
 最後の授業は猪瀬。関係詞にけりをつけようとしたが、少し残ってしまった。猪瀬が、「面白い春講が終わってよかった」と憎々しげに捨てセリフをはいて部屋を出て行った。あとは教科書を整理し、引き継ぎ書類を書き、振り替えが残っていること等々詫び言を書いたメモを残してから無人の塾内を見回る。町田Tと帰ろうとしたら尚子の方の松本がこんばんはと戻ってきたので驚いた。22時半なのに迎えが来ないとのこと。お腹すいたというので、山本Tが、バカ英太の母が息子の不始末のおわびに朝方もってきたNOAHの菓子パンを与えるともぐもぐ食べていた。松本の母、遅れて到着。戸締りをした山本Tとともに雨の中、車輪のついた小さな看板を運びこみ、帰宅。寒さは和らいだが雨はしきりに降る。「出発だ、新しい情と響きとへ」。


3月29日

 親父が就職祝いとかで、モンブランの腕時計をくれる。余計な気を使わなくていいものを。酒が残る体でガタピシと自転車を漕ぎすすむ。整地がすすみ、1日にはいよいよ団地の目抜き通りが競輪場通りとつながる。今日は及川T遅刻せずに来ていた(期待してたのに・・・)。春講二期三日目。亮が昨日ディズニーランドに行って来たといって、プーさんのボールペンをくれる。情けないくらいうれしい。勇人が肩をたたいてくれる。生徒は辞めることは知らないはずなのに、こいつらは勘がいいのか偶然なのか、ぼくがバレバレなのか。羽田がlook meなどと特訓にあるまじき英文を書いているので、シバく。スーパーで鮨と梅ジュースを買い、講師たちとグチりつつ教室で昼食。全体で講習生の電話入れの結果など打ち合わせをして、午後の部。
 山下不在でできた空き時間で帰宅し、30分くらい仮眠。だるくなることはわかっているのだが。直帰して、塩川。部活の弓の話で若干食いついてきた。篠原はあいかわらずのぐうたら秀才、笠井は振り替えをしっかりさぼる。メインディッシュの中3本科。増田が風邪で早退、西尾別井も風邪っぽく、いつも以上に士気が上がらない。それにしても連中、ことのほか現在完了が解るようになってきた。
過去分詞選手権大会、冗談だったのだが意外と盛りあがる。最後は猪瀬。英語はずいぶんできるようになったが、自画自賛の性格はあいかわらず。この性格が名残惜しい。今日は早めに辞す。明日はいよいよ最後、と思いながらも家でぐたぐた夜更かしする。

3月28日

 中休みの一日。友だちと戸祭オートテニスに卓球をしにいく。久しぶりにしてはなかなかいいラリーが続き、ガタのきた体を動かす。酔いのせいか年のせいか、橙のボールがぶれて観えた。白熱したまま、帰る。帰り際、恩師の大島先生らしき人を10年ぶりくらいに見かける。少し太ったが、あいかわらずのジャージに自転車。あれは絶対にそうだ間違いないと言い張る。カワチで買い物をし、車を家に置いて自転車で駅東。FUNでぼくと菊池Tの送別会および春講の慰労会があるのだ。新ホープの寺内高沢もまじえ、旧ホープの昨日の遅刻騒動に座が盛りあがる。やっぱりこういうときは、及川Tだ。薄暗く落ちつく店内で、ビールや焼酎をしこたま呑む。ぼくが受験をしなければ同じ中学になるはずだった町田Tからはキミちゃんら懐かしい名前を、平松から引っ越す予定の及川Tからは遊んだ川の護岸工事の話を聞く。なんだか酔った目と耳に、過去の亡霊がちらちらかすめ、それがまんざらでもない。
 たけなわであいさつをさせられ、花々で彩られたバスケットを渡される。調子にのった店内の他の客席からも拍手、菊池Tのおまけとはいえ、ここまであつく送られるとは。憮然としてうつむき花ばかりみる。店の外で円陣を組み、散会。そのまま二次会でカラオケへ。荒井先生とおそれおおくも「アニバーサリー」、及川Tと「イノセントワールド」、ひとりで「ALONE」、最後にみんなで速いほうの
「贈る言葉」をマイクなしで合唱。くさい歌だが歌っているのがみんな先生なので、なんとなく面白くしみる。酒のみならずここでも奢ってもらい、ただただ恐縮。鈴木Tと自転車で帰る。ついでなので猪瀬の今後の世話を頼んでおく。走っているときに小塚から電話、やつは今度は蘇我か神戸の西宮に行くらしい。なんとか一度呑みに戻ってくるらしい、楽しみだ。冷えこんで、もらった花のにおいがする。来年あたり、泣きながら塾へ戻って来づらいじゃあないか。

3月26日

 いよいよ初日。早朝からのコンタクトに疲れ目をしばたたかせつつ、初期の永ちゃんを聴きながら仕事場へ。最初は亮と健太の渡辺コンビ。初めての健太は暗殺未遂や射殺という言葉が大好きで、むっちりしたぬいぐるみっぽさとギャップがある。次が羽田と講習生の奥平。羽田の皮肉はあいかわらず、奥平は少し緊張していたがお姉さんの貫禄。町田Tとスーパーへ昼飯を買いに行く。唐揚げ弁当とぶどうジュース。午後は山下2連チャンと、塩川。山下も冬講以来だが、あいかわらず独創的というか色盲的なファッション。弓道部の塩川、真面目でとらえどころがない。次が荻野の振り替えと篠原。なまけものの篠原が石飛T(女)に、「やれ。命令だ。」と言われていたことを知り笑う。いかにも言いそうである。今回唯一の個別、中3本科。堀江、増田、弘樹としょうもないのばかりでやる気が失せる。講習生の高野、肝臓の病気とのことだががんばっていた。ヘロヘロになりつつ、最後の個別で猪瀬。脳味噌的にも搾りつくした感じ。初日は力の抜きどころがわからないので、やはり疲れる。がまんできず帰りに町田Tと、日光街道をへだてて真向かいの「村さ来」で一杯。非常ベルが鳴り響きアホがうるさくさわぎ接客行き届かずいらだちしかし肉と酒がむしょうにうまい。明日もあるので1時前には帰路に着く。帰宅してから、しょうこりなく黒ビール。オザケンの中で1番か2番に好きな14分くらいの長い曲を聴く。タイトルが
「天使たちのシーン」だと、今までさんざん聴いていたのになぜか知らなかった。

3月25日

 早めに起きて、友だちと「ロードオブザリング 王の帰還」を観にいく。いよいよ完結だ。一番前のまんなかの席に座り(といっても前3列は撤去されているので、実質4列目)、武者震いする。3時間半だったのでさすがに一回トイレに行く。あのクライマックスもぼくには予想外でショックだったし、あの静かなラストシーンもあれ以外ありえないくらい申し分ない。物語を引き継ぐのは、命の輪からはずれたものたちではないのだ。そしてフロドたちは旅立つしかない。ドワーフや黒門や灰色の魔道士を引き連れて、感無量で焼き肉屋へ。オークの肉だなどといいつつ、はじめて豚足を食べる。意外とうまい。昼からビールを呑み肉をつつく。杉本がなぜか、リブ=タイラーをクソミソにけなしていた。原作読めとけしかけられる。帰宅して仮眠して散歩して、家庭教師。康弘絶好調で、ウォンバットのぬいぐるみにバックドロップをかます。今日でお別れなのでドラえもんの
四次元ポケットバッグをあげる。頭が良くひょうきんで面白かった。さようならと言い、羽黒山から車で帰る。明日からいよいよ、4回にわたる「最後の聖(?)戦」がはじまる。

3月24日

 夜遊びして帰ってきて、昼まで昼寝。隣家の壁塗り替えの足場を歩き回る
トビの声で起こされる。出掛けにコンタクトをはめようとして落とし、10分ほど必死に這いずりまわる。違和感にきづき足をあげると靴下に貼りついていた、運良く割れていない。曇り空。仕事は、今川と中3セレクト。「臭い」を使った比較級最上級の例文で生徒が勝手に盛りあがる。出勤簿に手こずり、いつもより遅めにあがる。飯を食べて郵便物を見ると、税の仕組みのパンフレット、なんだかなである。新一番絞りを呑む。どのへんが、新なのだろうか(まさか金色の線がニ本増えたことじゃあるまいな)。

3月22日

 雪との予報だが氷雨。天候さえず一日曇り、鬱鬱する。とりとめないことをしていると、仕事の時間。まあ、春講前半は4時間しかないので楽といえば楽だが。今川山下あいかわらずいい加減、中3セレクト英語は増田が問題児だが、うまく勉強にからめて笑いにつなげられるのでありがたいといえばありがたい。タカピサに
「おーい竜馬」の1巻と13巻を貸す。永谷と西尾が春講と知らず授業がないのにやって来て、体を張ったボケをかましていた。早々に帰り、春巻きと、茄子と挽肉の炒め物と、キムチ。雨の中、車で酒の買出しに行き、ついでに珈琲館で読書。店員が客を口説いていた。外は寒い。長介は昭和のコント王にして人格者になり、ハマスのヤシン師はアラブの英雄になり、イスラエル人は枕を高くして眠る。死んだ人間だけがよい人間だということか。

3月19日

 晴れる。入門講座最終日。3つの完了形をうまく教えられた。庁から電話があり、税金関係の出先に赴任しろとのこと。役所の中でも役所的な部署だけに、ひゃーと思う。スーパーで鯖味噌弁当と揚げだし豆腐を買い、予習をしながら夕食。引継ぎの書類など書く。最後の中3特訓。中身は変わってないが、みんな背ばかり伸びた。生山は少しおかしくなった。印象づけのために姑息にも飴を配る。うるさかったがどんなことでも盛り上がってくれるこのクラスに、かなり助けられた気がする。今日が最後の菊池Tと、及川T町田Tで
「風神社中」に行く。濃味カタ麺で替え玉ひとつ。半強制で予定を組まれてしまうことを愚痴る。が、もはやひとごと。冷え冷えとした夜更け、にんにく臭い息をして自転車で帰る。

3月18日

 薬は飲んでいるが喉がいっこうに良くならない。仕込みをして、やはり昼から入門講座。冷たい雨の日だが、それなりに客が来ている。受験終わってすぐなのに、連中なかなかえらい。休み時間にお茶を飲んだりせんべいを食べたり、息抜きの仕方をやっと覚える。午後から個別。三輪、今日で最後だがあいかわらず。あれなら大宮に越しても唯我独尊でやっていけるだろう。帰宅してスーパーの鮨を食べ、家庭教師。康弘の社会。
前円後円墳ってなんだ。慣れてきたと思ったらお別れである、なんともはや。車でドンキホーテへ。買い物をして帰宅し、親父の変わりに深夜の犬の散歩。このへんには不動産屋が空き地に申し訳程度に植えた低木の桜しかないが、愉しむ。深夜の桜には、うずくまっているような気配がある。

3月16日

 体調あいかわらず。足腰も痛み、やはり風邪のようだ。桜も咲いているが春という気がしない。自転車で息切れがする。クリーニング屋、薬局、仕事。着くやいなや、授業見学が入ったと知らされる。小5受験。この声で保護者の授業見学とは、笑うしかない。康平の助けをかりてなんとか乗り切る、いつもよりだいぶサービスして面白くなった、はず。バカ二人。忍耐と開き直り。雑事をこなして町田Tとかつ福で晩餐。やはり予想通り、
内部推薦で社員になる気らしい。激務を知ったうえでの入社、なかなかに勇気がある。夜はさすがにまだ寒い。親父、またも中国へ出張。これはやっぱり転勤の伏線ではないか。

