同  窓  会

2005年1月

1月に 私の中学校の同窓会があり それに出席してきました。

私の生まれ故郷は 三重県の志摩の(現在志摩市)小さな町で
幼稚園は町でひとつ、小学校も町でひとつ、中学校もひとつだが隣町の小学校と一緒になります。

当時私たちの学年は他の学年より少し人数が多く 45名学級4クラス
すなわち 合計約180名くらいいたわけです。

幼稚園からずーっとほとんど同じメンバーで中学校まで同じという なんとか付属みたいな感じで
比較的みんな仲が良かったように思います。
敵対するような中学校も近くにはないし、町の人間は皆その小学校と中学校の卒業生でした。

高校はさすがに 皆数校に分かれて進学しましたので、中学同窓生は20年以上ぶりということになります。

40歳ともなると、さすがに皆 おじさん おばさん(!?)になっており 当然私もその一人でした。
当然ですが、 皆立派になり、それぞれの人生を歩んでいるんだなあ と感じ 感激しました。

故郷を遠く離れている私は、彼らと滅多に会うこともなく、これからも会う機会も少ないと思われ、
死ぬまでに 皆さんに一度お会いしようと思い今回出席したわけです。

当然、私が宇都宮で動物病院をやっている なんてこともほとんどの同窓生は知りませんし、
私もほとんどの同窓生がどうなっているかも知りませんでした。
( でも、ある一人の同窓生に 「このホームページ見たよ」 と言われ 嬉しかったです。 )

会場で中学校の修学旅行で行った日光の近くの宇都宮に現在住んでおります。と言ったら、
ある友人に 「日光って静岡やったっけ?」 といわれ 

関東で 伊勢と言うと 愛知県? とかいわれ続けてきたので まあ しょうがないなあ〜っ
と思いました。

そうしてみると いろんな土地に住んでみるのも おもろいのかも とも思います。

ちなみに 私は 患者さんが関西人だと とたんに 関西弁に変わるらしい。
( と言っても 大阪の人は大阪以外の関西弁を認めないし、三重県の言葉は関西風で、文化は名古屋圏で、天気は東海地区に入るという微妙な土地で 台風もたくさん来る )

そんなわけで 息子が栃木弁をしゃべっていると複雑な気持ちになります。(語尾が上がる)
そういえば、私は小さいころ よく母にしゃべり方を訂正されていたように思います。
( 伊勢弁といわれる 語尾に 「な」 がついたり、比較的乱暴な言い回しだったり )

県北から お嫁に来た母には 私たちのドメスティックな方言が すごく耳障りだったのかもしれません。
( といっても母も同じ三重県出身なのですが・・・もっと北の鈴鹿市です。)

ということで、同窓会の二次会は、沢田けんじのトキオとか 当時の歌ばかりで、たのしかったですが、 

ごっっつい タバコ臭くなり タバコの匂い嫌いのわたしには たいへんな拷問で
帰ってから、ファブリーズを全身に浴びせたおしました。