3月15日

 咳がひどく、緑がかったシチューのような痰が出る。寒さますます和らぐ。最悪の体調で高校入門ゼミがはじまり、昼から授業。当初立川談志程度に出ていた声が出そうとしても出なくなり、夜の中3本科の時点で蚊の鳴くようなふがいない声になる。別人のようで、面白くてあちこちでしゃべっていると気の毒(気味悪)がられる。来週から恐怖の
春講だというのに、乗り越えられるか本気で心配だ。帰宅してワインルバイヤートを呑んでいると、発作的に凄い咳が出る。明日あたりこの人、ヘラヘラにやついた顔で死んでるんじゃなかろうか。

3月13日

 熱は下がったが裂傷ができたように喉が痛く、痰がからむ。いわゆる治りかけの症状である(だといいが)。車で、クリーニングとヤマダ電機とWIN。帰宅して飽きずに仕事。振り替えで亮と三輪、続いて堀江。数えられる名詞とそうでない名詞の見分け方として、ぶった切った時にまだそのものの名が通用するか否かでおおよその見当がつくと教えると、問題を指差してじゃあ妹はどうですかと聞くので笑う。妹はぶった切ってもまだ妹たりうるか、難しい問題だが切りまくった時のことを考えて納得してもらう。隠れて赤いきつねを食べ、猪瀬。「耳をすませば」やら犬やらの話をしつつ、英語。そのあと教室会議。合否の結果報告と春講の予定。4月以降に自分の名がないのは少しさみしい。余興で最後に、及川Tのギターで山本及川の
即席ゆずが「夏色」を披露する。別れが視野に入ってきた人間関係だけが、なぜかくもいとおしくなごりおしいのか。とはいえそのあとの焼き肉大会は、風邪を理由に辞退。咳がいやらしく体力を奪うというのが言い訳。

3月12日

 明け方目覚めると寝汗で寒気、本格的に風邪だなと思う。いやこれは風邪をひいた悪夢だと自分を偽り、ふたたび入眠。寝たり起きたりをくりかえし、昼まで布団で浅い眠りの寝返りをうつ。ラジカセで小林秀雄講演
「文学の雑感」を聴く。落語のようで心地よい。かっかんかっかんと言っているので何かと思ったら、客観だった。なんとか歩けるレベルまで立て直して、犬の散歩。肌が寒さに敏感になっている。なにがあろうと仕事。今日は県立高の発表の日。悲喜こもごもだが、まあ妥当な結果だろう。新中3特訓。よりによってこのクラスとは・・・自分の不運を呪う。意識が散漫かつ鋭敏になっている感じ。帰宅して、「耳をすませば」のラストだけ観る。そういえばジブリ作品の協賛がいつのまにか博報堂から電通に変わっているが、なにか陰謀とか暗闘とかがあったのだろうか。

3月11日

 変な夢を見る。シャワーを浴びてから、車で母と昼食。「力」でひさしぶりの鯖の味噌煮。東武に買い物。仕事用に「菊池さんとこ」の革靴を買ってから、CD屋、本屋。帰宅してパソコンをいじってから、仕事。寒さがやわらいだので、ほこりっぽい風だがつらくはない。三輪と、河田Tの代講で吉本。
私国立受験テキストで慣れない進法を教えたせいか、三輪に風邪をうつされたせいか、喉がいがらっぽくなり頭がボーっとしてくる。外に出ると寒気。家できりたんぽ鍋とキムチで温まり態勢を整えてから、家庭教師。喉が痛くだるかったこともあり、ついつい康弘のサボリにのってしまう。夜の灯火を見つつ車を運転していると、現実感がなくなってくる。早寝しようと思う。

3月9日

 犬の吠える声で目が覚める。鳩かなにか来ているのに怯えているらしく、しつこく吠えるのでいらいらする。静かになったとおもいきや、犬小屋を引きずって植木鉢をひっくり返したりしている。そんなこんなで3時間。頭にきて叱る。もう老犬なのに成熟というものがない、というか犬にせよ人にせよ成熟なんてものがあるとは、最近ちっとも思えないのだが。筒井ファンサイトのためのクイズを作成していると、小川さんからのワインが届いた。勝沼の白ワインで
「ルバイヤート」。小川さんの義父が訳した、アラビアの名詩の名が冠された酒だ。感謝。塾へ。小5受験は康平一人。お坊ちゃまなので、たかだか自転車で数分の家へ一人で帰るのを嫌がる。そういえば最近の小学生はみんな、市教委のはからいで防犯ブザーを持っている。そのあとバカ二人。テストの成績は悪くないがバカ、というやつが世の中にはけっこういる(人のことは言えない)。

3月8日

 起きる。ひさしぶりに八宝屋で昼食。ラーメンとマーボー丼を、「ミスター味っ子」を読みながら食べる。犬の散歩をしてから、仕事。昼は春を思わせる陽気だったが、一転真冬なみの寒さ。粕谷の姉に出身中学がバレ、しつこく問いただされる。なんでバレたのか、
お隣のりえちゃんの仕業だろうか、情報の波及効果を考えると冷や汗が出る。中3本科。妹尾はやる気なく、松藤までもがイタズラを仕掛けてくる。町田Tが送別会に向けトロンボーンの練習。楽器ができる人がうらやましく、なぜかムッとする。鳥インフルエンザ問題で浅田畜産の会長夫婦自殺。カラスにも感染したらしく、これからますます滑稽と悲惨のドタバタがエスカレートするのだろうか。

3月6日

 早朝起きると雪が降っており、驚く。と思うと雨に変わりしばらくしてのち日がさしてきた。いくぶん暗さの残る空より、地上の方が明るい。静かななかあちこちで雪解け水のしたたる音。塾。8日が県立入試なのでその追いこみで自習に来る中3のせいもあって、てんてこ舞いの忙しさ。そんななか、タカヒサが
犬ころのようにつきまとってくるのもまんざらでない。帰宅して、腹を下す。1時間寝てから仕事第2部。どうにもだるいが敵は許してくれるはずもなく、明音の振り替え、自習の世話、堀江佐々木(佐々木の受験絵馬に、cool downと書いてやる)、猪瀬笠井とつづく。笠井の覚えがあまりに悪いのでいらつく。まだまだ真冬の寒さ。帰ってカレー。朝日に載っている河合塾の広告コピーが「人生には、延長戦もある」。この「も」が、非凡。それにくらべて駿台予備校なんて、「私は、駿台」である。格段の差である。

3月5日

 正午に起きると、きのういっしょに朝方まで
三国無双をやっていた妹がまだ寝ていた。最悪な兄妹である。諸事をこなし本を読んだりしてから牛丼を食べ、塾。真冬なみの寒さで、桜だけ場違いな感じで咲きかけている。新中3特訓。あいかわらずうるさいが、怒鳴るつもりもない。あともう少しでお別れなので、いい印象を残そうというせこい目算である。授業後、キムと羽田と生山が黒板に落書きしていた。アニメのキャラの絵なのだが、とくに生山のがおどろおどろしくて笑う。自分の受けもちの生徒はなんのかんの言ってみんなかわいい。明日の朝の自習の世話を町田Tに頼まれる。日光街道を北進し「珈琲館」へ。山本直樹の「ラジオの仏」とランボーの「地獄の季節」を読む。詩は、ケッと思う日とオオッと思う日がある。深夜なのに妙に明るい。帰宅して風呂。一番絞り、缶のデザインを変えたのだろうか。

3月4日

 ぐたぐたとしているうちに一日が無為にすぎる。犬の散歩をまたも生徒に見つかる。冷たい強風と砂埃、空に灰色の大きな雲がのさばっている。宅地造成が少しずつ進んでいる。仕事。振り替えのせいで明音綾子のダブルエース。火に油をそそぐような騒ぎになり、質問といちゃもん責めでへとへとになる。その後は中2特訓。時間になっても誰も来ないので焦っていると、先生と曜日を変えたことを、手違いで社員が伝え忘れたとのこと。このためにいろいろ段取りしたのにと憮然となる。しょせんバイトは消耗品ということか、などと、ありきたりのことを考えつつ帰宅。肩が凝るのでピップを初体験。たいして効きもしない。録画しておいた
「アニー・ホール」を観る。予想外に面白く、恋愛モノだが男が3枚目のウディ=アレンということもあって茶化さず感情移入して観れた。滑稽と悲惨をさらっと料理していて嫌味がない。他のも観てみたい。

3月3日

 起きたらいつもどおり11時。クリーニング屋経由で正嗣にいくも休みなので、度胸を決めて味千という古びたラーメン屋に入る。熊本ラーメンとかで、とんこつ。思ったほど悪くはないが、ありきたり。犬の散歩をまたも生徒に見つかる。山下は受験前最後の授業。挑戦校なのであきらめモードだったが、ともかくがんばるように言う(ダメだとも言えまい)。亮は案外期末の結果が悪かったようでブツブツ言っていたが、そのうちいつもどおりボケだした。新中2本科。人数が少なくなりやりやすくなった。外に出るとなんとみぞれ。夢庵で鳥重丼とトロロうどんを食べる、この量でこの値段かい。
禁酒3日目。やせ我慢というのはけっこう心地いい。

3月2日

 なんとなく早起き。本を読んだりパソコンで遊んだりと、午前中をひさしぶりに悠々とすごす。自転車で警察署に行き免許証を交付される。ゴールド免許だが顔写真は坊主のせいで、ほとんど
服役囚である。葉書きを出し、本屋を散策。「自虐の詩」やはりない。寒さは増すが、ちらほら人の庭に桜が咲きそめていた、「春が告げる、出会いと別れを」。塾。千裕がやめたせいで新小5受験はとうとう康平一人である。個別教室に移ってやってしまう。そのあとバカ二人。バカは死んでも直らない。いやむしろ、自分もふくめてバカ3人ともいえるが。禁酒2日目。数年ぶりの快挙であるが、バカのうえ三日坊主なので今後いつまでつづくかわからない。

3月1日

 3寒4温というやつか、うってかわって異常に寒い。2日酔いで頭が痛い。いろいろこなそうと思ったのだが、腑抜けのようにちんたらしているうちに仕事の時間。3月からの新しい時間割りにとまどう。新中3本科。小池と本田がいなくなり静かになったが、わりとわきあいあいとやれた。頭がボーっとし、体が膜で覆われているよう。寒中帰宅。酒を呑みたい気にもならず、読書などする。「たそがれ清兵衛」も渡辺謙もオスカー逃したが、「ロードオブザリング」がエントリーした11部門すべてを制覇とのこと。あの「ブレインデッド」の
ピーター=ジャクソンがここまですごい栄冠を勝ちとるとは、カンフーゾンビもびっくり仰天であろう。

2月29日

 昼すぎに上京。暖かく、上着いらない。新宿の歩行者天国をふらふらしたり、なつかしのTSUTAYAでDVDをさがす。東京駅は新丸ビルも着工中でふたたび人の流れが戻るよう。皇居が煤煙で美しく霞み、その先に防衛庁の通信塔が見えた。夕暮れ。小川さんと丸ビルで久闊を叙し、「洋食屋」でオムライスやホットワインやつまみや菊正宗。東郷茂徳の孫がろくでもないなど、いろいろな人の話が出るが、いろいろな人がいろいろと生きていると知れるだけでいろいろ面白い(詳細は忘れたが)。小川さん、退職後は東大法学部に学士入学したり家庭菜園をもったり、予定がいくつかあるよう。バイタリティにいつも驚かされる。勤務先は、できるだけドロドロした部署がいいよと忠告をもらう。
 丸の内北口で呑みなおし。資生堂の福原会長を例にとり、職場では言われた仕事をきちんとこなし、自分で言ったことをしっかり実行しさえすればそれだけで大物になれるよと助言される。そんな気配りがもてれば、とっくに大物にでもなっているのだが。小川さん自身は会社で同僚を罵倒したりで、
一介の記者として働いていると自嘲気味に言った。50を過ぎても知らない世界は多々あるようで、若輩者に世界はまだにやけ面しか見せていないのかもしれない。握手して、別れる。車中、「旧制高校物語」を読む。エリートのなにが悪い、英才教育のなにが悪い、悪しき平等思想よ去れ。呑みすぎで少し頭が痛い。

2月27日

 ひさしぶりに街中の本屋で新刊チェック。BRIOを読んだり、「昭和文学史」最新刊や「自虐の詩」をさがすも見つからなかったり。図書館に行き、書類を書きつつ本を読む。去年試験受からなかったら、また今年ここで勉強三昧だったんだなと思うだけでもいささか居心地が悪い。夕暮れに蝙蝠。仕事に行く。本科はちっとも連中の気合い入らず、いらいらする。特訓は増設された新教室。木の香りが新鮮だが、いつものメンツに変わりはない。
ホワイトボード、思ったより使い勝手が悪い。授業後に模擬授業の見学、町田T及川Tはさすが。寺内新ホープは生徒受けがよさそうである。帰路、猛烈に寒い。これだから東日本の片田舎は、気が抜けないのだ。松本智津夫、死刑判決が出たとのこと。オームは滑稽だが、でも、幻想ぬきの生活や、幻想ぬきの真実なんてものが本当にあるのだろうか。

2月25日

 電話の呼び出しと変な夢がないまぜになった焦燥感で、目が覚める。本を読みながら犬の散歩。結構コツがいるうえに、今日は柄谷行人ということもあって少しクラクラきた。塾。振り替えでバカ二人の片割れが来て調子が狂う。亮は気づかなくても静かに一人ボケをしてくれている時があって、いじらしい。中一本科Bは今日で最後。ここのクラスは最後まで、静かだったなあ。三輪母を電話で娘と間違えるミス。雑務をこなして疲れて、帰宅。赤黒い夜空に星が弱くまたたいている。
漫画夜話のゲストは案の定の呉智英と、夢枕の方の獏ちゃん。これだけひねくれ者がそろってこれだけの絶賛、文句なく名作のようだ。丈太郎伯父から就職祝い。来年仕事やめたりしたら、やっぱり返さなきゃならないのだろうか。

2月23日

 朦朧としたまま目覚める。眼鏡がない、ない、などと言っていると布団の中から出てくる。きのうに引きつづき、やすしじゃあるまいし。向ヶ丘遊園の駅前まで送ってもらう。新宿、赤羽、そして地元へ。車中でうつらうつらしていて、寒さで目覚める、地元に帰ってきたという感じ。駅ビルの
みんみんで水餃子焼き餃子を食べ、ロータリーに出るとぼろぼろの車が交番の警官をあおっていた、地元に帰ってきたという感じ。家までバスで帰る。身支度して公文へ。日光街道の並木を自転車で行くと、冷たい強風でちっとも前にすすまない。いつもどおりの面々。真也は髪の毛を切り、優平は屁理屈をいい、挽野さんはチャーミングで、せいちゃんは淡々とし、和也は甘ったれのお調子者。山口さんが今日でぼくが最後だからあいさつしなさいと言い、みんながありがとうと言うので動揺する。感傷的になるとともに、やるせなくて不機嫌になる。そつなくこなし、カステラを山口さんに渡して辞す。意表をつく寒さ。帰宅してカレーを食べ、今日は酒を控えようと思いつつ一番絞りを呑む。BS漫画夜話、またはじまったようだ。「自虐の詩」の回が楽しみだ。

2月22日

 早起きして上京する。電車の中で寝る。恵比寿のガーデンプレイスにある写真美術館で、田沼武能「60億の肖像」展を観る。ようは子どもと芸術家の写真。世界各国で撮りためた平時戦時今昔の子どもたちの写真は、多様性よりも、同じようにすばらしいものとしてうけとめられることを期待している。スケボーであれ戦闘機の残骸であれ仕事であれ、それをダシにして遊んでしまうふてぶてしさもしっかり表されている。芸術家の写真はおなじみのもの多数。遠藤有吉壇大江石川小林寺山吉川川端吉行・・・。3階の「中島健蔵展」はさすがに遠慮した。行政のハコモノと批判されてはいるが、そんなに大きな建て物ではないし充実した企画が出せればそれでいいのではないか。埼京線で池袋。眼鏡の修理をして、待ちあわせ場所の東武地下へ。定刻に渡辺くん来るもあんのじょう浜本来ず。二人でカレーを食べつつ、しかしいつものことなので驚きはしない。1時間近くたってうれしそうな顔で本人登場。東上線で大山へ行く。駅前のスタジオで、大学時代の友人の芝居があるのだ。
 すでに芝居は始まっており、地階の扉から手探りで暗闇の客席を進む。劇は、非現実感をおぼえるこの瞬間が楽しい。演目はギリシャ古典悲劇
「エレクトラ」の翻案。杉山さんはなんと主役。人形浄瑠璃のように動くものと語るものをわけて内面がないかのような不気味さを登場人物に与えたり、和洋やモダン古典のコントラストに気を配ったりとずいぶん凝っていた。でも最後にエレクトラが死んだのは、なんでなんだろう。路上で獣じみたメイクのままの杉山さんにカステラを渡し別れて、三人で喫茶店へ。浜本、塾のフランチャイズの助言をする仕事に就いたらしい。社会人らしい会話になりやや面食らった。池袋に戻り、丸の内線で淡路町。久しぶりに籔で、遅れてきた末永もまじえて乾杯。歓談。エビスに菊正に天タネに湯葉に鴨に蕎麦味噌にせいろに、もう勘弁してくれと言ううまさ。お勘定して、またもや勘弁してくれと言う。神田に流れて、和民。漬け物や焼き魚や焼酎。お茶くみがどうのと話が白熱するが、ぼくは一応まだ無職なので発言は控える。中央線で新宿まで行き、浜本と二人で向ヶ丘へ。雨。ビールとつまみを買って濡れながら帰る。今日の芝居のことや、高見順の日記の話などする。こういうのも久しぶりだ。したたか酔ったようで、コンタクトをはずしておきながら、ない、ない、などと騒ぐ。明け方までやすし追悼番組を見つつ雑談。

2月21日

 朝から仕事。寒さが和らいでいく。期末対策など、自習の面倒を見る。生徒の自己ベスト目標に一言メッセを書いていく。生徒の顔写真を見ていると、生身より愛着がわく気がする。民芸でうどんセットを食べてから、家で昼寝。しぶしぶ起きて仕事午後の部。佐々木は風邪で休み、笠井は一年の単語ですら忘れている。陽馬のために世界史イブン4人衆のおぼえ方ごろあわせを考えるも、断念。町田T、中三の送り出し会で
トロンボーンをやるそうだ。ぼくは中三とはなじみが薄いので行かない。帰ってから誕生日ということもあって、赤飯とチーズケーキを食べる。年々、度しがたくなっていく感がある。久しぶりにみゆきでも聴きながら寝よう。

2月20日

 早起きして妹の仕事の送迎。ついでに落合書店で「ゴーマニズム宣言」最新刊と新創刊雑誌「ぼくドラえもん」を買う。後者は四次元ポケットバッグ目当て。いずれにせよ、小学館にいいように踊らされている。カワチで一番絞りと水と菓子と脂とりを買う。昼寝。仕事。中ニ本科特訓で前置詞のおさらいをしてから、羽田と小谷野の英検面接対策をする。就職試験の後遺症のようで、質問するこっちが変な汗をかいた。帰ってきて、
ドラえもんの映画予告篇がつまったDVDを観る。つくづく老いたなと思う。

2月18日

 早起きして外出し、友達と映画を観にいく。凍てつく寒さは抜けたようだが、揺り返しがあるかもしれず油断は禁物。ヒカリ座で
「悪霊喰」を観る。邦題がひどすぎるので始まるまでぼろくそ言っていたが、なかなか練られたサイコスリラーだった。和牛丼ときのこコロッケを食べながら、アエロフロートやら中国の地下鉄やら、外人さんの大雑把さの話で盛りあがる。新星堂で平川地の新曲を買い、帰宅。仕事の準備や家の雑事をすませて、塾。山本Tの嘘でぼくがDJをしていることになっており、小学生にやってよとせがまれる。プロだからただではやらぬと言い逃れる。今川の相手をしていると激烈に眠くなる。中一の女子に棲家どころか近所づきあいまでばれ、万事休す、ま、どうせあと一ヶ月だし。夜更け寒さ増す。眼鏡のつるが具合悪く、いらいらする。

2月15日

 いつもよりは早く起きる。快晴。髪を刈って、車で外出。クリーニングと洗車と図書館。日曜日に環状線に入ってはいけないと学習する。文芸誌に一通り目を通す。面白そうなものは読むのに時間がかかりそうでとばし、すぐ読めそうなものをパラパラ見る。「文学界」に
三浦雅士による筒井「ヘル」の書評。表面的な文体、文体の零度、現実そのものの直視。そんなふうに評価してはいるが数十年前の評論とたいして変わらず。なんでも筒井は文学の彼岸、歴史の彼岸から語りだしたパイオニアとのことだが、それ以前の作家だって彼岸から、つまりは世間の垢に汚されない地平から言葉によって言葉を超えた世界をつかまえようとやきもきしてきたじゃんと思う。そもそも「表面的な文体」という出発点のルールの説明が不十分で不親切で、うまく波に乗れないしぶつぶつぶつ。つまりは、隔靴掻痒。帰る。母が横浜の親戚実家でのいざこざについて愚痴る。モルツを呑む。モルツのCMの歌を口ずさもうとするも何か言われそうなのでやめる。

2月14日

 何度か起きようとするも、のどが痛かったりだるかったりで昼ごろまで寝ている。仕込みをしてから仕事。体よりも倦怠感がすごい。佐々木は慶応駄目だったようで、3年後にリベンジといって励ます。休み時間は塾宛のチョコを、ひたすら胃の腑に収める。笠井と猪瀬を見て雑事をこなしたあと、同僚とすきやに行く。
牛丼屋の豚丼が売り切れたとしって店員に暴行した男がいたらしいが、分かる気がするふざけた事態である。生徒をさかなに食べるにんにく入り豚丼は、うまかった。町田Tの今月の休みが1日と29日なので笑う。

2月12日

 車の鍵が回らないと、わけのわからない難癖をつけられ妹に起こされる。そのまま起きて飯を食べ、クリーニング屋、郵便局、図書館に車で行く。文芸誌読みたかったのだが、岩波の文学講座4「詩歌の饗宴」を読み出してしまう。座談「詩の起源詩の未来」。城戸いわく、「言葉の起源にそのつど立ち会」う、モノを名付け直す、それが詩である。松浦いわく、「錯乱した時間の痕跡が言葉に畳み込まれていて、それがある物質的な手応えをともなって」訴える、それが詩である。・・・詩はやはり、世界をざわつかせてなんぼ、のようである。そして芭蕉が「いひおほせて何かある」、
マラルメが「それとなくほのめかす、それが夢というものだ」と言ったように、詩はたんに物事を言い当てるだけでなく、読者自身に創造の喜びを運ぶような余地が大切だと思った。水原紫苑が言ったという、短歌にくらべての俳句の「切れ」、物質的な異物感も興味深い。帰宅して仕事。三輪に4字熟語カルタをあげる。タカピサがわざとらしく口の周りにチョコをくっつけて塾に来た。よっ色男と言うと、英語教室でみんなに配られたんだもんと白状した。そういうときは黙って、意味ありげに笑っていればいいのである。

2月7日

 連日昼起きのせいで意識がもうろうとしている。身支度し、模擬授業の用意をして外出。紀伊国屋をひやかしてから、街中の予備校で講師研修。室長の訓示や新学期の新体制説明、士気高揚ビデオ上映がなされる。増床に時間増に、ボーナスが出てもいいくらいである。そのあと3班に分かれて模擬授業、ぼくは英語の現在完了をやった。静かな教室だとやっぱりやりやすい。塾の先生はみんなほめ上手なので、有頂天になってしまった。室長が埼玉の教員採用試験で中学生を面接官にする動きがあることに激怒していた。同感である。帰りにパブ
「LION'S HEAD」でギネスドラフトのハーフ。店は「hub」にそっくりだが、客層は大衆居酒屋並み。所詮は・・・である。帰ってシーバスを呑みつつ、筒井サイトでチャット。こんな感じにわきあいあいできてしかも酒まであれば、なべて世はこともなし、である。

2月6日

 朝まで起きているのがたたり、昼の2時起床。車で本屋と家庭教師センターとツタヤへ行く。「HUNTER×HUNTER」19巻「グインサーガ93巻「別冊宝島 グインサーガ」「幻想水滸伝3攻略本」を買う、まるっきり中坊のセレクトではある。帰宅し散歩し食事し車で送迎してから仕事。現在完了を教えはしたが、砂漠に水まきしている気分。キムキムはボケたあと誰も突っこんでくれないので一人突っこみになれていて、いじましい。が、5分に一回くらいのペースでつまらないギャグを繰り出してくるのでみんながうっとおしがる気もわかる。朧月夜。うどんを食べながら「
ジェレミー=アイアンズ自らを語る」を観る。BSの例の、俳優インタヴューシリーズの録画である。倦怠と色気と滑稽のせめぎあいが相変わらずすばらしい。確かこの人、アイルランドで購入した城をピンクに染めて住民に抗議された人だ。うちの近所にいたら絶対許しておけない。

2月5日

 妹に眠りを妨害され起きる。クリーニングと銀行に行き、正嗣で水餃子と焼き餃子の昼食。塾は儲かっているようで増床の工事。新中一の初日ということもありごった返し、意味もなく高揚し右往左往する。授業は個別。三輪は医者の娘で気品のある顔立ちなのだが、性格はお調子者でずぼら、そのギャップが面白い。玉谷は今日で最後、彼女のおとぼけとなまけも最後となると少しさみしい。家庭教師。康弘、数学上がり国語下がる。ドラゴンボールのゲームを買って浮かれていた。それにしても
羽黒山は寒い。その後、珈琲館で書類を書いたりと雑用。

2月1日

 鈍行で渋谷まで行く。渋谷から東急で妙蓮寺へ。本日開通の地下鉄みなとみらい線の新車両に幸運にも乗れた。港をイメージしたシートデザインと液晶ディスプレイ。祖父の家でもちうどんを食べ、ふらっと出かける。東横線が反町で地下化するのに唖然とする。ということは横浜駅も地下ということになる、と、案の定そうでありたじろぐ。あれえこんなへんなとこへきてしまったぞという、感じ。そのままみなとみらい線で新高島、みなとみらい、馬車道、日本大通り、元町中華街が終点。東横線は渋谷から桜木町でなく、元町中華街に行くことになる。駅名を連呼する車掌が大変そうだ。終点のホームは人だかり。電車が来るたびにフラッシュがあちこちで光る。灰色が基調の開放感のあるドーム型で、壁に古い横浜の町並みが焼きついている。ふと上方を見ると吹き抜けが地上のビルの中までつながり、ななめに交差したエスカレーターの×印の連なりに人がびっしり並んでいた。ただ、SF映画風の銀の売店の中身が崎陽軒だったりと、豪華絢爛な未来ではなく、所詮はしみじみといじましい「みらい」なのである。どうせ外界はさしたる変わりはないだろうと、そのままUターンして横浜。地上に出て京急に乗り換え。
 駅そばの谷間に、乞食谷戸とよばれ戦前日本有数の
スラムだった部落があるのだ。入り口のドンドン商店街は、雨が降ると水がドンドン流れてくることからついた。どんなすさまじいところかと思ったら、セブンイレブンがあったりと閑散としたありきたりの街並み。丘陵地を行っても、変哲ないベッドタウンといったていで、新しい瀟洒な家がめだつ。ところどころ曲がりくねった古木があるのが昔をしのばせる程度。高台の寺や教会を回り、奥に入っていくと危険な傾斜が多くなり、非舗装路が出てくる。というか、トタンでできた家の並びが乱雑で隙間がせまいので整地しづらいのだろう。立て看板や政党の支援ポスターが目立つ。町内の掲示板で驚いたのは、80年前の大震災の被害を教訓にした火災初期消火の呼びかけがあったことだ。街は均質化の波に呑まれつつあるが、それでもここの時間は停滞している。夕暮れ、高台にある大きな県立公園から眼下に椀状にひろがる街をみていると、やはりそこはなんのことはないありきたりの街だった。見上げるとランドマーク、みなとみらいの夕景。上り下りして反対側の保土ヶ谷へ出て、JRで戻る。鯖鮨と巻き物と九州の日本酒。祖父は耳が遠くて、話すのに難儀する。

1月30日

 起きたら2時なのでさすがに焦る。グレープフルーツとパンケーキを食べて、サイトチェック。数十年間山中で自給自足の原始的生活をしていた男が、腹がすきすぎて自販機の小銭を盗もうとし捕まったニュースが出ていた。今は釣り仲間のつてで働き、給料で最初にテレビを買って幸せだという。ブラックジョークみたいな実話だ。本を読む間もなく塾。ややうるさかったが、今日はわきあいあいとやれた。人との距離感が近すぎず遠すぎず絶妙の日というのがあり、今日はたまたまそうだったようだ。帰って、黒ビールを呑みながらゲストで筒井の出演している
「N響アワー」の録画を観る。クラシックは鬼門だが、寝てしまわずワグナーもグリーグも楽しめた。

1月28日

 当然寝不足。雑事をこなして外出。クリーニング屋と銀行とローソン、やはり雑事である。仕事。眠気とだるさで頭回らず疲労感ばかりがある。夜から朝にかけての
「幻想水滸伝3」の世界と、昼から夜にかけての「こちら側」の世界の往還で、時差ぼけならぬ世界ぼけがあるのだ。ああ、あのチビだったリリィとともに戦うとは。ユータはそろそろ徹底的に補習せねば。ユーバーめまたも邪魔立てするか畜生。カスヤの妹まさか二位とはやるじゃんか。ジーンさん相変わらず若いなあ。キョウスケ土曜日ちゃんと来いよ。さてと、今日もこれからあちらに旅立たねば。楽しみだ。

1月26日

 どっからどうみても引きこもりな一日。昼ごろおきてカーテンを開けず、いきなりゲーム。そのあとネットでサイトめぐりやら書きこみ。そのあと犬の散歩でなんとか自宅から脱出。妹を迎えに行ったついでに
珈琲館で読書。表へ出たのに、やってることが家にいる時と変わらない。帰宅して、またパソコン。今日の晩酌はシーバスちゃん。そういえば学生時代、一日誰とも話さない日がいくどかあったのを思い出した。

1月25日

 朝まで「幻想水滸伝3」。2から15年後の北方諸国が舞台で、懐かしい登場人物がそれぞれに変化をとげて次々に出てくる。こういう同窓会みたいのって、たまらないんだよなあ。などとしみじみひたっていたのがたたり、寝て起きたら1時。身支度して、上京していた母を車で迎えにいき、そのあと自転車で街中へ。紀伊国屋で筒井監修「眠気をあやつる本」、山本直樹
「ラジオの仏」(30年間に見た夢日記らしい)、秦郁彦「旧制高校物語」(文春新書)を買う。東口のFUNで塾の新年会。洋風居酒屋。室長の、やる気まんまんだがすべて逆効果なところが批判の的となる。「おっさん」とよばれる名目上のボスの悪口を肴に、黒ビールがすすんだ。斉藤Tは2月からオーストラリアに英語の勉強に行くらしい。となると、こっそり英語の質問できなくなるではないか。二次会はカラオケ。「浪漫飛行」や「銀河鉄道999」、同世代であることを確かめあえるのは漫画とゲームと音楽。ところでみんながリアルタイムに楽しんだ小説って、あるのだろうか。松崎くんと帰る。やつは東京理科大の院生になるらしい。「時は流れて誰もが行き過ぎても〜♪」、である。

1月22日

 妹に起こされ、いっしょに車で
中央警察へ。といっても、免許証の更新。視力検査し30分ばかりビデオを見せられ、写真撮影。そのあと鑑定団でPS2のソフトを買う。妹の持ちよったガラクタ群が買い取り価格100円だったので失笑する。ヤマダ電機に行くと、グランツーリスモプロローグとメモリーカードがセットでPS2本体が22000円だったので、つい購入。ポイント還元も13%でおとくだが、考えてみると買わなければ22000円のとくだったわけで・・・。塾。玉谷の文通相手のアメリカの田舎の農場の中学生あての手紙のゴーストライターになる。家庭教師。康弘のテスト対策で九州四国中国近畿の工業農業地理秋吉台カルスト等種種雑多豆知識の絵地図をつくる。帰りの車の中で音楽を聞く。ここで夜景と呼べるのはプラザしかない。丘の下り坂で視界が開け、平べったく沈んだ家並みの気配が暗い中ひしめいていた。

1月20日

 セールスの電話で起こされる。所用すませてから、BOAを聞きながら車でドンキホーテへ行き、蒲焼太郎などを買ってくる。通俗万歳。散歩に行ってから塾。小四受験、馬鹿二人、中一特訓の定番コース。五十嵐がヘーボタンを持ってきてことあるごとに鳴らしてやかましい。モエ、宇大附受かったとのこと、一息ついてさぞホッとしたことだろう。いつもどおり「ちょっと待って、神様」を観つつ、今日は一番絞りと
クラシックラガー。「信長の野望」、伊達で奥州統一を目指しているうちに世がふける。

1月18日

 なんとなく家を出る。解体作業が始まったようで、本庁舎の一部がえぐれていた。電車で北上。那須野は田畑に雪が残っており、自宅から見やるとぼんやりしている稜線が近づくにつれ雪をまとい峻険になっていく。途中下車せず戻るはずが、田舎の勤勉な車掌に見つかりしっかり精算される。やむなく
白河で下車。芭蕉で有名な白河の関がある、みちのくの玄関である。何もない。駅前の小峰城を少し散策。夕暮れ時なので観光用の三重櫓も、風雪でねじまがった桜木もなかなかいい。見物人だれもいず、したたる雪解け水の音ばかり。喫茶店がないせいか石段に腰かけた女の子たちが、だれかの悪口を言っていた。帰路。暗くて景色見えず、車中でまたもや快適移動書斎の住民となる。

1月16日

 寒いこと自体よりも連続して寒いことの凡庸さに憤りをおぼえる。車で所用。免許証更新に行ったら更新期日がまだだったりと、トホホなドライブとなる。ヤマダ電機、ツタヤ、ドンキホーテ、ジーンズ屋、サンユー・・・。低俗と言わば言え。塾。首が痛くどうも気が乗らない。ビー玉を転がしたり授業中こっそりジュース飲んだり、幼稚園児のようなやつらではある、それを甘やかしている自分もふくめて救いようがない、と認識しつつそれに甘んじていることがさらに救いようがない、と認識しつつ甘んじ・・・。エビス黒と、菊正宗の熱燗。
菊正宗が優しい。どうなってもいいじゃないかと言ってくれているようで、この匂いに助けられる。

1月15日

 寒さに食傷気味。つれづれなるままに、録画した「朝生」見たり本読んだり、なすところもなく日が暮れる。スーツを着てメモ書きしつつ珈琲館で一服。自転車の鍵を忘れて店員にあとを追われ、しっかり恥をかく。遅れてきた玉谷、やっぱり国際は落ちたそうだ。応用文理は受かったとのこと、案外落ちこんでなかったのでホッとする。三輪様あいかわらず。康弘は「急用」なので家庭教師は休み、ねぐらに戻りエビス黒とトリス。芥川賞は
最年少受賞、しかも二人。金原は「すばる」でちょっと読んだら面白そうだった、綿矢はすでに定評があるし、まあいいと思います、はい。菊池寛が雑誌の販促のためにはじめた賞だし、話題づくりとかいう批判はあたらないと思う。それにしても直木賞はあんまりすぎる。芥川とのバランスもあると思うが、もはや新人賞とは到底言えまい。

1月14日

 明け方、「刑務所の中」を観る。収監制度の批判とかどうでもよくて、ここにいる連中も滑稽かつ普通であるということがしみじみわかる映画。10時に起きて友人とヒカリ座で
「28日後」を観る。「トレインスポッティング」の監督によるゾンビ映画。ゾンビとはいえハリウッドと違って、陰惨かつユーモラスな味わいがある。それにしても猛ダッシュのゾンビは恐すぎ。やはり恒例で、終わってから肉を食べビールを呑む。帰宅し、支度してから仕事。萌はセントヨゼフ受かって一安心、亮も慣れてきたし、そこそこな日。寒さだけ増す。寝違えて痛む首筋がうっとうしい。

1月12日

 初詣でに家族と車で栃木市の
出流山万願寺へ。高速に乗り小一時間。採掘のため山肌むき出しで、大がかりで古びた鉱工業の施設が林立する山中のすすけたクネクネ道をぬけたところにあった。10数年前に来た記憶がある。ひたすら寒い。すさんで見えるほど古い本堂で具体的かつ我欲に満ちた願かけをすませ、社務所でおみくじ。中吉。神社では末吉だったので、レベルアップである。寒いので奥の院まで行く気にならず早々に退去。途中、有名だという「たろっぺ茶屋」という蕎麦屋によって昼食。県内に昭和帝が行幸した際の陸軍大演習の写真がかけられていたりと、内装がやたらと古い。囲炉裏を囲んでうまい漬け物と天ぷらとさしみこんにゃくをつまむ。肝心の蕎麦はまあまあだった。帰ってから、塾。個別のみでちっとも気勢あがらず。及川Tのみやげのリンゴせんべいなどむやみと食べるが雑談にも疲れ、早々に退去。四季桜と油とり紙とピーナッツ入りベビースターと「蒼天の拳」を買う。四季桜、許せる甘さ。ゆえなく夜半にふてくされる。

1月11日

 早起きしてパンとコーヒーで朝食。さ来週もう一度来ることを約束して、出発。横浜で青春18切符を見せ、JRに乗りかえ、東海道線で小田原へ。快適な移動書斎として大いに活用する。小田原から熱海、熱海から静岡と乗り継いで静岡。イベント会場は新静岡のバスロータリーの前。
平川地、元故郷でもやはり人気で広場から道に人があふれ出る始末、よって姿はほとんど見えなかったが、スピーカーのそばで声はしっかり聞けた。声は低くなったがのびやかでこれならまだいけるなと勝手に太鼓判をおす。新曲は春がテーマなのにまたもや暗い曲だ。彼らの人気は美談や不幸を好む世間の気質に負うところが大きいが、それはともかく切なくも華やかな声がやはりいい。などと、疲れた足を蕎麦屋で休めつつ思った。鴨南蛮とお茶。
 新静岡から街並みを楽しみつつ電車で新清水へ。市電めいたチビ電車がどかどか走るその正面に、先端だけ雪をかぶった富士が裾野を広げていた。富士はカメラで撮るとなぜかいつも見た目より小さい。清水で地元の本山茶と川根茶を買う。休日なのにシャッターのおりた店の多いアーケードをぬけ、JRの駅へ。ちびまる子とエスパルスありながら、なんとも印象の薄い街だった。東京まで読書タイム、上野から宇都宮までも読書タイム。3冊読了。ノルマがあってひいひい言ったほうが、読書はやっぱり楽しい。

1月10日

 起きて身支度し、駅へ。湘南新宿ラインで新宿。駅が改装中だった。初台のオペラシティでの、山下洋輔の恒例ニューイヤーコンサートへ行く。今年は筒井を脚本演出歌ラップ語りに迎えて、レハールの「メリーウィドウ」を翻案したオペレッタ
「フリン伝習録」、もちろんぼくはおもに筒井めあてだ。会場の武満メモリアルホールは木を基調として荘厳かつすがすがしく、正面で青いライトを浴びる銀色のパイプオルガンの上には大きな三角の天窓があり、合掌造りの天井とあわせてホール全体がロッジか教会のようで自分が場違いに思えた。華やかなロビーでサイン入り「ジャズ小説」と、「ジャズ大名サントラ」などを収録したCDを買う。上演。演目は声楽ジャズクラシックおまけにラップまであり、気軽にたっぷり楽しめた。筒井らしくなくラストは大団円の大甘なファンタジーだが、それは新春祝いでご愛嬌。畏友の名前を紹介しあい拍手喝采を受ける山下筒井両氏の姿が華々しくて、それでいてどこか照れくさそうでほほえましかった。
 山下のピアノははじめて聴いたがイメージと違った。猫背になり縮こまって、好きで好きでたまらないピアノとじゃれあっている感じ。好きで好きでたまらず、思いあまって肘撃ちをかましてしまうという感じ。そう、あの伝説の肘撃ちは、実は愛撫だったのだ。その仲むつまじさにぼくは心地よくてつい少し居眠りしてしまった。終わって外へ。横浜へ電話すると祖父が出たのだが、耳が遠くて話がかみ合わない。どなりあいで疲れて余韻もどこへやら、暗澹とした気分になる。下階のパブの「hub」でコロッケと野菜スティックとギネス。酔うひまもなく早々に妙蓮寺へ。22時近かったが、祖父も祖母も起きて待っていてくれた。ここを宿がわりにできるのもあとどれくらいなのだろう。新聞の切り抜きなど眺めつつ、寝る。

1月7日

 4日連続の冬講第3期もいよいよ最終日。寒いのと眠いのとだるいので、うめきつつ行く。この4日間のテーマソングの
「戦場のボーイズライフ」を聞き自転車をこぎながら、社会性を回復していく。会議のあと授業。小6進学はやっとなれてきたのに終わり、という感じ。小5進学はキャラが粒ぞろいで、ほっておいても盛り上がるうれしくもやっかいなクラス。小3のやかまし屋が授業中3度もクレームに来た。毒舌の萌子が能開よりこっちが楽しいと言ってくれた。小6英語は英会話教室のノリ。拓海もイタルも優希も夏生もいいやつらだ。とくにイタルは姉に負けずおとらずはにかみやでおっとりしていて、そういえばここの家は母親も人あたりがいい。家系おそるべしである。昼食は菊池Tが買出ししてくれたおにぎりとゴボウサラダ。タカピサが早く帰ってしまったので味気ない昼食を早めに済まし、個別。山下は長女、荻野は末っ子と聞きやっぱりと思う。経験上末っ子は甘え上手である。いったん帰宅して、仮眠。再度寒中を塾へ。中1本科ABで4セット180分、慣れてきても難儀なことに変わりはない。生徒が教師採点をする受講アンケートで、「早い」「早い」と何人かに書かれる。そうか早いか・・・「下手」と書かれるより、なぜかこたえる。
 授業がすべて終わったときの解放感はしみじみいい。生徒もまじえ祝祭のような雰囲気で、こんなときだけ隣人愛とでもいうべきものが説得力をもってみえるように思える。散会。一人自転車で闇夜を、打ち上げのある「安楽亭」へ。ナムルエリンギ豆腐センマイタンミノ椎茸カルビサラダ玉葱。酒の肴はもっぱら生徒なのだ、ここでもやはり。参加者が全部で8人ということもあり、まとまりと温かみのある呑み会だった。自転車の松崎君と、向かいの開店間際のバー「BASQ」へ。薄暗く倉庫のような白い店内には遠近感の錯覚を起こす色の変わる電球がいくつも下がり、客はほとんどいなかった。ベンチのような白い毛皮のイスで、タンカレーとズブロッカ。松崎君は福島の人でいけるくちらしく、今度安めのところで呑もうと約束。さすがにチャージ1000円は酔っていても痛い。明け方に別れる。自転車で慣れた家並みと田を行くと、明けちかい空に電飾めいた星が瞬く。不思議と感傷はなく、こぐことに専念していた。

1月3日

 起きると昼。パンを食べて、外出。暇つぶしにめぼしい
大谷石スポットを撮影する。民家の塀や蔵はここではありきたりだが、それでもをかしきもののニ、三ばかりぞありける。石づくりのもろこしの教会などいうべうもあらず、道中のかたはらにおはす道祖神めきたる観音など、さらなり。茶を喫して、一ノ宮に詣ず。宵に艶めきたる境内にて大禍なきよう念じ、御籤あがなへり。末吉。まあ、こんなもんである。帰宅して、10数年ぶりにステーキ宮へ。腹の足しにはなった。もう一生来ることはない。ワインの良し悪しが、いまだにわからない。

1月1日

 お年玉のない正月の朝なんて、面白くもなんともない。それでも正月の陽の光は、やはりすがすがしい。雨だったことは記憶の中では一度としてない。雑煮を食べて、昨日の夜録った「朝生」を少し観るが気分が乗らず、すみやに抽選をしに行く。ソフトせんべいがあたる。帰宅して、車で母を送りがてらがらくた鑑定団へ。いりくんだ大型店舗に、古いファミコンのソフトやらキャラクターグッズやらが鈴なりにびっしり吊るされている。宮崎の「風の谷のナウシカ」と
「シュナの旅」の漫画を購入。気づくと悪夢のように時間がすぎている場所だ。福田屋やケンタッキーやハーマンによっているうちに、元旦がすぎる。なんという俗悪。ビールはきのうの残りのサッポロドラフト。どうも、茫洋としている。

12月31日

 シャワーを浴びてから、CARNAに酒と刺身を買出しに行く。向こう4軒で忘年会をやるのだ。昼過ぎからなんとなくぎこちなく、開催。酒と食べ物があればなんとかなるもので、それなりに盛り上がる。理恵ちゃんが結婚行進曲を披露、しょうちゃんとおばさんが猫ふんじゃったを連弾(?)。ぼくも水戸黄門を弾けとのお声がかかったが、さすがに辞退した。会社社長の仁科さんが、
毛唐キムチ露助などとコドモっぽい暴言を吐く。キャノンの山口さんは、発明で名をなそうと企んでいる様子。社会人もいろいろあるようだ。甘みのあるゴマ焼酎を飲みすぎる。なんだかちっとも年末という気がしない。寝たり起きたりして、曙やら紅白やらつまみ食いしているうちに、「ゆく年くる年」になってしまった。「時はたち目をつむっても歩けるほどよ 私の旅」(aiko)。よくもまあ毎年同じことをしていて、うんざりしないものだ。「蛍の光」の宮川泰にかぎらず誰もかれもみな。

12月30日

 昼めざめてきのうの垢落としをし、肉まんを食べて出発。空がたよりなく澄み、風の冷たさがやわらいでいた。駅前のアイシティでコンタクトの洗浄液購入。裏道を通りつつ市街へ。最近、大谷石の蔵や塀に目がいく。一度写真を撮ってこのへんを回りたいなと思いながら、パルコへ。前回チェックしておいた取りはずしのきくファーのついたブルゾンを買う。貧乏人ゆえ、店員に買いますと言ったとき悲愴感が出てしまい恥かしかった。ニット帽も購入。紀伊国屋で筒井のジュヴナイルのリバイバル、
「三丁目が戦争です」を購入。JALのカレンダー、やはりない。ドトールで紅茶を飲み図書館に行くも休館だったので、夕暮れの中を帰る。

12月29日

 4日連続の第2期は、今日で最終日。冬講メインのこの4日で、丸2日は講義したことになる。早朝の寒さには慣れたが、眠気で体がおぼつかなく、意識だけみょうに過敏になる。住宅地予定の更地は一面、霜。会議をへて個別授業。朝一の猪瀬の高校英語では舌がまわらなくて困った。モエは受験まであと半月、楽天的に乗りきってくれるだろうと思う、心配はしていない。昼食は漬け物とサバ鮨とたこ焼き。矢野Tが買ってきた大盛りで評判のヤキソバが、食べても食べてもちっとも減らないので笑った。慎吾は慣れてきたのにもう終わり。最初萎縮していたのは、ぼくが恐い先生だとまっちーが事前にふきこんだからだと判明。まったく。充と今川で個別は終わり。
 田代という生徒の英語の宿題を見てやってから、中1セレクト英語。かしましくナマイキざかりの三人娘のお世話をつかさどる。こいつらは、ぼくが中学の部活のOBだとは知らない。雑事をして、中2本科。授業後に回収した受講感想アンケートで、アホの増田に駄目出しをされた。「おこた」から出られなくて遅刻するやつに、授業批判されたくはない。大詰めの中2特訓。3分に一回はくだらないことをいうキム、自分は羽田ではなくカゼでその日休んだ生山だと言いはる羽田、後ろばかり向く宮、雑談とののしりあいにあけくれる小谷野と政孝、試合で怪我した自分の腕をボーっと見ている悠太、こいつらこれで中3になるつもりなのである。なにはともあれ、なぜかわけもなく多幸感がある。授業後、
「君がいるだけで」の英訳をしてくれと言われひどい訳をしてやると、政孝がこれまたひどい歌い方をした。なにしろ出だしが、FOR EXAMPLEではじまるのだ。期待していた職員のうちあげは、風邪でダウン寸前の人がいるためかなし。物足りない気持ちで、辞す。帰宅後、蕎麦とコロナビールで一人祝杯。「模倣犯」を観る。宮部みゆきはやさしい人だなあと思った。

12月24日

 晴れ。父が風邪で休んでいた。宵から塾。中3の授業はうまくいった、気をぬかず気ばらず、教室にうまく声を満たすのはなかなか難しい。今日はほとんどまぐれだ。匠が日にちを間違えて塾に来て、きょとんとしていた。かわいいボケぶりでいい
クリスマスプレゼントになった。中一は相変わらず。他愛なくもあり小賢しくもあり、そういえば自分もそうだった気がする。帰宅してから、なんとなく深夜ドライブ。なんだ、いつもと同じ暗い街じゃないか。

12月23日

 寒いが晴れた。ひたすら冬講の予習をし、夕方から塾。講習生の前ナビとガイダンスをしてから、中三と中一。中三はタバコ臭くていやになる。中一は面白いのだが、新入生がなんととなりの伊藤さんの子で、なんとなく気まずい。相手はもっと気まずいと思うが。帰宅して鮭とエビフライ。録画したとちぎテレビの
「妖怪人間べム」を観る。懐かしい。主題歌が、あまりに格好よすぎるのである。

12月20日

 強風。のちに雪まじりとなり、そのうち本降りになる。あいもかわらず夕方から仕事。堀江が薫陶の甲斐なく学年ビリのテスト結果であるときづき、教育的指導を施す。今日はひたすら個別指導。統一テストのさんざんな結果をさかなに、講師連中と談笑する。帰路、雪はやんでいたが寒さは増す。カレーとキムチを食べ、サザンDVD後半。定番すぎるほど定番でやや拍子抜け。そのあと、録画しておいた安全保障のNHK討論を観る。当初予想していたとおりのことを
大江と中曽根がしゃべり、主張は平行線のまま終る。これまた拍子抜け。深夜、久しぶりに古馴染みから電話。マルケスと焼酎とキューブリックと宮前平、なんだかまあ、あいもかわらずぼちぼちといった感じである。

12月19日

 言葉が機械的な生活を豊かにしてくれる、そう思っている。もちろんそれは後づけの理由で、最初は本が好きだったというだけのことだ。一方で、言葉は生(せい)にナマのままで触れることのできない脆弱さを補うための、
保育器にすぎなかったのではないかと思うこともある。相反する二つの定義は日によって時によって変わる。今日は、冬講の仕込みをしてから塾へ行った。授業には新人の見学が入った。出来栄えはいつもとおなじである。帰宅。父の買ってきた吉野川、甘いだけの場つなぎの酒である。

12月18日

 早起きして身づくろいして福田屋へ。最後の一個を危うく予約した、サザンのDVD初回限定版をゲット、その足で図書館へ。冬講のための仕込み、文芸誌の拾い読み。日光連山が雪にまだらに彩られていた。いつからそうなっていたかはわからない。クリーニングに行き、仕事。三輪様オンリー。帰宅して飯を食べ、康弘の家で算数の宿題。少し遠回りして帰る夜の車の中は、カラオケボックスになっている。帰宅して「北の国から」を観ながら、冬講の仕込み。サザンのDVDもつい観てしまう。新しいファンを増やすためか、古いアルバムの曲を短めに、スクリーンで字幕を流しつつメドレー。ぼくとしてもむしろありがたい。さんまがVTRでメッセを送った
「あみだババア」から、すっかりくれた夕景をはさみ、「夕日に別れを告げて」。この流れは凄まじい。この幅が、まさにサザンなのだ。客たちの顔を見ていると久しぶりに優しい心持ちになる。みんなありがとーウィーッ。  

12月16日

 DVDソフトとか、欲しいものをいっぱいかかえこんで右往左往する物欲に満ち満ちた夢を見る。雑事いろいろ。塾へ。小4進学、バカ二人、中一特訓。いつのまにやら特訓で、先生はいじられキャラになっている。金曜に新人さんに授業見学される予定、よりによってあの中二の
悪の枢軸の面々を披露することになるとはと、うろたえる。広末は妊娠結婚し、フセインは汚いサンタになって煙突ならぬ穴倉からひきずりだされる。時は移ろうのである。断じてぼくは悲しんだりなぞしない、チッ。


12月12日

 うってかわって8時起床。車で駅に行ったり、灯油を買ったりする。虹のきれはしが出ていた。となりの山口さんと雑談。娘さんの冬休みの
補習係を拝命する。WINに管理費を納め、本屋、新星堂。帰宅してまた駅へ。で、また帰宅、わけがわからん。で、塾へ。もうみんな来年新中3なのだ、本当にはやい。冬講のノルマをドサッともらう。冬休みに宿題があるなんて、もうこれっきりにしたいものだ。外にでると、めずらしく濃霧。月に暈がかかっていた。少しきなくさい霧。寒さは和らいだ。

12月11日

 雨。起きたらなんと2時。すでに夕方のような空模様。塾へつくと手が変色していた。三輪様と玉谷。玉谷は本当に受験前とは思えないのんきさで、あきれる。三輪様は御母堂様も気品があられる。車で康弘の家へ。社会テストの見直し。帰りぎわに、お歳暮のコーヒーをもらう。車中でユーミンの
「雪月花」何度も聴く、すこぶるいい曲。「春が来て、緑が萌えて、今日の景色は幻になる。そしてまた、冬が来て、君の瞳に励まされる」・・・なんだ、ありきたりじゃないか。そういえば雪はまだ降らない。

12月8日

 晴れ。いくら「プロジェクトX」のナレーションだからとて、
田口トモロヲをNHKの昼の番組に出してはいけない。小康状態の患者さんといった感じの不気味さで、ひやひやしながら面白く観る。公文へいく。疲れる。帰りぎわ洋梨をもらう。外に出て、寒さに思わず笑う。零下とは聞いていたが、すっかり油断していた。鼓膜がしんしん痛んだ。帰って、「夜会」ダイジェストを観る。ものたりない内容。それにしてもこれでは老後の生活である。

12月6日

 空は明るいが霧雨が降る。母を駅に送り、犬の散歩をしてから塾。萌さんは慶応女子にむけた古文の猛特訓、猪瀬はテストの点が20点上がったと感動、タカピサをシャーペンで突くと床にへにゃっとへたばった。サッカー大会のあとなのだと言う、小学校のうちから休日に塾通い、健気なのである。帰宅して深夜に鰻を食べつつ、「愛のエプロン」を見る。
天狗舞をワイングラスで呑む。伊丹を特集した新潮の季刊誌を読む。

12月3日

 明け方まで「信長」をやってしまう。昼起床。味の素のトムヤム麺と
ベトナムフォーを食べる。味つけは同じで片方が辛いだけの気がする。仕事。だるい、ひたすらだるい。京介が数学の授業をさぼっているのを発見。腹が痛くてなどと、言い訳が下手なので笑う。バー「クリオネ」はリニューアルのため休業。寒い。帰ると、「世界に一つだけの花」がテレビで流れていた。ひたすら醜悪な自己憐憫の歌である。

12月1日

 はや年末。天候はかわらず。駅まで車で送れと起こされる。街中の足銀が撮影されていた。ヤキソバを食べ、本を買って帰宅。一月ぶりに公文へ、みんなかわりないようだ。久しぶりなので楽しいが、さすがに5時間も丸つけしていると疲れる。風邪がはやっているようだ。購入した「筒井漫画涜本」読了。さまざまな漫画家に描かれており、筒井作品のバラエティの豊富さがよくわかる。それにしてもこの本、買おうかどうか迷って結局10年ちかく経ってしまった。きのうの
壇一雄のドキュメントが、忘れがたい。「人間のめでたさとにぎわい。しかし、一人だぞ」。川端康成も忘れがたい。ヨーダそっくりなのである。モルツの黒はエビスの黒の模倣だが、でもおいしい。

11月30日

 ハードコンタクトとともに目の虹彩の部分が剥がれ落ちる夢で目覚める。雨、降ったりやんだり。近隣を買い物がてらドライブ。意外なほど近所に「豊郷まほろばの道」という、山中をうねうねとつづく獣道のような非舗装路を発見。車を駆り紅葉を楽しんでいると、無人の
産廃処理施設に行きついてしまった。曇天のせいもあって夢の続きのようなおどろおどろしさ。パルコの本屋によってから街中の予備校で講師研修。模擬授業を見たり、受験の知識や授業マニュアルにもとづく小テストをうける。疲れて帰宅。楳図かずおがテレビに出ていた、グワシ。

11月29日

 雨。朝起きて夜会のために電話。電話、ひたすら電話。結局チケットとれず。うらみ、ます。足銀は債務超過で
国有化決定、地元経済のズタボロぶりが国中に知れ渡る。ふてくされて昼寝。起きても雨。12月にまた来てくれと公文から電話、意外な展開である。犬の散歩に行き、風呂に入り、仕事。仕事場のそばのバーに今度行ってみようと思う。

11月28日

 ここで暮らすのには寒さという物理的な抵抗がある、解っていたことではあるが。だらだらと虫けらのようにすごす。
「歌舞伎」読了。古本屋で「ナウシカ」の単行本探すが、セットではなかった。塾。期末あけで、気の抜けているもの多数。面白いのは好きなんだがね自分の授業では困るね。CDを返して帰路、aiko「えりあし」すこぶるいい。ブスだが気だてのいい女という演出はありきたりだが、ともかく歌がいい。大福、すあま、日本酒。

11月26日

 映画館に来いとの電話で目が覚める。約束したと先方は言っている、そんなおぼえはないのだが。「マトリックスレボリューションズ」、蛸みたいなロボットが雲霞のごとくおしよせてくる。CGで目がおかしくなる。即別れて、仕事。今日は、疲れて時間を消費することだけに意味がある感じの仕事だった。深夜に教室会議。来年から授業時間増やすという。ゆとり教育にけんかを売っていて、なかなか勇ましい。帰ってきて今日三度目のカレー。DVDで「ナウシカ」を観る。ラストシーンがやっぱり泣ける。ひざまずきたい心境。そういえば、蛸ロボの造形はいやに
王蟲に似ている。パクッたな、ウォシャウスキー兄弟!

11月23日

 世間様は休日。ぼくもやっぱり休日。車でスーツのベルトを買ってきてから、出直して自転車で街中まで行きジーンズのベルトとセーターを買う。冬服を探してデザイナーズブランドを少しからかう。ボアがはやっているとのことだが、坊主頭でボアだとさすがに堅気でなくなってしまう。決めかねてあきらめ、紀伊国屋へ。ぴあとバガボンドを買う。1年ちかく閉店していた向かいの西武が、
長崎屋に化けてオープン3日目。クリスマス向けのイルミネーションとあいまって、さすがににぎわってみえた。帰って雑誌を見るとぴあはなんと関西版、しかも「夜会」の先行予約の締め切りは明日までとのこと。・・・どこまでもぬけている。

11月21日

 昼は晴れていたが曇りだし、夕方本降りになる。寒さは和らぐ。なににつけ投げやりになり億劫、体も動かない。はうような心持ちで塾へ。人間の
成長神話といったものにちっとも共感できない。それでいてろくでもないほうにだけものごとが運んでいく気配だけある。授業自体は、夢中なので楽しい。「信長の野望」では血縁関係の佐竹が離反した。6万丁の鉄砲で、目にものみせてやる。

11月19日

 いよいよもって寒い。本屋に週刊朝日を買いに行く。その足で仕事。塾内で風邪が蔓延しており、ぼくもだるくてしかたない。山本先生など、きのうボーッとして地球儀を落として壊したらしい。姫が
シール1000枚集めたことで望遠鏡をもらっていた、みんなにひいきされているようである。だるくて、筒井が出る「トリビアの泉」録りわすれる。きのう買ったトリスしか呑む酒がない。

11月17日

 秋晴れ。菊を買って墓参りに行く。命日なので花は添えられていたが、人影はなかった。職安に行く妹につきあう。学卒者も登録できるとのこと。におい、熱、ざわめき、自然とおこるそうした活気が、それほどいやな気分にならない妙な場所だ。風体が場所柄に合っていると、妹が失礼なことを言った。図書館で今月の文芸誌をとばし読み。山田詠美の選評がこれから読めなくなるのは残念、矢作俊彦は久しぶりの新作、吉田健一は「上機嫌な文学」、
久間先生は厚手のスーツで文士の風格を見せていた、写真の上では。帰路、寒さでペダルを漕ぐ力が強くなった。きりたんぽ鍋を食べる。

11月16日

 なぜか今日も早起き。パソコンをいじってから車で出かけ、靴下を買いクリーニングのシャツを受け取り、幸楽苑で昼食。帰ってきてから少し昼寝。午後はゲームをして塾の呑み会へ(イイ身分ダナ)。寒いのには、なれた。駅東の「かづき」で歓談。鍋がなかなかうまかった。話はそこそこ、帰りにオリオン通り入り口の「なか卵」でハイカラうどんを食べつつ、町田鈴木Tと生徒の品評会。玉谷がアメリカに留学するドリームを持っているとか、佐々木が
慶応女子本気で受験するとか、恐ろしい話を聞く。そんな無謀な夢、請け合えた話ではない、おれしーらない、と逃げる。ちなみにハイカラうどんとは、たぬきうどんのことである。コンタクトをつけると、意外と星が多い。

11月15日

 このところ日記ご無沙汰だったのは、深夜までゲームをしているせいである。宇都宮家で覇者にはなれたものの、関係険悪な徳川家の城主がなぜか信長なのが、最近のシャクの種である。早起きしてバイト。自習のお手伝いをする。理科実験はスライム作りだったせいもあり小学生がたくさん来る。作りたいといって中三の連中が覗きこんでいた。子どもを怖がらせてはいけない。「ヘル」を買い、昼寝。午後からまた塾。呼んでないのに京介が来たので驚いた。個別授業の合い間に期末対策をしてやる。部活でなく格闘ゲームのやりすぎで豆をつくっていた、あきれ果てる。教室内に
クリスマスツリー二本、耶蘇教の陰謀にちがいない。

11月9日

 雨。上京し、池袋の東急ハンズと新宿のDVD館に行く。シャンプーと
「夜会」のDVDを購入。紀伊国屋となりのロッテリアの地下は休日でもすいていて、穴場である。2時間ばかり読書。南口で落ちあい、初台に鮨を食べに行く。総勢5人、懐かしく思えるほどの時間の隔てはない再会ではある。コハダアジイワシイクラサバカンピョウフッコアナゴタマゴオイシイオイシイ。ミッチャンの話聞きつつ、看板後30分近くねばってから帰路。鮨と蕎麦を食べると、東京に再会したなとしみじみ思う。向ヶ丘に行き、カラオケのあと友だちの家で、コハダとカンピョウの巻き物を肴に再度晩酌。山拓落ち、加藤帰り咲く。選挙とは所詮マニフェストよか浪花節である、なんてね。 

11月5日

 信じられない早起きして、友だちと映画を観にいく。自転車に乗り軍歌を聴きながら晴天の平日の朝からホラー映画を観にいくのである、大馬鹿野郎である。
「呪怨」と「呪怨2」の二本立て1000円。古典的な恐怖の題材が多いが、細かくしつこく怖がらせてくれる。欧米受けしそうなジェットコースター的スリル体感映画。2のほうが時系列や夢と現実が錯綜し、より怖い。地下の劇場から出ると、曇っていた。この生肉は映画のあの、などとえげつないことを言いながら焼き肉を昼から食べる。極めて美味。「信長の野望」4000円で譲りうける。そのあと仕事場へ。仕事前にビールを飲んではいけない、体に力が入らないから。拓也兄の憲実、予想外にしっかりしている。姫が小生直筆のドラえもんをけなした。23時に仕事が終る。雨がしょぼしょぼと降っていた。壊れかけた傘を拝借した。

11月2日

 なぜか早く目がさめる。犬の散歩をして本を読み、車で図書館に行く。北村太郎の詩、やはりけっこう面白い。晴れていたので付設の公園で本を読む。そのくせ大してはかどらなかった。帰宅し、まどろんでから塾の呑み会へ。東口のアジア風ワインバーでコースをたいらげつつ談笑。費用は塾持ちなので、それだけで楽しかったりする。ブロック長の若かりし日の麻雀放浪記を拝聴する。当方、
チンチロリンで損して以降、ギャンブルの才ないものとあきらめている。でも話は面白かった。一本締めして、散会。前回のように酒が残らず、悠々と自転車で帰宅。平川地、いよいよ6日にメジャーデビューである。売れてほしくもあり、知られたくなくもあり。

10月27日

 激しい雨。
「千と千尋」を再度観る。劇場のときとおなじ印象。ハクが泣いている千に大きな握り飯をあげるところ(泣いているのにムシャムシャ食べる千が、また良い)、千がハクの本当の名前を言い当ててあげるところは、やはり感動した。仕事して夜中に帰ってくると、MDウォークマンが水で狂っていた。菅と小泉とどっちがいいのか、自分が好きな顔のほうに一票入れればいい程度の問題である。カレーを食べつつウィスキーを呑む。

10月26日

 上京する。池袋西武の、作家の草稿書画の展示会に行く。意外にも見るべきものが多く、1時間近くうろうろする。筒井の「火の用心」と書かれた色紙4万5千なり、やっぱり高いなあ。買って家に置いたら置いたで失火しそうで怖いが。ジュンク堂をひやかし、バスで新宿へ。紀伊国屋のアドホック館に、DVDコーナーが新装オープン。さ来週来たときに買うものにめぼしをつける。西武新宿から半年ぶりに古巣へ。駅前のそば屋がリニューアルし、二階三階がチェーン居酒屋になっていた以外さしたるかわりなし。とはいえ拓高移転後は、道路もふくめ劇的に様変わりするのだろう。南口で西山くんと呑む。塾、生徒が増えているとのこと。
TOEICの点数を競う約束をする。なんだかでも、いまいちやる気がない。

10月25日

 朝早く起きてバイト。朝っぱらから「馬鹿二人」の相手はつらい。昼飯は厚切りチャーシューで有名な平塚へ。一時間待ち。時間が時間とはいえいくらなんでもあんまりである。帰って昼寝。起きて犬の散歩。
「地獄の季節」を歩きつつ読むのは、格好つけのためでもある。論争あるようだが「飾画」のほうが「地獄の〜」より後ではないか。精密な惑乱の後の静けさがみなぎっている気がする。なにより、「飾画」のほうが短い詩が多くて読みやすい。

10月24日

 最近起きると正午なのはなぜか。正確には9時に一度起きているのだが、数分寝なおすつもりで見る、思い出せない悪夢のせいで二度寝が長びいているからかも。銀行とスーパーを中休みにして「もののけ姫」を観る。劇場で観たときよりいい映画だと思った。監督の世界観はいちばん出ている。「ラピュタ」とか「ナウシカ」のが好きだが。母を駅まで車で送り、塾へ。特訓クラスあいかわらずうるさい、限界か。教室会議。冬講セレクト勧誘の話。話の後に、夏講の記念にと
アトムのTシャツを2枚もらった。子供向けらしく、及川先生が着たらぴちぴちだったんで、笑った。みんないい人である。 

10月23日

 天気雨。
日光街道の並木が色づきはじめた。杉以外を植樹したせいだ。公文は生徒がほとんど来ず、開店休業状態。全速力で帰る。牛丼を食べて家庭教師。康弘、塾で算数のテスト一番をとってくる。終わってリビングに降りると、液晶大画面でまだ日本シリーズをやっていた。遠回りして帰る。夜会抽選落選とのこと。畜生め。

10月20日

 塾からの電話で起こされる、しかも野暮用。録っておいた小津の
「晩春」を観る。どこがどう感動したというわけでなく、次第に水位が上がってきてついに涙が出る。昔はよかった、ではなく、生活から美をくみとる目線がすごいのだ。公文へ。丸付けマシーンと化す。和也を家まで送る、それから本屋へ。自費出版の文芸社の本がフェアーをやっていた。装丁は普通の版元とひけをとらない、中身はさて?さて?帰宅するとオペレッタのチケが届いていた。「1972」読了。シーバスリーガルをまあまあと思いつつ呑む。復刻トリスをありがたがっていた窮乏生活よ今いずこ。

10月17日

 昼ごろおきて車で銀行へ。オペラシティでのオペレッタ正月公演のチケ代を入金して、ヤマダ電機へ。CDプレーヤーの値段チェックするも金欠でお手上げ。ひさしぶりに
天下一品ラーメンを食べ、図書館に行くも休館。呪う。犬の散歩に行ってから塾へ。相変わらず特訓うるさい。帰宅して妹とカラオケ。鬱憤をはらすかのように入魂の熱唱、つくづく自分をもてあます。妹が引いていた。帰宅して朝まで読書。坪内祐三「1972」、とりとめない回想や引用が主だがむしろ面白い。連合赤軍事件の印象が一変した。

10月13日

 起きるとのどが痛く本格的に風邪。車で武蔵小杉まで送ってもらう。卵蕎麦を食べ、祖父の家へ。葛根湯を飲み昼寝。母、おばと
新横浜に見舞いに行く。くしくも半年前知人と行った競技場の、となりの
労災病院だった。川沿いで子供たちが野球をしている。白衣を着て病室へ行く。不整脈とのことだが意外に元気そうで安心した。霧とみまごう横殴りの豪雨。院内だけはしんとしていた。山手線は信号機故障。交通にも祟られた上京だった。

10月12日

 曇りで気分もすぐれず。上京すれば気分も晴れると思いきや、新宿の雑踏を徘徊しているうちに風邪の気配濃厚になる。ネオンにあたったようだ。川崎で友だちと待ち合わせ。
りんかい線がJRでないことを身をもってはじめて知る。まして大井町駅は地下でアクセスが悪く、遅刻する。祖母倒れて入院と母からの電話。後ろめたい飲み会となる。友だちの会社の寮で一泊。廊下やエントランスはホテルなみだが、室内はいかにもそいつの身の丈のみすぼらしさであった。黒田硫黄の「茄子」、しみじみ面白い。

10月10日

 国際交流センターでの、青年海外協力隊応援団立ち上げの記念講演会にいく。ネパールで識字教室を開いていた高校教諭の話と、元ペルー大使青木盛久氏の話。青木氏、昔日の粗暴な面影なく、豪放な紳士といった印象。期待していた
三浦朱門は腕組み足組みで熟睡していた。でも憎めない。安岡、庄野、遠藤、吉行といったあの伝説の第三の新人の、一人なのだ。まがりなりにも作家がいると、すくむ。途中で抜けて図書館で勉強し、塾へ。小4の算数国語。甘やかしたせいもあって岸野が机に落書きを残していた。中2の英語。甘やかしつづけていたせいもあってかなりのうるささ。怒れるほどしっかりと信頼を築いてこれなかった自分がつくづく情けなくなる。政孝くんは人なつっこくいい子のようでもあり人をコケにしているようでもあり、不思議に面白い。きっと、どちらでもあるのだろう。

10月9日

 何度も目覚めながら二度寝三度寝してしまう。職場に出す履歴書を書いて、卒業証明といっしょに郵送。
公文に行く。人が意外に少なかった。和也と倭文先生といっしょに帰る。薄闇に月が冴えて、寒い。うれしそうに手を振りながら帰っていった。家庭教師。今日は康弘調子よかったみたいで、楽しく話しながらどんどん解く。帰るとき、はじめて手を振ってくれたような気がする。送ったり送られたりばかりの今日このごろである。

10月5日

 早起きして家族で車で横浜に行く。祖父の米寿祝いに、上大岡の
料亭で親族が会食するのだ。車を家に置き、電車で駅まで行くと伯父の家族が待っていた。会うのは10数年ぶりだ。現在高3の次女の幼稚園の入園式に行っていらいだからそうとう昔だが、みんな面影がある。駅のそばとは思えない静かな屋敷で、日本庭園を見ながらコースを食べた。柿にみたてたサーモンやら、イガグリにみたてた練り物やら、松茸と蛤の吸い物やら、鰆やら鰻やらオコゲやら、おいしくて酒もすすんだせいで赤だしの味噌汁をこぼした。ばあさまはずいぶんやせた。庭でじいさまを囲んで記念撮影。少し肌寒かったが心地よく晴れていた。じいさまが財布がなくなったといって騒ぎ出す。そのくせ、自分の上着のポケットに入っていたようだ。

10月2日

 ネズミになって戦い、醜態をさらす悪夢をみる。昼ごろおきると携帯の留守電に、今日は用があるので家庭教師に来なくてよい、とのこと。うどんを食べて公文に行く。またも風邪っぽい。宗一郎のおしゃべりのあいづちが辛い。今日はそんなに生徒が来なかった。迎えが来ないので和也を家まで送る。新興住宅地の中の少しはなれたかわいい一軒家だった。帰って、戸祭台をジョギングする。やっぱり風邪の時は走りたくなる。薄雲をまとった半月が黄色い。
「ベルリン天使の詩」観終わる。これはまた、久しぶりの名作。もう一回観てみよう。越の寒梅、連日連夜だとさすがに飽きる(ゼイタクナ)

9月28日

 高校の友だちと久しぶりに会い、餃子を食べてから
「座頭市」を見に行く。19時以降だと料金1000円だから、その前に行く気がしない。北野映画、相変わらずすばらしい。時代劇でタップダンスのカーテンコールなんて、誰が考えつくだろう。それでいて生身の江戸の人間が生き生きと生きている。いやはや。ラーメンを食べ、雨の中自転車で帰る。そのときの話題が信長の野望なのだから、おたがい10年何の進歩もないなあ。新作「天下創生」、傑作のよう。また夜も昼もなく乱世にひたることになりそうだ。

9月25日

 妹が車の卒検落ちて一時帰ってくる。ついつい一緒にゲームしてしまう。近所に引きこもりとして認知されること必至である。夜は家庭教師。康弘、カゼで機嫌悪く流水算はかどらない。1000万のキャンピングカーのある家のお坊ちゃま、「王子」と呼んでも照れることはない。少し憎たらしい。雨の夜更けに環状線を飛ばしながら、
「sweet memories」を聞く。聖子はこれだけすばらしい。泣ける。

9月24日

 お昼は本読んだりいろいろ。午後から個別一コマ、集団ニコマ。個別はムネトモ休みなので萌だけ。いつのまにか先生
いじられキャラになっている。集団はひねくれたメスが数匹おり、疲れる。京介補習の宿題やっておらず。少しいぢめる。教室会議が長引き12時帰宅。本読んでたら3時だよもう。

9月23日

 秋分の日、快晴。天気に誘われて朝ジョギングをして吐きそうになる。どういうわけか病み上がりに走りたくなるのだ。東京の時、一駅走ってホームでへたりこんだのを思い出した。成長がない。家で本を読み、図書館で英単語のおさらい。夜に映画の
「ピンポン」を見る。高校の時毎週スピリッツで楽しみにしてた漫画とくらべるといくぶん劣る。坊主にペコが勝った英雄復活シーンは感動したものの、そのあとの決勝戦が蛇足。あそこでペコがスマイルに勝ってしまうと、英雄復活の二番煎じになってしまうのでは。ここでは全力でペコに勝つスマイルの英雄殺しが見たかった。原作もこうだったっけなあ?

9月22日

 嫌な夢を見る。祖母の家の流し場でコンタクトを見失う。コンタクトもどきはいっぱい落ちていて、次々試してみるが異物感がひどく本物はついに見つからない。正午起床。悪夢のような急な寒さ。ふるえながら公文へいく。3時から9時まで
採点地獄。苦悶(なんちゃって)。帰りの寒さも半端じゃない。ほとんど冬だ。聞けば、10月下旬の寒さとのこと、おとといは半そでだったのに。7年ぶりのこっちの寒さにすっかり不意打ちをくらい、鼻水と頭痛、すっかりやられたようだ。せっかくの越の寒梅の味もよくわかんない。

9月21日

 寒強し。正午飯してのち、本と靴下と油取りなど購う。雨繁く緑褪せ憂い長びきたり。宮くんと電話。電網に関してニ三の不明点を質疑す。懸念解けたるも、先方の子機不具合にて早々に談尽きる。なんとなし小煩わしさに明け暮れる日也。自党幹事長気鋭
阿部晋太郎とのこと。庶民、評者より目端効くは生活を負いたる故なり。(・・・断腸亭風に)

9月20日

 昨日も痛飲してしまい昼起き。雨の中、義理で国際交流センターに
マザーテレサの展示を見に行く。そのあと代講で塾。檜原、亀井はしっかりしていて本人任せ。松本は天然系鬼畜女。「私、子どもって大嫌いなんです」「日本人が英語習う意味あるんですか」など名言多数。そのくせSEA読めず、小野妹子は女だと思っているヌケサクぶりで、先生疲れきる。内藤くんはパジャマで家から出された話や虐待された話を淡々と話す。包丁や母の失踪の話が次々飛び出し先生疲れきる。そのあと、自習の手伝いをする。呼び出しておいた京介に久しぶりに英語を教える。相変わらずすっとぼけていた。


9月18日

 きのう4時まで映画の
「薔薇の名前」を見ていたせいもあって、正午に起床。本読んだりパソいじったり燃料補給しているうちに、バイトの時間。公文式でいろいろ疲れ、そのあと家庭教師にいく。10数年ぶりに火成岩の種類のおぼえかたを思い出す。
り(流紋)か(花崗)ちゃん、あ(安山)せ(閃緑)って、げ(玄武)ろは(ハンレイ)いた。懐かしいなあ。でも、生徒に教わってていいんだろうか。南無。

9月17日
 
 意向確認、同期はみんな人がよさそうでホッとした。面接はさすがに疲れた。教育文化関係の仕事希望したのだが、なんで?と聞き返された。軽くパニクる。それじゃあ、本当に採用面接じゃん。無駄に疲れ高揚しつつ、松が峰教会で大谷石とステンドグラスの伽藍をさかなに弁当を食べる。ちょっと入ってみると、
パイプオルガンの練習中らしく荘厳な雰囲気で、黄色い窓を通して夕日が淡く満ちていた。本を出し塾の範囲の下調べ(仕込み、と勝手に呼んでいる)を、中でこっそりする。
姫とムネトモの指導を楽しく終らせて、集団授業。京介がいない。あとで電話すると、また喘息の発作が出たとか。本人がやめたいと言っていると聞き、悪寒がする。お母さんと談合。補習をバリバリやるということで話がついた。あのやろうめ。

9月16日

 午前2時半というのにパソコンから離れられない。明日は就職の意向確認と塾があるというのに。
サイト経営、金はかからないが予想外に時間食うかも。でも面白い。今日は
ずる休みしないで京介がちゃんと来てくれるとありがたい。


酔犬亭日乗

(本家断腸亭と違って、格調も気骨もない屁タレ日記ですが・・・)